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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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突然のおあずけ宣言 byグッチー(1)




 気を取り直してゴミ捨てを続行し、きっちり清掃を終えてクラブハウスにたどり着いた三人を――正確には彩香一人を――陸上部顧問、関口が沈痛な顔で出迎えた。


「残念な知らせだ、西野」


「な、何ですかグッチ先生? まさか今日、跳んじゃダメ……とか?」


 イヤな予感にじりっと後ずさる彩香の肩を、熊のようなゴツい手ががっちり掴まえた。

 対して柚葉と侑希には、さっさと着替えて準備しろとばかりに空いたほうの手のひらをはためかせている。


「大変だぞ。今日と言わず、下手したら今後一切ジャンプ禁止になる可能性()だ」

「なっ、ななな何でっっ!?」


 この時期に新入部員とか?

 有望な誰かとついに交替か!?


 あまりのビックリ発言に、つい我を忘れて関口に詰め寄ると。

 なぜかとてつもなく長く大きなため息を吐かれた。


「波多野先生から泣き付かれた。おまえの数学が壊滅的すぎて教える自信を失くしそうだと」

「あー……」


 なんだそんなことか。

 悪いが変な意味でほっとしてしまった。

 今に始まったことじゃないのに何でまたいきなり……とむしろ愚痴りたくなるが、口に出すわけにもいかず困ったフリだけしていると。


「あんまり気の毒なんで、次のテストで赤点とったら走高跳クビにすると約束しといたから。そのつもりでな」

「は、はいーーーっ!?」 


 さらなる爆弾発言に完全に我を忘れて叫んでいた。


 ドア前で立ち止まって気にかけてくれていた二人は、なんだ勉強の話か……とある意味安心したのか苦笑いしてそれぞれの着替え場所に入ってしまった。

 ひどいっ、友情ってなんだ!?

 と思ったが今はそれどころではなく。


「そ、そそそんな何、勝手に約束取り付けてくれちゃってるんですか……」


「人並みの点数とれば済む話だ。そもそもおまえ課題もまともに出してないそうじゃないか。それで普通に進級できると思うなよ?」

「課題……だ、だだ出してます……っ」

「こんな真っ白で『出してる』とは言わん。普通は」


 見覚えのあるほぼ白い用紙の束を眼前に突き付けられて、ぐっ……と出てしまった唸り声。

 わかんないトコはそのまま提出しちゃいましたー的作戦は、やっぱり見逃してもらえなかったらしい。(ほとんど全部なため)


「というわけで――今日はこの三回分の課題とやらが終わるまでミーティングルームに缶詰めだ。跳びたければさっさと終わらせてグラウンドに出てこい」


 「それまでこれは預からせてもらう」と陸部バッグを担ぎ上げた関口顧問が、今この瞬間だけは「返してほしかったら金持って来な」とほくそ笑む悪いタイプの取立て屋か誘拐犯のように見えた。


「そんなあぁぁぁ! 無理だってグッチ先生えぇぇぇ!」


 日頃の授業がわからなすぎてこんなお手上げ状態になっているわけで、いくら缶詰状態にされたって急にできるようにはならないし終わるわけもないではないか。

 屁理屈をこねたいわけではないが、わからないものはわからない。どうしろと言うのだ!(これを開き直りという)


 彩香のヤサグレ加減が鬱陶しくなってきたのか、関口が、はーやれやれとため息をついた。

 

「心配するな。有能な助っ人を呼んである」

「え?」


 指差された後ろを振り向くと。

 学校指定鞄を抱え、反対側には膨れた陸部ショルダーバッグを提げた、超不機嫌そうに顔をしかめた長身男生徒がちょうどたどり着いたところだった。


「え……早杉さ……?」


 助っ人って……え? うそ……。

 先ほどぶりの姿に一瞬ぐらりと意識が揺れるが、動揺を気付かれぬよう意識して両足に力を込める。

 思っていたよりもダメージを受けていたらしい自分に愕然とした。

 姿を見るまでは、確かに平気だと大丈夫だと信じて疑わなかったのに――。 


「こう見えて早杉はなかなかあてになるぞ。理数系は特に」

「グッチー、『こう見えて』って酷くねえ?」

()()()()、あてになるぞ」

「遅えよ……。つーか、数学だったら侑もイケんだろ。何も俺じゃなくたって――」


 美術室で女生徒に見せていた優しげな笑顔とは程遠い――やたら不機嫌そうな様子に、ちくんと胸が痛んだ。

 もともと面倒くさがりとは聞いていたが、それでなくたって嫌なのだろう。……こんな馬鹿で変な女相手にモノを教えるなんて。  

 そのうえ、まだ幼馴染と自分の仲をどうにかしようとしていたのかと思うと――怒りや驚きを通り越して薄いため息しか出ない。  

 彼にとってそれほどまでに対象外なのだ、自分は。 


(わかってたけど……。そんなに――そこまで……)  


 わかっていたと言いながらもいちいち動揺してしまう自分が情けなかった。

 こうなったらもう一刻も早く忘れよう。

 早いとこ断ち切らないと……自分がどんどんダメになる。


 微かに痛む喉元を押さえこむように、リボンタイごと強くブラウスの襟元を握りしめた。   


「沖田は――だって総体に向けて強化練習だろう。その点おまえは?」

「予選落ちして暇ぶっこいてる平部員デース」

「そういうわけだ」

「……へいへい」


「あ、あのっ!」


 足取り重く会議室に向かおうとする不機嫌長身を、気付いたら呼び止めていた。


「い、いいです、ひとりで頑張るんで……っ。ど、どうぞ練習に出てください!」


 痛みに声を詰まらせながら、うつむきがちに声を絞りだす彩香に――。

 一度ゆっくり瞬きをして、翔が関口を振り返る。


「――っつってるけど? グッチー?」


「無理だな」

「だろーな。おら行くぞ」


 言い終わらぬ内にがっちり襟首が掴まれていた。


「え、ええぇぇぇぇ!? 即答!? ちょ……酷くないですか、二人してっ!?」

「つべこべ言わずさっさと始めんぞ」

「グッチ先生ええぇぇ!」


「頼んだぞ早杉ー。死ぬなよ西野ー」


 関口の愉しげな声援を浴びながら、小柄な身体は驚くほど簡単にズルズル引きずられたのだった。







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