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陽だまりにて待つ!  作者:
第5章 Trèsor――追憶のはざまで――
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Trèsor――Ⅱ(12)





 昼休み終了を待たずに、気付けばあの薄暗い場所へと向かっていた。

 安らぎを求めて一時群れを離れる動物か何かのようだと、漠然としかも他人事のように考える。


(『安らぎ』……?)


 東校舎脇を進み行きながら、自らの突拍子もない思いつきに小さく笑いだしそうになってしまった。


 正確には安らぎと呼べるほどのものでもない。

 拠り所……というのも少し違う気がする。

 ()()()にそこまで比重を置いているつもりはない。


 ただ――――

 現実から目を背け、逃げ込める場所が欲しかった。

 気休めでもその場しのぎでも構わない。そんな場所が現在(いま)の自分には必要であり、似合っているとも思う。


 いや……。

 「現在いま」どころか――塚本に話したとおり、やはり初めからその程度の人間でしかなかったということなのかもしれない。







 思ったとおり、北校舎裏のコンクリートに囲まれてやや奥まったそのスペースに、塚本と他三人の男子生徒が腰を落ち着けていた。

 遠すぎてまだこちらには気付いていない。


 声にこそ出さないが、いつも疑問に思う。

 彼らはいったいどんな手段でどういったタイミングで教室を抜け出してきているのだろうか。授業はまともに受けられているのだろうか。

 そういえば同じクラスのはずの塚本を、今日は朝から見かけていなかった気もするし。

 周囲や親の目、単位や内申がどうだとかは、彼らにとってはまったく気にならないものなのだろうか。


 ある意味感心する。

 こうしてふらりと逃げ込む場所を求めていながら、ことある毎にいちいち悩んでグズグズ立ち止まっている自分にとっては羨ましい限りだ。

 どうしようもなく中途半端な自分にほとほと嫌気が差す。

 こうなったら、彼らにあやかって(?)少しでも上向いた気分で教室に戻れることを期待したい。

 気を取り直し、あえてザクザクと足音をたてながら彼らの元へと近付いていく。


「おーっす、早杉」


 いち早く気付いた背の低い男生徒が嬉々として手を上げ、他の少年たちも次々と振り返った。

 それぞれの指の間からは細くたなびく白い煙。

 足下に落ちた吸殻の数を見るに、ここでたむろしてもう結構な時間が経過しているらしい。


「……うっす」


 自分も何度か加わっておいて今さらだが、よくバレないものだと思う。


 いい加減教師陣も、いない生徒を心配して探し回ろうとは思わないのだろうか。

 素行不良な生徒など名門洸陵ここには存在しないと信じたがっている……とかだろうか? あるいは単に気付いていないとか。

 それか、気付いてはいるものの見て見ぬふりを貫く姿勢だとか?

 大人あちら側の事情や理屈――よくわからないがそういったものが何かしらあったりもするのだろうか。

 知るすべはないが。


「――――って、何その顔、どしたん?」 

「うわー……つっても、腫れても変色しても崩れないイケメンっぷりがどうしようもなくムカつくんだが」

「ケンカ? 焼入れ? とうとう女絡みだろ? そうだろ?」


 例によって無言で見上げてくる無表情な塚本とは対照的に、三人はさも愉しげにまくし立ててくる。

 筋肉痛で悲鳴をあげる全身を騙し騙し、あとはあえてゆっくりと歩を進め、ようやくしゃがみこんだ彼らの元へとたどり着く。


「…………や。ちょっとな。ヤキ入れ――じゃねーけど、それに近いスポーツ入門体験を……」

「はあ?」


 いつもなら到着して早々に彼らに倣ってしゃがみこむのだが、今日はやめておく。

 決して座れないことはないのだが、立ち上がる時の億劫さと疲労倍増を考えるとやはり遠慮したい。


「ホレ」

 

