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陽だまりにて待つ!  作者:
第6章 セピアに揺れる
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嵐の月曜日(2)




 緊張した面持ちで翔を見つめているのは、彩香よりやや身長高めの女子生徒。

 長い髪をゆるく編み込んだサイドとともに二つ分けにして、可憐且つなんとも言えない清楚さを醸し出している。


(うわあ……可愛い。そして……もしかしなくてもこの雰囲気って、告白シーンにつながるような何か……だよ、ね?)


 なんということだろう。

 綿菓子の美郷ランクの一年女子がまだいたらしい。

 瑶子(カノジョ)がいなければ一発OKだったのでは?と思ってしまうくらい、恋する乙女のなんと可愛らしいことか。


 そんな謎の感動に身を委ねる彩香をよそに、


「……話?」


 鼻をつまんだ体勢のまま、翔が静かに聞き返した。


「あ……あの、突然すみません。今日お時間とっていただけませんか? お昼とか放課後とか……いつでもいいので」


 え、いきなり告白タイム?朝っぱらから?と一瞬面食らったが、ちゃんと常識的な――相手の都合を気遣ってあげられる子のようだ。


 というか、いつまでこの体勢なのだろう……?

 こんな鼻なんて放り出して早く予定の調整をしてあげましょうよ?ほら待ってるよ?という目で思わず鼻つまみ犯を見上げる。


 そんな気配を察したのか、しばらく高いところから視線を合わせてくれていた……かと思うと。

 ふいにそれを断ち切って、翔が一年女子を見返った。


「――んじゃ、()で」


(?!)


「えっ……あ、あの、今……ですか?」


 さすがに想定外の反応だったのか大きな目をぱちくりとしばたたかせる可憐女子。

 背後の応援隊たちもそれぞれ唖然と顔を見合せている。


「んー悪いけど昼は忙しいし放課後は部活あるから。話ってここでいい? それともどっか場所移動する? あ、せめて向こうの陰いこうか」


 言ってるそばから校門を抜け、昇降口のある本館には向かわず講堂方面を目指していると思われるイケメン長身。

 確かに本館と講堂の隙間なら、人目には付きづらい。

 登校中の生徒たちの目を気にしてか一年女子に対する配慮からか、そちら方面の心遣いは健在であるらしい。


 ――――ただ一点を除いては。


「ひょ……っ、は、はらひれ! なっれあらひまれ――(ちょ……っ、放して! なんであたしまで)」

「いいからいいから」


 まさか告白現場に連れていく気だろうか。

 こんな……無関係の単なる部活の後輩を。


 ちっともよくない状況に全身をバタつかせて抗議するも、低い鼻を人質(?)にとられて小柄な体は難なく引きずられていく。


 常識的ではないのはこっちだった。







 そういえば以前、沖田侑希コクられ現場に遭遇したのもこの場所だった。

 何だかんだであれからもう二ヶ月以上たつのか……。


 歩きながらやけに感慨深い思いに耽ったのは一瞬だけ。

 直後、疑問と驚愕と謎の罪悪感に駆られたまま、彩香は後ろをついてきているであろう一年女子とその取り巻きたちにそろりと意識を向かわせる。


(な、なんで……あたしは()()()いるんだろうか?)


 なんで、とは言っても状況はいたって単純。

 告白に呼び呼び止められた(たぶん)はずの早杉翔が放してくれないから、なのだ……が。

 その理由についてはさっぱりである。


 さすがに少し苦しいと気付いてくれたのか途中で鼻は解放してくれたものの、なぜか代わりに襟首を掴まれている始末。


(うう……なんでだ? あたし関係ない、よね?)


 わずかに開けた空間に到着してもなお妙な拘束をしたままの翔を、モノ申したい気持ちいっぱいで睨み上げる。


「あ、あの……そのひとは?」


 立ち止まってすぐに、可憐な編み込み女子が不安そうに翔と彩香の顔を見比べてきた。


 それはそうだろう。

 これから告白しようとしてる相手が彼女でも何でもないよくわからない変な女を引っ張ってきたらそれは変だろう!

 普通だろうが、そんなこと!

 と声を大にして言いたい。このトンチンカンなイケメンにモノ申したい。


(っていうかめっちゃ睨まれてるし……応援隊の女の子たちに)


 ですよねーーお気持ちわかりますううぅ、と内なる声をあげつつも、見覚えありまくりな類の視線からつい目を逸らしてしまう。


「あ、コレ? 付き添いってことで。まあまあ、気にしないで」


(き……気にするわあああ!)


