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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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スイッチ(3)


 

   

 

 ビクビクと徐々に布団に潜りだす彩香に――――先ほどまでより近い位置から向けられる翔の視線は、思いのほか静かなものだった。


「――塚本もすっげー心配してたぞ」


「え……」


 意識の朦朧とした自分を背負って学校までの道のりを歩いてくれた広い背中を思い出す。

 歩調や語りかけに心配や気遣いは感じられたが、疑問や苛立ちといったものも明らかに塚本を取り巻いていた。 

 それも至極当然なのだ。

 結果として、おそらくは彼のまったく望んでいなかった展開になってしまっているのだろうから。


「……悪いことしちゃいました」


 本当なら心配などしてもらえる立場にはない。

 怒られて呆れられて当然のことを自分はしてしまったのだ。 


「まったくだ。聞けばあいつ、おまえに対しては全然悪くねーじゃん。なのに」

「う……」

「ガキどもにムカついただけでよ。なのに!」

「うう……っ」


 すいませんすいませんこんなダメ人間見捨ててください、と胸中で懺悔を繰り返しながらいつの間にかすっぽり被ってしまっていた薄い布団を―― 


「こら、聞け」


 突然がばりと捲られた。


「――けどな……おまえが止めたおかげであいつもお咎め無しらしい」


「……ホントに? た、退学とか……停学もナシ?」

「おう」

「お縄になって転落人生まっしぐら、とかも……」

「おう……」


 ……って、お縄?と微妙な顔で首を傾げる翔をよそに、気付いたらかなり深い安堵の息をついていた。


「よかったあぁ」


 やはり止めに入って良かったのだと――方法は問題だらけだったが、結果としては間違っていなかったのだと……ほんの少しだけ思えた。

 まあ、こうして塚本を含めた各方面にとてつもなく心配をかける「入院」という状態にはなってしまったが。


「元はといえば最初に絡んできた中坊が全部悪いって瑶子と高瀬が証言してたし、俺も前回のことぶちまけてきた。コンビニ前の――ばーちゃんのあの件な」


 道理で……と今さらながら静かに腑に落ちた。

 関係者云々の中にこのヒトが入ってくれている状況、というのが少なからず疑問だったのだ。

 今日の一件のみに関して言えば、この人物はまったく掠りもしていなかったのだから。     


「けど塚本アイツが店で暴れたのも事実だから、つって……。さっき担任と学年主任と一緒に店のほうに謝りに出てったよ」

「そう……ですか」


 次に顔を合わせたら自分のほうこそきちんと謝ろう。

 スルーされるかもしれないが、許してもらえないかもしれないが。

 ぼんやりとした頭でも、それだけはしっかりと心に刻んだ。

 


「でも……そういえば、なんであの時……学校に戻ってきた時、先生たちもみんなも外に出て来てたんですか?」


 帰り着く直前に、正門からゾロゾロと出迎えるように陸上部員たちが駆けて来たのを思い出していた。

 たまたま歩いているところが遠目に見えて……というのは第二グラウンドからは方角的に絶対無理だし、店から連絡が入ったにしては――少し遅いタイミングな気もする。


「前におまえを吊し上げようとしてた一年がいたろ」

「うん……」


 美郷(確か印象が綿菓子なあの可愛い子)たち三人がすぐさま記憶に上る。

 体育館横で大荷物を抱えていた時に、足払いして難癖つけてきたあの一年生たちだ。


「おまえが大変だ、つって練習中のグラウンドに血相変えて知らせにきた」

「……え」


 どの時点かで目撃されていた、ということだろうか。

 スーパー裏の野次馬の中にいた?

 それとも背負われて学校へ戻る途中に、偶然目にした?


 というか……だとしても、そんなことをしてくれるような子たちだっただろうか?


(ま……まさかそれすらも沖田侑希への点数稼ぎ――――いやいやっ何て嫌なことを考えるのだ自分!? そ、そんな無闇にヒトを疑っては……疑心暗鬼になってはイカン!) 


 おとなしく素直に感謝する心を持たねば、今回のこの悪行も許されない(誰に?)に違いない! 

 そんな気がする!

 と謎な強迫観念に駆られてつい唸り声を発してしまっていた。


 そんな彩香をしばらく眺めていたかと思うと。

 呆れたような少し怒ったような、微妙な表情で翔が大きなため息をついた。


「……っとに、どーしよーもねえな」


「う」


 うわ、来た!と微かに肩を震わせると同時に、じりじりとまた布団に潜り込む準備に入る。


「次はちゃんと逃げろっつったよな?」

「ご……ごめんなさい……」


「けど…………一番は俺のせいだな」


「え」


 思いもよらない言葉に、つい潜り込む体が止まってしまった。


「あいつらが仕返しなんて考えられないくれーに、前回ちゃんとシメとくんだった」


 そ、それもこわい話だ……と思いながらも、すっかり見開かれた目は伏し目がちに見下ろしてくる翔の顔を捉えていた。


「悪かったな……」


 遠慮がちに伸びてきた手が、くしゃりと控えめに頭を撫でる。


「そ、そんな……全然……っ、悪くなんて――」 


 この人が謝る必要なんて全然ないのに――。

 おもいきり首を横に振りたかった。安静をおして動いたら間違いなく叱られるだろうが。

 言っておきたかったコトとは、このこと――だったのだろうか……。

 塚本の処遇に関することも確かに伝えたかったのだろうが。

 

