隣の男の子。
流石にもうカエデもクタクタだった。
家に帰って、溺れながらお風呂に入ると、泥のように眠った。
それからしばらくは、お兄ちゃんたちも周りの人も、何となく優しい気がした。
すぐに変わらない日常が戻ってきたけれど。
先生に頼まれた本を図書室に返した帰りだった。
タケシくんが、廊下で人待ち気に立っていた。
まさか自分だとは夢にも思わないカエデは頭を下げて、通りすぎようとする。
「ちょっとアンタ。いい?」
ついて来いと、長い指で手招きされて、訳のわからないまま裏庭に連れて行かれる。
「……悪かったな」
唐突に謝られて、全く身に覚えのないカエデはキョトンとしていた。
タケシくんは苦笑する。
「海で溺れた時、アンタの側にオレいたんだ。アンタがよろけてきて、オレ又かよと思って避けたんだ。そしたら海に落ちて……」
タケシくんの告白にビックリする。
彼は全く悪くない。
寧ろ悪いのは、策略をしていたカエデの方だ。
それに、タックルしてイヤな思いさせてたのも。
ぷるぷると、思いっきり頭を横に振る。
「オレ、アンタみたいなタイプ苦手なんだわ。女々してて、赤くなったり俯いたり。突拍子もないことしたりする。計算入った女っぽいの」
女の子っぽいと生まれて初めて言われたカエデは、意味がわからず呆然としていた。
「オレん家この島来たの。転居時の条件が一番良かったからで、うちの母親、不倫して店の金持ってトンズラした、サイテーなヤツなの。そんな母親見てきたから、女に対して醒めてんのよ。特に女っぽいヤツには嫌悪感があるの」
はぁ。
そっぽを向いて、何かを吐き出すように話すタケシくんは、カエデに頷く隙も与えてくれない。
「アンタもそういうタイプだと思ってたけど、料理とか普通に上手いし、年下の面倒も見てるし、家事も一人でしてるって聞いて、あれって。なんか違う気がしてきて」
「……とにかく、海のことも含めて謝っとくから」
タケシくんは深く頭を下げると、そのまま顔もあげずに走り去ってしまった。
男前が見れなかったよ。
まぁ、恥ずかしくてまともには見れないんだけどね。
後ろ姿も格好いいなぁ。
足長いよなぁ。
それにしても一体……。
タケシくんは何が言いたかったのだろう? さっぱりわからない。
「ハナコちゃん、謝られたよ」
「そうですね。彼はカエデちゃんのこと誤解しているようですね」
「そうだよー。海のことも含めてって……あ。もしかして、私フラれたってことかな?」
「どうしてそうなります?」
「だって、嫌いなタイプって。私のこと言ってたよ。涙が枯れるまで校庭走って、蜜柑の缶詰め山盛り食べないとダメなのかな?」
それは某映画のパクリになりますよ。
缶詰も蜜柑じゃないし。
賢いハナコちゃんは、スルーしておく。
「彼は誤解してますよね。でも、まぁ、それでも良いかもしれませんね。タケシくんも素敵ですが、もっと素敵な人は、案外身近にいるのかも知れませんよ」
「え?素敵な人?ダレ?」
「……取り合えず、のづちさんに、おはぎを持っていかないといけません。約束しましたから。アキラくんに手伝ってもらったらどうですか?」
「え~アキラに?」
「おはぎ作るの初めてでしょ?沢山だと力仕事ですよ。のづちさんにはアキラくんも、面識ありますから」
「そっかー、そうだよね。アキラ誘って来るわ」
単純なカエデは颯爽とアキラを探しに行く。
ハナコちゃんは、満足そうに微笑んでいる。
ハナコちゃんの言うことは、いつも間違いない。
カエデは教室にいる、アキラにチョップを喰らわしながら命令する。
「アキラ、放課後うちに来な。おはぎつくるよ」
ワケわからないアキラは、もちろんカエデにお持ち帰りされる。
アキラとカエデが仲良く帰る後ろを、ハナコちゃんがついてくる。
「ハナコちゃんは、幾つ食べる?」
「二つで」
「アキラは?」
「僕は三つ?」
「男なら10個くらい食べなよ!ヨーシ。50個つくるぞ。あ、やっぱりムリかも。小豆ももち米も、水にかしてないよ。今日はおはぎは無理だわ。クッキーでも焼こうか?」
カエデの問いかけに「カエデのクッキーは旨いからな」と、アキラくんは優しく答える。
それをハナコちゃんは、幸せそうに見つめていた。
島は収穫を待つばかりの柑橘の甘い香りに包まれ、三人は笑いながら畦道を歩く。
すっと小人がアキラの足元をくぐり抜け、密柑山の向こうでは、のづちさんとやまびこが昼寝をしている。
ブクブク泡がたつ海の底ではかんぎ小僧くんと牛鬼が、勝負の相撲をとっていた。
足鹿島は、穏やかな秋に色づいている。
平凡で平和に色づいているよ。
おしまい。