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陽だまりにて待つ!  作者:
第2章 気付けばこれって……
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だからって、そう来るか?(1)




「ま……前が見えない」


 大判のビニールシート数枚に布製折り畳みイス。

 何に使ったのかホームベース大の分厚いスポンジや超ロングホース、そして細々とした小物が入った某スーパー業務用手提げカゴ。(なぜここに……)


 暮れかけた空の下、いつものクラブハウスではなく体育用具室への返却を頼まれた大荷物を両腕いっぱいに抱えて、彩香はおそるおそる歩を踏み出しつづけた。


 嵩張ってるだけで大して重くなさそうだし大丈夫大丈夫まっかしてー、と大見得切って一人で引き受けたまでは良かったのだが……大げさではなく視界前方のほとんどが遮られている。


 耳と気配を頼りに、他人にぶつからないよう、ようやく本校舎近くまで歩いて来ることができた。

 文字通り亀の歩みである。


「ううう、無理しないで二回に分ければよかったあ」


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 時間と手間を惜しんだつもりがかえってグダグタの状況に陥っているのだから、自分の浅はかさには本当に呆れるばかりである。


 だがここまで来て「とりあえず一回置こう」も負けたようで癪なのだ。

 こうなったら靴を脱ぎ捨てるまで道具おまえたちも見捨てないからな!と謎な姉御肌に駆られたところで、ふいに足首に衝撃が走った。


「――って、えっ!?」


 気付いた時にはまたしても地べたに倒れ込み、両手と視界のほぼ全域を塞いでいた用具たちは無残にも土草にまみれて散らばり落ちてしまっていた。


「いったたた……。えええええ……」


 体育館横の外壁灯は点いているが、この薄暗さでは拾い集めるだけでも一苦労だ。

 心のどこかでゲンナリしながら、彩香は思わずつぶやきにも似た呻き声をあげた。

 先日テニスコート脇で転倒した時と同様、またしても右膝を擦り剥いてしまったらしい。ジャージ一枚分だけまだ痛みはマシなようだが。  


 ――が、よかったと呑気に苦笑していられる状況でもない。 

 今の転倒が単なる不運でも間抜けな自損事故でもないことだけは、体勢を崩した瞬間からさすがに把握できていた。

  

「あっ、すいませーん。大丈夫ですかぁ? 西野()()


 起き上がって周囲を見回すより早く、クスクスクスと可愛らしい声が降ってくる。  

 

 今しがた自分に足を引っ掛けて転倒させたであろう少女たちが三人、行く手を塞いでいた。


「……」


 いつもフェンス向こうから睨んできていた一年女子(モブ)集団の中心にいた子たちだ。

 謝罪を口にしてはいても、当然悪びれた様子はない。

          

(そろそろ来ると思ってたけど……こう来たか)


 それとなく顔ぶれを確認しながらゆっくり立ち上がり、手のひらやジャージについた土を払い落とす。


 ここのところ不規則に敷地外に走りに出られたり練習メニューも変えられたりして、目当ての王子を思いのままに愛でることができず、イライラも募っているのだろう。

 それは、わかる。

 きっかけを作ってしまった責任の半分くらいは、まあ自分にもありそうだし。

 わかるのだが。


(……だからって、こういうコトする? せっかく可愛いのに)


 名前も知らないし別段仲良くしたいとも思わないが、かなり残念な後輩たちに憐れみに近い感情がこみ上げる。

 言動ですべて台無しじゃん……と思わず出てしまったため息。 


 そんな余計なお世話でしかない内心をごまかすようにうつむいたまま、彩香はまず中身を全部ぶちまけてひっくり返っていたカゴを拾いあげ、土を払った。


「――大丈夫だけど、一緒に拾ってくれると助かる」


 抑えた声で言いながら罪の無い小物道具たちを拾い始めるも、その様子をニヤニヤ笑いながら眺め下ろすだけで、彼女たちは動かない。 

 それどころか――


 拾おうと手を伸ばした先のストップウォッチを、あろうことか一人がコツンと蹴りとばした。


「ちょっと……!」


 穏便に済ませようとしたが、さすがに表情が強張る。

 彼女たちは沖田侑希ファンのはずではなかったのか。

 彼にとっても思い入れがあるはずの道具をこんなふうに扱うなんて……。


「――物にあたるってどうなの? 沖田くんだって使ってるんだよ?」


 部員たち皆の前で彼女たちを非難した自分に思うところがありそうなのは――敵意を向けられていたのは――わかっていたし、とりあえず文句があるなら黙って聞いてやろうと思っていた。

