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陽だまりにて待つ!  作者:
第6章 セピアに揺れる
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嵐の月曜日(4)




 ミーティングや説教を兼ねて、部室や会議室で弁当を広げる者。

 安さにつられて三年生だらけの学食に紛れ込む猛者。

 冷やかしとブーイングの嵐の中でも束の間の逢瀬を楽しむリア充たち。

 食事もそこそこに机にかじりついて勉学に勤しむ者や、我先にとバットやグローブを手にグラウンドや体育館へと駆け出す者。


 ――などなど、生徒たちは五十分しかない昼休みを思い思いに過ごす。


 そんななかでも2年F組内は、やはり呆れるくらい人口密度が高い。







「西やん、高瀬ちゃん。須賀くんも入ーれーて!」


 ランチ仕様にと机と椅子を動かしていると、両手いっぱいにサンドイッチやら菓子パンやらを抱えた須賀圭介が乱入してきた。


「あれ? 須賀くん、食堂行ってみるんじゃなかった?」

「高瀬ちゃんが言ったとおり、ホントに三年生だらけだった! デカいし迫力に負けて逃げ帰ってきたよーん」


 よくぞ聞いてくれた!とばかりにひとしきりよよよと泣き真似をしてから、嬉々として自分の椅子を横付けしてくる。

 芸達者な転入生である。


 パック牛乳二本とともに広げられたパンの種類に、ん?と彩香の目が釘付けになった。


「あれ、そんなの学校ウチで売ってたっけ?」


 よく見ると手作り感満載な包みのサンドイッチやマフィンまである。


「尻尾巻いて逃げ帰ってくる途中で貰った。いろんなコから」

「す……スゴ」


 どう見ても全部で十個近くある包み。

 転入早々、もうそんなプレゼントが飛んでくるほどファンができたのか。


「もしかして、ああいうコたち?」


 可愛く冷やかすような笑みを浮かべて、柚葉がそっと教室出入口を指差す。

 前方後方両ドア付近から、女子の小集団がチラチラとこちらを見てきていたらしい。クラス内の女子たちも含め、そんな塊がざっと見ただけでも三つ四つ存在する。

 

(おお……)


 くれたコや塊の彼女たちと一緒に食べなくていいのだろうか?とやや気になったが、当の圭介は「さっきはありがとー」などとにこやかにヒラヒラと手を振っているだけで、ここから動く気配はまったくない。


 小さいのに……やるな。

 そのモテぶりに正直驚いたが、彼の場合はとにかくその明るさと人当たりのよさ、前向きさが功を奏しているのかもしれない。


 そういえば……と今さらながら、ずっと取り巻いていたある違和感に気付いた。


 沖田侑希の一件で朝の校門前は確かにすごかった。

 が、今現在は想像していたほど目もあてられない惨状にはなっていない。それが不思議だった。

 2-F周辺は特に、ショックを受けた女子軍団に押しかけられたりあちらこちらで非難轟轟な声が上がっていたりと、もっとこう……それこそ阿鼻叫喚地獄になると思っていたのだ。


 涙ぐんだ赤い目で遠巻きに見てくる女子たちはちらほらといるが、今のところ柚葉や侑希に変に突っ掛かってくるような子はいないし、これ見よがしに陰口を叩いているような雰囲気でもなさそうだ。


 その一因が、もしかしたら突然やってきたこの元気印の転入生にもある……かも?

