ハナコちゃん。
カエデの友だちは、妖怪だった。
小さい頃から側にいて、いつも一緒に遊んでくれる可愛い女の子。
ハナコちゃん。
黒い肩までのおかっぱ頭に、白い花柄の着物を着て古風なおしとやかな感じが、カエデには羨ましかった。
田舎の島暮らしのカエデは、お兄ちゃんが二人の末っ子で、男子と一緒に山や野原や海を駆け回り、顔は日に焼け、格好もお兄ちゃんのお下がりで、まんま山猿だった。
せめて、お姉ちゃんだったら良かったのにね。
末っ娘のお姫様扱いでは、なかったってこと。
だから、ハナコちゃんと出会った時は嬉しかった。
お母さんとお父さんは農作業に出掛け、お守りを頼まれたお兄ちゃんたちは、もう居なくなっていた。
庭でケンケンをしながら、家の周りで一人遊んでいたカエデは、離れの農作業小屋に、お膝座りをしているハナコちゃんを見つけた。
奥は光が入らないので暗いんだけど、ハナコちゃんのいる場所は、小さな窓から少しだけ日が差して、横顔がぼんやり浮かんで見えた。
小さな鼻がちょこんと上を向き、桃色の唇が歌っている。
ハナコちゃんは、お正月の歌を口ずさんでいた。
「こんにちは」
カエデは思わず声をかけていた。
珍しい格好をした、可愛らしい女の子と、友達になりたかったのだ。
「私が見えるの?」
ハナコちゃんは、一瞬キョトンとした顔をして、それから本当に花が咲いたように笑った。
「わたし、カエデ。四才なの。わたしもお正月のうた、うたえるの」
「私はハナコ。よろしくね。カエデちゃん」
カエデとハナコちゃんは、一緒にお正月の歌をうたって、とても仲良くなった。
台所の菓子器に入れてあった黒糖饅頭を二人で食べた。
ハナコちゃんは、ずっとハナコちゃんだった。
カエデがが小学校に入っても、九九が覚えられなくて泣いた時も、運動会で一等をとった時も、テスト勉強で寝過ごした時も。
ハナコちゃんは、変わらず、ハナコちゃんだった。
「私、座敷わらしなの」
告白してきたのは、ハナコちゃんからだった。
「そうなんだ」
もちろんカエデは知っていた。
カエデはもう中2になる。
出会った頃の姿のままで変わらないハナコが、人間で無いことはわかっている。
お兄ちゃんにもお母さんにもお父さんにも、ハナコちゃんは、誰にも見えない。
でも、長い付き合いだしね。
そう思えるくらい、カエデはおおらかでマイペースな女の子に成長していた。
「カミングアウトしたのはね。カエデちゃんの恋に協力してあげようと思って」
「私の恋?」
カエデはハナコに何でも話し、相談をしていた。
見た目と違って、恐ろしく長く生きているハナコは、いつも適切なアドバイスをくれる。
九九は大きな紙に書いて、部屋に貼って覚えるといい。
お兄ちゃんと喧嘩した時は、大声でワメくんじゃなくて、小さな声で泣き真似をして顔を伏せた方がいい。
どれも、ハナコの言う通りだった。
「カエデちゃんの好きなタケシくん。カエデちゃんのやってることって逆効果だと思うの」
タケシくん……。
彼の名前を聞いただけで、胸がキューンと熱くなる。
カエデはおかしい。
モジモジしたりウジウジしたりの柄では無いのに、恥ずかしくて話しかけられない。
そのくせ、意識して欲しくて、体当たりしてぶつかったり、彼の家の周りをぐるぐる廻ったり、確かに全く好感はもたれないだろう言動を繰り返していた。
「話を聞く限り、カエデちゃんの初恋が成就するのは、絶対無理だと思うの」
ハナコちゃんは、可愛いこけし頭を横に振りながらため息をつく。
でもね。でもねハナコちゃん。
「タケシくんは都会からIターンでやって来た、都会派ボーイなんだよ。山猿育ちの私とは接点もないし」
カエデはしょんぼりと肩を落とす。
「山猿育ちなのは、カエデちゃんの魅力でもあるよ。でもね。やっぱり今のままでは恋は成就しないと思う」
成就……。
やっぱりハナコちゃんは、古風だなぁ。
「だから、座敷わらしとしての私の力を使おうと思って、カミングアウトしました。ちょびっとズルをして、タケシくんをゲットしちゃいます」
ハナコちゃんは、ニッコリと花のような笑顔を見せてくれた。
この笑顔が大好きだ。
「わかりましたか?カエデちゃん」
「わかりましたです」
カエデは信頼するハナコちゃん指導の元、タケシくん獲得大作戦に乗り出すことになった。
ハナコちゃんがいれば百人力だ。
可愛くて冷静で判断力に長け、恋話にも詳しい。
おまけに座敷わらしなのだ。
ハナコちゃんは、座敷わらし。
パズルのピースが揃ったみたいで、カエデはそれだけでもご機嫌だった。
もちろんタケシくんがゲット出来れば、更にご機嫌になることは間違いない。