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陽だまりにて待つ!  作者:
第6章 セピアに揺れる
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嵐の月曜日(1)




 小鳥たちがさえずり、やわらかな陽光が降り注ぐ爽やかな朝。

 じゃれ合い、快活なあいさつを交わしながら続々と登校してくる生徒たち。

 そこだけ見ると何の変哲もない、いつもどおりの月曜日である。


 そんななか――


「い……いやああああああああああ!!」


 私立藤川洸陵高校校門前では、けたたましい悲鳴が響き渡っていた。

 それも……一人二人ではなく、複数の()()の。


(うわあ……覚悟はしてたけど、これほどとは……)


 輪唱のようにさらにあちらこちらであがり始めた悲鳴に、彩香は耳を塞ぎながら引きつった笑いを浮かべた。







 熱もすっかり下がったし、なんと言っても仲直り後()の柚葉との登校だ。

 以前と同様、駅で待ち合わせて他愛のないお喋りに花を咲かせ、ウキウキ気分で一緒に歩いてきた…………まではよかったのだが。


 校門前でいかにも人待ちという風情で佇む、爽やかさと煌めきの権化を発見。


「あ、柚」


 こちらに気付いた沖田侑希が、限界突破した王子スマイルでひらりと手を振った。

 一分一秒でも早くに会いたかったのだろう。

 見慣れぬ光景にギョッとはしたものの、まあ百歩譲ってそこまではよしとする。そこまでは。

 旧キューピッドとしてはひたすら待ち望んできた結果であることだし。


 ……が。

 なんとこの王子、まったく人目をはばからずに近付いてきたと思ったら、


「おはよ」


 あろうことか柚葉の手をきゅっと握りしめてのあいさつ。

 先日と同様(そうだ、数日前も見たんだったこの光景……)顔を赤らめた柚葉がか細い声で挨拶を返したとたんに、件の悲鳴があがったのだ。







(恐るべし、沖田王子……)


 続々と登校してくる生徒たちに次々と目撃され、すでに大合唱になっている泣き声や叫び声。

 それに負けじと、声を張ってみることにする。


「ちょ……沖田くん! 何もこんなとこで待たなくても……!」


 二人の仲を認知された瞬間こうなりそうなことは、予測できたのではないだろうか。

 これ絶対近隣から苦情くるぞ学校に……と思いながら、あえて苦言を呈してやる。


「あ。西野もおはよ」

「『おはよ』じゃないよ! 教室で待ってればいいじゃん、近所迷惑!」

「えー。本当は駅で待ちたかったけど、西野と登校したいだろうなって思って気を利かせたんだけど?」


 ……褒めろとでもいいたいのだろうか?

 なんだろう、このドヤ顔は。


「ってことでここからは俺の番ね。はい交替ー」

「え、ちょ……っ」


 なんだ、この『バージンロードを共に歩いてきた娘を花婿に譲り渡す父親』のごとき扱いは!

 呆気に取られているうちに、あたふたと振り返る柚葉を半ば強引に伴って侑希は朗らかに校舎に向かい始めた。


 泣き崩れ、打ち震えながらも、周りの女生徒たちもちらほらと追従していく。

 遠目で目撃したのかSNSでまたたく間に話が広がったのか、遥か後方の登校生徒たちからも悲鳴に近い声があがっていた。


(でも……ホント、よかった)


 唖然とした表情から一変して口元が緩む。

 周辺の男子生徒たちに羨望とからかいの声をかけられながら、すでに昇降口にさしかかろうとしている二人の後ろ姿。

 それを見つめながらムクムクと幸せ気分が膨らんできていることを、あらためて自覚する。

 彼らがめでたくまとまってくれたことが何よりも嬉しいのだ。


 へにゃりと締まりのない顔で、ラブラブ両人とまだまだ続く阿鼻叫喚のさまを眺めていると。


「すげえな」


 カツンとローファーを響かせて背の高い影が並び立った。


「は……早杉さん!?」


 よう、とさらっとあいさつして早杉翔が高い位置で口の端を上げた。

 幸せ気分に浸っていてまったく気付かなかった。いつの間にこんなに近くにきていたのだろうか。

 というか――


「ここ来るまで何人か泣いてたぞ」


 いや、後ろを指差してそんな格好いいお顔で笑ってる場合ではなく……。

 陸部バッグまで抱えた彼はしっかり部活まで出る気でいるらしい。


「えっ……も、もう登校して大丈夫なんですか? ちゃんと熱下がりました?」

「あー下がった下がった、たぶん」

「たぶん、って……」


 相変わらず悠長なお人である。

 受験生だし大事な大事なお体なのに。


(から……だ――……うっ……!)


