表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまりにて待つ!  作者:
第5章 Trèsor――追憶のはざまで――
147/174

Trèsor――Ⅳ(3)

胸糞な下衆男どもがいます。危険を察知した方は回避してください。




 先ほど駅前で別れたはずの瑶子を、翔は信じられない思いで見つめる。


「なん、で……」


 最後だから見逃してくれ、行かせてくれ、という懇願が届かなかったということか。

 気を付けて帰れ、と言ったのに……。

 あの場から、間違いなく帰途についてくれていると思っていた。


 結局、信用ならなくてそのまま後をつけられたのだ。またもや。

 ……だが、恨み言なんて言えるはずもない。

 そうまでさせたのは自分、なのだから。

 振り返りもせず念押しもしなかった自分の浅はかさを悔やみつつ、愕然とした。


「……翔……」


 二の腕を掴みあげられ自由の効かない身になっている瑶子が、弱々しく泣き出しそうな声をしぼりだす。


 助けを求めるようなそんな様子と目を見開いて固まったままの翔とを見比べて、二の腕を掴んだままのレザージャケット男が「ん?」と何かに気付いたようだった。


「あ? なんだおまえ知ってんの? おどおどして店ン中のぞいてたけど」


 そして。

 何かしら反応するより早くに――


「おい……」


 ホール中央からも驚いたような声が上がる。

 ここまでずっと座したまま相方の動向を眺めていた派手シャツ男(今日は派手なスカジャンだが)だ。


「おいおいおいおい、マジか。なんだよやべえくらいイケてねえ? その子」


 見てみろよ、と言わんばかりに目を輝かせながら顎でしゃくってきた。


「おー。かーわいいー。え、まさかのカノジョとか?」


 今気付いたとばかりに瑶子の頬に手をかけ、無理やり顔を覗き込むレザージャケット男。

 小さく悲鳴をあげて瑶子が逃れようともがく。


「うっそだろ、おまえ。こんなやべえ彼女がいんのに、なんだってそんなケンジの女なんかに入れあげてちょっかい出してんだよ」

「……は、そ、そんなんじゃねえし……!」


 いつちょっかい出したよ!?