 笑顔でひらひらと手を振る翔に叫びたいのは山々なれど、ここは自分が目立っていいシーンではない。主役はあくまでも彼と編み込みちゃんだ。

 我慢に我慢を重ねてこの場は唸るだけに留めおく。

 後でみっちり説教してさしあげねば!と心に決めながら。


「あ、あの……っ、ずっと先輩のこと好きでした!」


 これ以上は時間的余裕もないし埒があかないと思ったのか、意を決したように編み込みちゃんが思いの丈を吐き出した。


「一年くらい前に電車の中で先輩を見かけて……一緒の高校行けたらな、って頑張って頑張ってこの学校に入りました」


 それで「ずっと」か。

 入学して間もないのに……と思ったが合点がいく。


「入学してから同じ三年生に彼女さんがいるって知ったんですけど……。やっぱりどうしても……先輩が好きで、どうしようもなくて……」


 泣きそうな真っ赤に染まった顔を伏せ気味に、声を絞り出しているといった感じだ。


 聞いているだけで胸が痛かった。


 意図せず手はボルドーのリボンタイをきゅっと握り込む。


 これはたぶん、編み込みちゃんの想いにおもいきり同調してしまっているから。

 あのときの……美術室で勇気をふりしぼっていたショートヘアの先輩の時と同じだ。


 年季の入った彼女たちの想いには、ついこの前気持ちを自覚したばかりの自分の痛みなんてとうてい及ばないのかもしれないが……。


「ごめんなさい。こんなこと言われても迷惑なだけかもですけど、言わずには……いられなかったので」


 やがて。


「そか」


 甘すぎず突き放しすぎず、低く穏やかな声色で翔が口を開く。


「気持ちはありがとう。でも、ごめんな」


 そう。

 これも美術室でのあの告白場面シーンと同じ。

 絶対的にお似合いな彼女がいる以上、どう転んでも至極当たり前な不変の返答になってしまうのだろうが。


「で、だ。ひとつ訂正な?」


 沈む一方だった空気の流れを、仕切り直しとばかりに翔の声が止めた。


「実はその三年のっていう――瑶子とは、イトコ同士でさ」


(…………)


 思わずぐにゃりと眉を寄せ、彩香はぱちくりと瞬きをする。


 まあ確かにほとんどの人はその事実を知らずにいる……かもだが。今ここでわざわざ付け足すほどの情報だろうか?

 ほら、編み込みちゃんだって涙ぐみながらきょとんとしてるし!とは心の声。


 そんな空気を感じ取ってか、さらに改まった様子で翔。


「かなり噂になってるっぽいけど――――付き合ってるワケじゃねーんだわ、俺ら」


 妙な間を持たせての彼のセリフの意味を、一瞬、つかみ損ねた。



(……え)



 付き合って、いない――?


 

 見開いた目で思わず隣に立つ翔を見上げてしまっていた。


「そ、そう……だったんですか。……でも、『ごめん』なんですよね?」

「うん、ごめん」

「ふふ……先輩さっぱりしすぎです」


 目の前ではそんな微笑ましくも涙ぐましいやり取りが続行されていたのだが、彩香にとっては寝耳に水すぎて、あり得なさすぎて、思考は緊急停止したままだった。







「おーい」

「……はっ」


 間近に響く呆れ声と端正な顔のドアップで、急激に意識が呼び戻された。


「立ったまま寝れるとか、どんだけだ」


 クスクス笑いながら「おらっそろそろ行くぞ。遅刻になる」と翔がカバン一式を担ぎ直している。

 いつの間にか襟首は自由になっていた。

 とともに周囲に人っ子一人いなくなっていることにあらためて気付く。


「あ、あれ? あの子たちは」

「とっくに教室行ったぞ。ちょっと泣かしちまったけど、ありがとうございましたーつって、さっぱりした顔で」 


 全然認識していなかったことに愕然とした。

 あの人数が立ち去ったことさえ気付かずにいたとは、どれだけ意識をすっ飛ばしていたのだろう。

 いくら衝撃的な事実を聞かされたからとはいえ――


 ――『付き合ってるワケじゃねーんだわ、俺ら』


 わざわざ改まったように、そう翔は言っていたが。

 

(でも、瑶子さんの口ぶりでは全然そんな……)


 かと言ってわざわざ翔が嘘をついていたとも思えない。あの状況でそんな必要もないだろうし。

 では、どういうことなのか。


(……って、やめやめやめ!)


 余計なことを考え込みそうになっている頭をブンブン振って、数歩先を歩き始めていた長身の背中を追い始める。


「……で。結局なんであたしまで連れてきたんですか?」

「ああぁ?」


「つ……連れてきた、の……?(ひーっ)」


 そうだ、あらためてタメ口令を出されたのだった。

 それにしたってわざわざ足を止めて睨まれるほどのことだろうか?


「んーなんとなく。誰か一緒にいたら早くあきらめてくれるかな、とか」

「ええー……」


 なんとなく、ってだけで彼女たちから強烈な視線を浴びたのか……と思うと少し悲しくなった。

 それに。


「け、けどあの子的にはちょっと……困ったんじゃ、ないかな? これから告白しようとしている相手の隣によくわからない変な女がいたら、さ」

「なんで? 向こうだって大勢引き連れてたじゃん?」

「そ、それは……そうだけど」


「あとな、タイムリーだったってのもある」

「?」


「瑶子のこと。おまえも誤解してたみてーだし。この際ちょうどいいかな、って」


「――――」


 付き合っているのではない、と……わざわざ教えてくれるために?


 驚いて目を見開いた先で、例によって満足そうに彼の口の端がくいと持ち上げられた。







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