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陽だまりにて待つ!  作者:
第6章 セピアに揺れる
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息苦しさは(2)




 そうだ。

 瑶子がいないならチャンスではないか。

 気兼ねなく早杉翔(あのヒト)に借り物シャツを返せるとしたら、今日のこの機を逃してはならない。


 駅ナカのクリーニング店看板を目にするなり思い立ってしまった。

 早く早くと二人に急かされながら、仕上がっていたカーキシャツを受け取り、発車間際だった電車に駆け込む。


 だが待てよ。そもそも今日彼は来るのか?

 来なかったらずっと荷物になるだけでは?

 それなら受け取りは帰りにしたほうがよかったか……と走り出した車中で今さらながら思ったが、悪魔曰く「行くって言ってたよ」らしい。


(く……来るんだ。受験生なのに余裕ありまくりっていうか、ホントにもうあのヒトは……)


 気持ち目を泳がせながら、にわかに頬に集まってきた熱を逃すべくぱたぱたと手のひらであおぐ。


 こんなみっともない――い、いやっ。柚葉のこの浴衣自体は素晴らしいが――姿で彼の前に出なければならないのは正直かなり気が滅入る。 

 お目汚しとしか言えないこの風貌は……本当に申し訳ない限りだし。

 だが、借りたものはしっかりとお返ししなければならない。丁重にお礼を述べて。

 そして決して長時間留まらずにダッシュでその場を――


「西野、逃げちゃダメだぞ?」

「!?」


 決意をたしなめられるようなタイミングで侑希の声。

 ぎくりと振り仰いだ先には少しだけ困ったような呆れたような微妙な笑顔。

 またも思考がバレバレだった? と彩香の背筋に冷たい何かが走る。

 知らず知らずのうちに、そんなにわかりやすい行動をしてしまっているのだろうか?


「何かっていうとすぐ逃げる、って翔が気にしてる」


「え……?」


 気にしてる?

 ああそういえば、顔も見てられないくらい嫌っているのかとか、臭っているのかとか聞かれたな、とミーティングルームでのやり取りを思い出す。

 だがそれについてはしっかり否定したし、大丈夫では……?

 それよりもこんな残念な姿を超カッコイイひとの前に晒しておくほうがよっぽど失礼ではないか。


「……ねえ、やっぱり帰っちゃダメ? さっきからホントに気分が――」

「「ダメ」」


 息の合った悪魔と般若から逃れるのは、残念ながら本当に無理そうだ。両脇をがっちりと固められてもいるし。  

 銀光りする手すりにため息とともに体重を預け、心の中で舌打ちするに留めた。


 友人である二人は……まあ、気遣いからかこんな姿を見ても普段と変わらない態度で接してくれているのだろうが。

 他の面々から見たら――――


 ハッと嫌な予想をかき消すようにふるふると頭を振る。

 みんな素直に思ったままを口にする幼い子どもたちではないのだ。きっと大丈夫。たぶん。


 でもそのぶん逆に……


 思いつきがざわりと胸内を侵蝕してくる。

 かける言葉も見つからない、と困らせてしまう……かもしれない。いや、絶対そうなる。こんな姿……。


(ああ、帰りたい……)



 息苦しさは、変わらない。







「きゃああああああ、彩香さん可愛いー!」


 祭り会場の神社入口に着くなり、美郷の大声が飛んできた。


 ひいいいい! やめてくれえええええ!! という心の雄たけびが悟られぬよう、なんとか引きつった笑みを貼り付けることに成功する。


「あ、あーうん、あ、アリガトウ……。美郷、ちゃん……こそ」


 薄紫地に紫陽花柄の浴衣。深緑色の帯――と、彼女こそがとんでもないレベルで可愛く着飾っているくせに。

 よりによってそんな大声で、聞くに堪えないお世辞をわざわざ振り撒かないでほしい。

 それどころではなくこちらは苦しんでいるというのに。(物理的にも) 


 案の定、美郷の声を聞きつけたのかすでに到着していた部員たちもぱらぱらと集まってきた。


「ホントだ。西やんキュート!」

「須賀……。あんたなんで浴衣じゃないのよ?」


 チビ仲間のくせに。ずるいではないか。

 なんだか自分だけ公開処刑のようで、思わずイライラをぶつけてしまう。


「だって須賀クン浴衣なんて持ってないもーん。ついでに言うと見せるより愛でる専門! いやー、ほんっと可愛いじゃん西やん」

「うるさいっ。そ……そういうの、別にいいからっ」

「へ?」


 よく見ると須賀圭介だけではない。浴衣ではない部員がちらほらと居た。

 普通に私服だったり、部活後着替えるのが面倒だったのかそのまま陸部ジャージだったり、と。


(くっそう……騙された!)

