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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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本日の天気?……暗雲たちこめてますね(1)

        

      

     

         

「なあ侑。もしも、の話だけどさ――」


 着替え終わって閉じかけたロッカー扉に手を掛けたまま、一歳上の幼馴染が前触れなく切り出してきた。


「んー?」


「……」


 シューズの調整中だったため目線を落としながら返事だけしてみるが、どうしたことかなかなか続きが聞こえてこない。

 みんなもうグラウンドに向かっていて今この部室内には誰もいないし、いったい何を言い淀んでいるのだろう、と思いながら沖田侑希は足元から顔を上げた。

 十数分後には練習開始のため、紐を結ぶ手は止めない。


「うん? 『もしも』?」


 少しでも話しやすいようにとあえて明るく促してやると、ようやくロッカーを閉じて早杉翔がこちらに向き直った。


「おまえが昔仲良かったってコにさ……もし、未だに想われてるとしたら――おまえどうする?」

「――」


 予想もしていなかった質問に、手が止まってしまった。

 確かに、何の躊躇も気兼ねもなくその辺で突然始められる類の話ではなかったが――。

    

「……何、急に?」


 少なくとも、これまでそんな話は一度も出たことがない。

 変に謝られることはあっても。 


「や、ふっと思いついただけ。『私があの時の者です』つって今急に目の前に誰かが現れたりしたら、おまえどうすんだろ?……って思って。まあ、可能性としてはかなーり低いだろうけどな」 


 けどぜってー無いとは言えねーじゃん?と付け足しながら翔が近くまで歩み寄って来る。


 憶えてはいないが、昔大事に想っていたそのコが……もし現れたら?


「どう、って」


 今自分が好きなのは西野だし――


 そう言いかけた口と思考が瞬時に凍りつく。   

 浮かび上がる、昨日の図書室での光景。


 薄暗い書棚の陰で自分は、そう……彼女に―――― 


「……なん、で……俺――」

「え?」


「あ、いや……っていうか全然思い出せないし。そんなコ、今さら現れるワケ……」


 無理やり笑みを作って前髪をかき乱してみるが、もちろん気は晴れない。 

 それどころかますます後悔の念が募ってくるのを自覚する。


「んだから、『もし』ってだけで特に」

「だったら別に……! それに昔のことはもういいって――!」


 思わず叫びそうになってしまってから、唐突に我に返った。


(あ……)


「侑?」


 驚いて見下ろしてきているであろう幼馴染の顔をまともに見上げることができず、さらに自己嫌悪に陥る。

 翔にまであたってどうするというのだ……。

 思いのほか滅茶苦茶な自分に愕然とした。 


「ああ、いや……ごめん。ちょっとイライラして……」


「――」


 額を押さえながら、仰け反る勢いでパイプ椅子の背凭れに寄り掛かる。 

 いつもならこの身を案じてすかさず理由を訊ねてくる翔も、どうしたわけか腕組みしたまま無言で壁に寄り掛かったままだ。

 珍しいなとは思ったが、後悔と驚愕でいっぱいいっぱいな今、根掘り葉掘り訊かれないのはある意味ありがたかった。


 どうも最近失敗ばかりだ……とあらためて思う。

 質の良い睡眠がとれていないせいかタイムはイマイチだし、授業中まで集中力を欠くようになってきているし。 

 そのうえ……と思わず伏せた顔面を、両手で強く覆い込む。


 西野彩香にもとんでもないことをしそうに――――いや、実際とんでもないことをしてしまった。  

 何とか思いとどまったものの、驚いて自分を見上げてきたあの瞳が忘れられない。 


 あんなふうに迫って怖がらせるつもりじゃなかった。 

 どうしてこらえられなかったのだろう。

 たかだか翔と瑶子について幾つか訊かれただけで、なぜあんなに衝撃を受けたのか、今となってはわからない。

 ここ最近の不調が思いのほか精神にも影響していた――?

