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急展開

「店員さんは間違っていなかったんじゃないですかね」


 盗賊姉妹が帰ってから約三〇分、いつも通りやってきたミルミルに今しがた起こった出来事を簡潔に説明すると、ミルミルは腕を組んでうんうん唸ってそんな答えを導き出した。


「多分お姉さんには何か考えがあったのでしょう。話を聞く限りでは妹さんを大切に思っているようですし、いま自分がいなくなれば妹さんが悲しんでしまうことくらい分かっているでしょう。心配しなくても良さそうな気がします」


「それは僕も思ったんだけどさ。なんだかお姉さんの方、覚悟を決めた、みたいな表情に見えたんだよね」


「だからその覚悟が妹と共に現状を打開する覚悟なんじゃないですかね」


 やっぱりいつもどおり、ミルミルは表情ひとつ崩さずに言葉を紡ぐ。でも決して話題を変えようとせず、僕の不信感について真面目に考えてくれているように見える。その証拠に表情こそ変えないものの、組んだ腕の指をコツコツ動かして何かを考えているらしい。


「そうかなぁ。あの状況で覚悟するって言ったら、僕はネガティブな方だと思っちゃうけどなぁ」


「思ったより店員さんはへっぽこなんですね」


「へ、へっぽこ?」


 そう言ってミルミルは笑ったのだ。ほんの少し、口元を抑えながら少しだけ笑ったのだ。初めて表情が豊かになったのも束の間、すぐにミルミルは話を続けた。


「でも、店員さんは《出会いに意味を与える》存在です。となると店員さんの考えは間違っていないのかもしれません」


「え、何それは。僕はいつからそんなたいそうな称号をもらったの?」


「私が大々的に言ったじゃないですか。あなたとの出会いに意味があるかもしれないって」


 ミルミルは誇らしげにそう言った。そう、誇らしげに、わざと胸を張るようにして悪戯な笑みを浮かべてそう言ったのだ。なんだかおかしな夢を見ているような気分だった。こんなに感情が表に出たミルミルは初めて見た。その事実に未だ戸惑い彼女が何を言っているのかイマイチ頭によく入ってこない。


「どうかしましたか?」


 前かがみになりながら僕の顔を覗き込んでくるミルミルを見て、僕は硬直する。僕を見る彼女は視線をそらさず時折首を傾げたようにして僕の返答を待っている。果たして本当に彼女はミルミルなのだろうか。なんて言ったって彼女がミルミルに決まっているのだ。


 心臓の鼓動が僕発的に加速しているのを悟られないように、咳払いを一つして僕は背を正した。


「いや、随分可愛い顔するようになったなぁなんて思って」


「…………そういうことを平気で言うのはどうかと思います」


 それはそっくりそのままお返ししたい。だけど今はそんなことどうでもいい。今が夢だろうが現実だろうが楽しまなければ確実に損なのだ。


「でも、そう言ってもらえて私も嬉しいです。ありがとうございます」


 照れくさそうに微笑んだミルミルは、小さく頭を下げた。僕はもうただ単純にそのミルミルの変化が嬉しかった。こっちが頭を下げたいくらいだった。もどかしくも青々しいようなこんな気持ちは、本当に久しぶりだった。いや、覚えている限りでは初めてかもしれない。


「そ、それはそうと、やっぱり僕は気になって仕方がないんだ。何か過ちを犯さないか……結構心配しててさ」


「そうですね、だとすれば追いかけてみるのが良いと思います。安否を確認するのに越したことはありませんしね」


「じゃ、じゃあ早速」


 そう言って僕が慌てて外出の支度をしようとすると、ミルミルは片手でその動きを制した。


「どこに行ったのか分かっているんですか?」


「あ…………」


「たぶんですけど、私が思うに妹のマーニュさんはまたここに来るんじゃないかと思っているんです。盗賊という職業もそうですけど、店員さんの言う感じでは肩身の狭い思いをされていると考えていいでしょうし、そう顔の効くお店もないでしょうし」


「ということは、少し待ってみた方がいいってことだね」


「二、三日しても来ないようでしたら、心当たりのある場所から少しずつ探してみるといいと思います」


 ミルミルの言うことは説得力があった。確かに、そのほうが確実性もあり懸命な判断であると言える。


「ありがとう、ちょっと冷静さを欠いていたよ」


 半分以上ミルミルが原因の動揺だったんだけど、本人はそんなこと知る由もないだろう。


 そのあとは店にあるお茶菓子を僕持ちで食べ合いながら、他愛もないことを話していた。要所要所でミルミルのパーソナルなことについて、聞いてみようかとも思ったが、そういう話は時が経て自然に彼女から言ってくれるのを待つことにした。


 ミルミルはと言うと、まるでこれまでの彼女は仮面を付けていたのかとでも言うような変貌ぶりだった。面白い話では笑うし、興味深い話なら考え込むし、寂しげな話なら眉を下げる。そこにいたのは可愛い一人の女の子だった。


 僕は夢中になって話していた。普段はどちらかといえば聞き役に徹することの多い僕だけど今に限って言えばおしゃべりでひょうきんなキャラクターだ。僕の言葉に一々喜び、笑い、真面目になり、考え込む。そんな彼女の姿を見ているのが楽しくて仕方がなかった。嬉しくてたまらなかった。こんな時間が永遠に終わらなければ、時よ止まれ!! とさえ思った。でも時間は恐ろしい程早く過ぎ去っていき、いつの間にかミルミルがいつも帰る時刻をとっくに過ぎていた。


「あ、もうこんな時間。ごめんね、長々と突き合わせちゃって」


「いいえ、私も今日はすごく楽しかったです」


 本当は時間なんか知らないふりをしてしまおうかとも考えたが、結局僕は時刻を告げてしまった。彼女の言うとおり僕はへっぽこなのかもしれないな。


「途中まで送っていくよ、もう結構暗いし」


「あ、その話なのですが……」


「?」


 上着を羽織って一応のため、自分の武器を腰に提げたところでミルミルが僕の上着の裾を掴む。


「えっと……今日は、このまま……あの」


 さっき僕は、時よ止まれ!! と思った。


 今まさに、本当に止まってしまったかのようだった。目の前が、真っ白になったんだ。

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