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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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霹靂とか要らない(1)

   


 

 

 ――『わかんない? 彩香を牽制してるの!』  


 昨日からぐるぐると、脳裏を駆け巡っている柚葉の言葉。


(………………いや。ナイでしょ)


 もう何度目になるかもわからないため息をつきながら、彩香は椅子の背凭れに体を預けた。


 三時限目。数学Ⅱ真っ只中の2-F――教室前方では、波多野教諭が相変わらずさっぱりわからない解説をしながらポインターを振り回し、黒板の前を行ったり来たりしている。

 文系寄りの数学でコレなのだから理系組の内容って本当にどうなってるのだろう?と思うとゾッとする。覗いてみたいとも思わないが。


 さらにその上の理系特進なんて――――

 ため息とともに、手元でくるりと回した水色シャーペンにふっと視線を落とす。 

 

(あのヒト本当にすごいんだなあ……。ほら、似合わないことこの上ないじゃん) 


 つい、もれそうになってしまった苦笑。

 ハッとして、教卓からお小言が飛んでこないようにとっさに顔を伏せた。



 ――『早杉先輩を彩香にとられたくないって必死になってるの!』 

 


 さらにそう力説していた親友は、すぐ前の席で熱心にノートをとりながら波多野の呪い(難解な解説)に耳を傾けている。

 考えすぎで心配性な柚葉らしい言い分ではある、のだが。


(「牽制」なんて……「とられる」なんて……。――――だめだ、やっぱり全っ然想像できん。現実味がまるでないというか……)       


 あんなパーフェクトな美男美女カップルに割り込んでやろうとはこれっぽっちも思わないし、そもそもとろうと思ってとれるモノではないではないか。

   

 瑶子に警戒されている、というようなことを言われても…………まるでそんな気がしない。 

 こんな――いろいろな面で残念すぎる女にそんな意識湧くか?と思うのだ。 

 対抗心や嫉妬心めいたモノもこれっぽっちも抱かなくて済む、安心して放っといていい雑魚キャラの代表格じゃないか自分なんて、と。


(……早杉さんだって、最初思ってたようなチャラ男イメージからは中身が程遠いし……。安心して付き合ってられるんじゃないのかな? 違うのかな……?)  


 当初「変態なうえに女タラシなんてトンデモねー!」と思っていたが、誰かれかまわず受け入れているわけではなさそうだし実際断っているところも目撃した。

 面倒くさがりだけど変なところで真面目で、乱暴で口も悪いけど……何だかんだで困ってる状況からは結局助けてくれて。

 おそらく自覚はないのだろうが、時々ものすごく優しい目で見下ろしたり、頭撫でてくれたりも……


(――って! あ……っ、あたしのことはいいんだよっ! ヤメろっ、今は回想シーン膨らむなっっ)


 教科書で頭を隠したまま、思わずガバリと机に突っ伏す。

 動揺と一人ツッコミに悶えるこんな姿――決して周囲には晒せない。


 いかん。「なるべく安静にしてろ」はまだ有効だった……。

 伏した体勢のまま、そっと長いため息を吐いて一呼吸。


 とにかく……瑶子が心配するような――不安になるような要素なんて何も、どこにもないように思える。  


 が、そんな単純なものじゃない……のだろうか。

 恋愛経験値が低すぎてわからないだけ?  

 

 でももし――何らかの理由で瑶子が本当に不安に陥っているのだとすると。

 それはなぜ?


 ふと思い浮かんだ可能性を考えてみる。

 もし万が一、百歩譲って、昨日の()()がある意味本当に「牽制」なのだとしたら――――。 


(なんで……?)


 仲良さそう、じゃれてるなどという的外れな見間違いは置いておくとして。

 他に考えられる可能性は――というと……。


「――――」


 眉根を寄せて巡らせかけた思考は、すぐにある一点に到達してしまった。


 なぜ今になって気付くのだろうか。自分の鈍さには心底呆れる。

 まさかとは思うが…………もしかして。   

 絶対ありえないとは言えない可能性に、すーっと血の気が引いた。


(も……もしかしてあたしの気持ちが、バレちゃっ……てたり、する……?)


