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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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本日の天気?……暗雲たちこめてますね(3)



 

「そういう――頼りねえとかじゃなく……。あんま思い出したくねー話だし、言い辛かったのもあった、っつーか……」

「……」


 何かを打ち明けてくれる気になったのは嬉しいが――。

 言い辛いという言葉とバツの悪そうな表情から、望まずともピンと来るものがあった。 

 おそらく――本来なら抱く必要すらない()罪悪感のせいで、これまで自分に何らかの事実を伏せてきた……そういうことなのだろう。 


おまえ、知らなかったと思うけどさ……。一時期俺、トチ狂ってた時があったんだわ」

「トチ狂……え?」


「まあ……逃げてるだけの阿呆だったってだけの話なんだけどな、今にして思えば。……しょーもねえことグダグダやってたな、って」


 伏し目がちにあきらめたように笑う彼が、自分の知らないところでいったい何をしていたというのだろう?

 言葉のニュアンスから察するに、あまり褒められた言動ではなかった……ようだが。 

 そんな姿、この優秀な幼馴染からはまるで想像もつかない。

  

 というか本当に気付いていなかった。

 そんな時期が翔にあったなんて――  


「……それって、いつごろ?」

「二年くらい前。んだから気付いてなくて当然っちゃ当然なんだけどな。おまえまだ中三だったし」


 まともに驚いていると、満足げな笑みを浮かべて翔が続けた。   


「で。その…………おまえも親も知らなかった滅茶苦茶だった俺にさ。気付いてたんだよ。瑶子だけが」

「――」


「なんでこいつにだけわかったんだろう……ってそん時は思ったけど、俺なんかを見ててくれたから……なんだよな。本気で心配してた……。本気で怒って、泣いて……」


 目を伏せたまま、一語一語しっかり噛みしめるように翔は語る。


(ということは、彼女のほうは本当に翔のことを――)    


「正直言って、そうやって見ててくれた瑶子に好意を抱きかけたのは事実だよ」


 抱き――かけた……


「けど……違った?」


 あえて確認するまでもない問いかけに、翔は目も合わせず曖昧に笑っただけだった。


 彼にそういう時期があったのはわかった。

 ……が、それと瑶子との仲を否定しないのって何の関係が――?

 実際気持ちが向いているというならまだしも、そうじゃないのならなぜそこまで……と思ってしまう。 

 そんな心の中を読んだかのように、翔がさらに顔を伏せた。


「――――そん時、瑶子にスゲェ悪いことしてさ」 


 すごく悪いこと……?


「何しちゃったの? 襲いかかっちゃったとか?」

「おまえ……俺を何だと」


 がくりと肩を落とした翔に呆れたような目で睨まれてしまった。

 もちろん軽い冗談で訊いただけだし、反応も想定内だ。 


 が、残念ながらそこから先の言葉は続けるつもりが無いらしい。

 現時点ではまだ話せないということなのだろうか。 

 結局詳しいことは解らないままだが―― 


 ――というか、いったい彼は何をやっているのだ。

 少なからず愕然としてしまった。


 自分にだけではなく瑶子にまで何かそういう――複雑なやたら重々しい思いを抱えていたというのか。

 しかも、それをおくびにも出さずに。今まで飄々と、おそらくずっと一人で……。 

 これは――やはり何としても、何が何でも、せめて自分に対しての罪悪感だけでも早々に消し去ってやらなければ、とあらためて決意した。


 それはさておき、今はまず瑶子との話だ。 


(何らかの罪の意識から、噂を否定「できない」でいる? あえて「しない」でいる?)


 どちらにしても、瑶子もそれでいいのだろうか? 

 いくら彼女自身は好きだからと、振り向かない翔と恋仲のように周囲に思われて――それで平気なものなのか?  


「でも……それでもやっぱりちゃんと否定しないと。この先も翔が気持ちに応えられないんだったら、瑶子先輩のためにもならないんじゃ――?」

「んー……」


 ここまで言っても特に何か手段を講じるつもりはないらしい。

 そんなのは思いやりでも何でもないし、それがわからない二人ではないだろう……と思うのだが。 


「まあ……わざわざ俺が騒がなきゃいけねえことじゃねーかな、って」


「え、呑気すぎない? それって。瑶子先輩のほうだって実はもし困ってたりとかしたら……」 

「だったら瑶子が言うって。ああ見えてはっきりモノ言うからな」


 心配ねーよ、と笑う翔を見て暗に納得してしまった。

 やはり瑶子を気遣ってのことなのだ。彼が動かないのは。  

 噂を否定することで彼女の気持ちを傷付けないように――?

