手遅れだよ(2)
「し…………死んでもいいですか?」
っていうか、うんそうだきっと、これは絶対明日死ぬってことなんだ。
茹だった頭でなぜか妙に唐突に確信が持てた。……つもりになる。
おかしな笑いを浮かべて無理やり胸を撫で下ろしたところに、ぽかんとしたままの柚葉に詰め寄られた。
「彩香何言ってんの……」
「だ、だだだって……め、迷惑そうだったでしょ……? 絶対めちゃめちゃイヤそうな顔してたでしょ? っていうか、ほら……ホントは沖田くんに丸投げしようとしたけど断られた、とか」
お願い、そうだと言って!(錯乱)
「ううん? 普通に侑くんに『傘持て』って。手が空いたら当たり前のように彩香を颯爽と抱き上げてたけど?」
「――――」
もうダメだ。
起こったらしい事実に思考がついていけない。
「いったい何を気にしてるの? 喜ぶとこでしょココ?」
「――い……いや喜……」
喜べる――――わけなんてない……。
絶対絶対、とんでもなく嫌な思いをさせてしまったに決まっているではないか。
どこかの普通の可愛い女子を、というならまだしも。
こんなバカでブスでうるさい変な女を――――。
よりによってなぜ、あのヒトの目の前で倒れてしまったのか。
そんな迷惑までかけてしまっていたなんて……次に会ったらどんな顔をすればいいのだろう。
「だから、ものすごく心配してくれてたよって言ったじゃない。良かったね?」
こうして柚葉は純粋に喜んで、嬉しそうにしてくれているけれど。
「い……いや」
こちらの内面はひたすら後悔と驚愕でいっぱいで、これ以上はもう本当に――どうしたらいいのかわからない。
じわじわと息苦しさまで襲ってくるような気がした。
「もーあの時はキュンキュンきちゃったなあ。すっっっごい映画とか観てる感じだったよー」
「や、ちょっ……あの……ゆ、柚葉」
「彩香ちっちゃいから先輩にとってはもう軽々って感じで……。ずっと変な人、と思って時々ムカッときたりしてたけど、あの瞬間はさすがに――」
「や……ややややめ、やめやめやめてもう!」
気付いたらベッドから転げ落ちるように床の布団にたどり着き、胸に手を当てて満足そうに微笑む親友の言葉をおもいきり遮っていた。
「そ、それ以上は……もうホントに! お願いっ!」
ふらつきをこらえ悪寒をおして、柚葉の両肩を掴んで精一杯の懇願を示してみせた。
――つもりなのだが。
「うわー彩香真っ赤……可愛いー」
優しく微笑まれ、頭まで撫でられてしまった。
「こ……っ、これは別に、だっ、ねねね熱のせいで……! っててていうか可愛くなんかないしっ!」
「可愛いよ? 早杉先輩のこと好きな彩香、もう最高に可愛い」
「や、ややめてって! あきらめられなくなるから……っ!」
いや、言い方間違えた。
あきらめるはあきらめるが……!
