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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
42/173

望まぬ高確率




「だからってアヒルはないと思わない? ――――あ」

「お」


 北棟裏側のゴミ集積所へ向かおうと柚葉と共に本館東階段を下りきった所で、同じようにゴミ箱を抱えた沖田侑希と出くわした。


「そっちもゴミ捨て?」

「そ。沖田くんは今週職員室だっけ?」


 うん、とうなずく彼の表情がなぜかいつも以上に清々しく見える。

 およ?と気付いたものの、このまま往来の多い昇降口付近で立ち話に突入するのはさすがにまずい。 

 帰りがけの生徒たちとサッカー部らしき小集団をやり過ごし、三人並んで東棟を北に向かい出したところで、原因を突付いてみようと彩香が隣を見上げた。 


「って……なんでそんなご機嫌なの?」

「あ、わかる? 俺、コレ初めてでさ」

「?」

「ゴミ当番。なんでか、なかなかやらせてもらえなくて」

「……」


 そりゃ似合わんからだろう。

 必死で阻止しようとする女子たちの姿が容易に想像できてしまった。  


「今日こそは、ってゴネてジャンケンに持ち込んで勝ち取ってきた」

「勝ち取るようなモンじゃないんだけどね、普通は……」


 無邪気に喜ぶ爽やかイケメンに、どうしたもんかと反対側の柚葉と顔を見合わせ、つい力なく笑ってしまった。


(――って、ちょっと待って。なんでまたこういう並びになってんの?)


 今さらだが、見目麗しく優しいパパママに両側から手を繋がれた幼児のような立ち位置に、うっげ……とつい妙な声をもらしてしまった。

 親子連れっていうかもう、端から見たら完全に美ツーショットの間に割り込んだお邪魔虫なんだけど、という思いが眉間のシワをどんどん深くする。


(勘弁してよ……。そうかわかったぞ爽やか王子め。あえて君の欠点をあげるとすれば、その空気の読めなさだっ)


 でもどうしよう……とあらためて眉をしかめる。


 できることなら、今からでもこの立ち位置を代わってやりたい。

 なるべく自然に見えるようには、どうしたらいいのだろう。

 さりげなく転んで柚葉と場所交代するとか……。いやいやわざとらしすぎると絶対また般若柚葉に怒られるな……などとグルグル考えているうちに、気付いたら早くも東棟を抜けきり北棟に足を踏み入れていた。


 一般教室の入っていない北棟は清掃もすでに終わっているのか静けさに満ち、昇降口付近の喧騒はもう遥か彼方だった。


「そういえば、アヒルがどうとか話してなかった? さっき」


 朗らかに爽やかに侑希が女子二人に視線を下ろす。


「え……ああ。あれね。――ちょっとさあ後ろから見てみてくれる?」

「ん?」


 突然ふてくされたような彩香に何かを頼まれたものの、意味がわからず侑希がキョトンと首を傾げる。


「頭、頭。この後ろ頭」

「?」


「彩香のショートボブ、後ろから見るとアヒルのお尻みたいってある人に言われて」


 鼻息荒く自らの後頭部を指すだけの彩香に代わって、柚葉がにこやかに説明し始めた。


「アヒル可愛いと思うんだけど、彩香は落ち込んじゃってて――。ね?」

「いやっ落ち込んではナイがっ! 沖田くんもそう思う? やっぱアヒル?」


 どう思う?いくら何でも『ケツ』はないよねえ? との問いかけに、歩調を緩め侑希が律儀に後ろにまわった。


「アヒル…………うーん、言われてみればそうかも」

「でぇー……そんなことないよ、っていうトコでしょココ! 爽やか王子のくせにっ」


 けっ、やはり仲良し同士野郎どもは感性も合うってことか!

 と、やさぐれ気味にズカズカ歩き出す彩香の後を、くすくす笑いながら柚葉が追う。


 二人にやや遅れて通り過ぎようとした美術室前で、侑希がピタリと足を止めた。


「? どしたの? 沖――」

「シッ」


 ついてこないと思ったらドア窓の下に身を屈め、なぜか口元に人差し指を立てて室内を指差している侑希。 

 何やら嬉しそうな――わくわくしているような目に見えるのは気のせいだろうか? 


