豪傑な時代を生き抜いた人。
みんなでディズニーのアニメを見ながらごろごろしていた。
もう料理もデザートも食べ尽くして、お煎餅とかりん糖とクッキーを出せば、食料庫に目ぼしいものは無くなった。
みんな、よく食べるなぁ。
「散歩に出たらどうかなぁ~体を動かしたいなぁ~海が見たいなぁ~」
ハナコちゃんが、お菓子を奪い合っている子供たちの間を、唱えてまわる。
「なんか、外出たくない?」
「海行こうよ。海」
お。みんな乗ってきたぞ。
姿の見えないハナコちゃんに誘導されて、七人で、防波堤に向かった。
一番後ろから、タケシくんもだらだらとついてくる。
「もう泳げんなるねぇ」
「まだいけるやろ」
「ほなら、あんた飛び込んでみいや」
カオリちゃんやリョウタが、キャーキャーはしゃいでいる。
「カエデちゃん、いきますよ」
「ヘ?」
次の瞬間、間抜け顔のままカエデは海に転落していた。
およそ10メートルはある防波堤。
バシャンと大きな波しぶきがたち、悲鳴があがった。
「キャー」
「カエデちゃんが落ちたー」
カエデは両手をバタバタさせながら、顔を浮かばせたり沈んだりを繰り返していた。
隣にはかんぎ小僧くんがいて、カエデをわざと沈めようとしているのだ。
何でやねん。
あんた助っ人要因やないの。
浮こうとするカエデはブクブク沈みながら、かんぎ小僧くんの裏切り行為に憤慨していた。
バシャーン!
誰かが飛び込んだ。
タケシくん?タケシくんなの?
「カエデー」
水を含んで重くなった体を抱き抱えられ、陸へあがろうと引っ張られる。
急に波が高なる。
大きくうねり、次に来た高波に全身がのまれる。
「あ、こりゃあかん」
かんぎ小僧くんの動揺した声が聞こえた気がした。
カエデともう一人は、波にのまれて、あっという間に沖へと流されていく。
ブクブクと沈む体を抱きかかえてくれる人も、海の力に負けて、一緒に沈んでいく。
助けてー、誰か。
ハナコちゃん。かんぎくん。タケシくん。
たすけ……。
そこで、意識は途切れた。
目を開けると、心配そうに覗き込む、六個の目があった。
つぶらな瞳のハナコちゃんと、ギョロ目のかんぎくんと、心配そうに目がショボついているアキラがいた。
アキラが、飛び込んでくれたのか。
カエデが上体を起こそうとすると、アキラがサッと手を貸した。
「ここどこ?」
「足鹿島の西の方。鰺鳥海岸」
「え~随分流されたねぇ」
溺れたら場所からすると、ちょうど島の反対側だ。
にしても、かんぎくん今回ダメダメだったんじゃないの?
