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陽だまりにて待つ!  作者:
第5章 Trèsor――追憶のはざまで――
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Trèsor――Ⅳ(8)




 あの夜の――いずみとのことを打ち明けなければ。


ケンジ(あんた)にだけは言わなきゃ……って」


 たとえ許してもらえないとしても、あのまま隠し通すわけにはいかない。

 卑怯な自分には成り下がりたくなかった。


「俺……さ」


 心を決めて出向いてきたはずなのに、ケンジに視線を合わせられない。

 膝の上で組んだ指先が震える。


「……俺……」

「いずみとのことか?」


 なぜか先に切り出されてしまった。

 驚いた目を上げる翔に軽く笑って、ケンジは引き寄せた灰皿でたばこを押し消す。


「ちょっとあやしい雰囲気になっちまいました、サーセン!ってか?」


「なんで……」


 知っている――?

 久方ぶりの来店の理由。

 打ち明けて、許しを乞わねばならなかった内容が、まさしくそれだ。


「なんで知ってるか、って?」


「いずみさん……が?」


 彼女もまた、罪の意識にさいなまれて苦しんだのかもしれない。

 耐えられなくなって打ち明けた……?


「いんや。いずみは何も言わねえし、俺も何も訊かねえ」

「……え」

「けど俺が知ってるってことは、いずみは知ってる」


「――」


 不思議そうな表情の翔を見て、ケンジはため息まじりに微笑んだ。


「わかっちまったんだ。そんだけだよ」


 実際に見聞きしたわけでもないのに、そんなことが可能なのだろうか?というわずかな疑問もわいたが、あえて確かめるのも野暮な気がした。


 大人の勘……というやつか。

 それとも二人の絆の強さゆえに、という話だろうか。

 危なかったけれど完全に一線を越えてしまったわけではない、ということまで正確に伝わっている、ということは。


「……さすがだな、やっぱり」


 一気に気が抜けて思わず天井を仰いだ。

 今さらながら、全身に異様に力が入りガチガチにこわばるほど緊張していたことを自覚する。


「なんでもお見通しな大人の方々にはこんなガキじゃ太刀打ちできないッスね、ハイ」


 大げさにため息をつきながら白旗ポーズをとる翔に、なんだそりゃ?とケンジが軽く笑った。

 そして真向かいからそのままズイと顔を寄せてくる。


「お見通し……っつーけどよ? ひとつだけ、いずみが知らなかったことがある」

「?」


 知らなかったこと?


おまえの気持ち」

「――」


 鼻先に人さし指を突きつけられて、目を見開いてしまう。

 が、それも一瞬だけだった。


「いずみに惚れてたろ?」

「……それを訊くんだ? 残酷なジジイ」


 憎まれ口を叩きながらも表情はすぐさま和らいでいく。


「もう、吹っ切れたみてーだな」


 何をどう判断したのかそんなことを言って口の端を上げるケンジに、少し曖昧に笑い返すだけにとどめた。


「でもそんなこと……とっくにバレてると思ってた」


 自分の――こんなガキの想いなんて。


「勘がいいからな、あいつは。でも自分が想われてることにはてんで気付かねーんだぜ?」


 それは……知っている。散々ヤキモキさせられたし。

 ていうかアンタそれ、ヒトのこと言えないはずだが?とは心の声。


「だから――おまえが現れた時、マジで狼狽えた」

「え」

「けど、感謝もしてる。心底な」


 ちょ……ちょっと待て、即座に噛み砕けない何かも浮上してきたぞ、とツッコミたいのは山々だったが。


 今、さらっと感謝してると言ったか?

 こんなガキに――?


「俺、に? なんで」


「すっげー大事なこと気付かせてくれたからな。俺にもいずみにも」


 リベンジ込みの挑戦とか条件とか、ちょっとした策略を企てたことだろうか?

 でもそんなものは別に、たいしたことでは……。


 キョトンとした目を向けるだけの翔に、ケンジが満足そうに笑う。


()()のおまえがいてくれてよかった、ってことだよ」

「はあああ?」

「純粋で真っ直ぐで……あきらめねえバカに触発されたんだよ」

「……おい、ジジイ」


 感謝されてる気があまりしないのは気のせいだろうか。


「…………いずみの家のことは聞いたか?」


 にわかに抑えられた声と少しだけ翳った表情に、余計な軽口を挟むのをやめて「少し……」とだけ答える。


おまえが来なくなってしばらくしてから、親父さん……また来たんだよ、ここに」

「!」


 いずみの父親というと、酒に溺れて暴力をふるっていたという、あの――。

 結果的にケンジが負傷した、その原因を作り出した人物。


「俺もな、正直言って……いずみが何してもおかしくねえと思ってた。でも……逃げも罵りもしねえでいずみはちゃんと話した。『私にはもうお父さんしかいないんだから、滅茶苦茶なことばっかりしてないで』って。親父さん……目ン玉いっぱい涙ためて、いずみにしがみついて謝ってたよ。俺にもな。――いずみは強く、優しくなってた」


