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6/15 「メルの話だと・・・ の部分を一部修正しました。
龍虎のパーティーメンバー、ジルバ達四人は席に着き女将さんに朝定食を注文した後、二日酔いのためか四人ともテーブルに伏せる格好でグデーとしていた。
食事が運ばれてきて四人とも食事を始めるが、気力のない表情でナン似にたパンを引き千切り口に運び、野菜と肉の具沢山のスープをスプーンに掬い口の中に入れる。
そうして食事をしている内に徐々に頭がハッキリしてくる。と、食事のスピードも早くなっていく。
そうして食事を進め、ジルバは最後にスープ皿から直にスープを自分の口の中に流し込み、口の中一杯のスープを一気に喉の奥に流し込もうとした時、
「ジルバ!」
と、突然声を掛けられ、
ぶーーーーーー!!ゲホガハ!!
と、口の中の物を全て噴き出し噎せかえる。
そこに居た全員がそのジルバに驚きの目を向け、恐る恐るジルバの正面に座る人物に目を移す。と、その人物は見事に食事の乗っていたお盆でジルバからの攻撃を全て防いでいた。
お盆に乗っていたお皿を全てテーブルの上に移して。
それを見た全員から、オオーーという感嘆の声が漏れた。
「流石はバルゴさん!」
と、龍虎のメンバーの中で一番若い青年が感嘆の声を上げる。
「おいおい、この仕事を続けていくなら、これくらいの事は予測して対応できなければお前、早死にするぞ。ダース。」
と、ジルバと同い年ぐらいの壮年の男性バルゴは呆れ顔で言い、
「ジルバ、お前も相変わらず不意打ちに弱いな。」
と、ジルバに残念なものでも見るような目を向ける。と、ジルバは剥れた顔で、「うるへー。」と、そっぽを向く。
「まーまー。」と、龍虎のメンバーで爽やかな笑顔が似合いそうな二十代の青年アルメースがジルバに宥めるような声を掛け、
「で、ティア、ジルバに用事があったんだろう?」
と、ティアに目を向けて声を掛ける。
今の龍虎のメンバー達のやり取りの間、どう声を掛けようか悩んでいたティアは突然アルメースに声を掛けられ、ハッとする。
「あ、うん。その・・・・」
「なんだ?らしくないな、まるで乙女のような仕草で・・・・内緒の話か?」
ティアがもじもじと困ったような恥ずかしそうな複雑な表情で言い淀んでいると、ジルバが何かに気付いたようにニヤけた表情でティアに声を掛ける。
それに対し、「失礼ね!私はまだ乙女よ!」と、ティアは頬をプックリと膨れさせる。
アハハハ、
「悪い悪いそうだったか。なら、二人っきりで話すか?」
と、ジルバが尋ねるとティアは少し考え、
「いえ、皆にも聞いてもらうわ。」
と、意を決したような表情で応える。
「私、パーティーを抜けるわ。」
と、ティアが真剣な顔で言うと、「えー!どうして!」と、驚きと非難の声を上げたのは一番若いダースだけだった。
「ふむ。訳を聞いてもいいか?」
と、ジルバが落ち着いた口調で聞くと、ティアはコクリと頷き、
「私、大介さんに付いていくことに決めたの。一生ね。」
と、答える。
・・・・・。
一番若いダースだけは眉間にシワを寄せ、他の三人は〈矢張な〉というような表情で暫くの間沈黙していた。
「何故だよ!ティア!確かに大介さんは凄い人だよ!でも、あの人は!」
「よせ!ダース!」
「でも、ジルバさん・・・・」
最初に怒声に近い声を張り上げたのは矢張ダースだった。が、それをジルバが窘めると、不満の残る表情をしながらもダースは口を噤む。
ハァ、「・・・俺が親友であるお前の母ちゃんからお前を預かって、もう、七年になるか・・・」
と、ジルバば懐かしむように口を開く、
「・・・俺はお前の事を実の娘だと思って接してきた。お前が一人でも生きていけるように厳しく鍛えてもきた。が、お前は今まで我が儘を言わず、愚痴も溢さずに俺の言うことを聞いてきた。」
と言い、一つハァと息を吐き、「これが、初めての我が儘だな。」と、ジルバは嬉しそうな悲しそうな表情をする。
「確かにお前を幸せに出来るのは、この世界では大介だけかもしれん。が、それは蕀の道でもあるかもしれんぞ。」
「分かってる、覚悟もしてる。ジルバには今まで育ててきてくれた事には感謝してるし、突然の事で申し訳無いとも思ってる。」
ハァ、「・・・いや、突然てこともないさ。ティアが大介を見る時の表情を見れば、直ぐにでもこうなるということは誰にだって予想は付いた。まだ、餓鬼んちょの一人を除いてはな。」