 それならわかる気がする。

 いくらパッと見雑魚でどうでもいい相手でも、自分の大事なカレシにヘンテコな想いを寄せられてる!?なんて気付いてしまったら……ノーマークではいられなくなる、のかもしれない……。 

 だとしたらじゅうぶん、牽制する理由には……なるのではないだろうか?


(う、うそ……。ど、どどどうしよう……)

  

 ガバリと身を起こして、意味もなくあたふたと周囲を見回してしまった。

 あきらめられないにしても、このまま卒業して去って行くまでひっそりと想うだけなら……と悠長にしすぎたか。

 「彼女」に気付かれたのだとしたら「彼氏」のほうにも伝わってしまう可能性だって――。  


(や……ヤバい! いや、でもまだ……ハッキリそうだと決まったわけでは。そ、そうだ。何か訊かれても違うって白を切り通せば――)


「西野さん」

   

(早杉さんだってにわかには信じないだろうし。そ、そうだよ……こんな変な女に密かに想われているなんて、思ってもみないはず……。だ、だからきっと大丈夫――)


「大丈夫ですか? 西野さん」

「うぇあっ、はいっっ! ……は、はい?」


 いつの間にか呼びかけられていたらしい。

 小柄でひょろりとした中年男性教師――波多野が、怪訝な面持ちで眼鏡を押し上げ黒板の前から視線を向けてきていた。

 どうした?とばかりにクラスメイトたちも振り返ってこちらに注目している。   


「え、は……あ、問題ですかっ? わかりませんっ!」

「はい大丈夫です。期待していません」

「ぐ……っ」

 

 声を詰まらせ肩を落とす彩香に、いつものこととばかりに教室内が軽く沸く。


「いえね、机の上でキレのある動きをしている割にはお顔の色が赤いような青いような不思議な感じに見えましたので。病み上がりですし、つい心配になりまして。保健室に行きますか?」

「す……すみません、大丈夫デス……」


 ばっちり見られてたんかい、と思うとさらに項垂れるしかなかった。

 クラスメイトたちの穏やかな笑いが収まりつつあるなかで、おや……と波多野が別の生徒に目をとめる。


「どうしました、沖田くん?」


 波多野と皆の視線を追って、同様に廊下側中ほどの席に目を向ける。

 ――――と。     

 呼びかけには何ら反応せず――というかまるで聞こえていない、気付いてもいないという体で頬杖をついたまま、沖田侑希が微動だにせず座している。

 取り巻く空気はいつもの「爽やか」ではなく、やはり「お疲れモード」のほうらしい。後方からでは表情こそ見えないものの……。  

 

「沖田くん? 聞こえてますか?」


「え? ……あ」


 隣の生徒にトンと突かれて初めて、我に返ったらしい。


「あ、すみません……。ぼうっとしてました」


 状況を把握するなりカタンと立ち上がって、侑希は潔く頭を下げていた。


「珍しいですね、君ともあろうものが。練習で大変なのはわかりますが、学業こちらも大事ですよ?」

「はい、すみません」


 律儀に再度謝罪してから席に着く。

 数分前の間抜けで穏やかな雰囲気から一変して、2―F内はすっかり心配気な空気に取って代わられていた。

 隣の女生徒にも大丈夫かと問われでもしたのだろう。柔らかな笑みで見返り、心配ないとばかりに侑希がうなずいているのが見えた。 


 本当に大丈夫なのだろうか……?

 あの沖田侑希が生活面で――よりによって授業中に――注意を受けるなんて珍しい……というか今までに無いことなのだ。


 ――『うん……。彩香が入院したあの辺りからかな? 侑くん、確かに様子が変なんだ……。大丈夫って答えてはくれるんだけど、頭痛もしてそうで……』


 心配そうな柚葉と目が合うなり、昨日美郷の話をした際の言葉を思い出していた。

 美郷同様、柚葉もいち早く彼の異変に気付いていたらしい。

 さすがだな……と感心すると同時に、つい爽やかイケメンに恨みがましい目を向けてしまう。


(ってことはちっとも大丈夫じゃナイじゃん。あたしの(?)柚葉にこんな心配かけやがって……!)