「それって……別に俺がどうとかじゃなくね? アンタのおかげじゃ?」

「いんや。おまえ。俺らだけだと、たぶんあきらめて終わりだった」


「? わかんねーよ」

「それでいーよ」


 ぜんっぜんわからん、と眉根を寄せて首を傾げる翔にカラカラと笑ってケンジ。


「ところであのコ――何っつったっけ? イトコとかいう……」

「瑶子?」

「そう、そのコ。うまくいってっか?」


「――」

「なんだダメか。やっぱりいずみに未練があるか? でもおまえにはやらねーぞ」


 思わぬ話題転換と侮り難い記憶力、さらに言うなら勝手な憶測に脱力しかける……も、ここで動じて見せたら負けだと謎の意地でなんとか無表情で通す。


「何を勝手にベラベラと……。ただのイトコだっつったろ」

「それがどーした? キスしてたじゃねえか」

「――え」

「あ、ヤベ……」


 五秒ともたなかった無表情。


「み、み……っ、み、みみ見てやがったのかーーー!?」


「あー待て待て。もう時効、なっ? 怒んな怒んな」


 いつのどのシーンについて言われているのかは明白だ。

 心当たりはあの一回きり。あの夜、まさにこの店で痛めつけられてズタボロだった自分が泣きながら心配してくれる瑶子に思わず……。

 ってか、してねーし! ちゃんと寸前で我に返ったし!


 大興奮でそう続けようとしたものの、微妙な笑みのケンジにどうどうと宥められてしまった。

 結局すっかり動揺して顔まで熱い。

 マズった……と不機嫌そのものでドサリとハイスツールに腰掛ける。(いつの間にかまた立ち上がっていた……)


「……ンだよ。じゃずいぶん早く戻って来てたんだな、あの時。いずみさんの部屋に薬取りに行くっつって」

「いんや、実は薬もココにあったんだ。だから家まで戻るフリして時間つぶすの苦労したんだぞー? 微妙なもんでよ」


 次々と明かされる事実に、めまいがした。


 そういえば……そうだ。薬は店に常備してあったはず。

 いずみが包丁で指を切った時に、救急箱を渡されて手当を頼まれたのは自分ではないか。

 そんなこと……なぜ今ごろになって思い出すのだろう。

 蘇る記憶を恨めしくさえ思えてきた。


「時間つぶしに覗きなんてしてんじゃねーよ、ジジイ……」

「おまえな、ジジイ、ジジイって……そんなに歳離れてねーだろが」

「十二歳差。アラサー!」

「あーあーわかったよ、どうしても俺をジジイにしてえワケだな。そしたらいずみもババアだぞ、ガキ」


「い……意地汚え……」


 一瞬の空白の後、ガバリととうとうカウンターにへたり込んでしまった。


「ダメだ俺……やっぱアンタには勝てねえ」

「フフン、今ごろ気付いたか、()()()め。――で? 瑶子ちゃんとは?」

「その話をふるなっ」

「イトコだ何だって関係ねーぞ? 要は感情キモチだ、感情」

「それがわかんねーからこんなに悩んで――」


 ハッと口をつぐむも時すでに遅し。

 頭上にはニマッと口の端を上げる野生顔が待ち構えていた。


 ……言ってしまった。

 この相手にだけは相談すまいと思っていたのに。


 結局は内面を無様にさらけだしてしまったことに愕然としつつ激しく後悔する。


「まあ、悩め悩め青少年。困ったら俺サマがいつでも相談にのってやるぞ」

「……それって明らかに人選ミス」

「あああん?」 


 不満げに笑われながらも、げしげしと乱暴に頭を撫でられた。

 いつまでたってもやはりガキ扱いは抜けないらしい。


「けどな、マジで悩め。足掻け。みっともなくても情けなくても、とことん考えろ。そしてコレだ!って女がいたら――現れたら、絶対つかまえて離すなよ?」

「――」

「おまえにとっても彼女だけ。彼女にとってももちろんおまえだけ、っていう特別な女をな」


 物言いは乱暴だが、知らず聞き入ってしまっていた。


 特別な存在、が?


「いる……かな? こんな……自分の気持ちもはっきりわかんねえダメダメな俺にでも?」


 そんな相手が?

 これから現れる――?


「別にダメダメじゃねえだろ。少なくともいずみはおまえのこと大事に思ってたぞ?」


 ま、これも本人はっきり自覚はしてねえだろうけどな、と苦笑してたばこに火を点す。


「だから言ったじゃねーかよ。おまえが現れた時は狼狽えた、って」


 そう――なのだろうか?

 確かに、まるで取るに足りないどうでもいい相手、とは思われていなかったのかもしれない……が。


「……でも、結局アンタに行ったじゃん」

「まあな」


 悪びれなくニパッと笑う口元からまたもや白い煙が吐き出された。


 勝者の余裕というやつか。

 うぐぐ……と唸って大げさに顔を反らし、力いっぱい煙を送り返してやる。


「けどさー……ゲホッ……どうやったらわかる?」

「ん?」

「特別な――()()()、って相手。アンタといずみさんみたいに、ちんたらしてても絶対わかるモンなのか? アンタらの場合うまくまとまったからよかっただろうけど、本物放っといて全然見当違いな相手で時間無駄にする可能性だってあるワケだろ?」

「お……おまえ、痛えとこ突くな……」


「なあ、どうやったらその相手だってわかる? 会ってどのくらい経ったらわかるんだ?」

「うー……あっ、いずみが帰ってきた」

「はぐらかしてんじゃねーよ、ジ――」


 ジジイ、という呼びかけは軽やかな鈴の音にかき消された。







明後日は翔くんの誕生日。(昔々自分で設定してたの忘れてた……)

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