肆拾
「さすがは大将軍ガヴァナード殿、決断と行動が早い。」
遠くに見える山並みから朝日が昇りきる頃、ウラヌス王国軍三〇〇〇はリサナ達アスティース・ガイアスティア公爵領混合軍(反乱軍)に向かって動き出した。
・・・こちらが、軍を五軍に分け守りに固い三日月の陣形に軍を展開しているのを見て、あちらは軍を十軍に分け、攻撃に特化した矢尻の陣形にして攻め込んでくるか・・・攻撃こそ最大の防御、という考え方のガヴァナード殿らしい戦法ですね・・・
と、リサナが考えていると、突然、空が黒雲に覆われ何十人もの人間を飲み込みそうな凶悪な魔力を纏った雷《雷神の大鎚》がアスティース・ガイアスティア公爵領混合軍(反乱軍)を轟音と共に襲う。が、それよりも早く黒衣の魔女リサナは広囲防御魔法《不落の城》を発動させていた。《不落の城》は何発もの《雷神の大鎚》を防ぎきる。と、何本もの凄まじい雷を放った《雷神の大鎚》の魔力が切れ空を覆っていた黒雲が消える。と同時に、その雷を防ぎきった《不落の城》も魔力が切れ霧散する。
・・・今のはヤバかった。王の守護役四人全員が《雷神の大鎚》に魔力を注ぎ込んでいたな。・・・もう少し《不落の城》に込めた魔力が少なかったら、二発くらいは混合軍に当たっていた・・・
と、考えながらリサナは動く。自身に飛翔魔法《天駆けるもの》を掛けると、敵の本隊に向かって、空を蹴り空を駆ける。
リサナが空を駆けながら足下を見ると、ウラヌス王国軍がアスティース・ガイアスティア公爵領混合軍(反乱軍)に突っ込んで行くところだった。
・・・複製魔法《複製》で治安軍の者達一人につき二体の複製を作ったが、果たしてどの程度もつか・・・魔力は付与出来ないが、複製の元となった人物の運動能力と多少は戦いでの判断力は付与出来るから、アラン達の采配次第といったところか・・・
と、リサナは考えながら、
「《我を包む原初の光、其は絶対の防御なり。原初の光を護りし五元の玉、其は絶対の破壊なり。》」
と呪文を唱える。すると、一瞬にしてリサナの高まった魔力は、リサナの体に収束し、光の鎧と光玉、雷玉、火玉、水玉、風玉を作り出す。と同時に、何発もの《雷神の矢》《水神の矢》《風神の矢》《炎神の矢》が一度にリサナに襲い掛かった。が、リサナの纏う光の鎧の効果により全て霧散する。
・・・さて、私一人で王の守護役四人を出来るだけ傷付けずに取り押さえるのは流石に骨が折れるのだが・・・援軍が早く来てくれることを祈るしかないか・・・
リサナはそう考えながら、敵の本隊後方で身構えている王の守護役達に向かって雷玉の力を解放させた。
雷玉から開放された高魔力の雷はシャクティア達王の守護役四人に襲い掛かった。が、王の守護役達の纏う異邦人の魔力の鎧により無効化される。
しかし、シャクティア達四人は黒衣の魔女リサナに反撃せずにリサナに背を向け駆け出した。それを、リサナは追う。
・・・ここでは、私達の戦いにウラヌス王国軍を巻き込んでしまうからな・・・そのまま付いて来いリサナ・・・
討伐軍と反乱軍の戦場からある程度はなれた所で、シャクティア達は足を止め、それに対してリサナが五元の玉全ての力を解放する。
「ぐっ!」「がっ!」「つっ!」「んっ!」
高魔力を纏った光、雷、火、水、風の力を纏めた力がシャクティア達四人を襲う。
その攻撃の大半をシャクティア達の纏う魔力の鎧が防いだ。が、それでも少なからずシャクティア達はダメージを受けていた。
・・・駄目だ、やはり中長距離での戦闘では黒衣の魔女には敵わない・・・
シャクティア達は、先程のリサナの攻撃で盛大に吹き上がった岩塊や土煙に紛れながら自身に飛翔魔法《天駆けるもの》を掛け、リサナの居る高度まで一気に駆け上がる。
黒衣の魔女リサナの五元の玉が各個に迎撃するがシャクティア達は自身の纏う魔力の鎧の防御力を信じ、その迎撃を気にも留めず一気に間合いを詰め、各々が持つ魔法武器に魔力を籠めてリサナに襲い掛かる。