というか、そうする以外の道は残されていないのだが。
完全に忘れるまでに今よりもっと――もしかしたら想像を絶するほどの気力と労力、長い時間を要することになりはしないかと、不安に駆られてしょうがない。
(や、ヤバい……)
すでにそうなりつつあるような――
なんだかもうとっくに手遅れのような気も、するのだが。
不安やわけのわからない焦りがどんどん――さらにどうしようもなく湧き上がってくる。
気付けばすっかり呼吸が乱れ、寒さからなのか何なのかカタカタと体が震え始めていた。
(ダメだ……。あたしこのままじゃホントに……)
荒い呼吸を繰り返し、痛む頭と揺れる視界を何とかしようと強く額を押さえ込む。
やけに熱っぽく感じる瞳にはどんどん涙がたまって――すぐにあふれんばかりになる。
「もう……彩香ってばほんっと頑固なんだから。とりあえずほら、ちゃんとベッド戻って?」
しょうがないなあ……とばかりに柚葉に支えられ、フラフラになりながら布団の中へと戻らせられた。
「だから。あきらめる必要なんてないよ、ってずっと言ってるじゃない。今日だってすごく心配してくれてたんだってば」
すぐ枕元に両肘を置き、頬杖をつくようにして柚葉が微笑んだ。優しく言い聞かせるように。
彼女の言いたいことはなんとなくわかる。
だけど。
「で……でもそれは……人としてって言うか……。早杉さんああいうヒトだから……。特にそ、そんな……」
そう、普通に心配してくれたのだ。
すごく真剣に他人に向き合ってくれる人だから。
イヤイヤだろうと困っている人を放ってはおけずに、結局はしっかり助けてくれるような人だから。
特別な何かなんて、別になくても。
だから――――
目の前で倒れたのが自分ではなかったとしても同じように抱え上げてどこかへ運び込んだだろうし、きっと同じように心配して怒っていたはずなのだ。
「でも、あたしはすごく嬉しかったよ? 彩香よかったね……って、本気で嬉しかったよ?」
(それは……)
真剣に心配して怒ってくれて、後押ししてくれて頭撫でてくれて……。
少しも嬉しくない、といったら……確かに嘘になる。
――けれど。
「先輩を好きになって、よかったね?」
「――」
だからこそ、本気でマズいと思う。
これ以上はダメだと、心の底からあきらめなければと思うのに。
あきらめきれないにしても、せめてこれ以上好きにならないように気持ちが暴走しないように、精一杯自身を律していなければならないのに。
身の程という言葉を誰よりも強く深く心に刻んで生きてきたはず……なのに。
(なんでこんなに――)
少し油断しただけで、頭の中があのヒトでいっぱいになる。
くいと口の端を上げて自信ありげに笑うあの表情も。
穏やかに細められ見おろしてくる優しげな目も。
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてかき乱してくる大きな手のひらも。
拗ねたりからかったり、怒ったりといった時まで。
どの瞬間のあのヒトも大好きで――
思い返すほどに胸が締め付けられて……
「よくない……よ」
(もう消せないじゃん……)
結局はこうして、制御不能なまでに想いを膨らませてしまっている自分に気付く。
どうしようもないくらい早杉翔のことが好きなのだと、情けなくもあらためて実感する。
「……どうして? なんでダメなの?」
心配げに声を落とし、さらに顔を近付けて柚葉。
「瑶子先輩のこと?」
「――」
それももちろんある。
――が。
それ以前にそもそもこんな自分が……というあきらめが常に頭の中にはあるから。
こんな――何もかも最低な自分に想われたって迷惑なだけだということも、どう考えても虚しく絶望的な結果しか訪れない未来も、わかりきっている。
(それなのに……)
止まらない――
つくづくバカだなあと思う。いやバカなのはわかっていたが。
これ以上自分をダメにして……本当にどうしてくれるんだ、と恨めしい気持ちさえ向けてしまいそうになる。
胸が苦しくなるほど考えてしまう――想ってしまうあのヒトに。
『そこ俺のせいにするかぁ?』と呆れた声が降ってきそうではあるが……。
「……て…………り」
「え?」
「大好きすぎて……無理。……あたしが保たない……」
どんどんダメになる……。
そう弱々しく付け加え、気持ちがあふれ平静を装うことすらできなくなって、ついに両手で顔を覆ってしまった。
もう無理だ。
叶うはずがないのはわかっているけれど、この想いをかなぐり捨てることなんてできない。
好きという気持ちに本当に寿命を縮められているのでは?と思うほど、胸が苦しかった。
「大丈夫。あたしがちゃんと見てるから」
ずっと応援しててあげるね。
そう言って、泣き止むまでのしばらくの間、柚葉が優しく頭を撫でてくれていた。
――この先自分がどうなるか、なんて考えるとそら恐ろしい。
――なら考えなきゃいいよ。
――考えないと……どんどん好きになるよ……?
――結局どうやっても好きになるんでしょ? どっちにしたって手遅れよ。
――柚葉、無責任……。
――なーんでよー? 応援してるのにー。
――そ……そうだ、沖田くんに余計なこと言わないでね……? ば……バラすとかナシねっ?
――……そ、それはもうとっくに知っ――
――えっ!?
――あ、ううん……な、何でもない……
そんなとりとめのない話をしながら。
困ったように笑い合い、悲しいようなあたたかいような想いに散々翻弄されて。
長い長い一日は、ようやく終わりを迎えた――。
ここで【(作者の心情的な)第一部・完】です。




