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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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守るべきもの(2)


  


 目の前で、親友が本気で怒っている。


 一瞬前までの警鐘が嘘のように止んだ。


 刺すような冷ややかな視線も、極限まで抑えられたような低めの声も……中学一年で知り合って以来もしかしたら一番かもしれない……などと、どこか他人事のように思いながら彩香は次の言葉を待った。


 驚きはほんのわずか。最初の一瞬だけ。

 悲嘆にくれる気も反論する気も、今のところ起きない。

 

「いっつも『どうせどうせ』……ってそればっかり! 周りの声も一切聞く耳持たないで卑屈になってばかりで。何なの? 意味わかんないんだけど!」


「――」


 呆れ混じりの怒りを黙って受け止めながら、不思議にも逆にどんどん冷静になっていく心の内を自覚する。

 心配して、半分投げやりになってまで怒ってくれているのをありがたく思わないわけではないが。


「…………だろうね。わかんないだろうなって思うよ。柚葉みたいなヒトには」


 ――綺麗な人には。

 最初から多くの幸せを約束されているような、恵まれた容貌を持つ人たちには。 

 

 わかるわけがない、惨めなこちら側の気持ちなんて。


「何、それ」


 怖いくらい静かな、微かに震えるような柚葉の声がポツリと響いた。  


「じゃあ……今までのあたしの応援とか心配なんて、彩香には……何も響いてなかったってこと? そんないい加減に聞き捨てられる程度でしか、なかったの?」

「そうは言わないよ……。けど、本当の意味でわかってくれることなんて――無理だと思う。この先も」 


 殊、外見に関しては。


 断言すらできる。

 だからといって別に柚葉や見目良い人たちを責めているわけではなく。

 それはもう仕方のないことだと思う。これほどまでに激しくレベルの違う見た目で生まれてきてしまった以上。

 無駄に悲しませてしまうだけだろうから、家族はもちろん誰にも言ったことなどなかったが。


「……ごめんね? ほら、気分悪くなるだけでしょ? だからヤメよ? この話。あたしはこんなんでも大丈夫だからさ」

「大丈夫――って」


 どうにか口の端に笑みを乗せて見せるも、目を瞠って聞いていた柚葉がハッとしたように首を横に振った。


「違う。彩香はまだ怖がってるだけ……! 全然……そんなんじゃないから! 違うから! もっと自信もって周りの言うこと――」

「自信なんて持てるわけないじゃん。ていうか大丈夫だって。もういいよ、どうしちゃったの柚葉?」


 今度こそ普通に笑ってしまった。


 別に恋愛なんてできなくても――誰とも寄り添えなくても、一人でだってじゅうぶんに強く生きていけるではないか、と思うのだが。 

 本心だと思われていないのだろうか?

 それとも「ひとり」でいることがそこまで心配かけてしまうことだとでも?


 あっけらかんと首を傾げて笑う様子に納得できない、とばかりに柚葉が両肩を掴んできた。 


「彩香は可愛い。ホントだよ?」


 わざわざ鞄を地べたに置いてまで、何をそんなに頑張ってしまっているのだろう。

 自分の見てくれがどういうレベルか、なんてとうにわかりきっているというのに。


「は……やめてよ。何――」

「あたしが信じられない? あんなヤツのほうを信じるの?」


「――もういいって」


 一瞬うなずいてしまいそうになった自分に少しだけ反省が浮かぶ。

 が、ある意味本当にそうなのだからしょうがない。


 柚葉は優しくて気遣いのできる、しかも親友というポジションにあたる人物で。

 そうではない、中学時代の中身がひたすら残念な同級生なんて……。 

 百歩譲って、当たり障りないお世辞で他人ヒトを持ち上げる――などというならいざ知らず。

 逆にわざわざ嘘をついてまで他人を扱き下ろす、ということを果たしてするだろうか?と思うのだ。

 するのだとしたら何のために?

 意味が無いにも程がある。


 だから、辛かろうと厳しいジャッジだろうとどちらが客観的に真実を言っているかなんて――――考えるまでもない。(それ自体に関してももはや辛いという感情さえ起こらなくなりつつあるが……)


 ちゃんと()()()()()()

 クラス全体に笑われるほど、自分の容姿は酷い。それはもう明白な事実だ。 

 気を遣って事ある毎に励ましてくれる柚葉には申し訳ないが、そういうことなのだ。

 それに――。  


「言ってなかったけど、もっと小さいころにもね……実はいろいろあったんだよ。だから『大丈夫』なの。慣れてるし平気なんだって」


 うつむかずにしっかりと柚葉の目を見て、あえて何でもないことのように笑って見せる。

 これで少しは安心してくれるだろうか。


「いろいろって……何? それ、訊いてもいい?」

「んー、できれば言いたくないかなあ」


 あまり気軽にふれ回れる内容ではないため、あえて話していなかったのだ。

 話さずに済むならそれに越したことはない。


 とにかく、身の程に関してはこうして気を遣ってもらうのが申し訳ないくらい、幼少のころから自覚している。


(……だから大丈夫。身の程をわきまえてさえいれば……。無駄に期待なんてしなければ、傷つかずに済む)