 背後に立ったままであるにもかかわらず、吸うか?とばかりに目の前に横文字の入った白っぽいたばこの箱とライターが差し向けられた。


「――」


「あれ、早杉おまえキツすぎてこれ好きじゃねーんだっけ?」

「んじゃこっちにしとくか? 軽めのやつだし。ほれ」


 銘柄で躊躇してると思われたのか、背の低い男子がわざわざ奥から身を乗り出して濃い青色の小箱を向けてくれた。

 内容は決して褒められたものではないが、その気遣いをありがたく思わないわけでもない。


 のだが――――


「あー…………や、いいや。やめとく。顎痛えし」


 痛みも嘘ではなかったが、脳裏をよぎったのはサンドバッグを支えたまま余裕の笑みを浮かべたあの人物の顔。

 奴の指摘や助言を素直に受け入れたということになるのか?と考えるといささか癇に障るが、実際吸いたいという気持ちは少しも湧いてこなかった。

 もとより大好きで吸いたくてたまらないというわけではなかったし、気を紛らわせる手段としてはイマイチだったことを思えば、不思議でも何でもないのかもしれないが。 


「なんだ、そんなにか」

「んじゃ飯食うのも大変なんじゃねえ?」


「おう……。箸持つのも辛えわ」


「箸ぃー? そんなにボコられたのか? 全身ズタボロか?」

「まーな……(違う意味で)」


「おまえそのうち刺されるんじゃねえ? 女に。五十人に」

「だよなー」


「『だよな』じゃねーよ。…………なんでだよ」


 げんなり唸った声を遮るように、笑い混じりのブーイングが起こりかけた――その時。


 ふいに、思いもよらない方向からサクリと土を踏みしめる音がした。

 自分が来た東校舎脇とは逆の体育館通路の方から現れた二つの人影に、皆一様に言葉を失う。


「え……」

「きゃ……!」


 制服姿で現れた女生徒二人――リボンタイはネイビー。見覚えはないが一年だ――が小さく悲鳴をあげて立ち竦んだ。

 無理もない。若干髪を染めたり制服を着崩したりといった、見るからに素行のよろしくない男子数人が隠れて喫煙している場に出くわしてしまったのだ。 


(あちゃー……)


 どこかへ行こうとしてたまたま通りかかっただけ?

 それとも(あまりそうは見えないが)同じくサボリ場所を探して?

