やまびことのづちさん。
カイがいない?
「僕たちが海に落ちた後、大騒ぎになって、大人を呼びにいったり近辺を捜索してるの間に、カイがいなくなったんだ」
「まさか、海に!カイも海に落ちたんじゃあ?」
「わからない。落ちる音は誰も聞いてないけど、混乱してたやろから」
「海はワシに任せや」
かんぎ小僧くんが、カエデとアキラを見やる。
「え。え?おまえ……」
かんぎ小僧くんの姿が見えたのか、驚くアキラを無視して海に飛び込むと消えて行った。
「後は山ですね」
ハナコちゃんが、山の方を向いて叫ぶ。
「こだまー。山のものに伝えてー。子供を探してるのー。男の子なのー」
「ハイハイサー」
山の方から声が返ってくる。
やがて、ハナコちゃんの声が山に何度も響く。
「子供を探してるのー。男の子なのー」
呆然と、アホみたいに、アキラは立ち尽くしている。
「ヘへ。前に紹介した時は見えなかったみたいだけど、今回は大丈夫だよね。座敷わらしのハナコちゃんです」
ハナコちゃんは、アキラにペコリと頭を下げた。
「カエデちゃんの友達のハナコです。宜しくお願いします。カエデちゃんを助けてくれてありがとうございます」
おかっぱ頭が可愛らしく揺れて、アキラは、ハッと我に返る。
「いや、アキラです。宜しくお願いします……」
アキラは、カエデの顔を覗き込み、マジカヨーと、呟いた。
マジです。ハイ。
「海に潜ったのはかんぎ小僧のかんぎくん。彼は海が得意だから、私たちは防波堤の方に戻って、陸を探そう」
まだ、理解しかねてるアキラを引っ張って、叔父さんの船に乗せてもらう。
「カエデちゃん。無事で良かったよ」
「心配かけてすみません。アキラのおかげで助かりました」
「なーに言ってんだよ。後はカイを見つけないとな。袋に着替え入ってるからね」
叔父さんは、着替えまで用意してくれていた。
ありがたい。
体が冷え切っていたカエデは、暖房を効かせてくれた船内の奥で、トレーナーとジーンズに着替えた。
頭もタオルで拭き取り乾かす。
「カイ、山に行ったんじゃあないよね」
「まだ、六歳だからなぁ、それも有り得るぞ。僕たちを探そうとして」
船は内港の桟橋に着いた。
無線連絡がいっていたのだろう、お母さんと叔母さんが待っていた。
「カエデ……」
お母さんに、ぎゅっと抱き締められた。
「ごめんなさい」
優しく髪を撫でられる。
「お父さんや島のみんなは、カイを探してるの」
「私も探す」
「カエデ、あなたは家で休んでなさい」
「大丈夫だから。アキラと一緒に近くを探すから」
カエデはアキラと目配せをする。
「無茶しないでね」
頷いてカエデは、アキラとハナコちゃんと山へと向かった。
「ハナコちゃん、町中は島の人たちが探してると思うから、蜜柑山に行ってみよう」
「はい。やまびこにお願いしたから、もうすぐ返信が来ると思います」
やまびこって、ヤッホーのやまびこだよね。
「子供おるで。半ズボンのガキんちょ」
山から言葉が返ってきた。
「山のようです」
ハナコちゃんが微笑む。
「蜜柑山の麓に連れてきて~」
ハナコちゃんが叫ぶと、またこだまする。
「密柑山の麓に連れてきて~」
不思議だねぇ。
「山に登って行き違いになるより、ここで待っていた方がいいと思います」
日はもうすっかり暮れていた。
カエデたちは、懐中電灯も持っていない。
二次遭難する可能性もある。
カエデは信じてハナコちゃんの言葉に従うことにした。
段々畑の隅に座り込む。
密柑を三個もいで、ハナコちゃんとアキラに手渡す。
収穫にはもう少しかな。
まだ、固い。
甘酸っぱい香りを匂ぐと、なんだか安心した気持ちになる。
「お待たせしましたなー」
10分程待っただろうか。
しゅるしゅるしゅると、砂煙と一緒に山から長い生き物がおりてくる。
全身が毛むくじゃらの蛇のような生き物が、カイくんを背負って山をおりてきた。
毛むくじゃらの大蛇?
流石のカエデも硬直している。
すっかり妖怪が見えるようになってしまったアキラも、一歩後退る。
「のづちさん。ありがとうございます」
ハナコちゃんが、丁寧にお礼を言いカイを受け取ろうとする。
カイは、眠っているようだ。
ハナコちゃんは、カイを受け止められないようで、少しよろける。
カエデは直ぐさま、ハナコちゃんとカイを助けて、アキラの背中に眠っているカイをおぶさせる。
「のづちさん。助かりました」
カエデも頭を下げる。
のづちさんは、わしゃわしゃと全身を揺らせる。
ビヨーンと弛んだ皮膚と毛も揺れて、それはちょっとユニークな光景だった。
「いいってことよ。あんた、トミコさんの孫なんだろ。トミコさんには世話になったよ」
お婆ちゃんは、妖怪たちにどんなことをしていたんだろうか。
カエデは、頭を傾げる。
「のづちさんの好物は確かトミコさんのおはぎでしたよね。カエデちゃん、今度作って貰えませんか?」
「え~。おはぎは未体験だなぁ。でも、頑張って作ってみるよ。出来たら持ってきますね」
のづちさんは嬉しそうに、体を上下にクネらせた。
のづちさんとやまびこさんにお礼を言って、カエデたちは、みんなの元ヘと戻った。
カイを見つけて、泣いて騒いで、その騒ぎにカイが起きてまた泣いて、こんなに人が集まる島の夜は、久しぶりだった。
海からひょっこり顔を出したかんぎ小僧くんが島の様子に頷いて、また海に戻って行った。
長い一日がようやく終わろうとしている。