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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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闘い(?)のあとに 




 まもなく下り電車が到着するというアナウンスが、軽やかに頭上を流れた。


 約十五分おきの運行ダイヤのため、これを逃したとしても大した痛手ではないのだが、それほど待たずに乗れるのはやはり嬉しい。こうして予定外に遅くなってしまった日は特に。


 柚葉と並んで二番線ホームへの階段を下りると、少し先――プラットホームの中ほどに見慣れた男子高校生二人組が立っていた。


 普通に電車を待っているだけのはずなのに、彼らはやっぱり――ひときわ目立つ。

 ホーム全体が帰宅ラッシュで混雑しているというのに、二人の周りだけ妙にゆったり空間的余裕がある。

 にもかかわらず、遠巻きにしている女子中高生やOLさんたちから絶えず熱い視線を集めているあの現象は何だかなー……?とやや白い目を向けていると。


 視線の先で、こちらに気付いたらしい爽やかなほうがにこやかに片手を挙げた。

 遅れて振り向き、ややデカいほうがあからさまに顔をしかめる。


(な……何でいっ? その顔はっ)


 わずかに動揺しつつも、心の中でチッと舌打ちしていると、


「ほら彩香、謝るチャンス」


 隣の柚葉が耳打ちしながらトン、と肘で突いてきた。


「え、な、なんで……っ」

「じゃあせめてお礼。ヒトとして」


 経緯や過去の絡みはどうあれ助けてもらったことに関しては感謝しないと、ということらしい。  


「……」


 確かに。

 曲がりなりにも助けに入った(?)相手に食って掛かるような態度はマズかったかも……と思う。

 だがしかし「変態言いすぎ!」と感じたのに変わりはないし、率直な思いをぶちまけたことについてもそれほど激しく後悔してはいない。


 でもヒトとして……うん、そうだなお礼くらいは言っとくか、と彩香はグダグダゆるゆると意を決した。

 心持ち目は泳がせつつ、微妙な表情で対象に一歩近付く。 


「さ、先ほどは……ドウモ、アリガトウゴザイマシタ」


 片言のようなお礼にわずかに眉を寄せて、早杉翔が呆れたように口を開く。   


「――えらく棒読みだな。全然気持ち込めてねーだろ」

「いえそんな。半分くらいは。――――って、えっ!?」


 またもやガシっと頭を鷲掴みされ、思わず呻き声が出てしまった。


「おーまーえーなああああああっ」

「いだだだ……! なんでーっ!?」

「なんでなのか、なんでわかんねーんだおまえはよっ」


 突然の攻防(一方的と言えなくもないが)再開に、いつの間にか驚愕とも羨望ともつかない注目を集めてしまっていたのだが、やはり気付かぬのは当人たちのみ、である。


「こら翔もそこで絡まない。周りに迷惑だろ」


 どうどうどうと苦笑しながら侑希が仲裁に入ったところで、自分と柚葉が乗る電車がホームに滑り込んできた。

 時をおかず一番線のアナウンスが響き渡る。彼らの上り電車もまもなく到着するらしい。


「じゃあまた明日な」

「う、うん。明日ね」

「あうう……脳みそが……」


 爽やかに手を振る侑希への対応は柚葉に丸投げし、微かな目眩と頭痛に唸りながらヨロヨロと車内に乗り込む。

 ピタリ閉じたドアの向こうに翔の憮然とした表情が見えたが、何かしようものならまた明日が怖いのでそそくさと目を逸らすに留めた。  

 


