夢現(ゆめうつつ)最終回
そして、その一人一人と目合わせし、それが終わると薄暗く深い森の中へとその姿を消していった。
「この切れ端どおりに進んでいけば里への入り口とされる洞窟に辿り着き、あとはまっすぐだ」
クニ子ばあちゃんに渡された地図を頼りに真治はまっすぐ里へとその歩を進めていた。
この森は曰く付きの森であると聞いたことがある。
絶滅したはずの狼や熊、物の怪まで住み着いていると武治に聞いたことがある。
今
思えば、息子である自分を里に近寄らせないための作り話だったのかもしれないと思いたいところだが、真夜中に狼らしき遠吠えを聞いたことがあるので作り話だけとも思えない節もある。
「洞窟はいつ見えてくるのだろう」
歩いても歩いてもそれらしきものは見当たらず、少し休憩を挟もうと目に付いた大きな切り株に腰掛けたときだった。
「その切り株も森も悠久のものだと知っていて座っておるのか」
何処かは分からないが声がする。その声は森一面にこだまする様に響いていた。
「悠久のもの?」
悠久と言う言葉は知っていた。
悠久とは永遠と言う意味だった。
しかし、黒葬に辿り着く前に絶滅種よりも何か人間らしきものに出会うとは真治も思いもしなかった。
「すいません、悠久とは永遠という意味だとは知っているんですがあなたは誰ですか?」
真治はいつも以上に、丁寧に真面目な質問を見えない相手に聞いてみた。
「それが答えだ。この森の中に入ってはいかぬ。この森の声を耳にしたときはこの森からも出られぬ。この森に質問すると言うことは悠久の時間と自分を重ねられるものしかおらぬ。お前は悠久に選ばれたものだ」
悠久に選ばれるとはどういう意味なのか真治には全く理解できなかった。
しかし、今回は声の場所を突き止めた。
その場所は自分の目の前にあった。
普通ならそんなものが目の前にあったら気付くはずだが、いきなり現れたのかもしれない。
黒葬への洞窟が手招きするように口を開けていた。
「今まで深い森の中にいたはずなのに、いきなりどうして」
真治は少し戸惑いながらも、その洞窟へと近づいた。
それと同時に洞窟の中は一気に明るさを増した。
どうやら洞窟内にある蝋燭らしきものすべてが灯り始めたようである。
「お前を迎えいれる。さあ、入りなさい」
洞窟の奥から声が聞こえた。
そのまま導かれるようにこの突如として現れた洞窟に安易に入ってもいいのか、どうなのか、真治は正直そこから動けずに立ち止まっていた。
「真治よく来てくれたね」
過去に聞いたことのある女性の声がした。それは懐かしくも温かい聞き覚えのある声だった。
「もしかして、母さん」
記憶の中の思い出の欠如とともにその面影も声も未だに鮮明には思い出せないがそれでもそう感じれたのは血の繋がりの成せる力なのかもしれない。
「お前がここを訪れると言うことは武さんはもうこの世にはいないということだね。これで最後の神さまはこの里に帰ってこられることになった。悠久の鬼に選ばれたのは真治ということか」
「悠久の鬼?僕が選ばれた?」
村でもそうだったがここに来てもまた分からない事だらけでその度に納得理解しなくても強制的に学習していかなくてはいけない場所と未来の扉を開いてしまったのかと真治は勝手にすべてを飲み込んだ。
どういうことなのかはまだ知らないまま。
「さあ、この洞窟の中に入りなさい。ここが里の入り口だよ」
ようやく決心がついたのか、真治はその洞窟の中に足を踏み入れたそのときに空間の歪みが生じた。
その瞬間にそこはさっきまで目にしていた洞窟ではなく、なんと小さな村の集落だった。
「一体どうなっているんだ」
真治は目を疑った。洞窟が一瞬にして村に化けたのだから、しょうがない。
「真治おかえり」
先程までの声より少し力もなく、弱弱しく聞こえる声がする。
「おばあちゃん?」
何となくだが真治はそう感じた。
「分かるのかい?真治」
「分かるというかそう思うというか」
記憶の欠如したままなりにも第六感で感じているといった方が正しいのかもしれない。
「そうか、そうか。よく戻ってきたね。お前が最後の悠久の鬼だ」
まだ幻覚の中にいるのか村もなんだかぼやけて見える。
そして、黒い影が見えたあのときと同じように真治は深い眠りに就いていた。
「悠久の鬼・・・」
そう声を漏らしながら、真治の体が深い眠りに陥るころ、村と里とを繋ぐ洞窟はいつの間にか、またその口を閉じ、辺りは深い森へとまた姿を変えてしまった。