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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
33/174

扉を開けると(1)

高校生の喫煙シーンがありますが、これを推奨してるわけではありません。(当たり前ですが)

堂々と吸える歳になったら吸いましょう。




 放課後になると、雨足は少しだけ増していた。


 体育館の高い屋根に打ち付ける雨音を聞きながら古く重い扉に指をかける。

 力任せに開けたとたん、白い煙がもわりと襲いかかってきた。


「げふ……っ」


 何ごと!?と思わずむせてしまってから、彩香はゆっくりと狭く薄暗い空間に目を凝らす。

 そして――

 状況を掴めるとともに静かに納得した。


 有名進学校とはいえやはりいろいろ存在するのだ、この学舎にも。

 王子様やらアイドル並の追っかけやら、チャラ男の皮を被った豹変長身やらおバカやら。

 そして。

 今まさに「見てんじゃねーよこのチビ」と言わんばかりに下から睨みをきかせてきている、こういう系の方々やら。


(……え、えーと……ど、どうしよう)


 体育用具室の中に腰を下ろしていた、四、五人のブレザー姿の男子生徒。

 こちら側から差し込むわずかな明かりで、全員がネイビータイであることがかろうじてわかる。

 なんとこんな雨の放課後、なぜかこんなすぐに見つかりそうな倉庫的な場所で、一応でも人目を忍んで喫煙に勤しんでいたらしい。


「ああ? 誰、おまえ?」


 納得はしたものの扉を開けたまま固まってしまっていた彩香に、一人がゆらりと立ち上がり近付いてきた。


「あ、り……陸上部の者、ですが……」


 たばこの匂いをぷんぷんさせて至近距離から凄んでくる三年男子に、気付いたら律儀に応えていた。

 そんな自分に、


(落ち着いてるというか度胸あるというか……我ながらスゴイじゃん! ヤツとの抗争の成果かっ)


 と小さく感動しながらも、同時に


(っていうか明らかにヤバそう! さっさとこの場から逃げねば!)


 と自身の内なる声も聞こえる。聞こえてはいた。

 のだが。


「え……ええと、ですね……」

「ああ?」


 そもそも、せっかくの広いスペースで各々全員が希望のトレーニングをするには微妙にマットが足りず、今日はもう校内に居ないらしい体操部の分まではりきって借りに来たのだ。はるばる第二体育館用具室まで。

 手ぶらで帰っては陸部面々に申し訳がたたないし、何より自分の跳躍訓練ができなくなってしまう。いくらバーを使用しての正規訓練ではないとはいえ、それだけは何としても避けたかった。


 よって――


「あ、あのう……」


 ごくりと喉を鳴らして、彩香は一歩踏み出す。



「…………電気点けても、いいですかね?」



「はあ?」



 決死の表情で「灯りを点けろ」と宣う彩香に一瞬だけポカンとしたものの、喫煙男子生徒たちは揃って噴き出した。


「うははは、すげー」

「ちっちゃいのに結構肝っ玉だねー」 

「一年生? 何? 先輩にパシリに使われちゃったのかなー?」


 何に興味を持たれてしまったのか、言いながら残りの男子生徒たちも立ち上がって次々と近付いてくる。


「い、いえ二年ですっ。じゃなくてあの……ちょっとマット、を借りにきたんですが……暗くて見えないんで、その……」


「いやいや、見ればわかるっしょ。俺ら明るくされるとちょーっと困ることしてっから」

「ついでに言うとこのままチビちゃん帰すわけにもいかないんだよねー。わかる?」


 気安くジャージの肩に手を置かれ、一瞬『女子高生、体育倉庫で変死!』『名門進学校で何が!?』などの陳腐だが不吉な見出しが脳裏をかすめる。


「えっ!? そそそれは困りますっ練習あるんで! みんな待ってるし! あたしチクったりしないんで。どーかそこのマットだけ持っていかせてくださいっ。お願いしますっ!」


 冗談ではない。

 まだこれといって良い思いもしていないし何の人生経験も積んでないのに、そんなトラブルに巻き込まれて殺されてたまるかー!と大げさな未来予想とぶっ飛んだ思考でテンパるあまり、


「――っていうか、バレるのがおイヤなら早く帰ってご自宅で吸われては?」


 つい、要らぬアドバイスまで発してしまっていた。


「ああああ?」

「ほう?」


「はっ! すいませんすいませんバカで正直なもんでっ」


(自分のバカーーーーーーっ! 何また余計なことを……!)


