肆拾參
「アレイアス王子、メルティス王女、待たせたな。」
大介は転移してきたアレイアス王子とメルティス王女に声をかける。
「いや、・・・私達が呼ばれたという事は、私の依頼を完遂した、と理解していいのかな?大介殿。」
「ああ、アレイアス王子達からの依頼は完了した。後はウラヌス王家内の問題だな。・・・これで、メルティス王女を守れという、アルテミス王家からの依頼も大方は果たせたな・・・」
と言う、大介に対してメルティスは声を掛けようとして動きを止める。
表面上は普段と変わらないのだが、大介の体から立ち上る陽炎の様な怒気を、メルティスは敏感に感じ取りたじろいだのだ。
・・・大介様は、何に怒りを感じているのだろう・・・でも、これで、大介様とお別れするのは嫌だ・・・
「・・・後は、アルテミス王国とダイス王国の戦争を回避すればメルティス王女もアルテミス王国に帰れる。それでアルテミス王家からの依頼も完了だ。」
と、大介が言うとメルティスは表情を曇らせ俯く。
「インドーラ、カイサル陛下の治癒は?」
「はい、既に進めています。身体の怪我は然程ではありませんが、精神支配を長い間受けていたので精神の回復に少し時間が掛かるかもしれません。」
「そうか、・・・出来る限り急いでくれ。」
「はい。全力を尽くします。」
と言うインドーラの返事を聞くと、大介はアレイアス王子に向き直り、
「アレイアス王子、王城内は制圧してある。貴方の旗を、この王城に掲げ勝利宣言をしてくれ。」
と言うと、「うむ。」と、アレイアス王子は応え、王の執務室だった部屋のバルコニーへと出る。その時、南の空から猛スピードで駆けて来る者がいた。
「遅くなり申し訳ございません。」
その者はアレイアス王子の前にフワリと降り立ち跪く。
「ぅむ、ご苦労だった。リサナ、我が〈しるし〉を掲げ持ち、私の隣に立て。」
異邦人の里で準備しておいたアレイアス王子の大きめの王子旗を、異邦人の里の守護精霊であるメイド姿のメイサから受け取ると、リサナはその王子旗を掲げ持ちアレイアス王子の隣に一歩引いて立つ。
それを確認すると、アレイアス王子は、この世界の少し長めの呪文を唱え、そして、一呼吸置いた後、徐に口を開いた。
「ウラヌス王国第一王子アレイアス・シン・ウラヌスが、ウラヌス王国王都ティータニアに住まう全ての民に宣言する!第二王子を操りこのウラヌス王国を乗っ取ろうとしたガーディン教大神官ガイウス・ガルディンは打ち倒した!我らの勝利である!」
アレイアス王子の魔法《拡声》で、王城を中心にアレイアス王子の宣言が王都全体に広がっていく。
それと同時に、王都に歓声が広がっていった。
『主さま。』
という、シルヴィアンの呼び声に、大介が足元を見ると半透明な土色の土精が大介を見上げていた。
「王都内に精霊が戻ってきたか。」
『はい。我ら精霊を退けていた神力よりも、主さまの力である異邦人の里の力の方が勝ったお陰です。』
「そうか、・・・で、何かあったか?」
『はい。アルテミス王国とダイス王国なのですが、今、両軍睨み合って一触即発の状態です。』
・・・・。
「分かった。・・・状況を詳しく教えてくれ。」
『はい。アルテミス王国軍は開戦を遅らせようと、夜な夜なダイス王国軍の簡易砦上空に風切り音を響かせながら魔導浮游船を飛ばし、ダイス王国軍の睡眠を妨げ疲弊させる手段を取っていたようなのですが、それが裏目に出てしまったようです。ダイス王国軍の援軍であるウラヌス王国軍に異邦人の力を持つ者が従軍しており、魔導浮游船の一隻をその者に撃墜され、それを切っ掛けにダイス王国軍が開戦に動いたようです。』
・・・・。
「なるほど、分かった。」
と言うと、大介は少し考える様に腕を組み目線を落とす。と、直ぐに意を決して口を開いた。
「シルヴィ、ここからアルテミス王国軍とダイス王国軍が対峙している両国の国境までどの程度の距離がある?」
『そうですね、・・・・大体千キロメートルといったところでしょうか。』
「千キロか・・・。」
『はい。』
ふむ、「さてどうしたものかな・・・どうやって戦争を停止させるか・・・。」
と呟きながら大介が悩んでいると、
「私が、調停役として参りましょう。」
と、何時の間にか来ていたアスラが大介に声を掛けてきた。
「何故貴女がここにいる?」
と、大介が訝しげに尋ねると、