・・・中長距離戦は不利と見て、近距離戦に切り替えてきたか・・・いい判断だ・・・
だが、シャクティア達の斬撃は尽く五元の玉が阻み光の鎧にも届かなかった。
しかし、リサナも攻めあぐねていた。
・・・くそっ、やはり近接戦闘は苦手だ。・・・近接戦闘では反射的に五元の玉が防御に動いてしまい、攻撃に移れない。・・・距離を取るにも、こう引っ切り無しに四方八方から攻め立てられては・・・
と、両者共に攻め手を欠いて膠着状態となる。
・・・防御を光の鎧だけに任せ、五元の玉を全て攻撃に回すか・・・いや、シャクティア達はその切り替え時の隙を見て、防御を捨て捨て身の攻撃をしてくるだろう。そうなれば、王都から脱出した時の二の舞になり、何人か殺してしまうことになるかもしれない。・・・それに、今回はメンドゥサ様に匹敵する王の守護役達が相手だ、私の光の鎧でも全てを防ぐことは出来ないだろう。場合によっては致命傷を負いかねない。・・・どうする、互いに隙を見せられない膠着状態だ、となれば味方の無い此方が不利・・・五元の玉をフルバーストさせるか、そうすれば余りダメージは与えられないだろうが目眩ましにはなり、距離を取ることは出来る。・・・が、五元の玉を再度生成する間が隙になる。しかも、その五元の玉に再度本来の力を籠める事は難しいだろう。バーストさせるという事は五元の玉に籠められていた魔力を一気爆発的に開放し霧散させるという事だ。という事は、それだけ分の魔力を無駄にする事になる。・・・やはり、援軍が来るまでこのまま防戦に徹するか・・・
と、黒衣の魔女リサナが腹を括った頃、
・・・このまま手を休めずに攻め続ければ、こちらに勝機がある。・・・流石の黒衣の魔女でも我ら四人が相手では、何時かは隙を見せるだろう。・・・その時が、我らの勝機だ・・・
と、シャクティアは勝利を意識し始めていた。
「王の守護役達の支援攻撃の後、一気に突撃するぞ!足を止めるな!敵軍の陣を分断し敵軍の連携が崩れたら、各個撃破に移れ!行くぞ!!」
ウラヌス王国大将軍ガヴァナードは、そう叫ぶと自分の股がる愛馬の腹に蹴りを入れ自ら先頭に立ち反乱軍に向かって駆け出す。
それに釣られるように、ウラヌス王国軍全軍が雄叫びをあげて駆け出した。と同時に、王の守護役達の支援攻撃《雷神の大鎚》の雷が何本も反乱軍の頭上に落とされる。が、その悉くを、黒衣の魔女リサナの防御魔法に阻まれていた。
・・・チッ、王の守護役四人が力を合わせた攻撃を全て凌ぎきるか・・・やはり、化け物だな・・・
と、ガヴァナードが魔力を込めた魔法槍【極炎無尽】を構え反乱軍に襲い掛かろうとした。その時、頭上から矢の雨が降り注ぐ。が、
・・・おかしい、全く魔力が込められていない矢が殆んどだ・・・魔力で強化された矢でなければ身体強化魔法を身に付けている我が軍の兵には通じない事ぐらいは知っている筈だが・・・
と、ガヴァナードは思いながら、
「魔力の無い矢など気にするな!一気に突っ込め!」
と叫んだ時、頭上を黒衣の魔女が駆けていくのに気が付く。
・・・シャクティア、マーレ、ミサーナ、レイスィーナ、死ぬなよ・・・
と、思いながらガヴァナードは反乱軍の先頭に立つ数人の敵兵を一振りで凪ぎ払い、
「足を止めるな!突っ込め!」
と、反乱軍の隊列に突っ込んで行く。
ガヴァナードと討伐軍は敵兵の攻撃をものともせず、一気に反乱軍の中央辺りまで敵兵を蹴散らせながら突き進んでいき、反乱軍の陣形を崩していった。
「ガヴァナード様、何だか敵兵の様子がおかしくありませんか?」
と、敵兵を切り捨てながらガヴァナードの腹心の一人で第一軍の軍団長マークスが声を掛けてくる。
「お前も気が付いたか。弱いわけではないのだが・・・何処と無く攻撃が単調なのだ。が、鋭い一撃を食らわしてくる時もある。」
と、ガヴァナードも襲い掛かってくる敵兵を凪ぎ払いながら応える。
