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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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夏色(3)




 こうして対峙するのは、薄暗いなか体育館横で転ばされ難癖つけられたとき以来だ。

 妙な懐かしさに苦笑しながら、練習や出入りの邪魔にならないようフェンス端まで美郷を誘う。  


「あの……ありがとう。あたしがケガした時、グラウンドのみんなに知らせに来てくれたのって美郷ちゃんたち、だよね……?」


 複雑な思いが残る相手ではあるのだが、お礼は言っておかなければと思っていた。


「え……あ、はい……っ。今日はいませんけど友達二人と。すみません……あの時はびっくりしちゃってあれくらいしか――」


 突然のお礼に面食らってでもいたのか、美郷がハッとしてぺこぺこお辞儀を始めた。  


「う、いや……あ、ありがとう。嬉しかった、よ……」


 あれ? な、なんか前と全然イメージ違うなこの子――と、呆然と目をしばたたかせていると。

 上体を起こしながらも依然目を伏せたまま、美郷がぽつりと口を開いた。


「い、いえ……あの、西野先輩には以前とっても失礼なことしてしまったし……。祖母もお世話になったので」


 体育館横の一件を本当に悔いていたということなのだろうか。

 申し訳なさそうに顔を赤らめながら、また徐々にうつむき加減になっていく。


(それにしてもこの変わりようは凄すぎないか……? って――――え?)


「祖母?」


「あたし、真行内しんぎょううち美郷です」

「真行内…………って、あっ! あの純和風お屋敷の表札! あのおばあちゃん!?」


 身を起こしてはにかむように名乗った美郷に、小柄で品のある老婦人の姿が重なった。

 コンビニ前で中学生たちに絡まれていた、人の良さそうな老婦人だ。早杉翔とともに自宅まで送り届けたあの時の――。


(あの人の孫か……。っていうか真行内美郷……すごい名前だ。由緒正しきどこぞの令嬢かって感じの……)


「祖母がその陸上部の黒ジャージを憶えてて。それと頭に何か巻いてたって言ってたから。あっ西野先輩だ!ってわかったんです」


 可愛く微笑んで、陸部ジャージと今は何も巻かれていない額を指してくる。

 名前の凄さと世間の狭さと、ついでに言うなら美郷の変貌っぷりに呆然とするあまり、先ほどから「へぇ……」「そ、そうなんだ……」という薄い反応しか返せていなかったのだが、特に気にした様子もなく美郷がさらにまぶしい笑顔を向けてきた。


「本当にありがとうございました。今度うちに遊びに来てください。祖母もお礼したいってずっと言ってるし」


 よほどのお婆ちゃん子だったりするのだろうか。こんなに素直にお礼を言える子だったなんて……。

 本当に心から感謝されているのがわかる。

 憧れの「沖田先輩」への点数稼ぎか、などと一瞬でも疑ってしまったのが申し訳ないくらいに。


「あー……ありがたいんだけど、最終的に助けたのって実はあたしじゃないんだ」 

「早杉先輩ですよね? 背が高くて仲良さそうな人って聞いてましたから。お二人で是非」

「えっ!?」


 「高身長」はともかく「仲良さそう」でなぜあの人物と断定できてしまうのだろう?    


「あ、ありがと。でもこんな顔で行ったら驚かせちゃうから、治ってからね?」

「はいっ。……っていうか大丈夫ですか、ソレ?」

 

