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陽だまりにて待つ!  作者:
第5章 Trèsor――追憶のはざまで――
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Trèsor――Ⅳ(2)




 瑶子との思わぬ一幕には驚いたが、ほぼ()()()()に【Trèsor】に到着できて、とりあえず翔はホッとする。


 駐輪スペースには誰の単車も停められておらず、カウンターの中にはいずみだけ。

 店内の客も、あと一組のカップルを残すのみとなっていた。

 ガラが悪く卑怯者な最低野郎の()()()()を除けば――。


 昨日のうちに示し合わせていたとおりの状況になっていることを確認しつつ、鈴のついた正面ドアを後ろ手に閉める。

 ……と見せかけて、閉じ切る寸前にひょいとプレートを裏返して『CLOSED』にした。これ以降、客が入ってこないように。


 決して他意があっての営業妨害などではない。

 これも計画どおりなのだ。







 昨日――。

 ケンジがいずみの手を引いてスタッフルームに直行したのは、あの熱い戦い(?)を終えてここに帰還した直後のことだった。


『お、なんだなんだ?』

『突然のお楽しみタイムかあ?』

『俺らまだまだ留守番しなきゃ……な感じ?』

『仕事中にイチャイチャ!? うらやま!』


 などと気のいいライダー仲間たちは口々にからかい冷やかし出すが、そんな甘い雰囲気ではないことをもちろん翔は知っていた。


 約束どおり帰りがけに、彼女に口止めされていたあの二人組のことをすべてぶちまけたのだが、語り出した直後から徐々に険しくなっていたケンジの表情からすると……あれはかなり怒っていた。

 コーナリングもブレーキングも荒々しく、『あ、やべえ俺死んだ』と数回思ったほどに。 


 いくらもしないうちに二人とも落ち着き払った様子で出てきたところを見ても、やはりイチャイチャなどではなかったらしい。


 とりあえずお互いの気持ちを確かめ合って、残りはまたあらためて、ということにしたのか。

 あるいは、帰りの道中の気分がそのまま暴走し、そんな重大事を今までなぜ隠していた?といずみに怒りをぶつけてでもいたのか……。


 詳細は定かではないが、後はもう自分の出る幕ではない。

 少しだけ物悲しさが尾を引いていたものの、心から安堵して二人に微妙な笑顔を送るにとどめた。


 その、直後に始まったのである。

 『あのゲス野郎ども絶対許さねえ作戦』の打ち合わせが。



 店内BGMを切り、入口までズカズカ向かってプレートを閉店表示させて戻ってきたかと思うと、ケンジがどっかりとホール中央の席に腰を下ろした。

 全員が恐れおののいてしばらく口を開けないほど、ボスライオンの目つきと迫力がヤバかった。


 ヤスヒロほど事の顛末を知っていたわけでもなく、いずみが二人組に半ば脅されて言い寄られていたことも気付かずにいた四人が、


『な……なんだか知んねえけど、アイツらをやり込めるなら協力するぜ』


 と、若干ビビりながら加勢を表明するが。


『いや、おまえら明日あの二人を誘って走りに行け。で、ここに連れてきてくれ。そんだけでいい』


 そうあっさり断られる。


『え……ケンジひとりでやる気かよ』

『えー、加勢するって。弱いけど』

『人数いたらそんだけ有利じゃん』


『阿呆。人数いたらあいつら警戒するだろ。一緒に飯食ってテキトーなとこでおまえら全員帰れ。その後、俺も出掛けるフリするから』


(――え)


『え、ちょちょちょ……それじゃあ』

『いずみちゃんが危ないんじゃ……』


 翔と同じ恐れを抱いたライダーたちが心配そうにケンジといずみを見比べる。

 ……が。


『あたしなら大丈夫。しっかり引き付けておく』


 今までにない強い目をして、いずみがきっぱりと言い切った。

 先ほどの短い時間でどういう話をしていたのか、わからないが。

 信じ切った瞳で隣のケンジを見つめ、彼もまた今度こそ真っすぐにその思いごと受け止めているような……。

 そんな雰囲気を感じた。 


(さすがだな……)


 とっくに勝負はついていたのだが、ますます白旗を上げたくなって天井を仰いだところに。


『つーワケで、翔。おまえは絶対来んじゃねーぞ? 明日』


 怒気をはらんだ真剣そのものの表情でケンジが見上げてきていた。


『え……や、お、俺だって何か』

『危ねえっつってんだ。ガキは引っ込んでろ』


 久しぶりにまともにカチンときた。

 少し便利に使われすぎではないだろうか? その言葉。


『――俺そんなに育ってなかったかよ? 期待外れもいいトコか? さっきも』


『……』


 そりゃボロ負けした奴が何言ってんだ?な状態かもしれない、が。

 相手がケンジやボクシング熟練者じゃなかったらもう少しどうにか……――いや。確実に一発くらいは返せていたはず。  


『ビビッてんじゃねえよ。俺()()()()育てられたんだぞ?』


 なんだこの自信? どっから来るんだコレ?

