Trèsor――Ⅰ(5)
訝しむ野性的な瞳にじとっと見据えられ、とたんにあわわわと男たちが焦りだす。
「えっ!?」
「べ、べべつに何もー?」
「お、俺たちは、たっ……ただ」
「何でもねーんだけど何っつーかよ、うん、ああアレだホラ、あのその……」
先ほどから入口付近で傍観者に徹している、今日が初対面の翔でさえ何かおかしいと感じ取れる程、四人は嘘の下手な正直者であるらしい。
基本的にお人好しっぽいそういった人種は嫌いではない、が――。
(どもるぐらいなら大人しく口をつぐんでたほうがマシなのに……)
何やら一生懸命に墓穴を掘っているらしい彼らには悪いが、密かに含み笑いを浮かべながらそんなことを思ってしまった。
「『別に何でもねえけど迎えに行け』って? 何っっっだそりゃ」
すっかり呆れ声になって腕組みするケンジに、「まったくだ」と翔は心の声で同意してやる。
「……………………」
確かにまったく理屈の通らない提案であるだけに、もはや誰一人これ以上食い下がろうとはしなくなっていた。
……ように思われた。
それもやはり一瞬だけだったのだ。
「気が済んだら大人しく水でも飲んでな」
言いおいてケンジがカウンターを行き過ぎ、あらためて奥へ足を向けようとしたとたん。
「ああああっ!」
「やばいって……!」
「今はマズいんだよ!」
「だから何だっつーんだよっ!?」
懲りもせずガタンと立ち上がって喚く四人を、今度こそ苛立ちを隠そうともせずケンジが一喝する。
「おまえらさっきから何――!?」
「あんたに、そっちの方に行ってほしくないんじゃねーの?」
ブチ切れ寸前のケンジを、翔の声が静かに止めた。
こうでもしないとさすがにこのグダグダな流れは変わらない、と思ったがための一声でもある。
カウンターの向こう。店の奥に見えるもうひとつのドア。
その向こうに何があるのかは当然翔には知り得ないが――
おそらくはそういうことなのだろう。
というか、男たちによる一連の挙動の不審さを鑑みるに、そういった結論しか導き出せない気がする。
「――そうなのか?」
冷静に分析する翔を見、店の奥を見て、ケンジは怪訝そうに四人に訊ねる。
ちょうどその時――良からぬタイミングで、というべきか――問題の奥のドアが勢いよく開いた。
全員が注目するなか、何やら苛立たしげに部屋から出てきたのは上下白のトレーニングウエアに身を包んだこれまた若い男。
ツンツンに立つほど短い彼の髪色も、ケンジほどではないが他の面々に比べるとかなり明るい。
それほど背の高くなさそうなその男がすぐにケンジの存在に気付き、「げっ」とばかりにあわててドアを後ろ手に閉めた。
「け、ケンジ……か、帰ってたのか」
どもりながら引きつり笑いを浮かべるこの男も、おそらくは四人の仲間なのだろう。
男は何気なくさり気なくドアをケンジから隠そうとしているらしい。
(一見健気だけどなんて無駄なことを……)
類は友を呼ぶ、という言葉が翔の脳裏にちらついた。
ぱちくりと瞬きしながら、ワケはわからないが何やら面白そうなこの流れを黙って見守ることにする。
「おう。これから店開けんだ。わかったらそこ通してくれ」
「あ……あーの……ま、まだ時間早いんじゃねえ?」
謎の凄みを醸し出しながらケンジが近付くにつれて、白ジャージ男はあからさまに不自然な笑みを浮かべてますますドアにへばりついていく。
「――――」
「…………」
両者緊張の一瞬。
微妙な沈黙と空気が流れた直後、とうとうケンジはキレた。
「おまえまで何隠してんだ、ヤスっ!? そこどけっ!」
「ケンジまた機嫌悪くなるじゃねーか! 見ねえほうがいいって……!」
力ずくでドアから引き剥がされそうになるのを必死に堪らえ、ヤスと呼ばれた男は懇願するように訴えかける。
「――また?」
男の言葉から何かを掴んだのか、ケンジがはっとしてドアの向こうに意識を向けた。
「まさかまた、あいつら何か――」
眉根を寄せて目の前のヤスを見、テーブルの四人を見返るケンジの様子に。
男たちは観念したように、がっくりとうなだれてうなずいた。
「……悪い。俺ら、止めたんだけど……」
「やっぱケンジじゃねーとよ……」
「!」
今度こそ容赦なくヤスを押しのけて、ケンジは力いっぱいドアを引き開けた。
そこで、何かを目撃したらしい。
未だ入口付近にいた翔からは窺い知ることはできないが……。