「大介殿が、この国の混乱の元凶である大神官を倒されたと聞きましたので、そのお祝いに。」
と、アスラは楽しげに応える。
・・・・。
「まだ混乱は続いている、何かあっても知らんぞ。」
「私の事を心配してくださるのですか?お優しいのですね。ですが、ご心配無く。カエンやシーリンも居ますし、・・・ティアさんと違って自分の身は自分で守れますから。」
そのアスラの言葉に大介は一瞬表情を険しくした。が、直ぐに元の落ち着いたものに戻る。
アスラはそれに気付かなかったかのように、柔らかな笑みを浮かべていた。
「それで、・・・貴女がアルテミス王国とダイス王国の調停役を引き受けてくれると?」
「はい。私は、元々アルテミス王国とダイス王国の戦争を回避させるためにここに来たのですから。もちろん、私だけではダイス王国は止まれないでしょうから、じきに目を覚ます現ウラヌス王にも調停役として来ていただくことになります。」
と、アスラは笑みを浮かべたまま言う。
「そうか、分かった。・・・しかし、そう言ってもらえるのは有り難いのだが、ここからそのアルテミス王国とダイス王国の国境までどうやって行くかだな。」
と、大介が言うと、
「貴方の力と、側付きの者達の力を借りれば何とかなるのではありませんか?」
と、アスラは楽しそうに言う。と、それに応えるように、
「ご主人様、ここに異邦人の里に繋がる仮の魔法陣を施けば、大神殿の封印は継続したまま、ご主人様が杖をアルテミス王国とダイス王国の国境に飛ばし、そこに人を転移させる事は可能です。また、杖に雷光と雷鳴の魔法印を追加したので、両軍の足を止める事も出来ましょう。」『主さま、方角や距離等の位置は私が把握しています。また、異邦人の里の脇に大渓谷を作った時の主さまの力量は大体把握しています。なので、アルテミス王国軍とダイス王国軍の中間点にその杖が落ちるように方角と投射角、それに主さまに力加減を伝えることは出来ます。』
と、インドーラとシルヴィアンが伝えてくる。
・・・・。
「よし、分かった。ならば、それでいこう。」
と言うと、大介はインドーラから杖を受け取る。
「カイサル陛下が目を覚ましたら直ぐに行動するぞ。インドーラ、向こうに杖が着いたら直ぐに俺とアスラ殿、カイサル陛下にメルティス王女を転移させてくれ。」
「畏まりました。」
と、大介とインドーラが話していると、
「私も行きましょう」
と、アレイアス王子と共にバルコニーに出ていたリサナが戻って来て声を掛ける。
「アレイアス様からは許可を頂きました。カイサル様はまだ精神支配から解放されたばかりで、一人では混乱することが有るでしょう。」
「ああ、そうだな、そうしてもらえると助かる。」
・・・・・。
「お久しぶりですね、リサナ。」
「おや、これはこれはアスラ様、出て来ておられたのですね。私は今回も、てっきり、貴女の事だから迎賓館でふんぞり返って人を顎で使い利用しているだけだと思っていました。」
おほほほほほ、「何の事を仰ってるのかしら?この従姉妹殿は。」
あははははは、「事実を仰っているのですよ、私は。」
リサナがアスラをまるで居ないかの様に大介と話していると、横合いからアスラがリサナに声を掛けてきた。途端に、リサナとアスラは猫の喧嘩のようにフー!シャー!と牽制しあいだす。
「おいおい、こんな所で喧嘩をするな!」
と、大介は二人の間に割って入り、
「って、お前たち従姉妹なのか?」
と、驚きを口にする。
「あっといけない。」
と、アスラは態とらしく口許を押さえ、
「皆さん、この事は内密にお願い致しますよ。もし、他人に喋ったりしたらアマノハラ王国を敵に回すことになりますからね。」
と、楽しそうに言う。
・・・こいつ、アーガストがアレイアス王子の指示で下に行って、ここに居るのが異邦人の里の守護精霊以外は、俺とアレイアス王子にメルティス王女、それにリサナと気を失っているカイサルしか居ない事を知っていて態と話したな・・・
「えっ!?・・・ということは、アスラ様も異邦人なのですか?!」
と、メルティスが驚きの声を上げる。
「お久しぶりですね、メルティス王女。」
と、アスラはメルティス王女に優しい笑顔で挨拶をして、
「ええ、その通りですよ。」
と、躊躇無く応えた。
メルティスは自分がアスラに挨拶もせずに不躾な質問をした事に気が付き、恥ずかしそうに顔を赤くして慌てて頭を下げる。