と、ジルバがダースに目を向けると、ダースは未だ〈納得できない!〉というような表情でティアを睨み付けている。
そのダースの頭に隣に座るバルゴが、ポンと手を置くと同時に掴みグリグリと揺さぶる。
それに対して、「ちょ!止めてください!」と、ダースはバルゴの手を払い除けようとしていた。
「わ、私、そんなに表情に出てた?」
と、ティアは顔を紅くして、その顔を両手で恥ずかしそうに隠しながら言う。
「ええ、端から見てて初々しくて可愛かったですよ。ティア。」
と、アルメースが楽しそうに追い討ちを掛けるとティアは更に恥ずかしそうにして縮こまる。
「本当にな。ティアにこんな表情豊かな少女のような一面があろうとは流石の俺も気付かなんだ。」
と、バルゴに嬉しそうに言われティアは・・・穴を掘って潜りたい・・・という気持ちになる。
ダースは未だにバルゴにグリグリとされていた。
「そうだな。ティアは今まで全くとは言わないが余り感情を表に出すということが無かったからな。これも、大介のお陰だろう。」
と、ジルバは嬉しそうな少し寂しそうな笑顔を見せて言う。
「ま、パーティーとしては治癒と回復が専門の後衛が一人減っても直ぐにどうこうということも無いさ。攻撃魔法を得意としているアルメースにも多少は治癒と回復は使える訳だしな。」
と、ジルバが少し意地悪そうな笑顔を見せて言うと、
「うわ!ひど!何気に私が居ても居なくても同じみたいな事言われてるような気がするんだけれど!」
と、ティアは剥れたように言う。
アハハハ・・・、
「冗談、冗談だ、そう剥れるな。ダラスさんとの契約の関係上違約金が発生するかも知れんが、そこは俺が何とか話をしておこう。」
と、ジルバが言うと、「うん・・・・ありがとう、ジルバ・・・」と言って、ティアは俯いて動かなくなってしまった。
ジルバが訝しんでティアの方を見ると、ティアの俯いた顔から床に涙がポタポタと落ちていた。
ジルバは反射的に立ち上がりティアを抱き締める。
ティアはジルバに抱き締められたまま涙を零していたが、暫くして口を開いた。
「ジルバ。今までありがとう。」
・・・・。
「俺には実の息子が二人いるが、たとえ結婚すると聞かされてもこんな気持ちにはならないだろうな。こんな気持ちになるのは俺がお前の事を娘だと思っているからなのだろう・・・・こうしていると、ほんと娘を嫁にやる父親の気持ちがよく分かる。」
と言って、ジルバはティアの頭を優しく撫でる。
「ジルバ・・・・私もジルバと奥さんのサーナの事を、お父さんとお母さんだと思ってる。今までありがとう。」
と、ティアは甘えるように自分を優しく抱きしめてくれているジルバに体を寄せた。
少ししてティアの涙が収まるのを確認すると、ジルバはティアから体を離しハンカチをティアに手渡す。
ティアはジルバに渡されたハンカチで涙を拭うと、龍虎の他のパーティーメンバーに向かって口を開く。
「私は皆の事も家族のように大切に思ってる・・・・・今まで本当にありがとう御座いました。」
と、ティアは龍虎のパーティーメンバー全員に深々と頭を下げた。
「ティア。大介さんと幸せにね。」
「ありがとう。アルメース。」
「俺・・・・ティアの事、本当の姉貴のように思ってた・・・・」
「ん、ありがとう。ダース・・・・泣かないで・・・」
「ティア。大介なら間違いなくお前の事を守ってくれる。幸せになれよ。」
「うん。ありがとう、バルゴ。」
・・・・・。
「ティア。今晩、大介に話があるからそう伝えておいてくれ。」
「分かったわ。ジルバ。」
ティアは龍虎のメンバーと挨拶を交わすと、再び深々と頭を下げて大介のもとに向かった。
龍虎のメンバー達とティアとのやり取りを、部屋に戻ってきたティアから聞いた大介は、「いい奴等と巡り会えたな 。」と、ティアに優しく声を掛けると、
「うん。私の大切な友人達であり家族です!」
と、ティアは目の端に涙を溜めながらいい笑顔で言う。
「ティアも戻ってきた事だし、今後の予定について話そうか。」
暫くして大介はそう言うと、真剣な表情でティア、メルティス、ケネスの顔を順に見回す。
三人も真剣な表情で大介を見ていた。
「メルの得ている情報だと、ウラヌス王国の現王カイルスは第一王子アレイアスが反乱を起こしたように見せかけてアレイアス王子を廃し、病の床に伏している前王から王位を奪ったのではないかということだ。が、第一王子には世界最強の魔女と言われる配下が付いているらしく、未だ第一王子を完全に排斥出来ずにいるらしい。その第一王子を完全に排斥するまでは異邦人の力を持った者達はアルテミスには来ないだろうということだ。が・・・ダイスやウラヌスの動きから見て、それももう余り時間は掛からんだろうと俺は考えている。」
