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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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霹靂とか要らない(2)

      

       

       

           

「あたし探して持ってくからさ、沖田くん先戻ってなよ」


 侑希の手からひょいと図書室の鍵を取り上げて、言ってみる。

 すでにここまで連れ立って歩いて来ておきながらナンだが、休めるうちに休んでおいたほうがいいのでは?と思ってしまった。 


「え? なんで?」

「だってずいぶん疲れてるみたいだし……。この際保健室行って次の授業休んじゃうとか」

「ああ大丈夫。さっきのアレは本当にぼーっとしてただけだから」


 破顔した爽やか王子にあっという間に鍵を奪い取られ、それどころか気付いたら書籍メモまで向こうの手に渡ってしまっていた。


(ぼーっと……って。それ自体が珍しいんだってば……。あたしじゃあるまいし)


 手馴れた様子で解錠して図書室に入っていくワイシャツの後ろ姿を眺めながら、ついもらしてしまうため息。

 休み時間になって一息つけたのか、先ほどの授業中よりは確かにやや顔色も良く、大丈夫そうに見えなくもないが――。


 後に続いてしんと静まり返った室内に足を踏み入れた時には、侑希はすでにメモを片手に本棚の間に身を滑り込ませていた。


「練習、大変なんでしょ……?」


 「頑張れ」という月並な言葉は何となく避けたかった。

 言われなくても誰よりも努力し、勉強でも部活でも周囲の期待以上の働きができてしまうような人物だ。

 近しい間柄の人たちに言われるならともかく、単に同じクラス同じ部活というだけの人間に口だけの応援をされたところで、おそらく彼には響かないだろうし、何の力にも助けにもならないだろう。


「んーそれもあるけど。大丈夫だよ。最近ちょっと寝不足なだけで」


 どこかの棚の陰から律儀に返ってきた声は、思いのほかあっけらかんとしたものだった。


「眠れない、とか?」

「夢見が悪い……っていうのかな。よくわからない同じ夢ばっかりぐるぐる見てる感じで、気付いたら朝――みたいな」


 思ったとおり、全然大丈夫ではない。頭痛もするワケだ。

 それだって結局は疲れとかストレスから来ているのでは?と思うのだが。


 ……というか、他人ヒトの心配をどこまで真剣に聞いてるかわからんなこの男は、と少しだけ呆れスイッチが入ってしまった。

 もし柚葉とめでたく纏まったとしても、先が思いやられそうだな……と。


「沖田くんコーヒー飲める? あ、飲めなくていいのか。なんか香りだけ嗅ぐと落ち着いて寝れる――みたいなこと何かで聞いたよ?」

「へえ? コーヒーなら小さいころから飲んでる。……って、飲んじゃうからダメなのかな」


 じゃ今度は匂いだけにしてみよう、と笑いながら侑希が通路に姿を現した。

 小脇に数冊本を抱え、メモに視線を落としながらさらに入口近くの別の本棚へと向かってくる。


(小さいころから――か……)


 何気なく発したのだろう侑希の一言に、ふいに昨日の瑶子との会話を思い起こしていた。 

 幼いころから早杉翔一筋だったのだと、自分には彼しかいないのだと幸せそうに微笑んだ綺麗な横顔。

 柚葉には言えなかったが、これはダメだますます太刀打ちなんてできない……と、またもやあきらめモードに意識が傾いた瞬間だった。


「あ、あのさ。沖田くん」  


「んー?」


「瑶子さんも小さいころから知ってた……の?」

「え?」


(おいおいおい……待て、何を訊こうとしてるんだ自分? 聞いたからって別に何がどうなるワケでも――――っていうかそんなこと訊いてどうする!? って話でしょ!)  


 頭の中で激しく点滅する危険信号に気付いてはいたが、やはりこういうときに余計な動きをするのがお約束の我がおクチ。(誰か止めて……)   


「あ、いやえっと……早杉さんとは幼馴染、なんでしょ? 瑶子さんも昔から仲良かったのかなあ?……って」

「ああ、俺はそうでもなかったけど。翔とは――そうだろうね。あの二人イトコ同士だし」


 少しだけ身を屈めた体勢も探す手も止めずに、事も無げに侑希が言った。


「い、イトコ!?」

「うん。確か翔のお母さんが瑶子先輩のお父さんの妹で……。って――あれ? 知らなかった?」


 うっかり訊き返してしまった大声に驚いたのか、ようやく手を止め、侑希が意外そうな目を向けて付け加えた。


(……知らないよ。っていうか逆にその情報知ってる人いるのか? 付き合ってるって話しか飛び交ってないぞ?)


 というか、思いがけずゲットした新情報になぜ自分はこうも驚いて……動揺してしまっているのだろう? 