・・・それだけではないようにも思うが・・・何だこの違和感は・・・
と、ガヴァナードは思いながらも【極炎無尽】を振るい敵兵を複数人ずつ凪ぎ払っていく。と、違和感の元に気が付く。
・・・これは、敵兵を斬ったときの手に掛かる力が普通じゃない。・・・普通ならもっと抵抗力を感じるはずだ・・・
そう思い、ガヴァナードは切り捨てた敵兵に目を向ける。と、何体かが鎧と武器だけとなり転がっているのに気が付く。
・・・これは、・・・そう言えば昔聞いたことがある。異邦人の魔法に複製魔法というものがあると、・・・これが、そうか・・・ということは、ガイアスティア公爵家は反乱に加わっていないということか?・・・しかし、これではただの時間稼ぎにしかならんのではないのか?・・・まさか、この三〇〇〇人ほどの兵全てが複製だとでもいうのか?本体の一〇〇〇人程は伏兵として隠れていると・・・だとしたら、生粋の異邦人の魔力は底なしか?・・・いや、それは無い・・・もし、本当に黒衣の魔女の魔力に底が無いのだったら今頃ウラヌス王国はアレイアス王子の物になっていただろう・・・
ガヴァナードは恐らく複製であろう敵兵を薙ぎ払いながら、そう考え身震いをしたくなる思いに駆られる。
・・・それに、恐らく、この複製の兵達の動きを見るに指揮を取る者が居なければ疾うに陣形は崩壊している筈だ。恐らくは本体の一一〇〇人もこの三〇〇〇人に紛れているに違いない。・・・黒衣の魔女は王の守護役四人を相手にしなければならんのだ、少しでも魔力を温存しておきたかった筈だ・・・それでも、二〇〇〇人もの兵の複製か・・・本物の化け物だな奴は・・・
「ガヴァナード様!南方より土煙が上がっています!恐らくかなりの数の騎馬が此方に向かってきていると思われます!」
「なに!?」と、ガヴァナードは驚きの声を上げつつも直ぐ様、「一人走らせて何処の軍か調べさせてこい!」と指示を出す。
すると、「はっ!」と言って、マークスは近くに居た自分の部下の騎馬兵を捕まえて同じように指示を出す。
暫らくして、戻ってきた騎馬兵はガヴァナードに報告した。
「兵数は約二〇〇〇。旗印はガイアスティア公爵家、それと・・・」
と、その騎馬兵は言いよどむ。が、
「どうした!しっかりと報告せんか!」
と、ガヴァナードに叱責され、
「・・・メンドゥサ王女の個人旗が確認できました。」
と、騎馬兵は応える。
それに対して、ガヴァナードは「なにぃ!」と、驚きの声を上げた。
・・・援軍のカーナブル伯爵でなく、ガイアスティア公爵が来たことにも驚いたが・・・王の守護役の一人マーナでなく、消息不明だったメンドゥサ王女だと!・・・
「カーナブル伯爵家の旗印は見えなかったか!」
「はい、メンドゥサ王女の個人旗以外はガイアスティア公爵家の旗印しか有りませんでした!」
・・・だとすると、やはりガイアスティア公爵は反乱軍に付き、メンドゥサ王女は裏切ったということか・・・ということは、メンドゥサ王女と同じように消息不明になっていた、メンドゥサ王女が指揮を執っていたアレイアス討伐部隊の異邦人の力を持つ者達も、アレイアス王子に付いた可能性が高いと思った方がいい・・・恐らく、マーナとカーナブル伯爵はメンドゥサ王女とガイアスティア公爵に敗れたのだろう・・・
と、ガヴァナードが愕然と考えていると、
「ガヴァナード様、危ない!」
と、戦意喪失状態になっているガヴァナードに襲い掛かった敵兵をマークスが切り捨てる。
「ガヴァナード様!しっかりしてください!」
と、マークスが武器を持っていない方の手でガヴァナードの肩を掴み強く揺さぶる。
「あ、ああ、済まんマークス。」
と、ガヴァナードは【極炎無尽】を掴み直すと襲い掛かってくる敵兵を切り捨てる。
・・・この戦、完全に負け戦だ。恐らく、メンドゥサ王女達が加われば王の守護役四人といえど一溜まりもあるまい・・・それは恐らく、神獣の力を操れる大神官殿といえど同じことだろう・・・