 何にしてもとうとう目撃されてしまったというのに、なぜか焦りの類いはまったく湧いてこなかった。


 ――が。

 そういうわけにはいかなかったらしい奴らもいた。


「げっ……ちょ、ちょちょちょ……待って待って!」


 塚本以外の三人があわててたばこを押し消し、踵を返して走り去りかけた女子生徒たちの行く手を速攻で塞ぎにかかっていた。


「そのリボン同じ一年じゃーん。何、何ー? そんなあわてて逃げなくてもー」

「まーさか職員室に駆け込んだりとか、誰かに喋っちゃうーなんてことは……ないよねえ?」


 口調こそ荒げていないものの三方から柄の悪い男子に取り囲まれ、身を寄せあった彼女たちはカタカタと震え出していた。


「え……あ、あの……あたしたち、しゃ、喋りませんから……」


 恐怖で声も出せない様子の友人を背に庇うようにしながら、ショートヘアの女子生徒が勇気をふりしぼって三人に対峙する。

 その声もか細く震え、ほとんど涙声になっていた。


「えーマジでー?」

「どおーだかねえー? 本当かなあー?」

「信じさせてほしいなあー。ねえ?」


「ほ、本当に……あの……っ」


 すっかり怯えきった彼女たちに、なおも迫りゆく阿呆三人組。


 どこのチンピラだよおまえら、と薄っすらと頭が痛んだ。

 さすがに脅しすぎだろう。 

 小さくなってカタカタと震えている女生徒たちにはまるで非はないというのに。 


「おまえら――」


 小物チンピラと彼女たちの間に割って入ろうと、ため息とともに口を開く。 


 ――――と。


「やめろ。うぜえ」


 億劫そうに吐き捨てる塚本の一声で、場の空気が一変した。


 見ると、彼だけ元の位置に座り込んだままたばこを押し消してもいない。

 隠したり誤魔化そうとする気持ちは皆無なのだろうか。


「だ、だってよ……もしチクられたら――」

「そ、そーだよ。さ、さすがにやべえんじゃねーかな……って」


「そんなビビるくれえなら来なきゃいいじゃねえか。チクられて困るようなこと、テメエらでしなきゃいいだけだろーがよ」


「そうだバカ。余罪増やしてどうすんだアホ」


 塚本への称賛は置いておいて、ここぞとばかりに彼のもっともな指摘に乗ってやる。


「ば、バカって……」

「アホとか……」

「ひどい……」


 すっかりうな垂れて情けない声をあげ始める三人に、さらにダメ出しをしてやろうと口を開きかけたところに――


「そういう早杉おまえは何だ?」


 ガラリと調子を変えて、塚本が睨むような蔑むような視線を向けてきた。


「え――」

「おまえみてえなヤツが何でこんなとこノコノコ来てんだ。校内で迷ってんじゃねーよ」


「お、おい……塚本?」

「どした? 大丈夫か?」


 急に何を言い出すんだ?と思ったのは三人も同じだったらしく。

 女生徒の傍を離れ、おそるおそるといった体で塚本に歩み寄り始めた。


「おまえ、何言ってんの?」

早杉コイツだって一応ここの――」


「邪魔。目障り。完全に場違いだろ、イケメン優等生が。二人連れてとっとと消えろ」


 興味なさげに視線を外したまま、三人の言を遮って塚本が一気に吐き捨てる。

 それからわずかに眉間に皺を寄せて新しいたばこをくわえ、右手のライターに静かに火を点した。

 これ以上は何も言わねえ聞かねえと言わんばかりの雰囲気と謎の迫力に、三人は後頭部を掻きながらすごすごと定位置に戻って腰を下ろしていた。


(塚本……)







 塚本の急変した態度と言葉を反芻しながら、女生徒二人を伴って昇降口へと向かう。


 脅えきっていた女子を彼らの前から連れ出してやらなければ、というのもあったが、とりあえずあの場は空気を読んで立ち去らねばならないような気がしたのだ。 

 が――。 


 着いたばかりで輪に加わってもなく、たまたまたばこも吸っていなかった自分の立ち位置は、端からはどのようにでも見えたかもしれない。

 そこを仲間だと――()()()()()()()()()()の言動……だったのではないだろうか。


 そう思えば思うほど、初めて会った時のケンジの言葉まではっきりとよみがえってきて重なる。


 ――『だったら、まだ遅くはねーよな。今ならまだ何事もなかったかのように元の道に戻れるんじゃねぇ?ってことだよ。――おまえにその気があれば、の話だがな』


 塚本……も?

 あえて塚本(自分)たちから遠ざけようとして――? 

 そういうことだろうか。


(あの野郎……。冷めたツラしてお節介っつーか、何つーか……)


 東棟角に位置する生徒昇降口に差し掛かるころには、眉間に皺を寄せながらも八の字まで下がった困り眉の――複雑そのものの顔から忍び笑いがもれ始めていた。

 女生徒二人に不思議そうに見上げられているような気はしたが、構わなかった。


 まだ少しだけ怯えの残る彼女らにほんの少しの心配の演技とともにやんわりと口止めして、そのまま下足ロッカーの前で別れる。

 道徳的にどうかとは思うが、ああいった連中には関わらないこと忘れることが一番無難で、彼女らのためになるだろうことは事実なのだから。


 ――が。


「あ……っと。そうだ、ちょい待って二人とも」

「え」


 逆に忘れてはいけないことが一つ、あったのだった。


「あのさ――」


 庇ってくれようとした塚本の心意気(なのかどうかは定かではないが)はありがたいが、あれでは自分がすっきりしない。

 時々自分もあそこに加わって喫煙もしていたという、彼女たちにとってはわりとどうでもいいかもしれない事実を告げることも、忘れなかった。 








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