不思議系
同シリーズ《勇者の僕が魔王と間違えて王様を殺っちゃったお話》と共通した世界での出来事であるため、前作を読んでから読んで頂ければ少し話が見えてくるかもしれません。もちろん、前作を読まなくても問題はありません。
ここまで売れないのはもはや褒められていいレベルだと思う。
そう思うようになったのはつい最近の話ではない、このアイテムショップに勤めてからというもの毎日のように考えている。
敢えて人が集まる街中を避け、ダンジョンすぐ近くの荒れ道にひっそりと立つこのオンボロな店は紛れもないアイテムショップだ。
どういうわけか、ここの店主は僕が働き始めた途端に行方をくらませ、今では僕ひとりでこのお店を切り盛りしている。何故こんなところにアイテムショップを建てたのか、それはほんの些細な店主との日々で明らかとなっていた。
どうやら、店主はもともとダンジョンを攻略し悪しき魔物を退治する剣士だったらしいのだが、常日頃からダンジョンから遠く離れた街にしかアイテムショップがないことに頭を悩ませていたのだという。本当にアイテムが必要なのは、ダンジョンに挑む時であり、ダンジョンの近くにお店があったほうが絶対に便利なのに、と、ずっと考えていたのだという。
そういう経歴があって建ったこのアイテムショップ、勤めて数ヶ月になり愛着というものも芽生え始めてきた。仕事も慣れてきたし、困るようなこともなくなってきた。
ただ一つ、お客さんがいないこと以外は。
最初は僕もダンジョン近くにあるアイテムショップと聞いて、便利そうな印象を受けた。ダンジョンに挑む際、態々街からアイテムを持ってくることもなく、手ぶらでダンジョンまで行き、そこにあるアイテムショップで必要な回復アイテムなどを揃えればいいのだから。
だけどいざ働いてみるとまるで客が来ない。一日誰も来ないことなんてザラなのだ。要因としては外見がオンボロなのと、この店の近くにあるダンジョンの攻略難易度が少し高めだということだろうか。だからこそのアイテムショップなのだけど。
売っているアイテムだって豊富だ。回復薬に状態異常耐性の薬、武器防具だって取り揃えている。
でもお客さんが来ない。もはやあきらめも通り越してどこまで来ないのか一人ダービーなんかしていたりする。
今日は来るか、いや、こないだろう……でも待てよ、今あの正面に見える人は来るかもしれないぞ……なんて。
そうして日々暇を潰すだけの生活が続いていたある日のことだった。
ついにお客さんが来たのだ。約一〇〇日ぶりのお客さん。しかも女の子だ。さっきも言った通りここは少し難易度の高いダンジョン付近のアイテムショップだ。もし人が来たとしても無骨な装備で身を固めた男剣士などが多い。
でも今店の門を潜ってきたのは年端もいかない無垢な少女だ。手を加えたこともないようなほど純粋にただ綺麗に肩へ落ちるショートヘア、衣服も間違ってもダンジョンを攻略するような装備ではなく、色彩穏やかなローブのようなものを纏っておりその中に見え隠れする服は見えにくいけど、間違いなくお洒落な女の子の衣装だ。
まず最初に、何しに来たんだろう、という疑問が浮かび、次に、それにしても可愛い子だなぁ、という率直な感想。次いで、あ、お客さんじゃん、という驚き。今日は誰も来ないと予想していたため大敗だ。
その子は店に入るなりキョロキョロと店内を見回し、摩訶不思議な世界を目の当たりにしたかのような表情で固まっていた。
凍りついて動かない少女に声をかけようかどうか迷っていると、ようやく気を取り直した少女がこちらに気がつく。するとまた表情を凍りつかせ、驚くでも喜ぶでもなく、完全なる無表情でカウンターまで歩み寄ってきた。
そして、大きく息を吸って拳を握り締め、こんなことを言ったのだ。
「……私が見えますか?」