「あー? 言うねえ」

「面白いなあチビちゃん。ちょっと一緒に遊んでかない? ほらほら」


 目眩を起こしそうになりながらも己の阿呆さ加減を呪っている彩香を、三年男生徒たちは本当に部屋の奥へと引っ張り始めた。


「え……っ」


「ささ、いらっしゃーい。これ吸ってみる?」

「うわ、ちっさい手。かーわいーぃ」

「共犯になっちゃってくれると嬉しいなー俺たち」


「えっ!? ちょちょ……ちょっと、放し――」


 腕や肩を引かれる強い力に必死に抗おうと両足を踏ん張るが、相手は四人。しかも体格差のある男。

 当然あっけなく引きずられてしまう。 

  

 これは――冗談ではなくまずい……!

 そう思った時だった。



「やめろ」



 外の光が届いていない奥の暗がりから、低く抑えられた声が届いた。

 この場に初めて響く声、だ。


「どうせチクりゃしねえだろ」


「えー、でもよ」

「ちょっと可愛いしほら……」


「面倒くせえことしてんじゃねえ」


 億劫そうに紡がれる抑揚の少ない声に、彩香を押さえ込もうと四方から伸びていた手が離れた。


 この中である程度影響力のある人物なのだろうか。


 確かめようと暗闇に慣れてきた目を向けると、ベリーショートに切れ長の目が印象的な三年生男子。 

 二、三段しかない跳び箱に浅く腰掛け壁に凭れたまま、興味なさそうにこちらを眺め……たばこをくゆらせていた。







「ぅおいっ!」  


 突然、聞き覚えのある怒声と半開きだったドアを全開にする音が響いたと思ったら、


「たかがマットにどんだけ待たせんだよ、彩香おまえはよっ?!」


 痺れを切らしたらしい早杉翔が仁王立ちで用具室入口に現れた。


「へん……せ、先輩!」

「おまえがトロいせいで俺まで香川……に――……」


 ――が。


 言葉途中で口をぱっくり開けたまま、翔はぐるりと薄暗い室内を見回す。

 一巡で状況が見て取れたのか、一瞬考える素振りをしたかと思うと――――


「じゃあな」


 おもむろに扉を閉ざそうとした。


「ちょーーーーーーっ……!! なんで閉めるかなっ!? 助けようよそこは!」


(さ、最低だコイツ! 相手は確かにガラ悪そうだし、多勢に無勢で思わずビビってしまったのかもしれないけど……。いたいけな後輩女子を見捨てて逃げようとしたなっ!?)


 いくら喧嘩モドキをした相手だからってヒドイ!

 ……と、大いに見損ない――――かけた時。


「――助け甲斐がある相手ならな……。ったく」


 恨めしそうに明後日の方を向きながら、ボソボソと翔。

 彩香の悲鳴のような抗議に、しょーがねえ……とばかりに舌打ちして、今度こそ面倒くさそうに入ってきた。

 しっかりドアは全開にして。


「……あー、どーも陸上部ウチのヤツがご面倒おかけしたようでーえ。煮るなり焼くなり好きにしてくれていいんだけど、邪魔で邪魔でしょうがないならウチで引き取らせていただかないワケでもなきにしもあらずというかーあ」


「ちょ……どっちっスか!?」


 彼らに恐れをなしてるわけでもなんでもなく、単に彩香を助けるのが心底面倒くさかったと言わんばかりの棒読みでの物言いに、思わず唖然としてしまう。

 同学年だしそれほど怖くない、ということだろうか?

 緊張感や危機感といったものがまるで無い救済(?)に、芽生えかけた恐怖もどこかに追いやられ彩香はひたすらポカンとしていた。


 そこへ。

  

「早杉、か」


 わずかに驚きの含まれた低い声。

 先ほど助けてくれた、奥に居た男子生徒だ。


「塚本……?」


 暗がりの中――その存在に初めて気付いたのか、翔もすっかり目を見開いている。


 塚本と呼ばれた男子生徒が、凭れていた壁から離れゆっくりと上体を起こした。


「久しぶりだな、モテ優等生」


「……だな」


「陸上部だって?」

「ああ……うんまあ、成り行きでな」


 少しだけうつむいてガシガシと後頭部を掻く翔を見、塚本が微かに笑ったようだった。


「やっぱおまえには()()()のほうが似合ってんな」

「――」


「ほら行けよ。じゃあな」


「……おう。んじゃ」


 おら行くぞっ、とガラリと調子を変えた翔に首根っこを掴まれ、彩香は何とも言えない神妙な面持ちで体育用具室を後にした。

 塚本という男子生徒にお礼を言いそびれたことに気付いたのは、部屋を出てしばらく経ってからだった――。







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