悪魔だったの!?(1)
あまり馴染みはないがそこそこ利用客も多い、とある駅。
楽しそうに先を行く親子連れの後に続いて改札を抜けると――
「あ、こっちこっち。柚。西野」
大げさではなく通りすぎる人すべてに振り返られながら、ラフな装いの爽やかイケメンがにこやかに待ち受けていた。
ものすごく気張って流行を追っているわけではなさそうなのに相変わらずキマってますね。今日はボーダーカットソーにさらりとボタンダウンシャツを羽織って黒のアンクルパンツですか。結局イケメンは何着ても似合っちゃうんですね……
――って、そうじゃなく。
「…………」
思わず足を止めて、彩香は微妙な表情で隣の親友を睨み上げた。
「ちょっと……柚葉」
「ご、ごめんね。実は内緒でここまで彩香を連れてきてほしい、って侑くんが……」
――どうして電車を降りた瞬間気付かなかったのだろう。
このM駅は、そうだ彼の――いや彼らの、というべきか――最寄り駅だったのだ。
土曜日のうちに熱が下がって帰宅し、久しぶりに爽快な気分で目覚めることができた日曜の朝。
仲直り後初のランチとショッピングでも、と柚葉に誘われた。
でも沖田王子放っておいていいの? 感動の再会後初の休日なんだしデートとかは?という質問に「えっと……うん、い、いいのいいの」としどろもどろ答えながら目が泳いでいた親友に、もっと早く警戒すべきだった。
電車に乗ってしまってから突然「そ、そうだ……ちょっとだけ遠くまで行ってみようか……ねっ」などと言い出すし、そういえば車中でもほとんど目を合わせてくれないどころかずっと微妙な微笑みを浮かべ、そこはかとなく挙動不審な空気が漂っていたではないか。
心ゆくまでアイスにも付き合う、何ならお詫びの意味も込めて奢っちゃう、という甘いお誘いについつい目が眩んでしまった自分はなんというかもう――――本当にアホとしか言いようがない。
「…………どういうおつもりっスか、王子様? なんでこんな――騙して連れて来させるみたいな……」
ようやく光り輝く誰かさん(あーヤダヤダ……)の目の前まで歩を進め、ジトッと睨んでやる。
せっかくのデートなんだったら二人で会ってればいいではないか。
まさか気を遣われている、とかだろうか。
独り身で可哀相……とか。
「だって言っちゃってたら西野来なかったでしょ? 遠慮しちゃって」
「そりゃあね!」
二人が上手くいって心の底から嬉しいと思っているし、そんな彼らの邪魔をして喜ぶ趣味なんぞない。
当然ではないか。
「だからだよ。さっ、そういうワケで行こっか」
親友ナメんな、っていうかどんなワケだよ!という意味を込めたガンくれを意にも介さず、なんと沖田侑希は軽やかに爽やかに女子二人の背中を押して歩き出した。
「い、行こうって……どこに――――っていうか、だ、だから思う存分柚葉とイチャつきなさいよ。別にこっちにまで気を遣わなくていいって!」
もうわかったよ(もとい、わからんが)、ここまで来たら逃げないから。せめてお邪魔虫にだけは成り下がりたくないのに!とは心の声。
「いや、そういうワケじゃないんだけど。なんか西野ってすぐ逃げそうで……。ああ、翔の気持ちがわかった気がするな」
「はああ?」
「いいからいいから。ちょっと急いでくれる?」
「えっ? ちょ、ちょっ……」
そうして。
ちょうど昼食時のにぎやかな駅前通りを二度ほど折れて南東方向に進み、閑静な住宅地に差しかかってもなぜか競歩状態で追い立てられること数分。
そもそもどこに向かっているのだろう?まさか自分の家にご招待、とでもいうんじゃあるまいな……?などと、爽やか王子相手だろうが胡散臭げな目を向けるのにもすっかり馴れてきたころ。
落ち着いた雰囲気の民家が建ち並ぶ通りの一角で、ようやく侑希が足を止めた。
見上げるとそこには、白とグレーを基調としたシンプルモダンなスタイルの二階建て住宅。
どこぞの純和風の御屋敷や豪邸と呼べるほどの規模ではないが、周辺に建ち並ぶ家々同様、小綺麗でどことなく清潔感の漂う――まあ言ってみれば普通に立派な一軒家である。
玄関ドア横のシンプルだが高級感あふれる黒御影石の表札には、白抜きの行書体で「早杉」の文字が彫られていて――
(――って、えっっ!? 早杉さんの家?)