「変態なうえにあんなに手が出るヤツだったとは……。ううぅ乱暴者め」


 走りだしてまもなくの車内。

 おまえが言うなと叱られそうなことをつぶやきながら陸部バッグを足元に置き、掴まれた頭頂部を擦りながら彩香は手すりに背を預けた。

 どうせ二駅で降りるのだ。

 いつもどおりドア付近に居場所を確保する。


「せっかく助けたのに怒られたんじゃ、そりゃ無理ないでしょー」


 向い合って立つ柚葉が、軽く笑いながら手近な吊革を引き寄せてつかまった。

 無理もないと苦笑するあたり、「だからって豹変しすぎだろっ」というこちらの主張はおそらくわかってもらえないだろう。

 無駄なことはしないに限る。


「で、どうして彩香は怒ったの?」


「だって、性格ブスとか平気で言うから……」

「彩香に言ったんじゃないでしょ?」


「そ、そうだけど……明らかにちょっと言いすぎだったし。あの子たちもショック受けてたっぽいし。……さ、さすがにもう酷いかな、って……」


 言えば言うほど自分でも(あれ? それほど怒ることだったか?)と思えてきた。

 明らかに尻すぼみな言い訳に苦悩している彩香に、珍しく超嫌そうに顔をしかめて柚葉。


「でも彩香に酷いことした子たちだよ? むしろ『いい気味』って思っちゃったけど?」


「うーん……」


 柚葉の言いたいことはわかる。

 自分だって……まるでそう思わなかったと言えば嘘になる。


「…………でも、何だろ。聞いてられなかったんだよ」


 黙っていられなかった。

 あれは、何だろう。たぶん――ある種の衝撃。   

 モヤモヤと胸の中で燻ってるだけで、未だ正体をはっきり掴めてはいないが。


(自分も一緒に言われたような気にでもなった……?)  


 わからないけれど、何かショックだった……ような気がしたのだ。あの時は。


「うーん、わかんない。彩香深すぎ」


 困ったように首を傾げて柚葉がため息をついた。

 だろうね、自分でもわかんないよ、と心の中で同意し曖昧に笑ってみせる。 

    

 何にしても「ブス」だの「性格ブス」だの……この親友には絶対縁のない言葉だろうと思う。

 それでいいよ、君はいつまでも美しく清らかなままでいてくれ、と軽く陶酔していると。  


「でも、早杉先輩ああいう一面もあるんだね。びっくりしちゃった」


 ガラリと空気を変えて柚葉が顔を近付けてきた。


「やっぱり彩香といるときの先輩、楽しそうに見えるんだけど」


 背後に「わくわく」という擬態語がついてきそうな様子に、彩香はガクリと首を垂れる。

 頭を鷲掴みされたさっきのシーンのことを指しているのだろうが。


「どーこーがーーー。だからそんなワケないって……。聞いたら変態アイツだって絶対怒るよ」


 思い出すだけで頭蓋骨が軋みそうで、思わず両手で抱え込む。


(変態妖怪め。ついに化けの皮(軽薄な笑み)が剥がれたのか、めっちゃ態度変わってたし。……まあ、怒らせたあたしが悪いんだろうけど)


 それにしても。

 柚葉といいさっきの後輩――美郷たちといい、バリバリ交戦モードの当事者たちを差し置いて何だってそんなふうに(よりによって楽しそうとか擦り寄ってるとか)見えるのだろうか。

 謎だ。どうしろと言うのか。


 変に誤解されるようなことは御免だ。自分は平和に楽しく学校生活を送るのだ。

 そもそも色恋沙汰なんて縁遠い世界、自分なんぞには似合わないし向いていない。

 陸部先輩(マネージャー)、篠原瑶子の手前だってあるし――。


 そこまで考えてふと目を瞠る。


(あれ? アイツ、そういえば瑶子さんと一緒に帰らないんだ……?)


 彼女も電車通学で、翔や侑希とは同じ方向のはず――。

 まあ、今日はあのゴタゴタで遅くなったからとか、たまたま瑶子のほうに用事があったとか――そんなところだろうか、と思い直す。

 ……でなければ、ランチと同様、通学も別々にという主義のカップルだとか?