 我ながらツッコミどころ満載な感はあったが。

 ケンジの鋭い眼光から決して逃げることなく、真っすぐに睨み返した。


 微かに息をつかれたのは数瞬後。


『――いいか? おまえからは絶対手ェ出すなよ?』


 もちろんわかっている。

 卑怯者たちのことだ。何をどう利用して脅迫まがいなことを仕掛けてくるかわからない。

 油断も隙も見せてはいけない。


『そしてヤバかったらすぐ逃げろ。ひとりででも。約束できるか?』


 懇願するように諭すケンジに、力強くうなずいてみせた。







 高校生()ひとりならば警戒されないだろうということで(というかむしろ小馬鹿にされてきたし)、ケンジが店を出てから残っている客が帰るまでのいずみのボディガード役として、今、自分はここにいる。

 戻ってきたケンジがその後奴らをどうやり込める気なのか、は聞いていないが。

    

(そういや、どうすんだ? やっぱり拳でわからせるとか?)


 ……まあ、ボスライオンなあの男のことだ。

 最後にはキレイに丸く収まるように何かしら考えていたりするのだろうが。


 それとなく極悪二人組とカップル客の位置を視界に入れながら、わずかに緊張した面持ちで端のハイスツールに腰掛ける。


 そういえば昨日誰かが心配していた。 

 

『でもよお、肝心のあの二人。俺らの誘いに乗ってくっかな?』

『うーん……最近まともに口きいてねーしな。つか、そんな顔合わせてもねーし』

『奢るって言えば来るんじゃね? 馬鹿だから』


 そうか、そもそもこんな罠には引っ掛からない可能性もあるってことか、と翔も気を揉んだが。


 幸いにして二人組は馬鹿だったらしい。

 あるいは、いずみに近付けるチャンスとして食いついたか。


(けっ)


 どちらにしても今現在、二人組は「早く帰れ」と言わんばかりに遠くのカップルを藪睨みしつつ、「またテメーかよ」とばかりにカウンター席の端にも苛立ちを込めた視線を送ってきている。 


 ……なんてわかりやすい奴らだ。

 薄く呆れ笑いをこぼしてゲンナリと目を泳がせたところで、いずみのやや固い表情にぶつかった。 

 

 よく見ると布巾とトレーを持つ手も微かに震えている……ような。      

 そうだ。

 昨日はああして気丈に振る舞っていたが、怖くないわけがない。


(大丈夫……!)


 ケンジも近くに――おそらく外に待機しているはず。     

 ついでに自らにもそう言い聞かせ、彼女を元気づける意味も込めて二ッと笑ってやる。

 ぎこちない笑みを浮かべながら、いずみも軽くうなずいた。  



 間もなく。

 カップル客が機嫌よく帰り支度を始めたところで、にわかに緊張が走る。


 すぐ横で、表面上はにこやかにレジ応対をしているいずみ。

 斜め後方の中央席では、彼らが「待ってました」とばかりに居住まいを正しながらもニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ始めていた。 


(……下衆野郎どもが)


 ケンジはどのタイミングで入ってくるだろうか。

 出ていく客と入れ違い?

 それとも、少しばかり自分が奴らを足止めする事態になるだろうか?


 もし止めにも入れないほど――おまえなんか眼中にないとばかりに(実際ないのだろうが)いずみに一直線に襲い掛かられでもしたら……。  


 いやいや、しっかりしろ。何としても止める!

 自分がしっかり役目を果たすのだ。ケンジが来るまでは。


 握り込んだ拳に力がこもる。


 会計を終えたカップル客が出ていき、鈴の音も消えかけたころ。

 下衆男の一人がカタンと音を立てて立ち上がった。


 来たか!と思いつつ、まともに振り向いてしまっていた。

 すぐさまハッと我にかえって前に向き直ったものの……。

 俺アホすぎだろ……と自らのうっかりさ加減を悔いている後ろを、だが男は素通りした。   


(え……)


 後ろで片割れが「どうしたー?」と声を上げているが、それさえ構わず真っすぐに出入口へ向かう男の背中を、いずみとともに半ば呆然と見送る。


 まさか鍵でもかけに……完全に閉め切ろうと立ち上がったのだろうか?

 だとしたら用意周到というか本当にド最低というか。 

 当然ケンジは鍵を持っているが、ますます緊迫した状況になりそうな流れに思わず固唾をのんで身を固くする。


 ――が。

 たどり着いた男は逆に、派手に鈴を鳴らしてドアを大きく開け放つ。


 先ほど『CLOSED』に返したプレートがバレたか、あるいは潜んでいたケンジが見つかった……とかだろうか?

 と別の可能性もよぎり、さらなる緊張も走るが、それも外れた。


 一瞬だけ店の外に姿を消したかと思うと、男はニヤついた表情ですぐに戻ってきた。

 傍らにはもう一つ、別の人影。


「なーんかさっきから誰かいる気がしてたんだよなあ。外に」


 掴んだ二の腕を離さないまま、男がグイと前に押し出してきた人物。

 衝撃で取り落される黒の学校指定バッグ。

 わずかに乱れる栗色のウェーブヘア。


 乱暴に扱われ、よろめいて涙ぐんでいるその相手に、翔の目は極限まで見開かれた。


「瑶子……」







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