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集う思い


 なんと今日は新しいお客さんが来た。ミルミルではないお客さんということだ。もはやお客さんが来る来ないではなく、ミルミルがいつ来るか来ないかを考えていた僕にとってちょっとしたハプニングとも言えた。およそ接客をする人間とは思えない程の僕の無愛想で迎えられたそのお客さん、ミルミルより背が小さくて幼げな印象を受けるその少女は黒いショートパンツにキャスケット帽、肩を露出した身軽な衣装とそれだけ見ればおマセな女の子だ。


 鋭く伸びた前髪からチラつく赤眼はどこか相手を恐怖させるような程深く染まっていた。店に入ってくるやいなや商品には見向きもせずにこちらの方にズンズン近づいてくる。一歩、また一歩彼女がこちらに来るたびに僕も一歩ずつ後ずさりしたくなる。


「……大変」


「へ?」


「負けちゃて大変なのッ!!」


 無邪気に駄々をこねるような動作で、彼女はそんなことを言った。汗を飛ばしながら必死に腕を広げて何かを伝えようとする少女。小さな体を大きく動かして地団駄を踏みながら、それ以上を話せないでいる少女に僕はどうしていいのかわからない。


「えっと……何に負けたのでしょうか?」


「でっかいコウモリ!!」


「…………」


 どうしてこうもここに来る人はみんな特殊なキャラクターなのだろう。この子もまた自分の世界をベースに会話を展開していくタイプの女の子なのだろうか。世界観がわからないからどう相手をしていいものか分からない。でも彼女は本気で慌てていて全身の動きでそれを必死に伝えてくる。


 そこで少し考えて、なんとなく察しをつける。多分これはダンジョンのお話なのだろう。彼女の格好を見るに身軽な装備で整えられたハンター系のジョブを持っているのだろう、近くのダンジョンにいたコウモリに挑んで負けてしまった、という意味なのじゃないか、そう僕は考えた。


 そもそもここはダンジョン近くに建てられたアイテムショップなのだ。そういうお客さんで賑わうべき場所なのである。


「もしかしてそこのダンジョンに挑んだんですか? ここは結構レベルの高いダンジョンですからね、ここでしっかり準備を整えてはいかがですか?」


「……そうなんだ。ここはアイテムショップ、回復薬も、武器もある!! うん、準備整えていく!!」


「それはよかった、誠心誠意助力させていただきますよ!! まずは武器から見直してみたらいかがですか?」


 本当に普通のお客さんだったみたいだ。たぶんミルミルが来るのはもう少し先だ、またおみやげ話がひとつ増えるぞ。いや、それどころかミルミルにつづき久しぶりのお客様だ、これは素晴らしい流れなんじゃないか? ここからクチコミとかで広まっていってくれれば万々歳だ。


「うん、武器はコウモリに壊されちゃって!! 新しいの欲しいと思ってたの!! あと痛いの治るやつ!!」


「回復薬ですね、それも用意します。それでは職業をお教えしてもらってよいでしょうか?」


「盗賊!!」


 おっと。アイテムショップ的には不穏な匂いのする職だぞ。読んで字のごとく、盗みを図る賊なんだもんな。多分この子は大丈夫だろうけど、一応気をつけておかないと。


 盗賊の武器は主に短剣だ。ダガーやナイフ、双剣なんかも得手としていることが多い。彼女の壊れた武器を見ると、逆手持ちタイプのダガーだったため、良さそうな武器をいくつかリストアップしてみる。


「うわぁ、カッコイイ武器がいっぱい!! これも、これも!! すごいすごい、お兄さんかっこいい!!」


 分かりやすくパタパタと喜ぶ少女を見て、なんだか久々に商売者としての喜びを味わった。武器がかっこいいだけで僕は何もしていないけど、それでもなんだか自分が売っている武器を褒められるというのは嬉しいものだ。


「予算はどれくらいでお考えですか?」


「えっとねー、うーんとねー」


 そう言いながら盗賊の少女は胸元から小さな小包を取り出し、大雑把な手つきでカウンターに広げる。ジャラジャラと小銭ばかりが出てきたが、数えてみれば結構な額だ。


「これで買える分!!」


「たくさんお金持っているんですね、これなら好きなの買えますよ!!」


「ホント? やったぁ、どれにしようかなー?」


 一つ一つ武器を手に取り、触り心地や振り心地を確認していく少女。瞳を輝かせて一喜一憂する姿は何事にも全力で反応する元気な子供のそれだった。

 

 ふと、ミルミルもここまで感情をあらわにしたりするのだろうか、なんて考えていると、突然店の扉が叩き開けられる。


「マーニュ、こんなところにいたのね!!」


「うわぁ、イヴおねえちゃん!!」


 イヴと呼ばれた女性、盗賊の少女と同じ格好で背や体格からして彼女よりも年上。またとてもよく似た赤眼を輝かせていること、盗賊の少女がおねえちゃんと呼んだことから二人が姉妹であることがわかる。


