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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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どーも下がるんです




(ええと、もう何日外で部活ができてないんだっけ……?)


 午後になっても静かに降り続く雨を、彩香は教室の窓からぼんやりと見上げた。

 梅雨入りも当分先だというのに、ここ数日ジメジメとした薄暗い天候が続いている。

 まあ、グラウンドで活動できないとなるとフェンス向こうからの傍迷惑な奇声も野次も気にする必要がなくていいのだが。


 奇声といえば……。

 あの一件以来ずっと雨続きなため、今のところ美郷たちとは顔を合わせておらず、彼女たちがどういう態度で向かってくるかとそれでも練習を見に来るかどうかは、実のところ掴めていない。


 とはいえ仮に彼女らが大人しくなっていたとしても、爽やかイケメンに向けた騒音発生源は他にもまだまだ至る所にあるのだ。

 奇声を聞かずに済んでいる状況に関してだけは、やはり雨天様々と言えよう。


 でもな……と眉間のシワを深くし、カフェオレのチルドカップを握る手にも思わず力が入る。


 天候の影響を多分に受けてしまっているのか、ここのところどうも今ひとつ気分が上向いてくれない。

 しばらくまともに跳べてないことも原因のひとつだろうか。

 それとも自分でもよく掴めずにいる早杉翔とのあの衝突が尾を引いているのだろうか、と考えを巡らせるがもちろんすぐに答えがはじき出されるということもなく――。


「……」


 そういえばあまり良くない類の出来事や思い出には、いつもこんな感じの雨がつきまとっていた。


 叱られたとか友達と気まずくなったとか……ひとつひとつ思い返すとわりと些細なことから、迂闊に思い出したくはない大きな出来事に至るまで。

 たまたまにしてはわりと高確率で、沈んだ気持ちのまま濡れそぼっていたような記憶がどこか遠くで蘇りかける。


 はっとあわてて抑えこむように目を閉じ、強めに頭を振った。  


 これ以上悪い思い出に侵食されてなるものか。


(よしっ。今日は春雨サラダにしよう)


 雨ごときに負けてたまるか、おまえら食ってやるっ!と鼠色のどんよりした空を睨み上げた時。


「なーに? 日光浴びないと動かないとか音出ないとか?」


 トイレから戻ってきた柚葉にぽんっと背中を叩かれた。


「……あたしは太陽光で動く玩具か何かか?」


 憮然とつぶやいてみたが、でもそうかも……と思ってしまった。

 だから何となく気分も停滞したまま、なのかもしれない。

 いつもと変わらずにぎわっている昼休みの教室を、どこか別次元なところから眺めている気分にさえなる。



「お。西野。高瀬」


 どこからか戻ってきた沖田侑希が窓際の二人に気付き、颯爽と歩み寄ってきた。

 こちらは悪天候になんら左右されることなく、今日も輝かしいばかりのモテオーラを発している。 


「今日は北棟の一、二階使えるって。香川部長やっと勝てたってさ」

「おー、部長ナイス」


 雨でグラウンドが使えない日は、ジャンケンによる校舎内残りスペース争奪戦が繰り広げられる。


 昨日一昨日と続いた狭い空き教室での筋トレやストレッチには正直もううんざりだった。

 ほぐしたり伸ばしたりと身体のメンテナンスだって確かに大事だが。

 要はもっと広い空間でもう少し自由に動き回りたかったのだ。


 一棟二階層分まるまる使えるならサーキットトレーニングの幅も広がって、縄跳びやハードルまたぎ、各種ジャンプなど行えるメニューももう少し増える。  

 そうすればモテ族の片割れ――早杉なにがしと狭い教室内の端と端で無駄に睨みあい威嚇しあう必要もなくなるし。万々歳だ。


 大事なことだから二回言うが、部長ナイス。


 けどもっと本音を言うと。


「ああああっ、早く晴れてくんないかなー。青空の下で跳びたいぃぃぃ!」


 騒音やガンくれがあろうが無かろうが、やはりそれが一番の望み。

 雨にも負けず風にも負けず、モブにも、そして早杉翔さえいつかはギャフンと言わせ、自分は跳ぶのだ。


「そういえば西野って、なんで急にハイジャン?」


 今さらだけどさ、とすぐ隣に並び立ち、侑希が窓枠に両肘をついてきた。

 なんでこっち来るかなー?柚葉むこうの隣に行ってくんないかなー?と思ったがそのまま表情カオに出すわけにもいかず、スペース的に詰めてやるフリをして柚葉側に半歩だけ避難する。


「んー? それって『チビのくせに』ってことー? 沖田くんまで早杉先輩みたいなこと言う?」

「そうじゃないって。ものすごくやる気にあふれてはいるけど、ガツガツ記録にこだわってる感じはないし……。なんでかな?って」


 彼の言いたいことは何となくわかる。

 始めて半年と少し。並み居る高跳び選手たちの記録に迫るどころか、かなり低い位置さえまだ満足に跳べていない。

 でもフォームはいいよ、と最近褒めてもらえ、ようやく格好だけはサマになってきたあたりだ。


「越えなきゃいけない壁があるの」

「どこの? どこか脱走する予定でも?」

「ぶっ……あたしってどんな……。目の前に立ちはだかる人生の壁です! ――――なんつって。他にやりたいヒト居ないんだったら、って端っこで邪魔になんないように跳んでみたかっただけ。みんな優しくて今は堂々と跳ばせてくれてるけど。記録は――……有望な新人ちゃんが入って来たら即明け渡さなきゃいけない約束だし、ガツガツやってもねえ」


