「好き」と「傷」と「ガリ×2」と(3)
(そんな……張り付いて見張ってなくても、迫ってこなくても大丈夫なのに)
つい人間相手のように、嫌な思い出たちに向かって言いたくなる。
どんなお世辞が飛んでこようがさすがに勘違いなんてしないし、現実を忘れたり浮足立って身の程知らずな恋愛にハマったりするわけもないのに。
じゅうぶんわかっている。
肝に銘じている。
わかっているから、ひっそりと想ってしまっていただけで。
というか気付いたら……うっかり好きになってしまっていただけで――。
それすらもダメだったと――いうことなのだろうか。こんな自分には分不相応なことだと。
そうか、ならば仕方がない。
やっぱり大親友のキューピッド役をしっかりこなして満足するに留めなければいけないらしい。
あれ、そういえば……と今さらながら思い出す。
先ほどの図書室なんて沖田ボケ侑希と二人きりだったではないか。
般若の目が光っていないせっかくのシチュエーションを、チャンスを、棒に振って何をやっていたのだ自分は?
柚葉のことを訊ける絶好の機会だったのに、それを忘れて無駄に無意味に翔と瑶子のことに首を突っ込みかけたりするから――
自分のことなんかに走ったりするから……罰があたったのだ、きっと。
結局、自分が一番大ボケで大馬鹿モノではないか。
親友を幸せに導くことすらできないのか。
そもそもこんな――幸せなんて約束されてない自分なんかにはとうてい無理な話だったのだろうか……。
「ばぁーか……」
馬鹿で阿呆で、なんて最悪。
「それは――やっぱり俺のことだよな?」
後ろから声が響くなり、突然額にピタリと冷たい感触。
「ひゃっ!」
飛び上がらんばかりに振り返ると。
同じようにしゃがみこんで、ホレとばかりに某有名棒つきアイスを差し出している早杉翔。
「…………何、ですか?」
「ガリガ○くん。ソーダ味」
「いや……そう、みたいですけど。な、なんで――」
こんなの購買に売っていない。あるとしたら学校の斜向かいのセブンだろうか。
いやそうじゃなくて。チョイスとか購入先がどうこうではなくて……。
(どうしてまた、ここに戻って……?)
「なんでって……餌付け? 機嫌直してもらおうと思って」
「――」
「なんかアイス好きっぽいから」
確かにアイスは大好物だが――。
呆れて面倒くさくなって怒って立ち去ったのだとばかり思っていたため、状況がまるで掴めない。
「……え、だって……どこから――。え……うそ。まさか抜け出して?」
校門は閉ざされている。
遅刻早退者のために一時的に開けてはもらえるが、そんな堂々としかもこんなヘンテコな時間に出入りするなんておそらく無理で。
では彼はいったいどこから……。
「秘密。意外にどーにかなるモンだぞ」
いーからホレ溶ける、と無理やり一本を押し付けてくる。
あ、ありがとうございます……と恐縮して受け取った時には、翔はすでに隣に移動しつつ自分の分を開けて齧り付いていた。
このヒトが?
こんないろいろな意味で凄いヒトが、自分なんかのご機嫌とり(?)のために、わざわざ脱け出してアイス買ってきた?