「っていうか、早杉さん……」

「ん」

「なんか優しすぎて、逆に恐い」


 一瞬の空白の後、翔を取り巻く空気と声が低く落とされた。


「――んだと、こら」

「ひーっ、す、すいませ……いっ、い痛たたた……」

「ば……バカ、動くな……!」


 頭部を押さえて顔をしかめる彩香によほど驚いたのか、焦ったように顔を寄せて翔。


「大丈夫か?」

「はい……」


「……ムカつく。どこもかしこも迂闊に触れねーし」


 軽く舌打ちしながらも、包帯と絆創膏の痛々しさに眉根を寄せていた。


(え? いや、触って……くれてるけど。ひょっとして無意識なの……?)


 優しく頭撫でとかさ……と心の中ですかさずツッコミが上がるが、言うのはよそうと即決してお口にチャックする。

 我に返って撫でてくれなくなったら寂しい。


 真面目な話、じゃあ当分は鷲掴みの刑もナシなのだなと思うと、喜んでいいやら寂しいやら複雑な思いが湧いてきた。

 今の自分はきっと、何とも形容し難い締まりのない微妙な表情カオになっているに違いない。


「そ、そーだ……顔。今あたしの顔って、ど……どうなって――?」


 お岩さん? お化け屋敷? ゾンビ? 特殊メイク無しでソレ系のとこに就職できるレベルとか言われたらどうしよう?

 気になりだすと無性に左まぶたが重くなってくる。


「しばらく鏡は見ねえほうがいいぞ」 

「え……っ」

「壊れても元とたいして変わらんくてショック受けんぞ」


「――」


 ……それはつまり、元の顔そのものが――


「ど、どーいう意味――――! いっ痛……」

「おら、安静つっただろ」


 お、鬼だ……。

 二度目ともなるとしっかり耐性ができ上がっているのか、くーっと目を閉じて痛みをやり過ごす様を見て笑っている。


「つーか、おまえの場合、外より中身心配すべきだろーが。打ち所悪くてかえって頭良くなってんなら話は別だけど」

「うっ」


「入院長引いたらますます授業ワケわからんくなるよなあ。期末直前に退院ってことになんなきゃいーなあ?」

「うぅ……っ」


 あ、悪魔だ……。

 期末試験に恐れおののく様を笑っている。しかもめちゃめちゃ優しい整った顔で。


(……っていうか)


 こんな格好いいヒトに、この半分壊れた顔(しかも寝顔!)をしばらくの間晒していたのかと思うと……今さらだが激しく凹んだ。


 すごいな自分。好きな相手にここまでさらけ出せてるなんて!

 なんかもうこの先何見られても困らなそうだなっ!

 ……というと聞こえはいいが、言い換えれば情けなさとみっともなさ全開というか。

 単に醜態をこれでもかというほど晒してしまっているという……間抜けな事実以外のなにものでもないわけで。


 あーあ、と結局は心の中でガクリと項垂れる。   

 投げやりになりつつも「母め、よくも……」と胸中で毒付いたところで、ふっとすぐ側に気配を感じた。


「また、一緒に数学やるか?」


 間近に見下ろす優しい表情にドキリと心臓が跳ねた。


「え……は、はいっ! や……い、いいえ……! あ、でも……やっぱり」

「どっちだよ」


 笑みをもらしながら翔がわずかに眉を寄せる。


「だ……だって、いいんですか?」

「何が」

「バカですけど?」

「今さら?」

「ぐっ……。そ……それに――」


 瑶子さんの目だって―― 

 

 喉元まで出掛かったのに、つい口にするのを躊躇ってしまった。

 綺麗で優しい「彼女」の名前を。

 口にしたら確実に、このヒトの意識を向かわせてしまう。そう……思ったから――? 

 言い淀んだまま軽い自己嫌悪に陥る。


(……ヤなヤツだな、あたし)


 そして馬鹿だ。

 そんなことしても無駄なのに……。

 くだらない小細工をしたって意味がないくらい、きっと二人の結び付きは強いのだろうから。


「な……なんでもない、デス……」


 目線を泳がせジリジリ布団の中に沈み込んでいく様子に何を思ったのか、無事な側の額にそっと長い指が触れた。


「いくらでも特訓してやっから。……早く治せ」


 そう言って少しだけ乱暴に前髪をかき乱した手とは裏腹に、伏し目がちの笑顔はこの上なく穏やかだった。






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