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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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変な女(1)

 



 

 ――初めから妙なインパクトはあった。


 エレベーターのボタンを押して一息つきながら、早杉翔は少しばかり時間を遡った過去に思いを馳せた。


 そう……ただただ喧しくて――。

 思えば初対面からとにかく面食らっていた。

 公園でも、学校で再会した時もそうだ。


 アレが侑希の片想いの相手と知った時には、おまえ大丈夫か!?と本気で心配してしまったほど。 

 侑希あいつのことなら何でも協力してやりたいが……。

 とにかくうるさい――その一言に尽きるような女が、あいつに似合うとはとうてい思えなかった。


 ちょっとは落ち着けと言わずにはいられないほど、いつもあわただしく駆けずり回って大声で何か喚いていて。

 気付けば転んでるし、どこかしらケガしていたりもする。

 そういえば――自分と相対する時はなぜかたいてい怒っていて、(はた)かれたのも確か一度や二度ではなかったような気がするが……どうだっただろうか。 


 思わず眉をしかめた時には、軽い到着音とともに広めのエレベーターがガコンと口を開けた。

 無人のメタリックな空間にゆっくりと乗り込み、下降ボタンを押す。


 まあ……何にでもマトモに反応してキャンキャン吠えてくるのが面白くて、つい突っついて遊んでいたようなところもあったため、こちらも自業自得と言えなくもない。

 その辺りは認めてやらないでもない。


 ――が、しかし。

 納得できない件もそういえばあった。

 ある日の部活後、彩香が下級生に囲まれていた時がそうだ。


 侑希と一緒に運良く(運悪く?)通りかかった人気のない体育館横で、年下の女どもにそれはもう……もの凄い言われようをしていた。

 女って……陰ではこんな……?と空恐ろしくなるような物言いと笑い声。

 いつもは喧しい彩香が大した反論もせず、一方的に見てくれがどうだとか言われっぱなしになっていることに疑問が湧いたが、ついにしゃがみこんで泣き出すように見えた時には、思わず口出しして――出ばってしまっていた。 

    

 「何でいるんだ?」とばかりにきょとんと振り返られて、おもいきり早とちりだと悟ったわけだが。

 かと思うといきなり背中にゲンコ一発食らい、そのうえ「ウザい」だ「関係ない」だと怒られた。


 思考回路がまったくもって意味不明だった。

 落ち込むでも涙するでもなく何で怒ってるんだ? しかも助けに入ったこっちに向かって。

 八つ当たりか?

 何だこの生き物?

 まさしく未知との遭遇というやつじゃないのか――と。


 何にしてもこんなのに惚れてる幼馴染の気が知れない、とマジで思った。


 しかもそんな侑希の気持ちにまったく気付かないばかりか、見た目が良いからって好きにはならんなどとほざきやがって……。

 侑希の好みにもたまげたが、彩香アレの趣味もどうなってんだ?


 普通の女だったら少しくらいなびくだろ。

 一瞬だけでも揺れるだろ。

 相手はあの沖田侑希だぞ?


 あげくの果てには、親友の幸せのために協力しろとか目を輝かせて本気で頼んでくる。


 …………できるか、んなこと。

 こっちは()()()()をどうにかくっつけてやろうと、わざわざ部活まで始めたってのに。


(……っとに、ヘンな女)


 身体のサイズに似合わず声と存在感ばかりバカでかくて。

 色気もへったくれもねー喧しいだけの馬鹿かと思えば、普通の――そこらへんの女のように一丁前に拗ねるし、時々妙に素直になったり何か聞き捨てならないことを口走っていたりもする。

 ……まあ、聞き捨ててやるが。 


 おまけに時々、いいタイミングで……自分とは正反対のやたら前向きな発言しやがるし。


 後悔やら贖罪で頭一杯にして、自己満足としか言いようがない『協力』に右往左往する自分とは違い、あっちは純粋に――ひたすら親友の幸せを願って行動を起こそうとしている。

 そしてメンバー交替を言い渡されるまでは走高跳ハイジャン枠に居座って、どんなに失敗しようが跳びつづけたいという野望もあるらしい。

 どう考えても無理なことを承知で、それでも跳ぶのだと。

   