(っていうか、この光景どっかで見たような……)

   

 記憶をたどりつつ、「ナニゴト?」と柚葉と顔を見合わせながら侑希の居る場所まで戻る。

 ――と。

 美術室の中には背の高い男子生徒ひとり、とショートヘアの女子の姿。


(あ)


 三人でとっさに窓下に身を隠し、思わず顔を見合わせてしまう。

 一瞬だったが見えた長身は紛れもなく早杉翔。

 今日はもう特進クラスも終わりなのか、すぐ横の長机には彼の物と思われる鞄と陸部バッグまで置かれていた。

 そして向かい合うように立っていたのは、明らかに瑶子ではないボーイッシュな感じの三年女子。


 この場面は、もしかして……。 

 思わず息を呑み、動揺を抑えようとそっと息をつくすぐ横で。


「すごいな翔。昨日も駅で他校の女子に呼び止められてた」  


 やっと聞き取れるくらいに抑えられた小声で、感心したように侑希が言った。


(……それを言うならあなた様も同じくらいかそれ以上にすごいですけど? まさかの自覚無し……? そんなバカな)

 

 というかこの男どもときたら――どれだけ類友なのだろう?

 あの時と立場が真逆になっただけで、全く同じことしてるし……と、呆れるような感服するような複雑な思いが湧き起こってくる。


 そして自分のこういった場面への遭遇率の高さときたら……。

 狙ってないけど野次馬気質なんだろうか?などと思いながらわずかに隣に視線をずらし――――ぎょっとしてしまった。


 立ち(しゃがみ)聞きする気満々で、柚葉までもがピッタリとドアに張り付いていた。

 真剣な顔で、耳とドアの間にしっかり手のひらまで当てて。  


(ちょ……ちょっと! このヒト本当に大和撫子の高瀬柚葉ですかっ!?)


 おそらく翔への恋心を自覚してしまった親友を心配しての行動なのだろうが、おいおい想い人の目の前だぞっ!いいのかそれっ!?と思わず心配になってしまう。

 というかその想い人さんも爽やかスイッチが完全にオフになっているのか、「何このデジャヴ?」と思えるほどあの日の誰かさんのように瞳を輝かせている。       


「い、行こうよ。ほら……っ、聞いてちゃ悪いって……」


 小声でたしなめながら二人のブレザーをクイと引っ張ってみる。

 何にしてもこの状況は罪悪感が半端ないし、どうも心穏やかでいられなくなりそうな気がして……怖い。

 ぶっちゃけ今すぐにでも逃げ出したいのだが。


「待って彩香。もう少し……」

「西野、しーっ」


「…………(こ、こやつら……やっぱめっちゃお似合いじゃん)」


 梃子てこでも動かない様子の美ツーショットに、ダメだこりゃ……とため息がもれた時だった。



「あ、あたしっ、早杉んコト好きっ!」



 室内からもれ聞こえた声にドキリと心臓が反応する。

 周囲が無人のせいもあるのだろうが、それにしてもやけに大きく響いた声に、思わず三人揃って身を縮こまらせた。

 侑希に至っては、声を聞きつけた誰かがやって来はしないだろうか大丈夫だろうか、とばかりに後ろを振り返って気にしている。 


「篠原さんいるのは知ってるよ? 知ってるけど……。けど一年ン時からずっと好きだったから……。それだけ、やっぱり知っといてほしくて……」


 震えながら徐々に小さく消え入りそうになる女生徒の声に、応える声はまだ聞こえない。 


(すごいな……彼女の存在を知ってて、それでもこんな勇気出せるって……) 