あんなに餌付けしたのに。
チロッとかんぎくんを睨んでみる。
ぷるぷると、かんぎ小僧くんが首を振る。
「ワシじゃないもんね。ちょい盛り上げようと思って体引っ張ったりはしたけど、大波おこしたのはワシじゃないもんね。アレは絶対、牛鬼ヤローの嫌からせや。ワシがカエデの差し入れ分けてやらんかったから」
なんか、かんぎくんの話を聞いてガックリ力が抜けた。
食べ物の恨みは怖いということか。
でも、牛鬼さんとは会ったこともないし。
「ごめんなさい。私がもっと注意をはらっておくべきでした」
しょんぼりとハナコちゃんが頭を下げる。
「大丈夫だから。ほら、私は元気だから。気にしないで」
ハナコちゃんに元気アピールするために、ブンブン腕を振り回してみたりする。
クックッと、アキラが、笑い出した。
「カエデには相変わらず妖怪の友達がいるのか?」
「アキラにも見える?」
意気込むカエデに、アキラは首を横に振る。
「僕には見えないよ。けど、カエデは小さい頃から、ハナコちゃんがこう言ったとか、小人が走って行ったとか、天狗を見たとか、おもろいことばかり言ってたやろ。独り言もしょっちゅう言ってるし」
「……独り言じゃないもん」
「トミ婆さんが、神憑りな人やったから、カエデは似てるんかもな」
「神憑り?」
「そう。年より連中はよく言ってた。大きな台風やシケがある時は、大概トミ婆さんが予言してくれるって。それで島はほとんど船の事故もなかったって。うちのじーちゃんや親は今でもトミ婆さんのことは大絶賛や」
ふーん。そうなんだ。
カエデはお婆ちゃんの記憶はあまりない。
小さい時に亡くなったから。
いつも優しいピンク色のオーラに包まれていた記憶はある。
お婆ちゃんの近くにいると、ポカポカと温かい気持ちになった。
トミコ婆ちゃんは、足鹿島では伝説の人だ。
お爺ちゃんはフィリピンで戦死した。
何もない時代に、お婆ちゃんは、畑を耕しせっせと野菜を作った。
ありとあらゆる野菜を作ったという。
週に一度船を出してもらい、本州へ売りにいく。
食べ物不足の折、持って行けば行くほど山と売れた。
日保ちしない野菜は漬物にしたり、加工する工夫もした。
リヤカーがトラックに変わり、更にお金が貯まると自分で船を買い、船乗りを雇い毎日野菜を売りに行った。
時代が過ぎ、ある程度食料不足が解消されると、トミコ婆ちゃんは、ハウス栽培をはじめた。
旬でない野菜を出荷する為だ。
これも、面白いように売れた。
まだ、ハウス栽培など、ポピュラーでなかった時代だ。
それから、安い山を購入し、段々畑を作った。
足鹿島は何もない小さな魚島から、柑橘の島に生まれ変わっていた。
小作人も増え、島は賑わっていく。
そして柑橘の値が下がってくると、レモンの栽培を始めた。
これから需要があると、トミコ婆ちゃんの鶴の一声からだ。
トミコ婆ちゃんは死ぬ前に、船の権利を船乗りの佐吉さんに讓った。
アキラのお爺ちゃんだ。
今では親子二代で観光船と水上タクシーをしている。
小作人で働いてくれていた人たちにも、それぞれの畑を譲渡した。
島全体で柑橘とレモンを育てて欲しい、トミコ婆ちゃんの願いだった。
その願いは、両親にも受け継がれている。
農作業をしながら、果樹園経営と、檸檬や蜜柑の加工品を販売する。
カエデの目には頑張っているように映る。
だから、家事の手伝いをかってでて、今では殆どをカエデが行っている。
とにかく、トミコ婆ちゃんはすごい人だった。
激動の時代を自分の力で生き抜いた、沢山の人たちの中の一人。
周りに影響を与えられる人だったのだろう。
きっと、妖怪たちにも。
船の音が近づいてくる。
アキラのお父さんの船だ。
「おーい!」
アキラが上着を脱いで船に合図をおくる。
「こっちにはこれんから、港の方行ってくるわ」
アキラが上着を振りながら、港の方に走っていく。
「カエデちゃん。大丈夫?」
ハナコちゃんは、まだしょんぼりしている。
かんぎくんも、元気がないように見える。
「ほら。大丈夫だから。でも、日も暮れてきたし、寒くなってきたよ。私たちも叔父さんの船に行って乗せてもらおうか?」
カエデは立ち上がり、ハナコちゃんの手をとる。
もう片方はかんぎくんの手をとった。
三人で、港までの海岸を歩く。
海にはオレンジの日がかかり、夕日までの道をつくっていた。
「カエデー。大変だー!」
バスタオルを持ったアキラが、走ってくる。
全力疾走したのか、ぜいぜいと息を切らしている。
アキラから、バスタオルを受け取る。
「カエデ、大変だ。カイがいなくなった!」
え?カイがいない?
一瞬言葉の意味がわからず、バスタオルを頭から掛けたまま、アキラを見つめた。
オレンジの夕日はもう、姿を消そうとしている。
海は静かにカエデたちを見守っていた。