 自分が一番よくわかっている。



「だめ、やっぱり!」


 突然、両肩に手を添えたまま柚葉が言い聞かせるように首を振ってきた。 


「逃げないで。ちゃんと他の声も聞いて。怖がってばかりいたって何も――」 

「だから……怖がる必要もないような人たちにはわかんないんだって。ていうか、別にそんな怖がってもないけど」


 やっぱり駄目か。

 あきらめたような乾いた笑いとともに、つい薄いため息をもらしてしまう。


「……だからもういいって。どうせわかんないよ柚葉には。もう帰ろ?」


 完全に理解してくれとは言っていない。

 どうせ何をしても――特に恋愛に関しては――上手くいくワケがないことくらいはいい加減インプットしてもらえないだろうか。

 そして放っておいてほしい。それだけだ。


「ちょ……投げやりになって逃げないでよ!」


「――は?」 


 自分の中のどこかで、確実にスイッチが切り替わった。


「っていうか……それ言うなら、逃げてんのは柚葉だって一緒だよね?」

「え?」


 こんな何もかも可哀想な人種に「逃げるな」「怖がるな」と言うのなら。


「沖田くんのこと。だったら、自分だってぶつかってみなよ」


 とたんに苛立たしい気持ちが湧いてくる。次から次へと信じられないくらい。

 関係が壊れることを危惧していた数分前からは考えられないほどに。   


「忘れられてるなら思い出してもらえるようにガンガン当たればいいじゃん。それが無理ならゼロからだって……!」 


 ずっとずっと、言いたかったのかもしれない。

 けれど、どこかで遠慮して恐れていたのかもしれない。()()なることを――。


「だからその話は――」

「何でも叶いそうな恵まれた見た目してるくせに贅沢言ってんなよ、って感じなんだよね、悪いけど。そういう可能性すべて捨てて、それでよくヒトには『あきらめるな』とか言えるよね?」    

「あ……あたしだって怖いわよ! もう一回失えって言うの!?」


 暗い通りで女子高生二人が怒鳴り合いに近いやり取りを繰り広げるさまに、行き交う駅の利用客が怪訝そうな視線を投げ掛けていく。

 気付いてはいたが今は構っていられなかった。


「だったらせめてブサイク側の気持ちくらい察しろってのよ! 何その棚上げ状態?!」

「棚上げでいいわよ。彩香の想いが叶うなら! 言い辛いことだって全部言う!」


「――――」


 あまりのことに、固まってしまった。

 突拍子も無さすぎて、開いた口もふさがらないというやつだ。


「――そっか。そっからもう……見解がズレてるんだ」


 再び妙な笑いが込み上げてくる。


 こんな不細工代表を捕まえて、なぜ叶いそうに思えるのだろう。

 過ぎた同情も本人にとっては毒だと、やはりわからないのだ。()()()()の人間には――。


「……もう、いいって。ホントにさ。どうせあたしなんか誰を好きになったって無駄だし」 

「それ、どういう意味……?」


()()()()見てくれるヒトなんているわけないじゃん、ってこと」

「そんな……!」


「悪いけどそっち方面の思いが叶うなんてこと絶対ないから、もう応援とか……そういうのも要らない。放っといてほしい」


 あえて顔を逸らし路面に目線を落としながらも、柚葉の息を呑んだような気配はわかった。



「――――それ、本気で言ってる?」


「もちろん」


 わずかな沈黙の後――静かに流れた柚葉の言葉に、気付いたら即答していた。

 それが何を意味するのか――自分たちの関係がどうなるのか、わからないわけではなかった。 

 ……が。 


「わかった……。なら、好きにして。もう知らない……っ」


 柚葉の震える声に、じわり目頭が熱くなる。


 だが、駄目なのだ。 

 いくら親友の言葉でも、うっかり信じてその気になったって……たかが知れている。 

 どうせそっちの領域で自分に幸せなんてやってこない。  

 この先も、誰も振り向いてなんてくれない。あるはずがないのだ。こんな自分には。

 そんな未来はわかりきっている。    


 拾い上げた鞄を震える手で抱え込んで、柚葉が駅の構内へと戻っていく。 

 変に生暖かい風に吹かれ、腰まで届く彼女の黒髪が綺麗に揺れていた。

   

 ぼんやりとその背中を見送っていると――

 さらにこちらにまで吹き付けてきた強風。 

 吹き上げられ跳ね上がりそうになる自身の前髪を、いつの間にかしっかりと押さえこんで守っていた。


(――――)


 とっさに押さえた額――


 手のひらの下の、消えかけの青アザやら何やらに、一瞬だけ思いを馳せる。


 青アザや傷は隠せるし、いつかは消えるかもしれない。

 けれど心の傷は――――。    


 あきらめたようにうつむいてゆらりと踵を返す。


(……()()()


 最初からあきらめていれば、無駄に期待なんてしなければ――   

 少なくとも傷つかずには……済む。  

 こんな気持ち、柚葉には――見目良いヒトたちには絶対わからない。


(でも……)


 決して小さくはない痛みが胸を刺す。

 

(こうまでして、自分を守る意味って――? 傷つきたくない気持ちって……) 


 自分たちが築き上げてきたものに、こうしてヒビを入れて突き崩してまで――守らなきゃいけないほどのもの……なのだろうか?


 うっすらとそんなことを思ったが、歩みを止めることはなかった。    

 自分のことなのに――。

 あんなに強く、頑なに柚葉の心配を突き放してまで守ろうとしていた心の内が――――その輪郭が、ひどく曖昧になっている気がした。 


 最後に柚葉がどんな顔をしていたかなんて……わからなかった。







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