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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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スイッチ(2)




 緩やかに意識が浮上したかと思うと、開かれた視界一面に白い光が満ちていた。


 未だ慣れないまぶしさに目を細めながらぐるりと視線を巡らせかけて、彩香は「え……」とつぶやく。  

 白い世界に一瞬だけ意外な人物を捉えた気がして、ゆっくりと視線を戻した。

 そして存在を確かめるべく瞬きを一つ。


「お。起きたか」


 ……幻が消えない。

 これは夢だろうか? それとも――


「……天国? 早杉さんも死んだ、の……?」


 自分が横になっている足元――よりもさらに少し先に、早杉翔の幻が制服姿で立っていた。


「何っつー寝ぼけ方してんだ……」


 ぼんやりと独り言をつぶやく彩香に苦笑しながら、幻は踵を返す。

 そしてすぐ後ろのドアから外に顔を出したかと思うと、「お母さーん、起きたみたいですよー」とひっそりと(?)叫んでいた。


 やや抑え気味の飄々とした呼び声を聞いた瞬間、急激に意識が覚醒する。


 夢でも天国でもない。現実だ。

 現実の……自分が今横たわっているここは、病院のベッド?


 四人部屋らしい白を基調とした病室。

 間仕切り用のカーテンはすべて開けられ、他の三つのベッドは完全に空いているらしい。

 気付くと、左手首と額に何かがあてがわれ、上からしっかりと包帯が巻かれていた。さらに、知らぬ間に擦り傷でも作っていたのか、両手や頬にまで大小の絆創膏がいくつも貼り付けられていた。 

  

 しかしそうなると、ますます謎だ。なぜこの早杉ヒトがここに――? 


(っていうか……「お母さん」?)


 ぱちくりと瞬きしている間に、バタバタと近付いてくる足音。


「彩香!? 気が付いた?」


 翔がスッと一歩退いた入口に現れたのは、れっきとした西野母だった。

 続いて陸部顧問の関口も珍しくあわてたように駆け込んで来る。


「おお西野。どうだ? 具合は?」

「グッチ先生……」


「あんたって子は……本当に何やってんのよ! 心配かけんじゃないわよ!」


 チャコールグレーのパンツスーツに身を包んだ母親が、涙ぐみながら怒っている。


「お母さ……」

「もお……本当に……っ、冗談じゃないわよ……」


 叱りつけながらも布団を掛け直し、絆創膏の上から右頬をそっと撫でてくれた。

 自分を見つめる充血した目には明らかに疲れた色。後ろで纏め上げられた少しクセのある髪の毛もわずかに乱れていた。


「……ごめん」

 

 親にまで心配と迷惑を掛けてしまった。痛いくらいに目頭が熱くなる。

 ふと、大泣きしていた柚葉のことが思い出された。


「せ、先生……! 柚葉と瑶子さん、は? 大丈――」 

「立場が逆だろう。安心しろ。おまえ以外はみんな無傷だ」

「つ、塚本先輩……は? 何か罰則の対象になったり……とか。あ、あと沖田くんのインハイに何か影響とか――!」

「大丈夫だから落ち着け。何も気にするな」


 大雑把に安心しろと言うだけで呆れたように笑う関口の言葉に、それでもかなりホッとした。


「みんな心配してさっきまで居たようだが、時間も時間だしな」

「え……」 


 居てくれたのか……と思うと、嬉しい半面、かなり申し訳ない思いに駆られた。

 今日のこの騒ぎも元はといえば自分のせいなのだから。   


(……っていうか、じゃあなんでまだ()()残って――?)


 あらためて少しだけ離れて立つネイビータイの長身を見上げかけて、ふいに手前の母親のスーツ姿にハッとする。


「ていうかお母さん……仕事は?」

「中抜けしてきたに決まってるでしょ! ていうかもう早退になっちゃったけど」

「え……ご、ごめん。い、いいよ。戻って?」

「何言ってんの……。もう夜よ」


 夜通し働けってか?と呆れ顔で指差した窓の外は、確かに真っ暗だった。

 壁に掛けられた時計の針も二十時過ぎを指している。


 ということは……あれから何時間経ったのだろう?

 どうやって自分はこの場所に……。 

 順を追って記憶を整理しようとしたが、今ひとつ頭が冴えない。

 手当て済みとはいえまだ頭痛はするし、今は考えるなということだろうか。 


 包帯の上から側頭部に触れようとした手を、母にそっと止められた。

 むやみに触るなということらしい。


「そうだ、いっけない! お父さんにも電話しなくちゃ。後で遅くなってでも来るって言ってたわよ。ちゃんと謝っておきなさいね? すごく心配してたんだから」

「……ふぁい」

「ついでに入院手続きして、一旦帰って必要な物とってきちゃうわね」

「入……院?」

「今日明日はとにかく絶対安静に、だそうよ。なるべく動かないように、ですって」


 絶対……なのか、なるべく……なのか、どっちだろう?