な……なになになになんで?
いったい――――何をしてくれようとしてくれちゃってんの、この王子?
どういうこと?と柚葉を見遣るも、まるでワケがわからないとばかりに彼女もポカンとして立派な家構えと沖田侑希とをつらつらと見比べている。
「あーよかった、西野来てくれて」
いやアンタが連れてきたんだろ……それも柚葉つかって騙すようにして、とすかさず胸中でツッコんでいると、侑希がおもむろに腰ポケットから鍵を取り出し玄関を解錠する。
(おお……合鍵まで持たされてるとは。アヤシイくらい仲良しだな)
「変な誤解しないでね? 翔と話して今朝預かっただけだから。さ、どうぞ」
まるでお見通しのようにクスクス笑って侑希。
開いた扉を押さえてレディファーストとばかりに招き入れる。
(どうぞ……って)
いいのだろうか、インターホンも押さず家の人の許しもなく突然――。
首を傾げながらも促されるままに柚葉と二人、そろりと玄関に足を踏み入れる。
備え付けの靴箱の他にはシンプルな傘立てのみが置かれたその空間は、それほど広くはないものの脱ぎ散らかされた靴などもなく整然としたものだった。
幼馴染の彼はともかく、こうして自分たちまで入り込んでしまうことを、早杉翔は了承しているのだろうか……?
ふと不安になった。
いくら鍵を預かったとはいえこんなこと――本当にしていいのか沖田侑希?
確かに二人仲が良いのは知っていたが。
「んー……実はちょっと翔が大変でさ」
「え」
よほど訝し気な様子に見えたのか、靴を脱ぎながら侑希があきらめたようにそっと息をついた。
「とりあえずほら、入って。で、上ね」
い……いいのかなあ?と迷いつつ、指で示されたとおりすぐ横の階段を上がる。
と――。
左右にドアが一つずつ。
さらに突き当たりにもう一つ、おそらく一回りも二回りも大きいだろうと思われる部屋――主寝室というのだろうか。おそらくご両親の……?――の大扉があった。
「こっち」
追い付いた侑希が馴れた様子で左側のドアを開いて入っていく。
どうやらそこが翔の部屋らしい。
「あ。柚はそこでストップ。入んないでそこで待ってて」
「え……あ、はい」
「西野はさっさと入る、ほら奥行って」
「? な、なんなの……だからっ」
(っていうか今さらだけど、いきなり好きなヒトの家って!? 部屋って!! だからなんでこんなことになってんの!? なにこの状況?!)
ばっくんばっくん脈打つ胸を押さえ、赤くなり青くなりを繰り返しながらおそるおそる足を踏み入れる。
そもそもワケもわからず呼びつけられ、言われるがままついてきてしまったが……大丈夫なのだろうか?
いきなり怒られたりしないだろうか?
頭の中を駆け巡るそんな疑問や心配は――
しかしながら一瞬で消え失せることになった。
「――」
十畳ほどの部屋の奥、壁際に据えられたローベッド上に早杉翔が横たわっていた。
突然の来訪に何の反応も示さず……。というか人の気配に気付いてすらいない様子で目は閉じられたまま。
それどころか、ただ浅く速い不規則な呼吸だけがその場を占めていて――
「え……早杉さ――ど、どうしたの?」
眠っている……というよりはうなされていると言ったほうがしっくりくるほどの――。
これはまるで……。
(も……もしかして、あたしが何か伝染しちゃった……?)
息は荒いが全身ぐったりとした感じで、そうとう具合が悪そうに見える。
紅潮した顔も時折り苦しげに咳き込みそうになる呼吸も、寒いと首まですっぽり引き上げた布団の中で体を丸めている様子も。
まるで一昨日夜の自分のよう――ではないのか。