と、大介が言うと、
「そうですね、私もそう思います。」
と、メルティスが相槌を打つ。
「そこで俺は危険を避ける為に明日の朝にはアルテミスを離れようと思っている。だから今の内にやっておきたい事があれば今日中に済ませておいてくれ。」
と、大介が言うと、
「そうですね。私とケネスは何時でもアルテミスを出られるように全て済ませてあります。が・・・・許されるのであるならば最後に私とケネスが生まれ育ったこの王都レトを見て回りたいですね。」
と、メルティスは答えケネスもメルティスに同意するように頷く。
そしてメルティスがティアに目を向けると、
「私は龍虎の皆にはもう別れを済ませましたから。」
と、ティアは答える。
「それでは、大介さ・・・んティアさん、申し訳ありませんが今日日中一杯お付き合い頂けませんか?」
と、メルティスが言うと、「分かった。」と大介は応えティアも首肯することで応える。
大介達がレトの町並みに出ると、昨日と変わらず活気に溢れていた。
荒くれ者達をそこかしこに見掛けるため多少治安に不安を感じないではない。が、それでもレトの住人達は今までと同じように戦争は直ぐに終わり、ここまで戦禍は及ばないと信じているようだった。
「もし、本当にウラヌスの異邦人の力を持った者達が我が王家の者達を皆殺しにし私が居ない事が知れれば、私を見つけ出す為にこのレトの城下を血の海に変えてしまうかも知れません。」
フードを目深に被っているため表情は分からないが声から察するに、恐らくメルティスは青ざめた悲痛な面持ちで呟いたのであろう。
「それが嫌なら城に戻るか?」
と、大介が訪ねると、メルティスは頭を振り、
「いえ・・・・私は、私一人の思いや感情だけで王家の血を絶やす訳にはいかないのです。」
と、メルティスは血を吐くように声を絞り出して言う。
・・・・・。
大介はメルティスのその言葉を聞き一言、「そうか・・・」と言って口を噤んだ。
大介にはメルティスのその小さな体が悲しみや悔しさ怒りなど、いろいろな耐え難い感情に耐え小刻みに震えているように見えた。
ティアとケネスは無言でメルティスの後に付いて歩いていた。
彼女達は今メルティスに何を言っても、その心を傷付けるだけだという事を知っていた。
異邦人は五人いれば一日で国を滅ぼすとまで言われている。
たとえ純血の異邦人ほどの力は持っていないとは言っても、異邦人の力を持った者達が数人いれば異邦人の技術力を受け継いでいるとは言っても小国のアルテミス王国は数日の内に滅ぼされるだろう。
それにティアとケネスには、純血の異邦人である大介が一人いたとしても、複数人の異邦人の力を持った者達からメルティス一人を守りきれてもアルテミス王国を救うことは勿論、王家の者達全てを守ることなど不可能だろうと思えたからだ。
例えどんな力を持っていようとも、一人で出来ることはたかが知れている。
それを大介も知っているからこそ口を噤んだのだと、ティアとケネスは思っていた。
その日の晩、外で食事をして大介達が宿に帰ってくると大介の部屋の前に二人の人影があった。
「いやぁぁぁっと帰ってきゃがったなぁぁぁ……てんめぇぇ、この色男がぁぁぁ……」
と、一人の酒臭い人影が大介に気が付くと襲ってきた、というか負ぶさってきた。
「酒くせ!」と言って、大介がその人影を押し退け睨むと、その人影は見知った人物だった。
「・・・ってジルバじゃないか?」
「おう!お前に娘をぅぅぅ……盗られたジルバ父ちゃんでぇぇぇすよぅぅぅぅ…」
「あああ、スミマセン大介さん。ジルバさんどうも悪酔いしてしまったようで・・・」
慌ててもう一つの影が大介に詫びを入れながら、ふらつくジルバに駆け寄りジルバの体を支える。
「ダラス。一体どうしたんだ?」
と、大介がジルバに駆け寄ったもう一つの人影に声を掛ける。
「いや・・・娘のように思っていたティアさんが大介さんに嫁ぐということで酒に付き合わされていたのですが・・・」
「嫁ぐ・・・・・分かった。取り敢えず俺の部屋に入ってくれ。」
大介は部屋の扉を開けると二人を押し込めるように部屋の中へと入れた。
「ティアとメル、ケネスは取り敢えず今晩はマリア達の部屋に泊めてもらってくれ。」
と言って、大介も部屋の中へと入っていく。
「仕方ないわね。全くジルバったら・・・」