 微かなざわめきの残るなか、授業終了を告げるチャイムが鳴り始めていた。




「ああ、そうそう沖田くん。と西野さん」


 挨拶を終えて教卓から去りかけた波多野教諭が、思い出したとばかりにドア前で振り返った。


「はい」

「う、は……はいっ」


「関口先生がお呼びでしたよ。この授業が終わったらすぐ職員室に来るようにと。何かお急ぎのご様子でしたね」


 言うだけ言ってとっとと教室を後にするひょろりとした背中を追うように、颯爽と侑希が立ち上がる。 

 「え……えぇー今ー……?」と渋面を作りながら、のろのろと彩香も立ち上がった。







 ◇ ◇ ◇







「新部長?」


 侑希とともに到着するなりほとんど決定事項のように伝えられた言葉を、ついポカンと繰り返してしまった。 


「香川も森も秋までは残るし、今すぐってわけじゃないがな。西野はケガのこともあるし……ゆっくりとでいい。そのつもりで徐々に引き継いでいってくれれば」


 並び立つ二人を交互に眺めながら、関口。

 ほぼ決まっている事柄のように聞こえるのは気のせいだろうか?


「あ、あのう……先生」


 なにやら満足そうな関口の表情もどうも引っ掛かる。

 微妙なひきつり笑いを浮かべたまま、じとんと熊の手教師を見下ろして言う。  


「沖田くんはともかく、あたしにその荷は重すぎるのではないかと……。バカで小さいし頼りにならないというか――」

「何言ってんだ。女子全員の意向だ。全員一致で決定。はい拍手!」

「でっ!? い、いつの間に! そんなの聞いてませんけどっ」

「だろうな。入院中だったから」

「…………ひ、ひどい」


 打診ではなく本当に決定事項だったらしい。

 引き継ぎは追々で構わないが、今日の昼が決定に関する何かの期限だったのだと、悪びれなく関口は付け加えた。 

 知らないよ!と心の声は目一杯叫んでいたわけだが。


「まあそう言うな。確かに身体は小さいが、おまえの肝っ玉には皆感心してるんだぞ? いい部長になって部を盛り立ててくれ。おまえなら大丈夫だ」

「先生……」


「さっきから大人しいが、まさかおまえまで嫌だなんて言うんじゃないだろうな、沖田? おまえには拒否権はないぞ? 断ったら約束どおり生徒会に差し出すからな?」


 ニンマリと教師らしからぬ笑いを浮かべて見上げてくる関口に、「いえ」とごく爽やかに事も無げに侑希は口元を緩めた。


「西野がやるならやります」

「えっっ!?」

「おーそうかそうか、良かった。じゃ二人決定な。名前書いちゃうからなー? よし用事は終わりだ。二人ともとっとと戻れー」

「はい。失礼します」

「お、沖田くんーーー!」


 しっしっと手を振る関口に会釈して、爽やか笑顔のまま侑希が踵を返す。 


「あきらめよう西野。ほら教室戻ろ」

「うう……」


「おーそこの二人、2―Fだな?」 


 くすくす笑う侑希にくるりと回転させられ唸りながら歩きだしたところに、職員室内の別方向からのんびりとした声が掛かった。


「悪いが次の授業で使う資料を図書室から探してそのまま教室に持ってっといてくれ。多少遅れても遅刻扱いにしないから。よろしく! メモこれな。頼んだぞ?」


 放られた図書室の鍵とメモを二人であわわわとキャッチしている間に、現国教師はどこかに走り去ってしまった。

 次の2―F授業前にどこかさらに寄るところでもあったのかもしれない。


(忙しいのはわかるけど、どうして前もってちゃんと準備しとかないんだ……。大事な話をギリギリにするグッチーといい、ウチの教師たちはまったくもう……!)


 常日頃後回し(特に試験勉強)が大得意な自分を棚上げしたまま、つい生意気なことを考えてしまった。  

 っていうか日直も仕事しろ!と心の内ではさらに一声叫んでいた。 


  





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