と、ガヴァナードが考えながら【極炎無尽】を振るっていると、その頭上を複数人の人影が駆けていった。
・・・しかし、リサナ様は凄い人だと思っていたが、二〇〇〇人以上の人の複製を作ってしまうとは・・・俺達やアレイアス王子みたいな、色々な足枷が無ければこの世界で無敵なんじゃなのか?・・・
黒衣の魔女リサナが作り出した、アスティース・偽ガイアスティア公爵領混合軍を眺めながらアランが改めてリサナに対し畏怖の念を抱いていると、
「アラン大将!敵が我が軍の先頭に突っ込みました!」
と、アランの近くに居る若い兵士が叫ぶ。
「一々言わんでも見りゃ分かる。」
と、アランは応え、
「野郎ども!計画通り複製兵士どもを盾にして敵軍の裏に回るぞ!いいか!ヘマして死ぬんじゃないぞ!」
と叫び駆け出す。と、
「「「「「「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」」」」」」」
と、アスティース公爵領治安軍の者達も雄叫びを上げて駆け出した。
アラン達アスティース公爵領治安軍は複製兵士達を複数の分隊に分け「○○分隊と●●分隊は左に回り込みながら突っ込め!◇◇分隊と◆◆分隊は周囲に警戒しながら付いて来い!」等と指示を出しながら、突っ込んできたウラヌス王国反乱討伐軍に殺到する者、治安軍を討伐軍の裏に誘導する者とに分け、討伐軍の裏に抜けていく。
複製兵士達は魔力こそ無いが、それなりの武力を有していたためウラヌス王国反乱討伐軍も三分の二を複製兵士達で構成されたアスティース・偽ガイアスティア公爵領混合軍の陣を突き抜け各個撃破に移る頃には日は頂点近くに達していた。
その頃には、一一〇〇の治安軍本隊は完全に反乱討伐軍の裏に回り、ある程度の距離を取ることが出来ていた。
「大将、援軍が来たようです。」
と、副将のカメロが言うと、
「おお、いいタイミングだな。」
と、アランは応え、
「敵軍にも動揺が見え始めたな。さて、ガヴァナード大将軍、どう動く。」
と、面白そうに言う。
その頃には、殆んど全てを討伐軍に倒されたというのもあるが、魔力が切れ始めたのだろう複製兵士達は急速にその数を減らしていった。
・・・本当にいいタイミングだな・・・
と、アランが思っていると、その頭上を複数人の人影が駆けて行く。
・・・さて、リサナ様の方はどうなっているのか・・・
その頃には、アスティース公爵領治安軍と本物のガイアスティア公爵領領主軍は、ウラヌス王国反乱討伐軍を完全に包囲していた。
「すでに勝敗は決した、貴様達の多くはこの戦いで疲弊し多くの負傷者を出している。対するこちらは無傷の精鋭が三〇〇〇以上いる!降伏するならば今の内だが、どうするか!」
と、一人前に出たアランが降伏勧告を行う。
その時には、複製兵士は魔力が切れ全て消えていた。
そして、ウラヌス王国反乱討伐軍は方円陣を敷き防戦の構えをとっていた。
そこから一人の騎士がアランに向かって進み出る。
「俺は、ウラヌス王国大将軍のガヴァナードだ!アスティース公爵領治安軍総大将のアラン殿とお見受けする!俺は貴様に一騎討ちを申し入れる!」
・・・俺を一騎討ちで倒せば、アスティース公爵領治安軍に少なからず動揺が走る。その隙を突いて脱出を計ろうというとか・・・死地に活路を見出だそうというわけだな・・・この人は昔からかわらんなあ、諦めが悪い・・・
と、アランは考えながら、
「いいだろう、その一騎討ち受けてたとう。だが、大丈夫かガヴァナード爺さん。もういい歳なのに・・・なんだったらハンデをつけてやってもいいぞ。」
と応じる。
「ふん。まだまだ貴様には負けんよ。アランぼーや。」
「はっ、口だけは達者なままだな。」
二人は騎馬から降り、ふざけた事を言い合うと、不適に笑い合う。
そして、互いに自分の愛槍を構えジリジリと間合いを詰めて行く。
・・・俺とガヴァナード殿、どちらかが死ぬ前に何とか片を付けてくれよ、大介殿・・・