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陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
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不確かで、あたたかな(2)




「西野を好きだった気持ちはおぼえてるよ」

「――」


 唐突にごく爽やかに言いきったセリフに、思わず視線を戻す。


()()()……? 過去形?)


「でも――何て言うのかな? 不思議なんだけど、すごく懐かしいような気がする……っていうか。柚のことと逆で、ずいぶん前のことみたいに思えるんだよね」

「……」

「だから、今は本当に柚が好きで大事なんだ」


 この上なくキッパリと言い切って、侑希は破顔した。


 まあ確かに、すっかり弛みきって蕩けきった表情で彼女を見つめるさまは、この小一時間でイヤというほど見せつけられてきたが……。


「本当だってば」


 いつの間にかすっかり目を見開いてしまっていたところ、軽く眉をしかめて苦笑いを浮かべた侑希にげんこつでコツンと肩を小突かれた。


「あ、や……別に、疑って、とかじゃねーけど……」


「もう何も遠慮することないんだよ?」

「――」


「ていうか、それがなかったとしても遠慮なんてしてほしくなかったけど!」


 声こそ荒げているものの、見覚えのある含み笑いと物言い。

 数時間前、二度目に到着した学校でした話――自分の気持ちを認めろというアレ――をぶり返されているのだと悟る。


「や、いや……だから、俺は別に――」

「まだ自分の気持ち、よくわからないとか言う?」


「…………」


 呆れ笑いの末に、とうとう憐れむような目を向けられた。


 そうは言われても――と、わずかに眉根を寄せたまま視線を落として軽く息をつく。

 わからないものはわからない。

 ごまかしてるわけでも知らんふりしてるわけでもなく、本当に掴めないでいる心の内をこれ以上どうしろというのか。

 まあ……それこそこの幼馴染に転嫁しても仕方のないことではあるのだが。


 己の気持ちがわからないとは、なんとも間抜けで情けない。


「あ、そうそう。気付いたんだけどさ」


 ホーム天井部分の鉄骨を睨み上げながらため息をついていると――

 何ごとかを思い出したのか、ごく軽く明るく侑希が口を開いた。


「翔、西野にはよく触るよね」


「!?」


「まあ、無意識だろうとは思うけど」

「………………」


「あれ? 予想以上に驚いてるね」


 面白そうに目を細めながら、さらにずいっと顔を覗き込まれた。


「や……け、けどよおまえ『触る』っつったって……」


 これまでの頭部グリグリやら首ねっこ掴みやら、その他諸々のこと全般を指しているのだろうが……。

 ああそうかさっきの()()もか、とすぐに思い至る。

 い、いやでもあれだって急を要することではあったし、そんな不埒めいた(?)表現をされるようなことでは断じてナイ――はずである。

 …………たぶん。


「だって――じゃ翔、他の女の子たちにも同じように触ってる?」


「い……いや……」


 その触るって言い方どうにかならんか、という不満は置いといて。


 あれ? そういえば……と、思い返せば思い返すほど意味不明な冷や汗が出てくる。

 とんでもなく今さらだが、決して軽くはない衝撃に襲われた。


 そうだ。

 なぜか他の女どもには――――


「さ、触って……ねえ、と思……う………………」


 言われてみれば確かに――な答えを尻すぼみになりながらもなんとかボソボソ返すと、すかさず「ほらね」とでも言いたげな顔をされた。


「え……い、いや……でもよ、だからって――」

「のんびりしすぎて後悔するようなことになっても知らないよ? 本人自覚ないだけで、西野ってちょいちょいモテるんだよ?」


 向けられたのはこれでもかというほど意地の悪い笑み。


「…………」


 どうせ何か言うと揚げ足をとられるのだ。

 だ……だからなんだという思いをのせた顔で、軽く睨んでやるに留める。


「『ちっちゃい体で頑張って跳ぼうとしてる』って、競技会とかでも他校の男子連中に密かに見られて応援されてるし」

「へえ……」


 生返事をしながら、ふと思う。


 自覚がない、どころか――


 一瞬の動揺をごまかすように無理やり浮かべられた……泣きそうな笑顔が脳裏に蘇る。

 あれは……そうだ。あの屋上で――