 うなずいてこれでもかなり薄くなったのだと教えると、美郷はゾッとした素振りで顔を寄せてきた。 


「でもホントにスゴイですね西野先輩って。小さいのに危険を顧みずに人助けしちゃう強さとか、嫌な思いしても庇ってくれちゃうとことか」

「は、はあ……」


 一部には怒られてるけどね……っていうか今さりげなく「小さい」言ったな? この綿菓子め。


「あたしファンになっちゃいました」

「そう……って、どぅえっ!?」

「やだーヘンな意味じゃないですよー。あたし沖田先輩一筋なんで!」

「そ……そう、だよね」


 きゃらきゃらと屈託なく笑う美郷に心底安堵しながら、危うく開きかけたあちらの世界に容赦なく蓋をする。 

 とともに、じわりと少しだけ申し訳ない思いが湧いた。

 こんなに素直な良い子の面があったのかと思うと心苦しい限りなのだが、沖田侑希への恋心に対する応援だけはできない。   

 頑張れとは言えないのだ。

 何がどう転んでも自分は柚葉の味方だ。     



「ていうか……沖田先輩といえば――」


 ふいに、目に見えて美郷のテンションが落ちた。


「最近ちょっと様子が変な感じ、ありません? 元気がないっていうか……」

「え?」


 探そうとグラウンドに目を向けると、すぐに捉えられた爽やか王子の姿。

 少しだけ色素の薄い柔らかそうな髪の毛を揺らし、入口付近の芝でうつむきがちに黙々とストレッチしていた。


 言われてみれば少し物憂げというか……何か考えこんでいるようにも見えてくる。

 周りに向ける笑顔も、いつもと比べると輝きが薄いというか絶対量が少ないというか。   

 一言でいうと精彩を欠いている、というのだろうか。

 いつもの彼ではない――ように見えなくもない……が。どうだろう?


 疲れか緊張ということもある。

 もしかしたら二年連続インハイ出場というプレッシャーは、周囲が思うより遥かに重く彼に伸し掛かっているのかもしれない。   


「確かに……疲れが出ちゃってるのかもね。強化練習中だし、いろいろと大変なのかも」

「はい……」

「でも大丈夫だよ沖田くんなら。去年も全国行ってるし」


 何でもそつなくこなすし、すべてにおいてしっかりしているから。

 そもそも同じ位置に立ったこともない自分には、本当の意味で侑希の心の重圧を理解してやることはできないし、迂闊な物言いもすべきではない。

 余計なプレッシャーは与えず、信じて見守るだけ。それがチームメートとしての役割だと思っている。


 それにしても……先のあの一件が彼にも何も影響しなくてよかった、と心底ホッとした。

 あれのせいでインハイ出場停止になってたら――と思うと、未だに背筋が凍るだけでは済まない状態になる。

 迂闊な言動によって彼にも学校にも顔向けできなくなるところだったのだ。


 そんなふうにひたすら安堵の息をつくだけで精一杯だった自分には、ぶっちゃけて言うと彼の様子がどうこうとは気付けるはずもなかった。  

 それにひきかえ美郷ファンはさすがだなーよく見てるなーと思うと、応援してやることはできないが素直に感心してしまった。     



(ただ――)

 

 むしろ自分にとっては……と、ふいに笑みが消え、わずかに翳った目線を第二グラウンド全体へと巡らせた。

 沖田侑希よりも誰よりも、実は現在進行形でもっと気になっている人物がいたり、する。


 苦もなく探しだしたその人物は、いつもどおり艶やかな笑顔を浮かべて部員たちに接していた。


 首から銀光りするホイッスルを下げ、流れるような濃い栗色のウェーブヘアは緩く束ねられている。

 綺麗な笑みそのものも変わらない。

 ただ、それがこちらに向けられる頻度がめっきり減った――ような気がしていた。


 あの中坊事件を境に……なのか、やはり数学指導などで図らずも「大事なカレシ」に近付いてしまったあの辺りから……なのかはわからない。

 そのあたりの時期と原因は定かではないし、そもそもすべて気のせいという可能性だってあるのだが(そうであってほしいのだが)、ひょっとして知らぬ間に彼女に対して悪いことをしでかしてしまっていたのでは?!と思うと……もう気になってしょうがない。

 今一番考えられることと言えば、やはり大変な怖い目に合わせてしまったあの中坊事件のことだろうが、もしかしたら謝罪が足りなかったのかもしれないし――。


(って、あたしどんだけ小心者……)


 ともかく、何か悪行をはたらいて酷く怒らせたりしたのならきちんと謝らなければならない。  

 すでに口も利きたくないほど嫌われてしまっているのだとしたら――――もう、それは本当にどうしようもないが。

 このまま悶々としているだけでは、理由もわからないままだし何の解決にもならない。

 よって、今日こそははっきり訊きに行こう。そう静かに決意する。


「あっ! 沖田先輩が走りに出るみたいです! 応援してきますねっ!」


 ちょうど意を決したタイミングで横の美郷がきゃるんっとジャンプし、思わず飛び退きそうになった。


「う、うん……あの、ほどほどにね」

「まっかしてくださいっ!」


 白いブラウスにダークグリーンのリボンタイを揺らし、制服のスカートを翻して美郷は元気に走り去って行く。

 その姿をくすりと笑って見届け、さて、と気合を入れて彩香はグラウンド内に歩を進めた。







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