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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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リベンジ(4)




 まず感じたのはやわらかな揺れ。

 それからアスファルトの上をそっと歩く規則正しい足音。


 誰かに背負われて移動しているのだと理解すると同時に、うっすらとまぶたが持ち上がった。

 見覚えのある街路樹に建物。

 毎日歩いている、駅から学校までの通りを進んでいる……?

 もう少し詳しい状況を……と身動きしかけたとたん、頭部に鋭い痛みが走った。


「……痛……」


 左のこめかみ一帯に、押し寄せる波のようにしつこく激しい痛みが停滞していた。      


「彩香! 気が付いた?」

「大丈夫? 西野さん!? もうすぐ学校着くから!」


 マネージャーの二人が、両脇から必死な声を投げ掛けてくる。 


(柚葉……と、瑶子さん……?)


 心配そうに顔を覗き込みながらも、置いて行かれまいとすぐ両隣を足早について来ているらしい。

 二人の表情は蒼白そのものだった。

 そのうえ柚葉なんて号泣状態で……。 


 では自分を背負って歩いてるのは―――― 

 ふと思い至って、朦朧としたまま目線と意識を前に戻す。

 ところどころ無造作に跳ね上げさせた短い髪の毛。


「……塚……本、先輩?」


 つぶやきにも似た呼び掛けに、体を預けている相手からは何の反応もない。


「すい、ません……ご面倒をおかけ、して……」


 聞こえなかったのかと思い、首周りにだらんと回した両腕に少しだけ力を込めて声も張ってみる。



「…………どこが辛い?」


 今度は返ってきた低い声に、思わずほっとした。


「頭と……なんか顔が、痛いです」

「だろーな。なんて無茶すんだ、おまえ」


 最初に会った時の印象そのままの、低くて抑揚の少ない声。

 倒れる寸前に聞いたのは必死な焦ったような声だったけれど……。

 そもそも何がどうなったのだろう?


「あたし……どうしたん、ですか……?」


 イマイチ記憶がはっきりせず、ぼんやりと素直に訊いてみる。

 少しだけ間を置いて、ため息混じりに塚本が口を開いた。


「こっちが聞きてえよ。いきなり肘に突っ込んで来やがって」


 肘に?

 殴るのを止めようとして、顔から塚本の肘に突っ込んで行った――ということだろうか。

 なんだそれは……間抜けにも程がある。 

 思わず瞬きしたら、すかさずこめかみ付近に痛みが走った。


 間に割って入るのは無理だがせめて振り上げた拳を止めようと、あの腕にぶら下がるなり体当たりするなりしてどうにか止めようと思った……覚えはある。


 殴らせてしまったらダメだ!

 ……そう思って。


 直後の激痛と激震とともに、そこで記憶はパッタリ途切れているわけだが。


「先輩……肘、だいじょーぶ……ですか?」

「……ヒトの心配してる場合か」


 とっさに思い付いた前フリ質問に、すぐに抑えた声が返される。


「あたし……ちゃんと、止められました?」


「――」


 ぼんやりしたまま一番気になっていた質問を投げかけると、ほんの一瞬、塚本の歩みが止まった。


「やっぱり、間に合いませんでした……? 先輩、殴っちゃい……ましたか?」

「いや」


「なんだ、よかったあ……」


 低く短く答えて再び歩き出す塚本の様子に、つい、うへへと緊張感のない笑いが込み上げた。

 我ながら気持ち悪いと思うが、間に合ったのなら良かったと……心底良かったと安心してしまったのだ。

 