 ――『あ……す、すいません。いいんですいいんですですから』



 自分や侑希のせいではないと訴えながらも、明らかに狼狽えた様子で涙ぐんだ目も合わせてこようとはせず……。

 声も身体も震わせて、何かを必死で抑え込んでいるように見えた――あの時。



 ――『誰がどう見たって本当のことなのに、す……すいません。うっかりキレちゃうとか最低ですね……あははは』

 ――『いや、だからそれは――』

 ――『や……八つ当たりです。そう! だからもういいんです! そ……そんな、気を遣われるとかえって虚しいだけって言うか……』



 あの時、彩香は何か酷く勘違いを――思い違いをしているふうではなかったか。

 まるで自分自身を酷く醜いものと、頭から決めつけてかかっているような――凄まじく卑下しているような様子で。 

 わかってるからそれ以上何も言うなとばかりに――。


「……彩香あいつ、なんであんな自己評価低いんだ?」

「え、そうなの?」


 そういう自分も何だかんだで悪態つき合ってきたし、それまでに何度か「バカ」「ブス」という言葉(もちろん冗談半分でだが!)も発してきてしまっているが。 

 まあ……屋上でのあの時は直接そういった言葉をかけてしまったわけではないが……。


「結局、おまえの気持ちにもこれっぽっちも気付かんかったし。なんか……とんでもなく酷い見てくれしてるとでも、思い込んでるっつーか何つーか……」


 ただの気のせいなら――思い違いなら、いいのだが。


 「冗談」という言葉にもあんな反応をされるとは思わなかった。

 たとえ冗談でもひとを傷つけるような言葉を軽々しく口にするのではなかったと、あれを見てひどく後悔したのも憶えている。

 親友によくもそんなことを、と高瀬柚葉にキツくあたられるまでもなく。


「へえ……それは……なんか心配だね」

「おう……」


 元気の塊があそこまで動揺して取り乱す姿を、自分は見てしまっているから。 

 何の意地も引っ掛かりもおぼえず、心配という言葉にも素直にうなずけた。


「なら、それは翔が引き出して勘違いを正してあげないと」


「おう……。――――って、俺? なんで? 無理だろ」


 急に何を言い出すのだ、侑希こいつは。

 心配は心配でも、不可能すぎるだろうに。


 当たり前の反応をしたつもりの自分に、またしても信じられないというような目線が向けられた。


「逆になんで? 翔以外に適任者いないじゃん。何だかんだ言って西野のことよく知ってるし」


「え……あれ? い、いや……それはたまたまっつーか……。そもそも俺そういうの向いてねーし。ほれアレだ、デリカシーもねえらしいし? 彩香あいつだってこんな――嫌ってるヤツに何言われたってムカついて終わりなんじゃねーの?」


「――」


 ポカンとして聞いていた侑希の顔が「えっっっ?」とばかりに歪められる。

 かと思うと――――


「…………翔ってホントに馬鹿だったんだね。頭の良い馬鹿?」

「はあ?」


 前にもどこかで聞いたような言い回しが浴びせられた。


「あー疲れた。早く帰ろう。電車遅いねー(棒読み)」

「お、おい」

「あ。それ以上寄らないで。馬鹿が伝染るから」

おまえ……」


 今日一日で何度バカバカ言われたのだろうと思うと、ほんの少しだけ悲しくなった。

 が、近頃の自身を振り返ると――確かにどうも反論できない気にもなってくるため、とりあえず大げさに開けられた三歩分のスペースは詰めずにおくことにする。


(まあ……けど)


 軽く息をついて思う。


 侑希の言葉どおり、自分がそんな大層な役目を負うに相応しいとは思わないが……。

 もし、本当に可能なのであれば、と。


 もしまたああいった場面に遭遇したら――少しばかり突付いて聞き出してみてもいいかもしれない。

 話すだけで楽になることもあるというし。

 それで少しでも、彩香アレの内に重くのしかかっているだろう何かが軽減されるのなら――。


 まあ……彼女がこんな変態(自分)に(っていうか今さらだがなぜ変態呼ばわり……?)吐き出してやってもいいと、思ってくれたらの話だが。


 熱で苦しんでいながらも嬉しそうにへにゃりと弛んだ赤い顔が、一瞬にして脳裏によみがえる。

 『うへへへ……』という空耳つきで。


 小さくつい笑ってしまった瞬間。

 湿気の残るひんやりとした風が、軽くたしなめるように頬を撫でていった。







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