八つ当たりの被害にあっただけで、謝る必要なんて全然ないのに。
驚きを通り越して漠然と事実確認のように彼の行動を想像しながら、すでに溶けかけている水色の物体にサクリと歯を立てる。
(甘くて冷たい……)
沈んだきり動かなかった心にじんわりと何かが広がって――
なぜかはわからないが笑ってしまっていた。
「……早杉さん、変」
「あん? おまえが言うか」
「だって餌付けって……」
食べ物で釣られると思われている自分って何だ。
いや見事に釣られてることになるのか、この状態は。っていやいや……アイスだけのおかげでは勿論なくて……。
っていうかそんな発想するひとだったのか、という新たな発見までしてしまい、意外に可愛いなんて思ってしまった。(バレたら絶対怒られそうだが)
「――――なんかマトモに笑ってる顔、初めてじゃねえ?」
食べながらケタケタ笑う様子を憮然と見ていた翔が、ぼそりと口を開いた。
「え……っ!? あたしってそんないつも」
「超怒ってる」
「そ、それは、早杉さんが怒らせるようなことばっかり言ったりしたりするから……っ」
「そりゃーおまえの反応が面白くてつい」
「ほら認めたああああああー!」
「元気戻ったな」
横目でクスクスと笑う顔がそこにあった。
怒っていないどころか、また密かに心配もしてくれていたらしい。
「……」
「それ食ったら戻んぞ。さすがに昼も戻らねーと高瀬が心配するだろ」
侑もな、とぼそりと付け加えたのは、彼なりの気遣いだったのかもしれない。
そうだ。この人にとっては沖田侑希は仲の良い大事な幼馴染で、自分なんかには想像もつかないくらい繋がりも深いのだろう。
「あ、あの……ごめんなさい。このこと、沖田くんには――」
「言わねーよ。…………つか言えねーし」
「え?」
急にトーンを落とした後半が上手く聞き取れなかった。
が、翔のほうもあえて言い直そうとはせず、しばしの沈黙が流れる。
「侑のことは……」
グラウンドを見下ろしたまま食べ終えた棒を指で弄んで、翔。
「……あいつが冗談だって言うなら気にすんな。なるべく普通にしてやってくれ」
「そ、それは……っ」
それはもちろん、とばかりにうなずいた。
そもそも単なる冗談に過剰に反応して避けたりしては申し訳ないし、変にギクシャクして部の雰囲気が悪くなるのも困る。揃って新部長を言い渡されたばかりだし。
そんな妙な空気を読まれて柚葉にバレてもいけない。
(優しい……。沖田くんに対する気遣いも、こんなヘンな女を心配して手を差し伸べてくれるのも)
「ごめんなさい、結局一時間……付き合わせちゃって」
受験生の貴重な一時間をこんなことで――――自分なんかのことでサボらせてしまった。
「じゃあ、おあいこな。さっきのこと」
いたたまれず、ついうつむきがちに発してしまった謝罪に、すかさず自然な声が返った。
やはり先ほどの動揺と逆ギレは彼のせいだと思わせてしまったらしい。
初めから全然腹を立ててなんてないし、逆に気にさせて気を遣わせてしまったことに対してひたすら申し訳ない気持ちでいっぱいだった、のだが……。
なんとなく、ここはうなずいておかないといろいろと収まりがつかないような気がした。
「……」
こくんとうなずくと、大きな手のひらがわしゃわしゃと頭を撫でてくる。
「ごめんな」
伏し目がちに見下ろす瞳。
冗談やからかいを一切含まない優しい色。
穏やかで申し訳なさそうな瞳を見上げると、再び涙が込み上げてきて焦った。
――どうしてこの人じゃなきゃダメなんだろう……。
図書室での――沖田侑希とのあの瞬間、本気で驚いて嫌だと思ってしまった。
ただの冗談さえ軽く笑ってやり過ごせないほど。
本気で驚いて、逃げ場を探してしまうほど。
「泣ーくーなー。頼むからー」
「な、泣いてないし……っ」
「泣いてんじゃん」
「泣いてないっ」
「泣いてる」
「泣い――」
「ばっ……! ふ、振るな!」
一応安静が必要な頭部を両手でがっちりと押さえられ、片頬がムニッと変に上がってしまっている顔面を自覚する。
この期に及んで「きゃーこんなヘンな顔見せられなーい」などと可愛らしい反応をするつもりはないし、残念ながらそういった反射も考えもまったく浮かんで来なかったのが正直なところだ。
「うぅ……」
もれてしまった妙な声と構図に、どちらからともなく噴き出してしまっていた。
(このヒトが好き……)
いつの間にこんなに……とあらためて驚く。
こんな――胸が締め付けられるくらい誰かを好きになる日が来るなんて思ってもみなかった。こんな自分が。
もう引き返すことなんて、無理やりあきらめることなんて……できないのではないかと思うくらい。
(……じゃあ、届かない想いってどこにいくんだろう?)
少しずつゆっくり忘れていくのを、時間が経つのを待つしかないのだろうか……。
待てば……時間さえ経てば、本当に忘れられる――?