 満足気な彩香を一瞬目だけで振り返り、塚本がわずかに眉を寄せる。


「……なんで止めた?」


「だって……ダメですよ、街なかでぼーりょくは……。制服だし、学校バレ半端ない……んですから」


 丸ごと翔の受け売りだったが、ちゃんと答えられたことでさらに満足した。


「それに……あのままだと、先輩が悪者に……思われちゃいそうで……」

「――」

「前に助けてもらって、あたしお礼も言ってなかったし……そのお詫びというか……恩返しというか」


「殴らせておいて、何が恩返しだ」


 一気にトーンの下がった、不機嫌そのものの声が響いた。   

 そうとう怒らせてしまったのかもしれないと思うと、わずかに焦りと申し訳なさが湧いた。


「す、すいません……ごめんなさい……」


 塚本が怒るのも無理はない。

 まるでそんな気が無かった彼の前に(肘だから後ろに?)、さあ殴れとわざわざケガをしに飛び出たも同然の行動だったらしいのだから。


「ほ、ほんとおおぉに……申し訳ありません……。で、でも先輩が殴ったわけではなく……わたくしめが勝手に突っ込んでしまっただけで、なのです……ので、お気になさな、ら……さ……あ、アレ?」

「もういい。喋るな」


 呂律の怪しくなってきたところを、さらに容赦なくピシャリと遮られた。


「へ……へい」

  

 さすがにこれ以上は怒られたくない。

 何せこの相手はあの早杉翔よりも短気なタイプかもしれないし……大人しくしていよう……と緩やかに決意する。


 そうなると自然に、次の疑問は自身へと向いた。

 では今ガンガンに響いて痛いこの側頭部――顔もか――は、とんでもないことになっているのだろうか?

 心なしか左目のほうが開きづらい気もするし。 

  

(お岩さん状態、とか……?)


 もっとか?

 流血はしていないようだが修復不可能なくらい顔面破壊進んだか?

 ちょっと鏡見るの勇気要るかもなあ……などとぼんやり考えつつなぜか笑いが込み上げてしまう自分は、恐らくそうとうマズい状況なのだろう。外側ばかりでなく内側も。


 だが起きてしまったことはしょうがない。

 かなり痛いし不安もあるが。


 朦朧としてまともに考えられない状況にありながら、親友のしゃくりあげる声がいっそう大きく耳に響いてきた。 


 柚葉がずっと泣いている。

 らえきれず声も涙も止められずといった感じで、聞いていると気の毒に思えてくるほど。  

 きっと凄く心配をかけてしまっているのだ。

 自身もあれほど怖い思いをしたばかりだというのに……。


「柚葉……泣くなぁ……」

「だ……って、彩香……っ」


「ごめんね……怖い思いさせて……。瑶子さんも……ごめんなさい」


 痛みに顔をしかめてゆっくりと反対側を見返ると、眉をひそめた瑶子と目が合った。


「いいから動かないで。今は何も喋らないで!」

「……あい」


 またしても怒られてしまった。

 美人に叱られるとやたらヘコんでしまうのはなぜだろう。

 しょうもないことを考えつつ、ならば襲い来る睡魔に素直に負けてしまおうか……とまぶたを閉じかけた時。


 遠くの方から声が聞こえた……気がした。


 自分の名を呼ぶ声とともに、バタバタと駆け寄ってくる複数の足音。    

 そろそろ校舎が見えるころではあったが、正門に着くまでにはまだ少しだけ距離があると思ったのに……? 


 何か騒然としたような気配に、再び沈み込もうとした意識がうっすらと浮上する。

 揺らぐ視界に捉えたのは見慣れた黒ジャージの小集団。正門を飛び出して脇目も振らずこちらへ駆けてくる陸上部員たちだった。  


(……みんな?)


「西野!」


 真っ先に側にたどり着いたのは沖田侑希。

 さすが俊足王子……速いなあ……と呑気な感想を抱く彩香の顔を覗き込み、大きく目を見開いていた。


(おおう……やっぱり顔が、アレなのか。かなり酷いのか……)


 それほど間をおかずに香川部長と早杉翔を含めた部員たちも駆け寄ってくる。


「西野! どうした、何があった!?」

「彩香おまえ何――――え……塚本?」


 やはり――というべきか、黙々と職員玄関の方まで歩き続ける男子生徒の正体にいち早く反応したのは翔。

 が、その背中でぐったりとしている彩香に目を留めるなりおもいきり眉をひそめた。 


「おまえ……顔――」


(……そ、そんなに? そんなえげつない状況? このヒトがからかいの言葉すら思い付かないほど!?)