 空気が剣呑とする前に多くのファンを攫っていってくれ……たのかも?と考えるとうなずけないこともないのだ。

 本当のところはわからないが。


 何にしても、身体が小さくても彼にはヒトを惹き付けてやまない何かが――彩香にとっては羨ましい限りの何かがしっかり備わっているのだろう。

 身長がどうとか本当に関係ないのだな、と思うと何やら物悲しいあきらめの境地とともにフッと笑みが浮かんだ。

 牛乳を二本も抱えてるだけあって、本人はやはり気にしまくっているようだが……。


「え、なになに? 西やん、俺見て微笑んでる? 身長もちょうどいいし、付き合っちゃう?」

「付き合わない」

「即答!?」


「こら、西野はダメだぞ」


 買ったばかりのスポーツドリンクと弁当を手に、沖田侑希が教室に戻ってきた。


「ていうか狭い……。須賀、椅子だけじゃなくておまえの机とあっちのも借りてくっつけな」


 四人で食べるなら机もしっかり四つ使おう、ということらしい。


「えー……じゃやっぱり高瀬ちゃんが俺の運命の」

「おまえ殺すぞ」


 ぶつくさこぼしながらも言われたとおりキビキビと机をセッティングする圭介に、晴れやかに爽やかに死刑宣告が下された。


「ほら、んで西野の隣行って」


 にこやかにしっしっと追い払いつつ、ちゃっかり柚葉の隣を陣取っている侑希。


「えー西やんはダメって言ったやん!」

「ダメだけど。()()はもっとダメ」


 微笑み合う見目麗しい二人に、周囲から極々小さな悲鳴とほうっというため息がこぼれ出る。

 しばし目が点になっていた圭介からは「……あ、そゆこと」と落胆と羨望が入り雑じった薄い笑いがもれていた。







「にしても入院ってずいぶん長くかかったんだな? もう完全に治ったのか?」

「治った治った。体育はまだダメって言われてるけど」

「それ……完治って言う、のかな?」


 ……いや、言わないな。元気に動き回っているようには見えるが、自分の退院後の経過観察と同じ感じかな。

 柚葉のセリフにそう心の声で反応しながら、彩香は咀嚼していた白米を飲み下す。


「けどタイミングとしてはちょっとまずかったかもな?」

「あー、ね。もう少し早くか……思いきって来週以降に登校のがよかったかも」


「なんで?」


 気の毒そうに笑うだけの美形カップルから視線を移し、圭介がキョトンとした目で首を傾げてきた。


「来週、期末試験があんの」

「!!」


「まあ、勉強得意とかなら問題ないかもだけど」

「あるある、問題大アリ! 教えて? 勉強!」

「いや……こっち見ないで。あたしも教えを乞う側だから」

「そんなこと言わずに! 西やああぁぁーん!」


 思いあまって立ち上がった圭介に肩をガクガク揺さぶられ、ちょ……飲めないじゃんヤメて、とカフェオレに四苦八苦する羽目になってしまった。


 そんな、取り巻く笑いを遮るタイミングで。


「高瀬さーん、お客さまー」


 廊下側からクラスメート女子の声がかかった。


 え……とわずかに驚いて席を立つ柚葉。

 その背中を追って廊下に視線を走らせ――


「!」


 気が付くと、ガバリと身を低くして隠れてしまっていた。

 呼んでくれた女子生徒ににこやかに礼を言って待っていたのは、三年生マネージャー篠原瑶子である。


 隠れても意味はない……わかっている。

 柚葉と同じクラスだということは知られているのだし、今ここにいるのもとっくにバレバレだったかもしれない。


(けど……)


 顔を上げて瑶子を直視する勇気はさすがになかった。


 たどり着いた柚葉と、いったい何の話をしているのだろう?

 今朝のあれが――実は付き合っていないと翔が言っていたあの話が、早くも伝わってしまった……とかだろうか。

 でもそれだったらなぜ柚葉に――?


「沖田沖田! あの超絶美人は誰っ? 誰、誰、誰っ!?」


 横では圭介が大興奮で侑希に顔を寄せていた。

 無理はない。本当に誰がどう見ても超絶美人なお方なのだから。


(あんな綺麗なヒトと……実は付き合ってなかった、なんて――――)


 ん? 待てよ、となぜか唐突に思い付いたある可能性。


(付き合ってはいないだけで、好きは好き……とか? 本人同士がまだ想いを伝えあっていないだけ、とか?)


 それならそれで何故付き合っていたかのような素振りを見せたのか?という謎は残るが、そういう線も考えられないだろうか。

 瑶子の気持ちは痛いほど伝わっている(というか面と向かって宣言された?)し、翔も――――心の奥底では実は同じ想いだとしたら……?


 確かに付き合っていないと言っていたが、好きじゃないとは聞いていない。


「えっ、陸上部マネージャー? 俺も入ろうかな! まだ動けんけど! あ……っ、行ってしまわれる……」


 残念そうな圭介の声にそろりと顔を上げると、早くも話を終えたらしい柚葉がこちらに戻ってきつつあった。







「えっ……あのコたち四人とも辞めたあ!?」


 なんと校門前で王子の熱愛が発覚したとたん、マネージャー候補の一年生が全員涙ながらに辞めてしまった、という話だったらしい。


「そうなの……。瑶子先輩もついさっき関口先生から聞いたみたい」


 あちゃー、いくらなんでもそんな……。そんなにショックだったかあ、というのが正直な感想だ。

 もうじき正式マネージャー一人に絞られるという段になって、この状況とは。

 顧問も幹部もさぞ頭を痛めていることだろう。(自分も一応幹部だという自覚は今はきれいさっぱり消え失せている)


「恐るべし、熱愛発覚事件(沖田ショック)……」


 何そのオイルショック的な命名?と苦笑いしながら、それでも自分に落ち度はないとばかりに侑希は平然と咀嚼している。

 まあ、確かに彼に落ち度はない。


「だから早急にまた探さないと、ってことで……。引き受けてくれそうな人、誰か知らないか、って瑶子先輩が」


 幸い、多忙を極めた県大会も終わっているし、もうすぐ期末テスト期間に突入する。

 原則としてインターハイ出場選手以外は明日から活動禁止なため、次に部活が本格始動するのはその後だ。

 そう考えるととりあえずの猶予はあるのでその間に探そう、お互い積極的に声をかけてみよう、ということになったらしい。


「え、何? マネージャーのなり手がいないってこと? ハイハイハイ! 俺やる! 美人マネージャーとお近付きに俺はなるッ!」


 期待を裏切らず、圭介が鼻息荒く名乗りを上げる、が。


「ダメなんだよ。うちの学校、マネージャーは各学年一人までって決まってんの。二年(ウチ)は柚葉だけ」

「えええ? 何その横暴なルール」

「じゃないと何百人も殺到しそうだしね。どこかの腹黒王子のせいでっ」


「ヒドイな。西野、アタリきつい……」

「沖田くんこそ、記憶戻ってからなんか黒いからね? 自覚ある!?」


 昨日の早杉宅での恨みも込めて、下からギンッと睨み上げながら鼻先に人差し指を突きつけてやる。

 対して腹黒は、


「ないこともナイ」


 これまでで最上の極上の笑みを浮かべて、しれっと爽やかに宣った。



 ほら、あるんじゃんー! 許すまじ沖田ああああああ!!

 何でよ、西野を応援してるのにー。えっ……ちょ、暴力反対!

 ねー、選手でいいから入りたいんだけど、誰に言ったらいいん? 顧問? 部長? 誰ー?!

 そ……そこの二人が次期部長。ねえ……マネやってくれそうな一年生、誰か知らない……?



 まさに()()こそが阿鼻叫喚地獄のようだと周囲に思われていた――――などと、渦中の四人は知る由もなかった。


 

 




この四人で行く修学旅行とか楽しそうだなあ。

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