 想いの強さがそのまま表れてしまったような大きな声だった。

 思い返して、彩香はそっと目を伏せる。

 ただ知っていてほしい――それだけで、ここまで勇気を振り絞って頑張れるなんて。

 自分には……とうていできない。


「ありがとな。……けど、ごめん」


 ようやく、穏やかで労るような翔の声が聞こえた。

 穏やかだがそれは紛れもなく、気持ちを受け入れられないという謝罪の言葉で――。         


「――んーんっ、ありがと。スッキリしたっ。これでちゃんと気持ち入れ換えて受験勉強できるよ」


 努めて明るく振る舞おうとしているのだろう。   

 健気さは感じられたが、女生徒は完全に涙声だった。

 関係ない自分の胸まで締め付けられるように息苦しくなってくる。


「あ、で、でもさ。普通に話しかけたりとかは……してもイイ? 今までどおりに」

「おう……」


「あと普通にノート借りたりとかも」

「それは……普通に自力でやれ」

「えーーーケチ! 早杉の見易いんだもん」

「アホ」


 女性徒に対する気遣いなのか気安さなのか、言葉の端々にクスクスと笑う声が滲んでいた。

 つい誘惑に負け、柚葉の後ろからこっそり小窓を覗いて――――微かに目を瞠る。


(あんな顔もするんだ……)


 視界にとらえたのは、優しい笑顔。

 それこそ瑶子と一緒にいるときに見せているような、穏やかな……。

 新鮮な思いがする一方で、ほらやっぱりね……と思考は別のある一点に引っ掛かったまま離れられずにいた。 


(瑶子さんとのこと……やっぱり否定してなかったじゃん)


 顔を伏せたまま柚葉からそっと身を離し、一歩だけ後ずさる。

 やはり柚葉の考えすぎだったのだ。

 あの二人はちゃんと付き合っている……。


 ――でも、ほら大丈夫。

 言い聞かせるように胸中でつぶやいて、伏し目がちだった目を小窓の高さまで戻した。

 

 わかっていたから――柚葉の疑問とやらを鵜呑みにしなかったから、こうしてダメージも少なくて済んでいるのだ。


(え……ダメージ? 少しだけでもあったんだ……)


 ふと気付いて、思わず笑ってしまっていた。口の端だけで。

 幸い目の前の二人には気付かれていない。

 少しだけ息苦しさは残っていたものの、思いのほか平静でいられる自分にほっと胸を撫で下ろす。


(やっぱり……早いうちにあきらめてしまおう)


 事ある毎に神様に見捨てられているなどとやさぐれてきたが、けっこう自分はツイてるのかもしれない。

 早い段階でこんな場面に遭遇できたことは、むしろ幸運だった。

 いっそあきらめやすくもなったし。


 今ならまだ……なかったことにしようと、思えば思える。 


(うん……。そうしたほうがいい、絶対。……やっぱり、あたしなんかが恋愛なんて――)  

 

 柚葉には言えないけれど。

 心から応援したいと涙ぐんでいた親友に対して罪悪感は残るが――――。


 確実に傷つくことがわかっていて、想い続けられるわけがない。

 こっちの分野に関してはそれほど自分はタフではないし。

 それに、今ならすぐ引き返せる気がするのだ。

 気付いたばかりということもあって、すんなりあきらめられるはず……。


 ただこの親友は――――当然すんなり納得はしてくれないだろうから、当面はやっぱり伏せておくしかないか……とため息とともに柚葉を見ると。


 まだどこか腑に落ちないという表情で、ちょうどドアから身を離したところだった。

 こちらの視線に気付いたのか、わずかに眉根を寄せたまま気遣わしげに見上げてくる。

 大丈夫?とでも問いたげに……。


 モテるのも彼女がいるのもわかっていたことだし、大丈夫なのに……。早いとこあきらめなければ、と決心もついたし。

 心配しなくていいよ、せめてそんな思いが伝わるようにと精一杯の笑みを作ってみせた。 


「行こっか」


 ゴミ捨て途中じゃんと小声でゴミ箱を指してやると、ようやく柚葉も動く気になったらしい。

 うなずいてそっと窓下から抜け出してくる親友に、目を伏せ、心の中で謝った。



 二人揃って忍び足で、今度こそ立ち去ろうとしたところで―― 

 背後の沖田侑希が未だ室内のやり取りに釘付けになっているのに気付く。

 仲の良い幼馴染のことだけに、やはり事の顛末が気になるのだろうか。

 というか、もう一段落はついたと思うのだが。


「沖田くん? ほらゴミ……」 


 ほぼ空気を揺らすだけの呼び掛けに、ハッとしたように侑希が肩を震わせた。


「え……ああ、ごめん」


 我に返ってようやく自分たちの後を追って歩き出したものの――。 

 侑希がもう一度だけ振り返ってドア向こうに微妙な表情を向けていたことには、気付かずにいた。







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