 もちろんそれで大人しくなるとは思えないが、こちらにも(ちょっっっぴり)反省すべき点はあったのだろうし、ここは好きなだけ不満を吐かせてやり過ごすのがベストかもしれない、と。


 だけどこれはちょっと……幼稚すぎてくだらなすぎて、逆に黙っていられない。  


「拾って。んで、ちゃんとキレイにしてよ」


 リーダー格の女子(蹴りとばした張本人)に視線を当てたまま、ゆっくりと目の前に歩み寄る。 

  

 外野集団モブの中でも三人の中でも一番目立つ、ダントツに可愛らしい子だ。

 あえて形容するなら全体的にフワフワした綿菓子のようである。


 自分からすると身長的にやや見上げる形になるが、だから何だ。…………おっとイカン。

 一人ツッコミも徐々に怒気を帯びてきたのには気付いたが、彼女たちの恋心のために部員皆の愛用品を雑に扱われて良いといういわれはない。


「うわ、出た。とたんに先輩風? ていうか見た目と全然合ってなくない? ウケる」

「『拾え』だって美郷ミサトー。どおするー?」


 薄い笑みを浮かべるだけのリーダー格――美郷の肩に両側からもたれ掛かるように残りの二人が並び立った。


「うわー睨んでる。怖くないけど」

「いるんですよねー、相手によってコロコロ態度変えちゃうヒトってーえ」


 そりゃあんたらでしょーが。

 呆れ半分の反論が喉まで出かかるが、まあまだ想定内の反応だ。

 「何いいい!?」と食ってかかるまでには至らない。


 それよりさっさと拾えと目で訴えつづける彩香に、微笑んだままふわふわの少女――美郷がようやく一歩近付いた。


「ねぇ、西野先輩?」


 可愛らしく小首を傾げた拍子に、ふわりと巻いたセミロングが耳の横でやわらかく揺れた。 


「まったく釣り合ってないのに、沖田先輩とかにすり寄っちゃって――傍から見たら可笑しいだけって知ってます?」 


(すり寄って……って)


 こめかみと口の端がヒクリと震えた。

 こいつらの目は節穴か。そのようだが。


「――そんなつもり、まっっったく無いけど?」


 耐えろ耐えるんだ自分、と暗示をかけてどうにか声を絞り出す。


 当たり前だが沖田侑希にも他の男子部員にも邪な感情を抱いて接した記憶など微塵もない。

 早杉翔に至っては、怒鳴りちらして平手打ちして胸ぐらタックルかまして……と怒りマックスなあの()()()のどこがすり寄ってるように見えたのだろう?


「アレでですか? あの三年の先輩にも『構ってー』って雰囲気ミエミエなんですけど?」


「あはは、言えるー」

「先輩たちも実は困ってるんじゃないですかー?」


(いや、困ってんのはあたしだよ!!)


 超鈍ちんのド忘れ男とか邪魔しかしないタラシ変態族にさっ!と思わず項垂れたくなる。

 そんな彩香に何を思ったのか、美郷は冷たい視線で全身を眺め回してきたあげく、


「よく恥ずかしげもなく先輩たちに近付けますよね。その程度のルックスで」


 信じられないとばかりに眉根を寄せて、鼻で笑ってきた。


「やだあ、美郷はっきり言いすぎー」

「でもわかるぅー、あたしだったら恥ずかしくて前出れないー」


 明るく可愛らしい笑い声が重なって響いた。



(まあ……そう来るよね)


 薄いため息をついて、一呼吸置く。

 どうしたもんかなと彩香はポリポリこめかみを掻いた。


 状況が状況だったし、浴びせられる内容の予見はできていた。これも想定内というやつだ。

 『まったくもってそのとおり!』と喜んで同意してやる気には全然ならないが、別にそれほど打ちのめされてもいない。

 現在進行形でわりと平常心を保ててもいると思う。

 強がっているわけでもなんでもなく。 

  

 ぶっちゃけてしまうと、あの早杉翔に公園で大笑いされた時のほうが遥かにショックは大きかった。

 今にして思えば、あれはあれでなぜだったのだろう?という微かな疑問は残るが――。

 

 だが何にしても……と彩香はそっとため息をつく。


 今は目の前の後輩たちだ。

 彼女たちの気がそれなりに済んだのなら、そろそろ片付けを完了して帰りたい。いい加減柚葉も待ちくたびれているだろうし。


 こうなったら拾わせるのはあきらめて全部自分で片すか……と身を屈めかけた時だった。



「そういうキミたちはどんだけイケてるつもり?」  



 突然、まったく予想もしなかった声がその場に流れた。






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