 いや……だとしても、そんなことは言い訳にもならない。


 あの後彩香は表面上は普通に接してくれてはいたが、あくまで表面上は――だ。

 もしかしたら顔も見たくないと、口を利くのも嫌だと、思われてしまったかもしれない。

 かなり驚いて一瞬怯えたような表情もしていた。

 四時限目の授業に戻って来なかったのも、もしかしたらそのせいではないのかと内心気が気ではなかった。後で聞いた話によると保健室に行っていたということらしいが。 


 一夜明けても後悔しか残っていないこの状態で土曜の半日練習とか……。

 気まずい以外の何ものでもない。

 この部室を出た後どういう顔をして彼女に会えばいいのかと、正直なところ不安は尽きない。

 男女で明確に練習場所を分けていない我が校では、こういったところで少し困る。

 困るといってもすべて自分のせいなのでしょうがないが。

 

 が、どういった態度をとられようとそのまま受け止めなければならない、と思っているのも確かだ。 

 自分がしでかしてしまったことの報いは受けなければ、と。 

 そういう意味での覚悟は決めている。



「大丈夫か? 確かに顔色(わり)ぃな」


「え? あ……いや、ちょっと……寝不足なだけ。ここんとこまた毎晩あの夢を――ね」


 素直に心から心配されると、ますます居たたまれなくなる。

 顔を上げて正面に向き直り、気持ち目線を逸らしながら笑ってみせた。

 あんな行動に出てしまうほど自分はこの相手――翔に、一瞬だけとはいえ言いようのない嫉妬心を燃やしてしまったのだ。 


「あの夢って――髪の長い小さい女のコが出てくるっていうアレか?」  

「うん……」


 幼いころ――ある一時期よく見ていた夢を、ここのところまた見始めていた。

 日によって程度の差こそあれ、ここしばらく頭痛も纏わりついている。


 きっかけはあった。

 そう、はっきり憶えている。  

 

 彩香が大ケガをしたあの日――

 ひどく泣いて取り乱していた高瀬柚葉の手を取ろうと、手を伸ばしたあの瞬間。 

 断片的に迫りくるビジョンに、記憶の奥底で何かが大きく揺さぶられた。

 結局酷い頭痛に苛まれただけでほとんど思い出せはしなかったが……。


 何らかのスイッチが入ったのはあの瞬間に間違いないのだが、なぜなのかがわからない。

 長い髪――容姿が昔大事に想っていたらしいコと似ていたから……とか?

 それとも泣き顔? 

 だが女子の泣き顔なんて――幸か不幸かこれまで幾度となく目にする機会はあったが、こんなことは一度も無かった。


 先月辺りには彩香の泣き腫らしたような顔も間近に見ているが、あの時も少し気になっただけで今回のように記憶の根底から覆されそうな思いはしなかった。   

 どういう繋がりが――関連性があるのかはわからないが、高瀬柚葉が何らかの起爆剤になったことだけは確かだ。

 

(「アズ」と呼んでいたらしい女の子――)


 ……わからない。

 どんなに思い出そうとしてみても、再びあの時のビジョンをたどろうとしてみても。

 激しい頭痛が襲い来るだけで、どんな顔をしているのかは見えないし何も思い出せない。

 にもかかわらず、こうして頻繁に夢には出てくる。

 よほど大事なコだったのかもしれない……と思うと、ひたすら申し訳ない気持ちが込み上げる。


 翔の話だと「忘れない」と「必ず戻ってくる」と、自分はその子に約束してきたらしい。

 そう言っておきながら何てザマだ。

 待たれる価値すらないとも思えるが……。


 でも。


 そんな自分の言葉でも、もし――――本当に信じてくれているとしたら。

 先ほどの翔の仮定どおり、今でもこんな自分を……ずっと待ってくれている、のだとしたら?

 どうすべきだろう?


 いや、どう……と言っても。

 そもそも、普通に考えてそんなに長い間待っていてくれるはずがないし、それ以前に何もわからなくなっている――何もかも不明瞭な状態の自分がそんなことを心配するのもかなりフザけた話だ。

 

 だが、もし本当に目の前に現れたら? 

 もし――――何かで急に思い出したら……? 


(そのとき俺はどちらを――西野と「アズ」というコの、どちらを――望むのだろう?) 







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