「大介様は最初っからお気付きだったご様子ですが。」
と、大介の方を見ると、
「まあ、リサナ義姉さんの話から薄々、それに僅かだが貴女からリサナ義姉さんに似た力を感じたからな。」
と、大介が応えると、
「流石、御雷様。私の本来の力は封印してあるというのに感じ取られていましたか・・・」
と、アスラは感嘆の声を上げると同時に、
「・・・ところで、先程から気になっていたのですが、大介様はリサナの事を、ねえさん、と呼ばれていますが、・・・どういったご関係で?」
と疑問を口にする。
「それは、大介殿がリサナの妹の夫だからですよ、アスラ様。」
と、大介の代わりにバルコニーから戻ってきたアレイアス王子が答えた。
「お初にお目にかかる、アスラ様。」
と、アレイアス王子が言うと、
「初めまして、アレイアス王子。」
と、アスラは優雅にお辞儀をする。
「しかし、噂に違わぬ美しさですね。それに、従姉妹と言うだけあって、何処と無くリサナに似ている。」
と、アレイアス王子が言うと同時にリサナとアスラは嫌ーな顔をした。
・・・・。
「そうですか、大介様はリサナの妹の旦那様でしたか。」
そう言うと、アスラは顎に手をあて、少し考えるような仕草をした後、
「分かりました。大介様、彼方の世界のお話をお聞きしたいので、今回の事が落ち着いたら一度私の国に遊びに来てください。国賓として歓待させて頂きます。」
と、笑顔で言う。
「ああ、そうだな、気が向いたらその内お邪魔させて頂こう。」
と、大介は素っ気無く返した。
「ご歓談中、失礼いたします、ご主人様。カイサル陛下が、意識を戻されました。」
と、カイサルの治癒に当たっていたガンガーが大介に声を掛けてきた。
「そうか、分かった。」
そう応えると、大介とアレイアス王子、リサナはカイサル陛下の所へと向かう。
「兄上、私は、操られていたとはいえ、何ということをしてしまったのか。」
アレイアス王子がカイサル陛下に近づくとカイサル陛下は青白い顔を両手で覆うようにして、ワナワナと震える唇を動かし呟くように言った。
「兄上、貴方の手で私の首を跳ねて下さい。」
「バカな事を言うな、カイサル。お前と私、メンドゥサは腹違いとはいえ、たった三人の兄弟ではないか。しかも、お前とメンドゥサは実の兄妹だ、実の妹を悲しませるような事は言うな。」
「しかし、私は操られていたとはいえ、万死に値する罪を犯しました。」
「そう思うのなら、無駄な死を選ぶのではなく、生きてその罪を背負い、その罪が霞むぐらいの貢献を国のためにするのが王族の償いではないのか?」
「ですが、兄上・・・」
「お前を守ってやれなかった私にも罪がある。お前の罪の償いを私にも手伝わせてはくれないか?」
「兄上・・・」
アレイアス王子は弟のカイサル陛下を抱き起こすと力強く抱き締めた。
「分かりました。それで、臣民が納得してくれるのでしたら・・・」
そう応えると、カイサル陛下もアレイアス王子を強く抱き締め涙を流していた。
少しすると、大介はカイサル陛下に近付き、
「それではカイサル陛下、少し力を貸して頂けますか?アルテミス王国とダイス王国の戦争を止めるために。」
と声を掛ける。
「ああ、勿論だ。これは私の為したことだ、私が責任を持つべきだろう。」
と応え、カイサル陛下はアレイアス王子に助けられながら立ち上がる。
「よし、では戦争を止めに戦場に行こうか・・・シルヴィ、方角と投射角、あと力加減を教えてくれ。」
と、大介が言うと、シルヴィアンの声を伝える土精は大介の足元で東北東の方角を指し、
『土精の指し示す方角に、投射角40°で、主さまが大渓谷を作った時の力の20%程の力により投擲してください。』
と、シルヴィアンからの指示が返ってきた。
大介は東北東に対して右半身に構え、足を肩幅に広げて下半身を固定し、杖を右手で担いで槍投げのような体勢になる。
・・・投射角40に20%程の力か・・・・これぐらいかな、っと・・・
と、大介は上半身だけで杖を投げた。瞬間、大介の手から離れた杖は、ボッ!という空気の破裂音と共に加速して、あっという間に東北東の空へと消えていった。
「『ナイスショッ!』」
その大介の投擲に対してインドーラとシルヴィアンは賛辞の掛け声を掛けていた。
・・・ナイスショットって、ゴルフじゃないんだが・・・
今年中に一区切り付けられるのだろうか・・・・
頑張ります・・・できるだけ・・・