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陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
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待たせてごめん(6)




「よかっ、た……」


 小雨はまだ降り続いている。


 同じ傘の下――翔の隣に立つ彩香がポツリとこぼした。

 消え入りそうなくらい小さな声で、なかなか収まらない荒い呼吸を調えながら。


 電車の中で教えられた「目的地」――公園入口に遅れてたどり着いた時には、すでに侑希と柚葉は寄り添い、向かい合うようにして立っていた。


 そして、暗いうえに遠目ではっきりとはわからないが互いの手を取り合って――

 あれは指きり、をしているのだろうか……?


 続けざま侑希が柚葉を引き寄せ抱きしめるのを見て、ようやく安堵してポツリとこぼれてしまったのが今の独り言――だったのかもしれない。


「よかっ……た、ですね。早杉さん」


 彼らを見つめるばかりで反応できずにいたせいか、何がなんでも同意を得たかったのか――。

 同じセリフが今度は少しだけはっきりと翔の耳に届いた。

 独り言ではなかった、ということだろうか。


「おう……」


 前方の二人に目を当てたまま、気付けば掠れ気味な声で短く返事をしていた。


 確かによかったと、心底思う。

 だが――本当ならもっと早くにこうして再会を喜べたであろう二人に、自分のせいでずいぶん遠回りをさせてしまった。その事実は変わらない。

 感慨深い思いで彼らを見つめている自身の内を、やや複雑なそんな感情が渦巻いていたのもまた事実なのだ。


 ふいにクイとTシャツの裾を掴まれ、やや呆れを含んだ不服そうな表情に見上げられた。


「早、杉さんも……です、よ?」


「え」


 自分、も――?

 ああそう言えば、先ほども泣きながら怒りながらいろいろと一生懸命訴えかけられていたのだった。

 面食らいながらも頭の中をよぎった何かを追い求めかけ――


 次の瞬間。

 ふいに察知してしまった違和感のほうに、怒涛のように一気に意識が向かう。


「おい……どうした?」


 見上げてくる彩香の瞳が変に涙ぐんでいるうえに、Tシャツの裾を握る手がカタカタと震えていた。

 親友のハッピーエンドを目の当たりにして、てっきりもらい泣きしているのだと思っていたが――


「う、な、なんか……ヤバ、そうです。す、すいませ……感動的なシーンを堪能しているところ……も、申し訳ありませんが……ががが」

「へ? おまえ何言っ――」


 収まってくるどころかますます苦しげに不規則になるその息に思わず眉をひそめた瞬間。

 彩香の体が大きくグラリと揺れた。

 誰もいない反対側に。


「え――ちょ」

「スイッチ切れそう、です……。あとは……よろ――」

「お、おいっ」


 とっさに回り込んで空いた左手と左肩で小柄な体を受け止め、転倒は防いだものの、


「あの二人のこと……よろしくお願い、し……」


「よろしく、って――」


 息も絶え絶えに言うとんちんかんな望みに、思わず「はああああっ!?」と叫びそうになってしまった。


「倒れそうになる自分のことを、じゃねーのかよっ! おいこら、しっかりしろ!」

「あた……のことは、その辺に捨て……ってくだ、さ……。じゃないと……怒られ……す。死……」


 そうして。

 宣言どおり、すぐに電池が切れたように静かになってしまった。


 とりあえず息があるのだけは確認できてホッとしつつ、最後にブツブツ言ってたのは何だったのだろうか……と首を傾げる。

 いや何にせよ、意識のない人間を片手一本で支えるのは些か心許ない。


 右肩でどうにか傘を固定したまましゃがみ込み、ちょうど座らせるような形で彩香を膝に乗せて支え直す。

 一瞬頬に触れたその額の熱さに、思わず目を瞠った。


(言わんこっちゃねえ……。びしょ濡れで何時間も走り回ったりするから……)


 服を着替えさせるタイミングが遅かったか、とわずかに後悔も駆け巡る。 

 明らかに発熱し完全に意識のスイッチが切れている顔を見下ろし、ぐにゃりと眉根を寄せていた。

 これ以上雨に濡れないようにと、さらに傘の内側に収まるよう抱き寄せながら。  


「……アホか。こんな状態の自分よりあいつらを『頼む』って……」


 そして――――


 ――『よかったですね。……早杉さんも、ですよ?』

 ――『だから……だからもう大丈夫! もうそんなカオしなくていいんですっ! 辛い思いから解放されていいんですっ!』


 今しがたのセリフと信号前での泣き怒り状態を思い返し、何やら言いようのない――複雑で温かな感情が込み上げてくるのを感じる。


「まったくおまえは……」


 おもいきりため息をついて、くたりと顎下に収まっている寝顔を見下ろしてしまっていた。

 触れる体温は温かいどころではなく現在進行形でガンガン上がっているような気がするが……。


(こんなちまっこい……小うるさいだけの女なのに……)


 気付けばいつも目を醒まさせられている。

 ぶん殴られるような勢いで、だが。


 そして――気付かされる。

 少しも取り繕っていない、気張らずに済んでいる素の自分に。


 というか、いつの間にかずいぶん情けない――無様な姿も散々さらしてしまっているような気がする。

 こんな年下の女に力いっぱい励まされてしまうほど。


 ――『他の誰とも違うじゃん。翔の西野に対する態度』


(…………かも知んねーな)


 そこだけは素直にそうかもしれないと思える。


(……好きかどうか――は、まあ置いといて)


 何と言ってもこんな面白い人種、どこを探しても見つからないだろうから。

 いつの間にか込み上げてきていた笑いをハッとして引っ込める。 


(いや、イカンイカン。それどころじゃねえ。何にしても今は彩香こいつを何とかしねえと)


 初夏とはいえ発熱して意識のない人間を、片手が塞がった状態でこれ以上風雨にさらすのはマズすぎる。

 が、今すぐ雨が止んでくれない限り自分一人でこの状況を改善するのはどう考えても無理であり……。    


 ここはやはり彼らの手を借りるより他なさそうだ、と再びちらりと公園内に意識を向ける。


 感動の再会に水をさすのは忍びない、が……。  


(や……。今のうちに少しくらい邪魔したって構わんだろ)


 あの様子では、おそらくこれから存分に()()()()()ことになるのだ。

 離れていた時間を埋めるように、目の前でいちゃついてくれるであろう二人に。

 心の奥底で望んでいたことではあったし喜ばしいのも事実なのだが……。


(傘一本持たせたところでバチはあたるまい。――っつか持ちに来い)


 ずり落ちそうになる傘と彩香を「おっとと」と同時に抱え直し、苦笑いを抑えることなく未だ遠くで抱き合う二人に生暖かい目を向けてやる。 


 どう声を掛けてやったらなるべく嫌味とわかるダメージを与えられるだろうか、と少しだけ悩みながら――。







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