 体というワードに無意識に反応してしまったのか、瞬時に脳裏によみがえる()()()()


「あれ? おまえこそまたぶり返してたり……しねえ? なんか顔赤えぞ」

「い、いえいえ! こ……これは違います全然、あのホントに、はいっ」


 体を拭かれたり着替えさせられたことは憶えていない、のかもしれない。 

 高熱でうなされていたのだから無理もないが、沖田侑希からも何も聞いていないのだろうか。


(さすがに悪魔王子もそこまでは告げ口しなかった……?)


 若干罪悪感が湧いているものの、バレてないならこのまま黙っておこうと強く決意した。

 知られようものならもう本当に……人生が終わる。いろいろな意味で。


「ならいいけど。……なんつーか、さ」


 ポリポリとこめかみをかく翔の目が微かに泳いだ。

 一瞬とはいえ、自分相手にこんなふうに何かを言い淀むのは珍しいかもしれない、と彩香は目を丸くする。


「マジで……いろいろありがとな。あ。あれも美味かったぞ、ポトフ?」

「――」


 食べてくれたんだ……。気持ち悪いと捨てられてもおかしくなかったのに。


 そう思ったら足元からぶわりと猛烈な何かがこみ上げてきた。

 一瞬で全身が茹で上がってしまうような感覚。

 せめて紅潮したこの恥ずかしい顔は隠さねば、とおもいっきり頭を下げた。


「あ……い、いえ! と、とんでもないです! そもそもすみません!」


 そう。

 まさにこちらが謝らなければならないことでもあったのだから。


「ん? 何が?」


「だ、だって……あたしが風邪うつしちゃったか、お洋服借りちゃったせい、ですよね。受験生に体調崩させてしまって……ほんとにどうお詫び申し上げたらよいかと」

「んなことねーだろ。どっちみちみんなしてずぶ濡れだったんだし」


 それでもだ。

 なんと言われようが、寒がりの彼からあのカーキシャツを借りるべきではなかった。

 もしまた同じようなことがあったら頑として断る。……それ以前にもう二度と変なモノを透けさせない。

 今なら間違いなくそう思える。


「あ、そだ」


 服といえば大事な話があったのだ。


「そのお借りしたお洋服なんですけど……。すみません。昨日やっとクリーニング出せたので、もう少し待ってもらってもいいですか? ほんっと、申し訳ないんですが……」


 『これって大きいし、たぶん先輩のだよね? 侑くんは制服だったし。お母さんがよけておいてくれたの忘れてたみたい』と昨日会った時に柚葉から渡され、丁度いいや、と電車に乗る前に駅ナカのクリーニング店に駆け込んだのだ。


「いいけど……出したのかよ、マジで。いらねーって言ったのに」


 あんなどうでもいい普段着をクリーニングとか……と翔は呆れ笑いしている。


 そんなわけにはいかない。とんでもない!

 こちらとしてはいつも以上に念入りにチェックして受け取ってこなければ!と謎の使命感に燃えているのに。


(というか――返す時どうしよう?)


 ふいに、一抹の不安がよぎった。

 どうしよう、といっても学校に持ってくるしかないのだが。


 なるべく人の……特に瑶子の目につかないように渡せるだろうか? 

 いや……コソコソなんてしてたら逆にアヤシイだろうか? 考えすぎ?

 いや、いやいや! そうしなければならない。なんとしても!

 彼氏の服を返してくる他の女――なんて、いくら小動物扱いでも怪しまれないワケはないのだから。


「つーか、おまえさ」


「はい? ……ふがっ」


 振り仰ぎかけたところに、鼻つまみ攻撃がきた。


「完っっ全に忘れてんだろ。敬語もつかわなくていい、っつったよな?」

「えええ……へ、へも(でも)」


 というか、そんな大層な敬語もつかっていないつもりだが。


「なんつーか……気持ちワルいんだよ、おまえが丁寧とか……。なんか嫌だ。禁止な」


 ここで気持ち悪いがくるの!? どういうこと!?

 内心では非難轟轟だが気持ち悪いのならば仕方がない。ちょっと悲しいし。

 しょうがないので丁寧さのオブラートを数枚引っぺがすことにする。


「ひ……ひろいお(ヒドイよ)」

「そそ、そんな感じで頼むわ。タメ口でいい」


 満足そうに笑う翔。

 何だろう。今日はやけに笑ってくれる。

 体調よくなって気分がいいのかな……と思いながらまぶしさに目を細めた時だった。


「あ、あのっ、早杉先輩」


 少しだけ上ずったような可愛らしい声が背後から届いた。

 鼻をつままれながらも一緒に振り向く。――と。


 見覚えのない女子生徒が緊張した面持ちで鞄をかかえて立っていた。

 ダークグリーンのリボンタイ。一年生だ。

 そして応援隊といわんばかりに左右を四、五人の女子が取り囲んでいる。


(こ……この雰囲気は……ひょっとして)


「すみません。ちょっとお話……いいですか?」


 うつむきがちに声をふりしぼり、一年女子は顔を赤らめた。







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