(い、いや……でも、まあだからって別に――ねえ? どうだってことは、ないんだけど……。付き合ってても全然おかしい話じゃないし。うん。そもそもホラ、いとこ同士って結婚できるって話だし……。小さいころから早杉さん一筋っていうのも心から理解できたというか――)    


「あ、あった。これだ。あと一冊……」


 裏付け(?)が取れ、果たして意味があったのかわからない納得をしてうなずいた時には、すでに探し出した四冊を一旦置こうと侑希がこちらへ――彩香がへたり込みそうになっているカウンターに――歩み寄ってきていた。   


「ぎょえっ! ご、ごめん沖田くん! あとあたし探すよ。休んでて! ほんっとゴメン!」


 「別にいいのに」とやわらかく笑う侑希からひったくるようにメモを受け取り、最後の一冊を探すべく該当していそうな本棚へ向かって走る。 

 話し込んでいる間に全部一人で探させてしまうところだった。(どのみちあと一冊だが……)

 どのクチで先に戻って休め、任せろなどと言えたんだか……。

 これでは完全に役立たずではないか!


 彼も彼だ。そんな変調をきたしてる時までジェントルマンぶりを発揮することないのに、まったく!とつい八つ当たりめいた思考も渦巻いてしまう。

 が、彼がそうやって手際よく探し出してくれたおかげで、急に押し付けられた仕事が思ったより早く片付きそうなことに少しだけホッとしてもいた。 


「でも、どうして急に瑶子先輩のことを?」


 奥の郷土史コーナーで足を止めてキョロキョロ辺りを見回していた彩香の耳に、侑希の遠い声が届いた。

 今度こそ素直に入口カウンター付近で待っているらしい。


「んー昨日ちょっと話に出たから……何となく。ちっちゃいころから仲良かったんだね、早杉さんと瑶子さん」


 よしよし、とやや満足して探索を続行する。


「まあ、そうみたいだね。ひと駅しか離れてないし」

「そんな近かったんだ?」 


 同じ電車通学で同じ方向で――というところまでは知っていたが、家同士がひと駅の距離とは思ってもみなかった。


「あれ……? でもそしたらさ、なんで帰り別々なの?」

「え?」


 登校時は三人ともバラバラなのだと、何かの話で出ていたのを聞いたことがあるような気がする。

 が、朝は忙しいし生活習慣や時間の使い方も人それぞれだろうしで、それに関してはまあ、ごく一般的にありえることだろうと思わなくもない。

 ならせめて帰りだけでも一緒に、と考えてもおかしくはないのに……。

 そこがどうにも不思議でならなかった。

 それも幼いころから仲が良く家もさほど離れていない、現在進行形で恋人関係にある二人なら、なおさら――――


「誰が別々?」


 少しだけ滅入ってしまいそうな思考に、侑希のキョトンとした疑問がとんできた。


「誰……って、早杉さんと瑶子さん」


「なんで?」


 重ねて訊き返してくる侑希に、逆にポカンと驚いてしまった。

 なんだろう、この違和感。

 そんなにおかしな質問をしてるだろうか?


「え、だって付き合ってるんでしょ? あの二人。そんな……イトコ同士で仲も良くてお似合いな(コレは関係ないか……)二人がなんで一緒に帰ってないのかな?って……。せっかく部活終わるのも一緒で帰る方向も同じなのに」

 

 部活帰り、駅で遭遇するときは決まって男二人なのだ。

 そのせいもあって柚葉なんかは「付き合ってない説」をかなぐり捨てられないでいるのだろう。


「あ、いや……だからって別に、どうだってことはないんだけどさ! 人それぞれ、カップルもそれぞれだし、いいんだけどね? 何となくなんでかなあ……って思っただけ。そっ。うん!」


「――――」


 い、イカン。このへんにしておかなければ……と急にハッとしてしまった。  

 あまり突っ込んで訊いて、未だあきらめきれていない自分の気持ちが万が一侑希に気付かれでもしたら――――マズい。

 今後白を切り通さなければならない相手が無駄に増えることになるし、幼馴染から本人へという「バレ」ルートも確立してしまう危険性がある!


 ――と。

 心中で冷や汗を拭いつつも、目は運良く目的のタイトルを見つけ出していた。


「あ。あったアレだ、最後の一冊! ――って、げっ!」


 念のため手元のメモを確認して喜んだのも束の間、どう見ても届きそうにない最上段にそれは鎮座していた。しかもかなり大きめサイズな上に分厚い。

 ……あれは危険だ。間違ったら死ぬ。


「沖田くんヘールプ!」


 脚立を探して持ってくればいいだけの話なのだが、なるべく遅れないで四限目に出るためにも、そこそこの長身に軽く手を伸ばしてもらうことにする。

 休んでいろと言っておきながら結局はこき使ってる自分ってホント酷いな、ゴメンゴメン本当にゴメン、今度アイス奢るからっ!と胸中でめいっぱい謝罪を繰り返す。


「翔が……気になる?」


 突然――思いのほか早く背後から響いた声に、心臓が止まるかと思った。





 


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