別視点
僕には、ある超能力がある。それは別に炎を出せるとか、そういうカッコいいものじゃない。ただ単に、生物に憑依できるのだ。
それにもいくつかの制約がある。まず一つ、僕が寝ていなければこの能力は発動しない。
二つ目、憑依できるのは生物だけだ。無生物にはどうやっても憑依できない。
三つ目、これが一番重要だ。憑依している間、対象の意識は消失する。ただし、僕が経験したショックは対象にも伝播する。つまりは、僕が下手をすれば大変なことになるということだ。
だからこそ、僕は憑依する時は細心の注意を払っている。
そして今日も……僕はある人物に憑依しようと試みていた。
眠りにつくと、僕の魂――それに近いものは体から抜け出る。寝ている自分の体に別れを告げてから、外に出て、向かう先はお向かいの家だ。
ここには、ある人物がいる。というのは、僕の幼馴染だ。
彼女に憑依したことは、奇妙にもこれまで一度もなかった。というのも、僕がこの能力に不慣れだったというのがある。もし万が一何かがあれば、彼女の命を危険にさらしてしまうかもしれなかったからだ。
けれど、特訓すること約三年。だいぶこの能力にも慣れてきた。
僕は窓をすり抜け、寝ている幼馴染に目をやった。すやすやと穏やかな寝息を立てている。白い肌もあいまってか、まるで童話の白雪姫のようだ、と思ってしまった。
僕はごくりと唾を呑みこみ、それからそっと彼女の体に触れた。すると、僕の体はあっという間にその中に吸い込まれる――。
目覚めると、僕は彼女の体になっていた。上体だけを起こし、そっと息を吐く。
「ふぅ……成功か」
正直、人に憑依するのはいつになっても緊張する。それが幼馴染ともなればなおさらだ。
僕はそっと自分の体に目をやった。流石は高校生、というところか胸がそれなりに膨らんできている。一緒にお風呂に入っていた仲とは、到底思えない。
僕はそんなことを思いつつ、そっと胸に触れた。まずは、ブラの感覚が伝わってきて、遅れてふにょん、というおっぱいの感覚が手を包みこんだ。そのあまりの心地よさに、僕は思わず蕩けてしまう。
「おぉ……」
感嘆の声を漏らしながら体をまさぐる。だが、そうしているだけで妙な背徳感と興奮に見舞われた。
だが、だからと言って止められるものではない。僕はそのまま彼女の体を堪能した。
ちょっと見ない間に大人になっていた彼女の体はとても気持ちよかった。
僕は頬を紅潮させながら再び胸に触ろうとした――その時、不意に携帯が鳴る。僕は飛び上がりながらもそれを取り、口を開いた。
「も、もしもし?」
『あ? 雄太?』
「う、うん……って、え?」
僕は思わず首を傾げた。というのも、それには二つの理由がある。
一つは、電話をかけてきた相手が彼女――優奈の名前ではなく、僕の名前を言ってきたということだ。
二つ目は、受話器の向こうから聞こえてきたのが、僕――つまりは雄太の体から発せられた声だったからだ。
僕は窓の外を見やって、ハッと目を見開いた。
なぜなら、そこには僕の姿があったからだ。右手には携帯を持っている。
彼はそのまま告げた。
『ねぇ、雄太でしょ?』
「え、き、君は?」
『優奈だよ』
目の前が真っ白になった。
やってしまった。終わった。僕の人生はここで終わる。そう直感した。
けれど、優奈は落ち着いた口調で続けた。
『ねぇ、入れ替わっていることわかってるよね?』
「う、うん……これがどういうことかわかる?」
「わかるよ」
即答された。僕は深呼吸して、覚悟を決めた。そうだ。もう言って楽になろう。
「ごめん、僕が憑依したんだ」
『ごめんなさい、私が憑依したの』
……え?
僕は思わず首を傾げた。どうやら向こうも首を傾げている。僕はたまらず声をかけた。
「ねぇ、どういうこと?」
『そっちこそ、説明して』
「……わかった。僕は実は超能力者なんだ。誰かに憑依できる、ね」
『……そう。私も同じ。誰かに憑依できる』
訳が分からない。どういうことだ?
何で、僕と彼女の体は入れ替わっているんだ?