 トイレは自力で行っていいのだろうか?

 ぼんやりと天井を見上げたまま変に細かい部分に思いを馳せながらも、やはりそうとう大変な事態になっていたのか……と小さくため息をつく。

 「入院」という言葉にやたら重みを感じてしまった。


「それ以降は状態を見ながら、だそうだぞ。許可が下りるまで部活も当分は無理だな」


 跳ぶのも走るのもな?と念を押した関口に「えー……」と不満をもらしてみたが、聞こえなかったのかスルーされたのか誰も拾ってくれなかった。


「そういうわけで、ええと……早杉くん? 悪いんだけどもう少しだけ頼めるかしら? すぐ戻ってくるから」

「え……ちょ――お、お母さん!?」


(何言ってるんだ、母よ! さっきもだけど何、赤の他人――しかも異性!――に任せて席を外そうとしてんだ!?)


「ハイハイ、問題ないですよー?」


 布団の中からギョッとして母親を見上げるケガ人にまったく頓着せず、最初の印象どおり実に軽薄な笑顔で翔は請け負った。


(――って、断ろうよ早杉さんも……! 女子相手なんだからフツーはもうちょっと気を遣って――)


「ごめんなさいね。この子ったら目を離すと本当にロクなことしなくて……」

「お察ししますー。お母さんも大変っすねー」


「………………」


 久しぶりに見たチャラ男モードの早杉翔は、何ゆえここまで我が母と馴染んでいるのだろう?


「あ、じゃあご自宅までお送りしましょう。車なんで」

「まあ関口先生、何から何まで……すみません本当に。じゃ彩香、いい? おとなしくしてるのよ?」

「じゃあ早杉、頼んだぞー」

「了解でーす」


 もはや反論する気にもならない。

 軽いとしか思えないノリで手を振っている翔と、その向こうに嬉々として消え行こうとしている二人を、横たわったまま彩香はただげんなりと見つめた。   



 娘が年頃だという自覚は……あの母親には無いのか?

 無いのだろう、間違いなく。


 母親にさえ(ついでに熊の手中年、関口にも)自分は正しくカテゴライズされていないらしい。

 まあいいけど。どうせこの組み合わせじゃ何の間違いもあるはずないし……と少しだけ拗ねモードが入りかけるが、すぐに数分前からの疑問が取って代わった。


 その意外な人物がなぜこうして一人残っているのかが謎、なのである。  

 居合わせた柚葉でも瑶子でもなく、百歩譲って同じクラスの沖田侑希でもなく……。


「『なんで居るんだ?』って顔だな」


 見送り終わって振り返った翔が、お見通しとばかりに口の端を上げた。


「…………なんで、ですか?」

「まあ、簡単な話だ。おまえはなかなか目ェ覚まさねーし、ケガした時の状況を詳しく聞きたいって病院から学校に連絡が入ったらしい」


 関係者一同、生徒指導室で話訊かれてた時な、と言いながら翔が向かいの空きベッド横に向かう。  


「みんなも気が気じゃなかったし――特に高瀬がな……。『自分のせいだ』つって泣いて泣いて大変だったんだぞ」 

「そんな……」


 危険な目に合わせたのは、怖い思いをさせてしまったのはこちらなのに……。


「で、じゃあどうせならってことで病院に場所移して事情聴取続行。そのラストが俺だった――と」 

  

 そういうわけだ、と引っ掴んできたパイプ椅子を間近に置き、どっかりと腰を下ろす。   

 聞き取りが終わって帰ろうとしたら、関口と話をする間ちょっと娘を見ててくれって西野おまえの母親から声が掛かってな、と笑いながら付け加えた。


「す、すいません……母が、そんな無茶ぶりを……」


 もう暗いし早く帰りたかっただろうに、と思うと、ベッドから飛び降りて即土下座したい気分になった。


「まあ……ちょうどよかったよ。言っとくこともあったしな」

「え」


 わずかに抑えられた声の調子に、思わずギクリとした。   


(も、もしかしてやっぱり怒られるのかも……)


 無茶して祝勝会どころではない騒ぎにまで発展させてしまったあげく、みんなに心配と迷惑と手間まで掛けさせてしまったのだから、怒られるのも当然だ。

 これで無罪放免ってほうがありえない。わかってはいるが……


(で……でも怖いっっ)







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