 盗賊姉妹の姉、イヴは心配そうな表情でマーニュに駆け寄ってほっと一息つく。


「ひとりで勝手に動いちゃダメって言ったでしょ!? すごい心配したんだから!!」


「だってお姉ちゃんがコウモリに攻撃されて困ってたから、なんとかしないとと思って」


 わたわたと身振り手振りで事の説明をし始めるマーニュ。どうやら二人は一緒に近くのダンジョンに潜り、コウモリとの戦闘で姉のイヴが妹を庇って一人攻撃を受けたところで、マーニュがどうにかしなければという必死な思いでこのアイテムショップに飛び込んできた、ということみたいだった。


「迷惑をかけてしまってごめんなさい」


「いえいえ、迷惑だなんて。それどころか僕の店の武器をすごく楽しそうに見てくれていたので、僕も嬉しくなってました」


 理由はどうあれ勝手に行動したマーニュはイヴに叱られてしょんぼりしていた。さっきまであれだけ喜んでいたのを見ていたので、ちょっとかわいそうだ。


「あの、あんまり妹さんを叱らないであげてください。たぶん彼女も必死でお姉さんを助けたかったんだと思います」


「……そうですね、何から何まで本当にすみません」


 誤ってばかりの姉を見て、妹のマーニュは少し不安そうにしていた。僕はそんなマーニュに笑顔を見せるものの、マーニュの表情は晴れない。


「ねえ、おねえちゃん。痛いの治るやつ、買っていかないの?」


 マーニュは悲しげな表情で姉を見上げた。一方のイヴも浮かない表情で顔を上げると、少しの間黙っていた。そして、一度優しい笑顔を見せて妹に語りかけた。


「ねえマーニュ。あなたここで何か欲しいものを見つけたんじゃないの?」


「え? う、うん。このお兄さんが見せてくれたかっこいい剣……は、い、要らないよ!! 私、痛いの治るやつが欲しい!!」


 その言葉を聞いたイヴは、ゆっくりと腰のポーチを出して口を下にして振り、ある分全部のお金を出した。


「あの、これでその剣は買えますか?」


 イヴは屈託のない笑みで僕にそう聞いてきた。見てみると、丁度マーニュの欲しがる剣がひとつ買えるくらいのお金がそこにはあった。しかしここで一つ疑問が浮かぶ。おそらく実力も性格も姉の方がしっかりしているというのに、持っている金額は妹のマーニュの方が断然多いのだ。約五倍近い額をマーニュは先ほど出していたのだ。


「いいよおねえちゃん!! 私別に自分のこのお金で買えるから――」


「――マーニュ、そのお金は決して使ってはいけないと言ったでしょ?」


「あ……」


 押し黙ってしまうマーニュ。そんな妹の頭を優しく撫でたイヴは小さく、ごめんね、と呟きまた僕の方に向き直った。


「それで、あの……」


「あ、えっと、大丈夫ですよ。丁度このお金で買えるだけの金額です」


 僕はいろいろ考えていて、咄嗟にそれしか答えることができなかった。この二人には込み入った事情があるのは明確だ。でもそれを聞くのはさすがにどうかと思う。気を使って金額を下げたり譲ったりするのも姉の振る舞いを見ていると良い行動とは思えない。マーニュがさっきからずっと回復薬のことを気にしているのも気がかりだ。


「じゃあ、その剣をこの子に」


「あの、あの、おねえちゃん、私、本当にいらないからね、だから傷を治す薬を……」


「マーニュ、嘘はダメだよ。嘘つこうとすると焦って言葉を二度繰り返すクセ、おねえちゃん知ってるんだから」


 しゃがんで目線を合わせ、イヴはまたマーニュの頭を撫でて滑り落ちるように頬も撫でた。そんなマーニュはこの状況がイマイチよく分かっていないようだった。


 しっかりと代金を頂き、逆手持ちの黒光りする彼女の言うとおりかっこいいダガーを手渡すと、マーニュは一瞬瞳を輝かせ、胸を沸き立たせ、そして直ぐに自粛するようにはっと胸を押さえつけた。それをみたイヴは一瞬だけ顔を歪め、そしてまたすぐに笑顔に戻った。


「かっこいいダガーね。さすが私の妹、見る目あるじゃない。これでおねえちゃんのこと守れるくらい強くなってね」


 そう言って、イヴはまた僕に一礼してから背を向け、店を後にした。イヴに手を引かれるマーニュは僕とイヴに視線を行ったり来たりさせながら、ゆっくりと歩みを進めていく。もう僕は回復薬を右手に握りしめていた。これは決して安いものではない。回復薬は貴重でダガーと同じかそれ以上するくらいた高価なものなのだ。でも僕はそんなお金のことなんてどうでもいいからこの回復薬を今すぐ届けに行きたかった。


 でも、彼女は必死に伝えてきたのだ。言葉には出さず、真紅に染まるその双眸で――


 ――どうかこのままで。


 と。


 僕は、《何もできなかった》。


 最後まで、マーニュは僕とイヴに何度も訴えかけるような視線を投げかけていた。


 扉が締まる直前、イヴは僕のことを見ていた。


 瞳をかすかに潤ませたすべてを包み込むような、そんな笑顔で。


 ――ありがとう、と。

 

 そう言っているかのような。

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