憑依はあくまで乗っ取りだ。だから、相手の霊魂が僕の体に入らない、というのは実証済みである。
だとすれば、本当に彼女は僕と同じ能力者なのだろう。
彼女はそのまま続けた。
『教えて。どうして私に憑依しようとしたのか』
「……ごめん」
『謝らなくていいから、話して』
僕は諦めて、口を開いた。
「僕は、優奈が好きだったんだ。だから、憑依してみたくなった」
『何それ』
「だって、好きな人の身体って興味あるでしょ?」
我ながらクズみたいなことを言っていると思う。だが、優奈は嫌そうな素振り一つ見せず窓際に立っていた。
彼女はそのまま問いかけてきた。
『……私の事、好きだったの?』
「うん。好きだった。というより、現在進行形で好きだ」
返事は返ってこない。しばらくの沈黙が僕たちの間に流れる。
それに耐えられず、僕はとっさに口を開いた。
「今度は、優奈のことを教えて。どういうことなのか」
『私も言ったとおり、誰かに憑依できる能力者なの。それで、雄太に憑依したくなった』
「どうして?」
『だって、興味があったから。男の子の体に』
言い方は変えているが、大体は俺と同じことだろう。なぜなら、彼女――今は僕の身体だが――は顔を真っ赤に染めていたからだ。
僕は間髪入れず、問いかける。
「それって、どういうこと?」
『どういうことって、何?』
「僕のことが好きってこと? それとも単に、興味があっただけ」
『そんなの言えるわけない』
「僕は言ったんだから、頼むよ」
『……今のが答えみたいなもんでしょ』
彼女はそれだけ言って、携帯を耳から離してみせた。なるほど、そういうことか。
僕は大きく息を吸って、それから話を再開させた。
「ねぇ、もしかしたらさ、僕たちの能力はこの時のためにあったのかもしれないね」
『どういうこと?』
「だって、憑依されている相手はそれに気づかないでしょ? でも、僕たちはたがいに憑依した。だから、今こうやって話している。互いをどう思っていたか、ね」
彼女は一拍置いて、それから続けた。
『雄太はやっぱり変なことを考えるね』
「ダメかな?」
『ダメじゃないよ。いいと思う。だって、それが雄太だから』
これは肯定してもらえているのかな?
僕は苦笑しつつ、彼女に告げた。
「ねぇ、優奈」
『何?』
「よかったら、僕たち付き合わない?」
『できれば、それは今言わないでほしかった』
あ、そうか。今僕たちは互いの体を入れ替えた状態だ。
僕は苦笑して、言葉を継げた。
「ごめん。じゃあ、一旦寝ようか?」
『そうしよう。それから、よろしく』
それから、僕たちは通話を終了して眠る。
きっと起きれば……あれ?
おかしい。能力を使おうとしても発動しない。
魂が抜け出ない。いつもこうやったらできていたのに。
それは向こうも同じらしく、戸惑った様子を見せていた。
……これは、やってしまったかもしれない。
結局、僕と彼女は互いに入れ替わった状態のままだった。
翌日も、一か月後も、一年後も――そして五十年後も。
僕と優奈は同じ部屋で寝ころんでいた。優奈は疲れたようにため息をついている。
「結局、戻れなかったわね」
「だね。僕もずいぶんおじいさんになったみたいだ」
僕は優奈の体――つまりは元、僕の体に目をやる。もうすっかりおじいさんだ。一方で、優奈も僕の体――元、優奈の体に目をやってクスリと笑う。
「私お婆さんね」
「まぁ、いいんじゃない? 面白くて」
「面白くない」
彼女はプイ、とそっぽを向いてしまう。僕は構わず言葉を続けた。
「一つだけ、こうなったらいいなって思うことがあるんだ」
「何?」
「優奈が死ぬときに、また憑依の能力が戻ればいいのに。そしたら優奈はこの体に戻って僕の体は元に戻る。それから僕は……むぐっ」
優奈は人差し指で僕の口元を押さえ、厳しい口調で告げた。
「そんなこと言わないで。大好きな人が死ぬのを見るなんて嫌なんだから」
ああ、それはそうだ。
でも、僕たちはすでに大好きな人が死ぬ姿を見なくて済む体だ。
だって、僕の体は世界一愛しい人の身体なのだから。