  

 というか「何でもする」発言をもとにあの悪魔にいいように逃げ道を塞がれただけだった、とも言うが。

 ぐぬぬぬ……ヤツめ、どこ行った? と燃え滾る目で探し当てた先では、微笑ましくも恐ろしいシーンが繰り広げられていた。 


「きゃあああ沖田先輩も最高です! 素敵です!」

「ありがとう。柚が一番綺麗だけどね」


 まぶしいほどの王子スマイルで美郷にとどめを刺す沖田悪魔と、その隣でかろうじて薄っすら微笑んでいるように見えなくもない能面柚葉。

 可愛らしい綿あめからはチッと何か聞こえたような気がしたが……。


 うん。あれらは全部きっと気のせいだ。







 薄闇が徐々に濃さを増し、頭上に並んだ提灯が色鮮やかに夜空に映えるようになったころ。

 数名到着が遅れているが、入口(ここ)でたむろしていては一般の方々の邪魔になるし、とりあえず中に入っておこうということになった。

 ちなみに言い出しっぺの香川部長や早杉翔の姿もまだ見当たらない。


 ゆったりと歩きながら、それぞれに談笑したり思い思いに屋台を巡る。

 ざわめき。熱気。威勢のいい呼び声。熱い鉄板の上でじゅわっと何かが焼ける音がして、香ばしいソースの香りも漂ってくる。

 祭りはなかなか盛況のようだった。

 ぎゅうぎゅうに押されて身動きがとれないというほどではないが、少し油断すると簡単に集団からはぐれてしまいそうな程度に人出は多い。


 その人込みにホッとして、ようやく彩香は胸をなでおろしていた。


 群衆がうまい具合にこの姿を隠してくれるなら、むしろ願ったり叶ったりなのだ。

 幸い目にした部員たちから辛辣な声は飛んでこなかったものの、何とも言えず無駄に気を遣わせるだけの、困らせてしまうだけのこんな奇怪な姿、人目に触れないほうがいいに決まっている。


 少しだけ慣れてはきたものの、依然息苦しさに顔をしかめて帯と襟元をいじりながら歩いている、と。


 バラけだしたグループの最後尾あたりで、人知れずため息をついている美郷に気付いた。

 切なげに向かう視線の先には、仲睦まじそうに寄り添って屋台を覗き込んでいる侑希と柚葉。


「大丈……夫?」

「え……あ。彩香さん」


 すぐに何でもないことのように美郷は笑ってくれる。

 大丈夫なわけはないのに。

 無神経な問いかけをしてしまった。


 入部を快諾してはくれたが、やはり――


「辛くない? その……あの二人をそばで見てるのって」


 想いを承知で誘ってしまった手前、やはり少なからず罪悪感がこみ上げる。


 好きなヒトにお相手がいると知っても恋心は簡単に消えてくれるわけではない。

 そのことは、こんな自分でさえよくわかっている。


「まあ……そりゃちょっとは悲しいですけど」


 遠くの侑希の背中を見つめながら、美郷がぽつりと口を開いた。


「けどやっぱり、好きですもん。こうやって近くで見れてるほうが嬉しいです」

「――」

 

「目をそらしたって、好きって気持ちが薄まるわけでもないですもん」


 次に振り返ってくれた時には満面の笑みだった。


 わかる気がした。


「……そうだね」


 どうせ無駄だからと、早くあきらめなければと、思えばいつも無理やりこの想いを振り切ろうとしてきたけれど。

 結局は少しも忘れることなんてできなくて。 

 それどころか、なぜかどんどん好きになっていて。


 目を背けても、どんなに否定しようとしても、ずっと心の中にあのヒトがいた。



「ああああもう何であんなにカッコイイんでしょうね、彩香さん! ねっ?! 沖田先輩ひどい。好き!」

「でも最近中身黒いよ、あの悪魔……」

「悪魔でもいいです!」


 対象は違えど同じようにひとりのヒトを想い、どうにもならない気持ちを抱えて一喜一憂している。

 恋の応援はできないけれど、やっぱり彼女は前向きで明るくて可愛いな、と素直に思える。

 そんな美郷に少しだけ近付けたような気がして彩香の顔に自然に笑みが宿った。






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