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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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この親友、侮るべからず(2)




「今日、早杉先輩遅いね」


 伏せた目とともに沈みかけていた気分を、ふいに柚葉の明るい声が引き止めた。


「え……へっ? な、なっ何を藪から棒に」


 なぜかとたんに活発になり始める鼓動。


「何って……ただ遅いね、って」

「な、なんで……っ」


「彩香との掛け合い見るの、なんか楽しいんだよね最近」


 どもりだし目に見えて動揺が走る彩香に特に頓着する様子もなく、柚葉の手はタオルをたたみ続けている。


「え、えぇー……?」

「なんだかんだで先輩、彩香にかまってくるじゃない? ほんとに気に入られちゃってるんだと、あたしは思ってるけど」


「い……いやっ、それは違う。だからそれは――」


 彼が大事な幼馴染になぜかこんな自分なんぞを充てがおうとしていたからで――。


 知り得たが決して言えないこの事実に、つい眉間のシワも深くなる。

 罪滅ぼしか何か知らないが、よくもそんな無謀なはかりごとを、しかも妙な人選をしてくれたものだ。

 柚葉と自分の間に変な溝だけは作らないでほしいのに!……と怒りが湧き起こりかけるが、  


(それにしても、罪滅ぼしって……) 


 穏やかとは言えない言葉に、知らず思考半ばで目を瞠っていた。  

 

 「罪」というからには何か――早杉翔が沖田侑希に対して悪いことをしてしまった、と考えるのが妥当なのだろう。  

 だがそんな――いくら仲の良い幼馴染だからといって色恋沙汰方面までどうにかしてやらなければ、と思うほど?

 そんなに気を遣わなければならないなんて、どれほどの悪行を働いたというのだろう?


「『それは』?」


 考え込んでしまっていた彩香を、先を促すように柚葉が覗き込んでくる。


「あ、いや……。も、もう、かまってこないと思うよ」


 何にしてもありえない人選だということは伝えたし、より美しく相応しい相手(柚葉)との仲を取り持ってくれるよう協力要請もした。


 よく考えると最後までオーケーは貰えてなかった気もするが……。


 だから、こんな自分にかまってくる理由はもう無いはずなのだ。   


「えーなんで? 何か夫婦漫才みたいで微笑ましくて楽しかったのに」


「何言ってんの……。そもそも住んでる世界がまったく違うような人種じゃん! 無駄にデカくて頭良いし、モテるのに変態だし豹変ヤローだし、クチは悪いしすぐ手は出るし、何ったって――」


「まだ続くのか? それ」

「あの頭グリグリ攻撃なんて本っ当に――――って、え」


「てっめえぇぇぇ……よくもそんだけベラベラと人の悪口を」


 遅れてグラウンドに到着した早杉翔が、微妙に頬を引きつらせ背後に立っていた。

 ホラー映画並みの効果がついていそうな、恐ろしいモノを下から見上げるこの構図……地味に恐怖である。


「げっ……は、早杉さんっ」

「ご要望にお応えしてやんぞ、おらっ」

「よ、要望してな……いたただだだ! ギブギブ! ギブっすー!」


 ギブ早えなつまらん、とこぼしながら翔が普通にしゃがんで見下ろしてきた。  


「何おまえ、今日は跳ばねーの?」

「予選敗退者はさすがに身を引きますよ。香川部長にいっぱい跳んでもらわないと」

「ほー、彩香のくせに空気読めてんのか。エライエライ。だからトレードマークのハチマキしてねーのか」

「こ、これからしますっ。跳ばなくても100はやるんでっ」


 だ、だからソレやめてくださいっ、とぐりぐり撫でつづけてくる手のひらを必死で退かそうと四苦八苦していると、


「ところでさ」


 あろうことか翔の顔がずいっと寄せられた。


「前から思ってたんだけど、おまえの髪って――」

「は、はいっ?」


 思わず悲鳴を上げそうになりながら仰け反るように半身を引くも、なぜかどアップ加減にまるで変化がない。


(か、髪!? この頭が何か? っていうか近いってーーー!)



「後ろから見ると、アヒルのケツ()()()だよな」



 冷や汗だらだら状態で何らかの宣告を待つ彩香の脳裏を、のどかで気の抜けたようなアヒルが一羽横切った。

 自分の後ろ頭が、ぺたぺたぺたと歩く度に振れるあの尻みたいだと……?  


「け、ケツ……って失礼な! っていうかアヒルまでそんな目で見てんスかーー!? 変態っ!」


 ふと思い至り爆発した彩香に、なぜか恐ろしく知的で冷静な瞳が向けられた。


「『そんな』ってどんな?」

「えっ、そ、そん……どっ」


 そして――――

 焦って言葉を詰まらせる彩香を見、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。   


「逆にエっロ。エロちびっ」


 やられた!


「む、ムカつくーーーーーっ!!」


 怒りと恥ずかしさで無茶苦茶に振り回す拳をひょいっと躱し、翔は声を立てて笑いながら歩き去っていった。





「ふーん?」


 突然響いた声についギクリとして振り向くと、隣の柚葉に意味深な笑みを向けられていた。


「な、何……?」


 相変わらず綺麗だが、なぜだろう。……イヤな予感しかしない。


「彩香……今完全にあたしの存在忘れてたでしょう?」

「は?! そ、そんなわけ――」


 否定しながらも焦りと熱は徐々に増し、目も忙しなく泳いでいる。その自覚も残念ながらある。

 ただ理由がわからない……。       


「やだな、責めてないよ。嬉しいだけ」


「な、何言って――」

「ちゃんとかまってきてくれたじゃない、先輩」


「――」


 あれ? そういえば……と思うとにわかに熱が退いた。

 おかしい。あれほど進言したのに懲りずにまだあのミスマッチ計画を遂行しようとでもしているのだろうか。

 次に会ったらまたダメ出しとこちらの協力要請しておかねば、と決意を新たにする横で。


 なぜか柚葉が嬉しそうに(?)さめざめと泣く真似をしていた。


 だ、大丈夫だろうか?

 今までにこんな……コミカルな親友を見たことがないのだが。


「彩香もついに――」

「つ、ついに……な、何?」


 ビビりながらも眉根を寄せる彩香に、いいのいいの、皆まで言うなとばかりに柚葉はうなずき、両肩をぽんぽん叩いてきた。

 脈絡がわからない。……が、やはり嫌な予感は消えない。


「さっ。そろそろ瑶子先輩と指導交替しなきゃ。じゃあね~」

「ちょ、ちょっとちょっと? ……柚葉?」


 ポニーテールにした長い黒髪をなびかせ、グラウンド中央に向けて颯爽と歩き出したものの。

 五メートル進む毎に振り返っては何やら意味深な笑顔を向けてくる親友の姿に、


「だ……っ、だから何ーーーーーーーー!?」


 思わず、手に汗握って叫んでしまっていた。







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