 卑怯なマネして妙な横やり入れようとしてんのはおまえらだろうが、この下衆野郎ども。

 吐き捨てたいところをぐっと堪える。

 そして瑶子は彼女じゃねえ。親戚だ。


「あらら。違うんか」

「けどいくらなんでもケンジの女はいかんよ、ケンジの女は。おまえ殺されるよ?」


 黙ったままなのをいいことに、ずいぶん勝手なことをべらべらと垂れ流してくれたものだ。

 両方とも否定したくて、つい反論したのに。

 しかもその怒り狂ったケンジにコテンパンにされるのはおまえらだ。覚悟しやがれ。

 わざわざ訂正してやる気も起こらないが、睨みつける目にだけは力を込めてやる。

 思ったとおり、そんな高校生ガキの睨みなど意にも介していないようだが。


「そうかそうかあ」


 中央席のソファから、やけに愉しげな声を響かせてスカジャン男が立ち上がった。


「彼女じゃないんならさ。こっち来ておにーさんたちと遊ぼうか?」

「おーいいねえ。せっかく来たんだし、ホラ。座ろう座ろう」


 空いた側の手で肩まで掴まれ、抵抗の甲斐なく瑶子の体が引きずられ始める。


「え……あ、あのっ、か……帰りますからっ、翔と」


「えーあわてないあわてない。とりあえず何飲む?」

「そうそう。ヤツだってこれからお楽しみなんだからさー。さ、おいでおいで」


「は……放してくださいっ。しょ……翔っ」


「瑶子……! ちょっ……待てよ、あんたら!」


 平然と目の前を通りすぎていったレザージャケット男の腕を、思わず掴んでいた。


「ああ?」 


 何だよこの手は、とばかりに男は眉根を寄せて振り返る。

 が、もう一方の手はすでに瑶子の背中を押し出し、下卑た笑みで待ち受ける相方の手に委ねていた。


「きゃ……っ」

「はーい、いらっしゃーい。うわ、やっべ……めっちゃ美人」


「瑶子!」


 身を乗り出すようにジャケット男をどけようとした体が、今度は逆に引き留められる。


「別におまえの彼女ってわけじゃねーんだろ? それともあれか? 自分のじゃなくても惜しくなったか? 両方はべらしてえとか、そりゃ贅沢じゃねえ?」


「あーいい、いい。もう。そっちの女はくれてやるから、この子くれ」

「い……やっ」


 見ると、自身の隣に無理やり座らせた瑶子の肩をスカジャン男が強引に抱き寄せていた。


「瑶子!」

「ちょ……やめて! あんたたち!」


 後ろからいずみの焦ったような声もあがる。

 ……が。


「だとよ。おらっ。店はしっかり留守番しててやるから、その女つれて消えな。ケンジには黙っててやるからよ」


 腕を振り払いがてら、レザージャケット男によっていずみのいる後方に強く突き飛ばされた。


「翔くん!」


 がたたん!とハイスツールを鳴らして肩からカウンターにぶつかり、崩れ落ちる。


 心配気な切羽詰まったいずみの声も上がったが、大丈夫だ。大変な痛みはない。

 というか感じていられない。

 それよりもあいつらから瑶子を取り戻さないと――。


(巻き込めない……。関係ない瑶子を、俺なんかのために……!)


 その一心で体勢を立て直すのもそこそこに、中央に合流寸前の男を追って手をのばした。


「待……てよ、あんたら……!」


 バランスをくずしながらも、なんとかレザージャケットの裾をひっつかむことに成功する。……が。


「しつっこいなあ、おまえ」


 さすがに万全ではない体勢でいけるはずなどなく――

 難なく振り払われ、その勢いのまま激しく真後ろの席に叩きつけられた。

 メニューやカトラリーケースが床に落ちて飛散する音とともに、後方からは悲鳴にも似たいずみの声。


 どうということはない。こんなもの。

 こんな……ずっとグズグズしていた自分なんかのために、瑶子を危険な目に合わせるわけにはいかないのだから。


「やめろ……っつってんだよ」


 ふらつきながら上体を起こすと、呆れ顔のレザージャケット男と目が合った。


「ああ? そんな必死になっちゃうほどイイ女なの? 実はやっぱ付き合ってんじゃねえ? ま、どうでもいいけど。マジになっちゃってまあ……青いねえ」

「え? マジ? そんなに!? じゃーあー、早くいただいちゃおう」


 わざとらしく大げさに驚いて見せたスカジャン男が、そのままがばりと瑶子を押し倒す。


「え……きゃ……!」

「瑶子!」

「あんたたち! やめ……っ、やめなさい! ちょっと!」


「おま……おい、ガキだぞ? さすがにやばくねえ? 制服だしよ」

「バレなきゃ平気平気。こいつらが警察に駆け込めるワケねーだろ」


 逃れようともがく瑶子の口を塞いで両手首をソファに押さえつけたまま、スカジャン男が嬉々として相方を振り返る。


 その、襟首を――


 同じく床に引きずり落としてやろうと、翔の手が鷲掴みにした。



「瑶子放せ……このクソ野郎」



「お……おまえ、いつの間に!」


 あらぬところ――レザージャケット男の背後、それも膝裏――から伸びていた手と下から鋭く睨み上げる眼光にギョッとして、あわてて男は翔をソファ上の相方から引き剥がす。


 その隙をついて、翔は一気に男の懐に入り込んでボディブローをぶちかました。


「ぐ……っ」


 くぐもった声を上げて膝をつく相方に「お、おい」と焦ったような声をかけ、スカジャン男がソファから飛び起きる。

 すかさずその胸ぐらを掴み上げて、翔がそのまま拳を繰り出そうとする…………も、躊躇した。

 せざるを得なかった。


 今のブローで自身の手にも思った以上にダメージが来ていたのだ。

 生身の拳がこんなに痛いとは思わなかった。


 軽く手首を振りながら、苦い思いで目線を瑶子に移す。……と。

 ソファの上で未だ仰向けになったまま、茫然と見上げてきていた泣き顔。

 ふつりと湧いた怒りをやはりこのまま発散しよう、と胸ぐらを掴んだままのスカジャン男に照準を定める。


 刹那。


 乱暴に肩を掴まれて振り向かせられたかと思うと、左頬に強烈な一撃が打ち込まれた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