表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢現(ゆめうつつ)  作者: 千波幸剣(せんばこうけん)
1/6

夢現(ゆめうつつ)①

(書き手 by daylight)



人知れず静寂を纏う奥深い森がこの世界のどこかに存在する。


その奥深い森の中には眩い光と霧に隠された山里があり、悠久の鬼と云われる何者かが潜んでいるという。。


しかし、その里の名を口にするものは一人として存在してはいけない。


もし仮に偶然にたどり着き、見つけてしまっても近づいてはいけない。


いつの頃からだろうか、その里の名前はその周辺住民の人々にはこう呼ばれるようになっていた。


黒僧さん


本当の里の名前を知っていた村々では危険の極みとしてその真実の名を受け継がれる事もなく、この呼び名がその里の意味を表すようにこの山里の場所もその意味を考えたり、探ろうとするものも一人としていなかった。


ある出来事が起こるまでは。


「おい、真治、本当にこんなものが上流から流れついてきたのか、嘘じゃあるまいな」


神妙な顔つきでその漂着物を手に持ち、考え込んでいるのは真治の父親の武治だった。


「間違えない。というより、下流から鮭のように上ってくるものなんてこの村では、ありはしないし。その前に鮭が上がってくるような村じゃない。それよりこれは一体何なの?父さんは知っているの?」


「これはなあ、この村で受け継がれている伝説上の話では神流しといって、この日本という国の神様が御独りこの国を離れていったときにその証に黒僧さんたちがそれを伝えるために流すと云われている御神木の欠片だ。その御神木の欠片に刻まれている文字は悠久文字と云われ、またこの地に再び神々に帰り給えという祈りが掘り込んであるらしい。昔、じいちゃんが生きていた頃に聞いた事がある」


「じいちゃんといえば子供の頃に村から外れた山奥で道に迷ってしまって、あの黒僧さんに住んでいる人に村まで送ってもらったことがあるんだよね。村では未だに何かの話のついでに話題にあがるよね、賢治じいちゃんのその話」


「黒僧さん関連の話題は口にしてはいけないといいながら、この村の人たちはじいさんの話だけはよくするなあ。」

「でも、あの話自体、この村の人は誰も信じていないからだよね」


「信じるも信じねぇもそんな里が存在するわけはないと思っているからなあ、大部分の村人は。それに」


というと武治の口元は動かなくなった。


「もし、本当の出来事なら、生きて帰って戻れているわけがないと言いたいんだよね」


真治はその先の言葉を当てはめるかのように答え、そして続けた。


「それで、父さんはどう思っているの、黒僧さんと云われている里のこと」


真治の真剣な眼差しが武治に向けられた。


「わしはあると思うよ。こんなにすごいもんが上流から流れ着いてきたという事実がすべてだな」


武治はそう話すと真治の方をじっと見た。


「で、これ、どうすればいい」


少し間を置き、武治が答えた。


「どうするもこうするもないが、村の人たちには黙っておかないとダメだな」


思いもしない武治の言葉にその意味を理解できない真治の表情。。


「なんで」


間髪いれずに自然に僕は聞き返した。


「神流しはこの村に災いをもたらすと云われているものだから、誰も見たくない。話も聞きたくもないだろうしなあ」


納得できる答えを返してきた父に僕は何も言えなかった。


しかし、僕は気づいてしまうべきだったのかもしれない。


いや、気づけなかったのか。


あの時、何かを言おうとして飲み込んだ言葉が僕にもあった気がする。


だけど、不思議と思い出せない。


脳裏の奥で思い出すのを拒んでいるようなぼやけた感覚がいまだに漂っている。


しかし、何故、父さんは神流しの事をこれほど詳しく知っていたんだろう。


じいちゃんが死んだ後に、親一人、子一人で過ごしてきた二人きりの家族の会話の流れの中で黒僧さんの話は


これが初めてだったことを今更気づいても過去は変わらない。


僕も僕でしかないのだ。


第三者の僕が横で見ているとしたら冷静におかしい話題をしているはずだ。


それにすらすらと答えを出す父さんの姿はやはりおかしいはずだ。


しかし、あの時は、そんな事を感じないまま、二人の会話は続いていく。


「えっ、そんなにやばいものを俺は見つけてしまったのか。この村の災いの元凶になるのが俺」


苦笑いをしながら、まだ半信半疑な僕がいた。


「でもなあ、父さんはそんな風には思っていない。黒僧さんがいてくださるから古くからの神々さまはこの国に住んでいなくても舞い降りてきてくださる。神流しは今の時代、寂しいことかもしれないが、まだこの国に神々さまがおいでてくださる証でもあるということだからなあ」


「今の時代、寂しいこと?どういうこと?」


何を言っているのか考えるよりも僕はただただ質問をしていた。


「神頼みをしても、今の時代は神様が降り立つことはない時期に入っている。だから、どれだけ願掛けをしてもその想いだけ参りに来た人間に寂しさをもたらす事もある。その想いが大きくなれば、やがてその想いは闇に溶け込んでいくものもある。」


「そうなるとどうなるの?」


「昔の言葉で言えば、飢饉や飢餓や争いが蔓延していく。今の時代なら経済の崩壊、自然災害、精神の破綻、戦争規模の拡大になりかねない」


「今の時代だと精神の破綻って」


「それは今の時代特有なことだからなあ。困った時の神頼みはする、自分の人生の中にしっかりと神様を持たない人間が多いからなあ。最近は宗教の中でも自分を生き神や神様の生まれ変わりとして上に立つものもいるが、この国の古来からの神様といえば、自然神だから、どこにでも存在するし、どこにでも存在しない。人間が作った宗教のようにその教えを広めるという行動もすることもない。その維持のために寄付を募ることもない。信じることへの強制もない。信じる人の心の中に存在していれば、その人間はそういう風にて生きていくし、死んでいく。他人の目を気にしてはいないが、他人の目のない場所でも絶えずそこに存在する神様だからなあ」


「それだと手を抜く暇がないような」


「やっぱりそういう答えになるか」


あきれたような武治の言葉が返ってきた。


そして、話を続けた。


「手を抜くも何も、神様と会話しながら生きてきているんだから、楽しいことだ」

神様と会話?」


「真治お前もよく経験していることだぞ。手を抜くとか言葉が出るということは感じていないんだろうけどな」


「よく経験している?」


「父さんは怖くないの」


「何を怖いことがあるか。有難い事だ」


「有難い事か」


あの日からちょうど一月後、父の武治は突然の心臓発作でこの世を去ったことになっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