と、ティアは少し寂しそうな笑顔で言いながら、マリア達の部屋にノックをしてメルティスとケネスの背を押して部屋の中に入っていった。
そのティアの声は僅かに震えているようだった。
「大介ぇぇぇ、ティアの事頼むぞぉぉぉ……」
大介が部屋の中に入るなり又ジルバは大介に抱き付いてくる。
それを大介は邪険に押し退けながら、「ああ、分かった分かった。」と、適当に応える。
するとジルバは踏鞴を踏みベッドへと倒れ込んだ。と思ったら、フゴーフゴーと直ぐに鼾をかき始めた。
「もう、その人はそのまま寝かせておきましょう。」
「そうだな。」
・・・・。
「先ずは、大介さんおめでとう御座います。」
と、ダラスは大介に笑顔を見せて祝いの言葉を送った。
「あ、いや、すまん。どうやら何処かで話がおかしくなってしまったようだ。俺とティアは、その、結婚するわけではない。」
と、大介が言うと、
「え?そうなんですか?」
と、ダラスは聞き返す。
「ああ、俺は何時か元の世界に戻るからな・・・・ティアにはそれまでの間一緒にいてもいいと言っただけだ。」
「そうなんですか?」
「ああ・・・」
「それは残念ですね。結婚式は是非とも私に仕切らせて頂こうと思っていたのですが・・・・」
ハハハ・・・、
「すまんな。」
・・・・・。
「ま、仕方ありませんね。では、本題に入りましょうか。」
「ああ、そうしてくれ。」
「先ずは、ティアさんが護衛任務以外の理由による冒険者パーティー龍虎からの脱退より生じるの護衛能力低下により発生する契約上の違約金なのですが・・・ジルバさんによればティアさんのパーティー内での役目上ティアさんが抜けても護衛能力が低下することは無いとの事でした。その事に関しては私も同意出来ましたので違約金は発生しませんでした。この事は大介さんからティアさんにお伝え下さい。」
「いや、それでは何だか申し訳ないな。ティアが抜けたのは俺のせいでもあるわけだし。」
「いえいえ、大介さんには命を救われているわけですし、ジルバさんは護衛能力に問題ないと言っている訳ですから大丈夫ですよ。」
・・・・。
「分かった、ならこうしよう。ティアが受けていた今回の護衛任務の期間だけシルヴィを付けよう。」
「え!?精獣さまを!?」
「ダメか?」
「ダメだなんて滅相もない!精獣さまに護衛について貰えれば旅の安全は保証されたようなものですから。」
それを聞いた大介は、「よし!」と言って、明かりとりの窓に向かって、
「シルヴィ!聞いていたか?」
と声を掛ける。
『・・・はい。』
と、その窓枠に腰掛けていた半透明の土人形のような地精がシルヴィアンの言葉を伝える。
「頼めるか?」
と、更に大介が問い掛けると、
『・・・主さまの命とあれば・・・』
と、地精はシルヴィアンの少しの不満の感情と諾の意を大介に伝える。
「よし!頼んだぞ。」
と、大介が言うと、
『承りました。』
と、地精は伝える。
「あの、大介さん。そこに精獣さまがおいでなのでしょうか?」
と、ダラスが恐る恐るというように尋ねてくる。
「いや、シルヴィが俺に付けた地精が窓枠に腰掛けているだけだ。どうやら地精は地脈を使って離れたところにいる者との会話を中継出来るらしい。しかもシルヴィはその地精の目や耳を通して離れたところの出来事を見聞きすることが出来るということだ。」
と、大介が説明すると、
「素晴らしい!さすがは精獣さま!」
と、ダラスは感嘆の声を上げた。
「そうだ、今晩一晩ティアとメル、ケネスをマリア達の部屋に泊めさせてもらっているからその分の金を・・・」
と、大介が言い掛けると、
「滅相もない!護衛に精獣さまをつけて頂いたのに部屋代まで頂くことなんて出来ません!ジルバさんが大介さんのベッドを占拠してしまっていますから大介さんも私共の部屋でお休みください。」
と言って、ダラスは大介の腕を掴んで強引に自分達の部屋へと連れ込んだ。
「仕入れも終わりましたので、私共は明日の朝ここを発とうと思っております。」
と、ダラスは部屋につくと大介にそう告げた。
「それは好都合だ、俺達も明日の朝発とうと思っていたところだ。」
「それは良かった。では、途中まで一緒に参りましょう。」
「ああ、そうしよう。」
ダラスと大介は話が終わると、それぞれベッドに横になった。
暫くするとダラスは眠りにつき、やはり眠れずにいる大介は今後について考えを巡らせていた。
・・・やはり身を隠すならあそこだな・・・上手くすればメルの家族も救えるやもしれん・・・今得られている情報だけでは絶対とは言えんが・・・ま、出来るだけの事はするか・・・