 それによって自身の何かを変えたいということらしいが……。

 いや、それはいい。やりたいならやればいい。

 後悔残さないように全力を尽くす主義らしいし。


(…………ちょっと待て。ならなんで後先考えずに厄介事に突っ込んで行くんだ? 実は後悔しまくりだろ、あいつ)


 ぐにゃりと眉根を寄せ、思わず天井を――入院病棟の方角を睨んでしまう。 


 要するに……やっぱりただの馬鹿なのか。

 母親にも言われていたとおり、ちょっと目を離すとトラブルに巻き込まれているのがいい証拠だ。


 体育倉庫での件もそうだし、逃げるでも叫ぶでもなく見ず知らずのばーちゃん助けようとしてるし。

 自分を吊し上げようとしてきた下級生のために怒ってこっちを殴るし(あれは未だに納得できん)、塚本を庇って自分がとんでもない大ケガするし……。

 しかもあんな痛々しい状態で、塚本の懲罰だの侑希のインハイだのと他人の心配ばかりしやがる。


 ――本当に何なんだあの女?

 今まで会ったどんなヤツとも違う。



 ――『翔、惚れるなよ?』



 ふいに。

 いつか、微妙な表情で侑希が言い放った言葉がよみがえる。


 ……違う。そうじゃない。

 侑希あいつの邪魔をする気なんかこれっぽっちもなくて……。 

 第一、他の誰がそれをしようと自分だけはそんなことできる権利などなくて。   

 そんなんじゃなくて、ただ――――   


(ただ――? 権利……?)

 

 ふいに、自分が何かとんでもない考えに陥りそうになっていたことに気付き、微かに目を瞠る。 


「……どうかしてんな」


 おもむろに目を閉じ、重いため息を吐ききってからエレベーターを降りた。

 今日は直接ガキどものゴタゴタに巻き込まれたわけではないが、部活もあったし学校――病院間の移動やら聞き取り調査やらもあって疲れたのかもしれない。

 そう、思うことにする。  




 一階に到着すると、受付の一角以外はすでに照明が落とされ、静寂と薄暗さが空間ロビーを占めていた。

 救急指定病院でもあるはずなのだが、急患などが運ばれてくるのは別の棟らしい。

 仄かな灯りに照らされた、閉ざされた正面玄関前の貼り紙に視線が向かう。

 時間外は通用口から出入りするようにという旨の表示が読み取れた。


 どうにも掴めない胸の内のもやもやを追い払うように深く息をつき、軽くネクタイを緩める。 

 乱暴に前髪をかき上げながら大股で体を反転させようとした視界に、今日一日でずいぶん見慣れたシルエットが飛び込んできた。

 受付前の大柱に気怠げに寄り掛かって立つ同じ高校の制服。同じ色のネクタイ。


「塚本……」


 教師たちに伴われて店に謝罪に行った後、そのまま帰宅するのだと思っていた。

 やはり彩香の様子が心配でひとり戻ってきたということか。


「あいつ、目ェ覚めたぞ。顔出してくか?」

「……」


 呼びかけに何ら反応しない塚本に、ゆっくりと歩み寄る。


「おまえに悪いことした……って言ってたぞ」


 薄暗い照明に照らしだされる横顔は、いつもどおりの無表情。

 が、それに加え塚本の顔もまたずいぶんと疲れているように見えた。

 ある意味一番の当事者だ。無理もない。


「――何? ビビったか」


 あえてからかいの色を含ませて言う翔に、ずっと伏せられたままだった切れ長の目がついと向けられた。


「……当たり前だ。女なんか殴ったことねえからな」

「つっても、おまえが殴ったわけじゃねーだろ」


「簡単に吹っ飛んで――――死んだかと思った……」

「――」


 確かに、人一倍小柄な彩香だ。

 衝撃を受けた際、考えられないくらい軽く勢いよく宙を舞ったのかもしれない。


「……けど、安心しろ。大丈夫だってよ」


 痣や傷だらけで見た目はかなり痛々しく入院することにもなったが、頭蓋骨内部は思ったほど深刻な状況ではないし、神経や他の器官にもほとんど影響はなかったらしい。

 それもまた事実なのだ。

 目覚める前の病室で検査結果について母親と関口が話していたその内容も付け加えてやった。







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