 眉間にシワを寄せ、行儀悪くずずーっと残りのカフェオレを吸い上げる。

 結局意味がわからないとばかりに侑希が柚葉に視線を送り、同じくわかりませんという仕草でサラリと黒髪を揺らして柚葉が苦笑していた。


「じゃっ、お二人さんごめんなさいよ。あっしはちょっくら用足しに行ってくるでござるよ」


 ひょいっと二人の間から飛び出て、御免なすって!とばかりに敬礼してみせる。


「え、じ、じゃあたしも――」

「いや断る。っていうか柚葉さっき行ったじゃん。もうすぐ予鈴だしここに居るがよい」


 般若柚葉に釘を刺されてしまって以来、あからさまな謀略は巡らせていないが、このくらいのキューピッド作戦(旧)は許されるだろう。

 せめて次の授業が始まるまでの短い時間だけでも、二人っきりの空間を作ってあげたかった。


「そ、それ、どんなコンセプト……?」

「あははは、行ってらー」


 笑って手を振る侑希と困り顔のまま頬を染めた柚葉をその場に残し、『誰も半径2メートル以内に近付くんじゃねーぞ邪魔すんじゃねーぞ』的なひと睨みを周囲に効かせてから、教室を出る。



 と、そこへ。


「あっ。ちょーど良かった、西野西野!」


 ドアのすぐ外に居たらしい男子生徒に呼び止められた。

 振り向くと、男二人連れのうち片方は元クラスメートの男子。


「あー。お久ー」


 といっても顔を合わせなくなってからまだ一ヶ月しか経ってないが。


「あのさあのさ、いきなりで悪いんだけど……。ちょっと高瀬を呼んでくんない?」


 隣に立つ友人らしき男子を気にしながらの、このお願いとくると―― 


「――」


 好むと好まざるとにかかわらずピンときてしまう。

 おそらくはわずかに頬を染めて緊張気味に佇むちょっと純朴そうなこの友人くんが、柚葉に告白したい……ということなのだろう。


「え……っと」


 ……………………わかっている。元級友にもその友達にも罪はない。

 だけど……と彩香は弱々しく目線を上げる。


「い……今じゃなきゃ、ダメ?」


(大和撫子と爽やか王子、今せっかく二人っきりなんだよーーーー!)


「もうすぐ、ほら……五時間目、だし」

「いや今! 頼むっ! やっと勇気奮い起こしたんだコイツ」

「……」


 そして。

 友達のために一生懸命両手を合わせてお願いポーズをする元級友の気持ちも、自分には痛いほどよくわかっていて――。


 そうだ。そもそもヒトの恋路を邪魔してはいけない。

 柚葉を想っているであろうこの男子生徒の言動を制限する権利など、自分には無いのだ。


 眼力によるバリアが効いたのか、窓際の見目良いツーショットは未だ守られていた。

 並んで中庭を見下ろしながらどんな話をしているのやら。

 本当は自分こそがこの光景を誰よりも誰よりも守りたいのだが……。

  

「ゆ……ゆーずはー……」


 涙を飲んでできるだけそろりと名前を呼ぶも、結局は侑希ともども振り返らせてしまった。

 そんなスーパーイケメンの動きに伴って2-F生のほとんども教室後方ドアを振り返る。 


(――ってなんでだよっ! みんな爽やかイケメンの一挙手一投足に注目しすぎ!)


 内心でがっくり頭を垂れる。

 視線の先がどんな状況かなんて……ちょっと察しの良い人間ならたちどころに解釈できてしまったに違いない。  

 おお今からコクられに行くのか、と。


(あうう……キューピッド失格)


 そのうえ――

 沖田侑希がどんな顔で柚葉の後ろ姿を見送っているのかは、不覚にも確かめることができなかった。

 昔のことをすっかり忘れてしまっているのなら、おそらく今……彼は平気な表情で昔大好きだった女の子を見送っているのかもしれなくて――。

 そう思うと……情けなくも目を逸らしてしまっていた。


 キョトンとしてこちらに向かってくる柚葉に、心の中で(ごめんねごめんね邪魔して。断ると思うけど色んな意味で頑張れっ)とエールを送り、


「じゃっ、あたしはこれで。超トイレに用事あるんで!」

「おー相変わらずだな西野は。サンキューな」

「ごめんなすって!」


 元クラスメートにあとはよろしくと手を振り、その場からそそくさと逃げ出した。


 うつむき加減で足を速めながらも、ふと眉を寄せる。

 

(逃げる……? あれ? いつからこんなビビリに……?)


 誰よりも一番に柚葉の幸せを願ってやまないのに。

 それは変わらない――変わっていないはずなのに。


 最近……自分を取り巻くいろんなことが、何だか少し――おかしい。

 気のせいであってほしいのだが。

 実際、気のせいかもしれないのだけれど。


 そうだ……これもきっと雨のせいだ。


 晴れたらちゃんとまた復活して、あれやこれやと謀略を巡らせて……。

 そう、そんな感じできっといつもの自分に戻っているはずで。 

 そういうことにしておこう……。


 だから大丈夫、と彩香は細い雨の降り続ける窓の外を見上げた。

 






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