 罪悪感からとはいえ、そこまで……。  


「……さすがだな、翔は」

「ん?」


 かなわない大きさだと、いつも思う。

 人として。男として。

 まあ……こんな自分が翔相手に勝てることといったら、昔から足の速さくらいしかなかったが。

 

 でも――


「けど――翔、バカだよ」

「ああ?」


 さすがだけど気の遣い方としてそれはどうなんだ?とも思う。かなり本気で。

 それでは完全に翔自身を犠牲に――――というと言いすぎなのかもしれないが、自分の気持ちはすっかり後回しな状態ではないか。 

 彼女に――というか噂に――いつまで付き合ってやるつもりだったのだろう?

 瑶子の心変わりをいつまででも待つつもりでいた、とでも? 


「だって、それだと……翔自身は大丈夫なの?」

「何が?」

「誤解されたら困るコとか、いないの?」


「――――いない」


「本当に?」

「……ことも無くも無くも無くも無くも無い」

「どっちだよ」


「えーいっぱい居すぎて選べないって言うかぁー。やっぱりアタシ侑クンが一番って言うかぁーあ」

「わかった、もういい……」


 口ではどれだけおちゃらけようと、チャラくもいい加減でもないこともすでに知っているというのに。

 いったい何のアピールだコレは……とにわかに痛み出した頭を抱えた。


「そういうおまえは?」


「え?」

「何だかんだでマトモに訊いてなかったな、って思ってさ。あの鉄砲玉女のどこがそんなにいいんだ?」


 翔の言う鉄砲玉とは、もちろん西野彩香のことである。

 一瞬だけ天井を見上げて、やはりこれしかないとすぐに視線を戻した。


「元気なところ」

「……やっぱりまずそれが来んのか」


 けどおまえ、即答は一応やめておけよ?となぜか微妙な笑いを向けられた。


「けど本当は西野ってさ――何ていうのかな……。実はかなり傷つきやすい、繊細なタイプなんじゃないかとも……思ったりもする。上手く言えないけどね」


 そんな彼女に自分は……。


 あらためて襲い来る後悔と罪の意識。

 本当に何てことをしてしまったのだろう。

 やはりもう一度きちんと謝らなければ、と心底思った。

 まあ、今日この後の自分に対する態度次第だが。

 彼女の気持ち的に無理そうなら少し間をおいてからでも……。


「クラスの中でもわりとパワフルなほうなんだけど、時々妙にカラ元気っていうか……なんか心配になることもあるし。高瀬以外に親しい友達つくろうとしないのも何か……何だろう。昔何かあったのかな……って」

「――」


「あ、でもさ。あれでいて結構女の子らしいとこあるんだよ?」 

「ほー」

「毎日お手製弁当らしいし家でもよく料理してるとか何とか」

「さすがに詳しいな」


 よく見てんじゃん、とクスクスと笑い出す翔の横目に、とたんに我に返った。

 しまった。いつの間にかうまい具合に話がすり替わっている。

 翔はいつもこうなのだ。知らぬ間に誘導されて、気付いたら何もかも喋らされている。

 しかもウキウキと何を余計なことまで語ってしまっているのだ自分は……こんなときに。 


「っていうか、俺の話はいいんだって! それより今は翔のこと!」


 昨日の今日で実際はとんでもなく気まずいし、浮かれている場合ではないのだった。

 一瞬項垂れそうになった侑希の頭部がピタリと止まった。 



「そういえば……さ」


 思い出しかけた図書室の風景と一緒に、彩香の話の一部が脳裏に蘇る。


「瑶子先輩って、朝は電車だよね? 帰りは車……だっけ?」


 その事実は知ってはいたが、理由まではそういえば自分も詳しく聞いていなかった。

 昨日彩香に訊かれるまでは気にも留めていなかったのだ。

 単に「遅くなる娘を心配して親が迎えに来てくれているんだなー。毎日大変だろうに優しいなー」くらいにしか認識していなかった気がする。 


「ああ……。電車――朝は平気なんだけど、夜が……な。けどこればっかりは、悪い。いくらおまえでも言えねえ」

「あ……いや、大丈夫」


 それも、二年ほど前の「しでかしてしまったスゲェ悪いこと」とやらに何か関係しているのだろうか。

 しかも瑶子個人の身に起こったことと言われれば――。

 彼女とそれほど親しい間柄ではない自分がこれ以上突っ込んで訊いてはいけない気がする。


「ちょっと気になっただけだから。じゃあほら、そろそろ外に――」


 潔くあきらめて、今度こそパイプ椅子から立ち上がりかけた。

 まさにその瞬間。


 いったい何が打ち込まれた!?と思うほどけたたましい音を響かせて、部室ドアが開かれた。







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