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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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不可抗力ですからっ(3)




(えーと……コレは、何?)


 珍しく長身を見下ろせる構図だというのに小躍りする心境にもなれず、彩香はポリポリとこめかみを掻いた。


「あの……なんでそこまで、沖田くんにあたしなんかを――」



「まあ…………ぶっちゃけて言うと、罪滅ぼし――的な?」



 しゃがみこんだまま顔も上げずに翔が言う。 

 どこかなげやりともとれるあきらめたような声に、ん?と彩香の眉根が寄った。    


 罪滅ぼしで彼女でも作ってやる、つもりでいた、と?

 大事な友達に幸せになってほしいということだろうか。


 だとしたら根底にあるのは、自分が柚葉に幸せになってほしいのとある意味同じ動機――ということになるのかもしれない。

 そこまでは、まあ理解できなくもない。――――が。


「でも先輩……それ、めっちゃ人選ミスってますけど?」

「え?」

「大事な幼馴染のために素晴らしい彼女を、ということなら、()()()()一番ありえないでしょーが」


 クイクイと自らを指差しながら力説する彩香を億劫そうに見上げ――たかと思うと。

 翔は再度ガクリと項垂れ、今度は何やら重い重いため息を吐いている。


「? 何だか知らないけど元気出しましょう! ホラ、ちょっと周りに目を向けたら綺麗なイイ子がいるじゃないですか! 例えば……あっ! そうですね、柚葉とか柚葉とか柚葉とか!」


 誤解とけついでに、なんとか二人が上手くいくように取り成してくれないかな?と目論むあまり、かなりわざとらしい振りになってしまった。


 でも気にしない。

 もしかしたらこの相手は最高の協力者になってくれるかもしれないのだ。

 何と言ってもあの沖田侑希をよく知る幼馴染なのだから。


「柚葉……って、マネージャーの高瀬、だっけ?」

「そう! どこに出しても恥ずかしくない大和撫子ですっ。どうですかっ。お似合いでしょうっ? 美男美女だしっ。オススメですっ! ねっねっ!?」


「……なるほど。高瀬が侑のこと好きなわけか」

「はっ! なぜそれをっ?!」


「…………馬鹿か」


「バレたらしょうがないっ。お願いだから内緒に! んでもって協力してくださいっ!」

「…………………………」


 同様に目の前にしゃがみ込んで両手を合わせる彩香を見、どういうわけか、翔はさらにガックリと頭を垂れてしまった。


「……む、難しいと思うぞ」


「なんでですかっ」

「あいつの趣味ヘン……あ、いや、えーと」

「?」 

「あー…………そっちはなんで、そこまで高瀬を?」


 何やら言い渋りつつ、翔がぐしゃりと長めの前髪をかき上げた。


「恩返しです。ある意味、先輩と一緒です。っていうか、大好きな親友に幸せになってほしいのに理由なんていらないじゃないっスか」


「――」


「だから! だから是非にっ! ご協力を!」  


 こんなにお願いしているというのに、眉間にシワを寄せて「ありえねえ、何だコレ……」などと意味不明なことをつぶやいてはため息を吐いている目の前の意地悪イケメン。

 そろそろ痺れも切れてきた彩香の目がキラーンと光った。 


「っていうか、協力してくれないならこないだの倉庫でのこと、バラしますよ?」


 たまたま思い出しただけだが我ながら良い交換条件じゃないか、ちょっと悪役っぽくて……とニヤリほくそ笑んでいると。

 そこはやはりお約束。すかさずガシっと手のひらが降ってきた。


「てっめえ……彩香のクセに俺を脅そうってかああぁぁあぁ? いい度胸だなぁオイ」


「そ、そんな『クセに』、って……」

「じゃあ彩香の分際で」

「せ、先輩、ジャ◯アンみたいっス……」


 底冷えのするような低い声と頭グリグリ攻撃をダブルで仕掛けてくるあたり、むしろ「の◯太のくせに」と豪語するジャ◯アン様のさらに上を行ってると思うのだが。  


「いだだだでで……そ、その脳細胞潰すのやめてもらっていいですかっ? ますます成績が……っ。っていうか名前で呼ぶのもやめてー」

「ああ? どう呼ぼうが俺の勝手だろ」

「違うと思いますーーーっ!!」


 苦しみながらの懇願は、この相手にはやはり聞き届けてもらえないらしい。

 それどころか――


「ついでに言うと、おまえに『先輩』呼ばわりされんのも何か嫌だ、やめろ」  

「は!? で、では何て呼ん――何とお呼び、すれば?」

「その中途半端な敬語も余計ムカつくから無しな」

「はいーーー!?」


 このジャ◯アン、横暴すぎる……。

 散々ショートボブをかき乱して大きな手のひらが離れ去っても、呆然と目を見開くしかなかった。


 できるわけがない。先輩を呼び捨てにしたあげく敬語も使うな、などと……。

 妄想の中で、ということならいざ知らず。


(じ、冗談だよね? ……じゃなかったら、ど、どうしろって言うの……)


 どっちみち好印象は抱かれていないのだから、ますます生意気な下級生に成り下がれ、ということだろうか。 


(あ……)


 頭を抱えながらも、「下級生」という言葉にふっと浮上してくる記憶。

 同時に、じんわりとある思いが湧いてきた。ごく自然に。


 そうだ。この前の二の舞いになるところだった……と密かに安堵して目を上げる。


(どう思われようが、ちゃんと言わなきゃ……)


 柚葉に言わせれば「ヒトとして」。

 でも今日は――何かが違っていた。


 柚葉に言われたからとか義務感から、とかではなくて……。

 だって、もしもこのヒトが来てくれなかったら、本当にどうなっていたかわからない。

 ふいに怖いような気恥ずかしいような、不可解な感情が湧き起こる。


 知らず、ジャージの襟元を強く握りしめていた。


「いい加減、戻るべ。あーまた香川に怒られるな……」


 げんなりとため息をついて歩き出す長身の背中を、真っ直ぐに見つめる。 


 彼にとっては初競技会前なのに、あんな物騒な――危険な状況で(ちょっと余裕っぽかったけど)、それでも助けに入ってきてくれた。

 後で絶対怒られるけど……実際怒られてきたけど、なんだかんだ言いながらこのヒトは――いつも助けてくれて……。


「あの……センパ」

「ああぁ?」


(ええええええええ!?)


「……じゃ、は……早杉、さん……?」 

「なんだ」


 「さん」はいいのか。

 呼び捨てにするわけにもいかずこれしかないか、と思ったのが許可されたらしい。


「あの……ごめんなさいいろいろと。今日も、体育倉庫でも、その前も。……ありがとう、ございます……助けてくれて」


 あれもこれもと並べ立ててしまい、ついでのように思われてしまっただろうか。今さら、と呆れているかもしれない。


 わずかに後悔が滲む。


(でも……)


 思いのほか素直にぺこりと頭を下げることができた自分に、今は少しだけ嬉しさと清々しさが込み上げた。

 同時にじわじわと実感する。

 ありがたさと申し訳なさと、心からの反省と……そして――   


(え――?)


 感覚的に――何か思いもよらない温かなものに触れてしまったような気がして、アスファルトに視線を落としたまま一瞬固まる。



(『そして――』……え、なに?)



「――遅ぇよ」


 短くぶっきら棒に放たれた声に顔を上げると。

 冷たさも軽薄さも感じさせない、口の端をくいと上げた例の不敵な笑みで、翔が見下ろしてきていた。   



「次はちゃんと逃げとけよ?」







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