「西野ちゃん!?」

「しっかりしろ、西野!」

「彩香先輩!」


 残りの部員とバタバタと職員玄関から飛び出してきた教師たち数人も、次々に顔を覗きこんできては愕然と息を呑む。


(うわあああぁ、やめてそのリアクション……。いくら元が大したことなくたって、顔がどうなってんのかホントに怖いから)


 何やら「見てはいけないモノを見てしまった」的な空気に、気分とともに意識までどんより重くなってきた。


 そのまま保健室へ、いや病院だろう、とあたふたと言い合う関口顧問や他の教師たちの声を聞きながら、ふと疑問に思う。

 というか何だろう……みんなのこの出迎え(?)のタイミングの良さは?

 三人とも携帯は持たずに出たはずだし、スーパーから苦情か連絡でも入ったのだろうか? 


 そもそもスーパーのほうはどうなったのだろう。

 あの生意気で危ない中学生たちは?

 いや、彼らのことなどどうでもいいが。塚本は結局通報されずに済んだのだろうか……? 


 よく考えると確かめなければならないことが山ほどあったのに……と気付いたころには、またまぶたが重くなっていた。


 こうしている間にも、他部生や帰りがけの生徒たちで野次馬の数は徐々に増えてくる。

 変に目立ってしまった、やだなあ……と周りを囲む人垣にぼんやり視線を巡らせながらも、一番近くから意識が離れることは決してなかった。 


 柚葉がひどく泣いている。

 せめて「大丈夫」って言ってあげないと……。

 この心配性で優しい親友に。

 「安心して」って……一言だけでも……。


 でも、なにか――ひどく眠い……。

 もしかしてかなりヤバい……のだろうか?

 みんなの表情も、まるでアレだ。ドラマの病室で医師の「御臨終です」の言葉を待つ親族たちのような……。


 息を詰めてこちらを見つめている部員たち。

 心配そうに見つめる侑希の顔もそこにはあって――。 

 そうだ……今日はお祝いだって言ってたのに……。 


「ごめん……沖、田く……」


「え」


 せっかくの祝勝会だったのに、とんでもない騒ぎにしてしまった。

 自ら望んだわけではないとはいえ、中学生たちとのゴタゴタ――あれはやはり自分のせいだ。 

   

 居たたまれなさに少しだけ涙が滲んだ。

 またやらかしてしまった……。

 どうしてこう自分はダメなのだろうか。

 

(早杉さんにもちゃんと逃げろって言われてたのに……。また無鉄砲って、怒られるな……。今度こそ本気で呆れられて、嫌われてしまうかも――)


 完全にまぶたが落ち、頑張って顔を上げていた力もすっと抜けていくような感覚。

 ……そんななかで思ってしまった。


 でもそれもいいかもしれない……。

 そうしてくれないだろうか。

 あきらめることができずにズルズルと、叶わぬ想いを引きずるくらいだったら……。

 いっそおもいきり嫌われて軽蔑されて、一切かまわれることも気にかけられることもなくなれば――――  


 どちらにしてもあの格好いいヒトには顔向けできないし丁度いい、と倒れこむように塚本の背中に顔を伏せる。


 無事な右側の額に、そっと大きな手のひらが触れた。


「コラしっかりしろ。吐き気はすっか? 痺れは?」


 すぐ間近に覗き込み、静かに問いかける翔の顔。 

 落ち着いた真っ直ぐな目を見たとたん、涙がこみ上げた。


「早……さ」


 嘘ばっかりだ。 


 嫌ってほしい、なんて。かまわないでほしいなんて……。 

 名前を呼んでもらって、気にかけてもらって嬉しかったくせに――。


「……ごめ、なさ……」


 こんなに好き……なのに。


 まぶたが下りた拍子に、滑り落ちる涙。 

 そこで完全に思考は途切れ、意識は再びゆっくりと深い闇へと沈んだ。







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