 つい考え込みそうになって、ふるふると首を振る。


(ま、どっちにしても関係ない、関係ない)

    

 車窓の外、暗闇に緩やかに流れていく街並みを眺めながら彩香はそっと吐息した。


(あっちの世界にあたしなんて……まるっきりお呼びじゃないんだから――)







 ◇ ◇ ◇







「……おい」


 遠ざかっていく下り電車を眺めながら、不機嫌アピール満載で早杉翔は呼びかけた。

 すぐ隣に立つ相手からはなぜか何の反応もない。


「おい、侑」

「聞こえない」

「あぁ?」 

「何となく言いたいことわかるから、聞かない」


 素直に応えないばかりかツーンと明後日の方角に顔を背ける幼馴染に、我慢ならんとばかりにドアップで詰め寄ってやる。 


「うるせえ、聞け。なんっっっっっで()()なんだ? あのちまっこい五月蝿ぇ女のどこがいいんだ? なあ?」


 ほらやっぱりーなどとつぶやいて固く両耳を塞いでいるつもりらしいが、何を無駄なことを……と思う。


「おまえならちょっと振り向きゃよりどりみどりだろーが。よりによってなんで()()()()がいいんだ!? ――ってコラ、シカトやめろ」


 片手を掴んで無理やり耳から引剥がし、きっぱりはっきりと告げてやった。


 すると。


「――むかつく」


 反対方向を向いたまま、超がつくほどの小声でボソリと侑希が口を開いた。

 恐ろしく不似合いなセリフに一瞬目が点になる。


「あ?」

「『カッコいい』って言われてた」


「はあぁぁあ?」


 そういえば――――意味不明なあの言い合いの最中さなか、あのチビなぜか妙なことを口走りやがってたな、と思い返す。


 だが売り言葉に買い言葉的な状態でのあんな言葉なんて、どこに気にする要素があるというのだ。

 言った本人からして動揺しヤケクソで吼えていたくらいだ。たいした意味だってあるはずがない。


「真に受けんなよ、あんなん。おまえだって死ぬほど言われてんだろーが」

「西野に言われたことはない。…………しかも二度目だし」


 後半はよく聞き取れなかったが、どうもかなり本気でムスッとしているらしい侑希。


 普段何をやらせても何もしなくても完璧と称されるだけに、こんな表情もするのかと思ったら――――

 つい新鮮な気分で突付いて遊んでやりたくなった。


「ぷっ……爽やか王子拗ねるの図。かーわいーぃ。女どもに見せてやりてーわ」

「あーのーなーーーっ」


 ようやく幼児のような拗ね方を止め真正面から睨んできたと思った時には、一番線に列車が入ってきていた。

 タイムリミット。車内で騒いではいけません、だ。

 こんな状態でいくら睨まれても痛くも痒くもないが、あえて逃げるように先に車内に乗り込む。

 

 下りに比べると上りの車内はやはり幾分空いていた。

 あのゴタゴタでいつもより少し遅くなったせいもあるのかもしれない。

 間もなく動き出した電車の振動を感じながら扉のすぐ側に立ってスマホの時刻を確認していると、侑希がコツンと靴先を蹴ってきた。

 見ると、もう睨んではいないが何かを言いたげな――微妙な表情。


「ん?」

「……翔、惚れるなよ?」 


 一瞬荷物をすべて取り落としそうになってしまった。


 何を言ってるんだこいつは。

 つか、どんだけあいつが好きなんだ。そんなありえないことを想定するほどか。


「……。ねーよ」


 ポカンとした表情を取り繕うこともせず、そのまま低く告げてやる。


「どーだか。すっかり素、出ちゃってるじゃん」


 非の打ち所がない爽やかイケメンが、今まで見たこともないような半開きの目でジトッとこちらを睨み、指まで差してきた。

 そんな顔もできたのか、とまたもや新鮮な発見をする。

 が、今はまずこの変な思い込みを消してやるのが先決だろう。


「気ィ遣ったってしょーがねえ相手だってわかっただけだ。あんなワケわかんねーヤツに振りまく愛想なんて俺には無――」

「翔がライバルなんて死ぬほど冗談じゃないからな?」


「……」


 どうやら今のこいつには何を言っても無駄らしい。

 この幼馴染が(何がいいのか皆目見当もつかないが)あの狂暴でやかましいアレに惚れていることを責める権利など、自分にはない。


 けどせめて話聞けよ、と思ったが――――それを告げてやることさえ今は無駄だと気付いた時には、盛大なため息がもれていた。 



「……………………アホか」







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