息を呑むような誰かの――全員の?――気配は伝わってくるような気がした。
「――何やってんだ」
わずかに間を置いて、低く抑えられたケンジの声が静かに響いた。
「あ、ケ、ケンジ……」
「い……いや、あの」
距離のある部屋の奥からかすれ気味に届いたのは、驚きと恐れを含んだような別の男の声二人分。
「つまんねーことやってんじゃねーぞ」
いっそう凄みの増したケンジの低い声。
もはや怒気は抑えようともしていないらしい。
驚いて、翔は思わず中央テーブルの男たちに歩み寄った。
「……何? つまんねーことって」
ゆっくりと部屋の中に入っていく長身の背を目で追いながら、ひっそりと四人に訊ねてみる。
自ら天の邪鬼だとは言っていたが、街なかでつい見知らぬ高校生を助けてしまうような――意外に面倒見の良さそうな一面を見てしまっているだけに、急にあそこまで怒りをあらわにする様子に素直に驚きを隠せなかった。
扉の向こうの何がそこまで彼の気分を害してしまったというのか。
「ん? あーまあ……盗み、タカリ、恐喝…詐欺まがいなこと、まあ強制わいせつ的なアレとか……卑怯なこととか。あと何だ?」
「『嘘』、とかな」
「あ、そうそう。そういうの全般キライなんだケンジ」
あきらめ半分の表情でドア向こうの様子をうかがっていた男たちが、律儀にも翔の言葉に反応してくれた。
「そうそう。モーセの十戒、地で行ってるような奴だから」
「――」
「あれ? モーセの……ってそんなんだったっけか? っつかそんな知識あいつに――」
「いや、そうだけど! んな宗教色だって全然だけど。けどそんな感じじゃん、ケンジって。『駄目なモンは駄目』みてーなさ」
「駄目っつーか、もう毛嫌いしてんよな」
「まあなー」
男たちの掛け合いに「ほう、そんな一面も……」とうなずきかけ――
…………いや待て待て待て、好き嫌い以前に普通に犯罪だろほとんど!と、挙げられた例にすかさず心の中でツッコんでいた。
そんなヤバそうなことを好むヤツなんて――
(いや……まあ、好きでやってるヤツもいるにはいるのかもな。世の中いろんな人種がいるし)
そんな危なそうな連中、これまでお近付きになったことはないし今後も関わりたくもないが……と、思わず肩をすくめかけ――てハッとする。
(こうしたサボりもひょっとして『毛嫌い』されるモノのうちに入るんかな? 言ってみればまあ一種の『嘘』であるわけだし……。いや、でもだったら助けたりしないか……)
本来仕事中(就活中?)なのにガッツリ休憩してるとしか思えないスーツ男も仲間のうちにいるわけだし、その辺にはうるさくないのかもしれない……などと都合よく考えながらホッと息をつく。
中央のテーブルでこんな会話と空気が飛び交っている間にも、あちらでは低いつぶやきにも似たやり取りが続いていたらしい。
内容まで聞き取れはしなかったが。
間もなく、不機嫌そうに眉根を寄せた若い男が二人、奥から姿を現した。
先ほどドアにへばりついていたヤスを睨みながら押しのけるようにして。
派手な柄シャツや黒光りするジャケットをだらしなく羽織った、どう好意的に見てもおよそ人が好いとは思えないような人相の二人組である。
出てくるやいなや四人の男たちをも鋭く睨みつけ(傍に立っていたせいか「なんだテメエ」的な目でついでにひと睨みされた気がする……)、二人は足早にフロアを通り抜けて店内を後にした。
派手なドアの開閉で不必要に大きく鳴らされた鈴の音がようやく静まってきたころ。
ケンジに伴われて二人の女性が同じ部屋から現れた。
脱いだ上着や大きめのトートバッグをしっかり胸に抱えた女子大生ふう(?)の彼女たちは、何があったのかすっかりうつむいてしまっている。
二人の男の姿が見当たらないことを確認したかったのだろう。
先行して店の出入口ドアを開け、注意深く辺りを見回していたらしいケンジが、ようやくほっとした表情で女性たちを振り返った。
「……悪かったな、あいつらが……」
結果的に助けに入ったことになる(?)人物に代わりに謝罪され、彼女たちは微かに首を横に振ったようだった。
「ちゃんと帰れるか? 何ならタクシー呼ぶけど」
先ほどとは打って変わって、穏やかな口調でケンジ。
彼の心遣いが伝わったのか、彼女たちは今度は大きくかぶりを振って店を出て行った。
彼の口の悪さはココで培われたのでしょうね……。




