肆
大介はアルテミス王国の王都レトに着いた翌日、朝早くからダラスと共に魔道具素材市場に競りを見に来ていた。
昨日、大介はダラス達と共に夕食をとっていると、ダラスに、「大介さん。明日、市場に競りを一緒に見に行きませんか?」と、誘われたのだ。
「岩熊の岩肌、重量にして五十キロ。日緋色金を大量に含んだ良質なものとなっております。最初は五千から参りましょう。」
「五千百!」「五千百五十!」「五千三百!」
「どうです?大介さん。中々に活気があるでしょう?」
「そうだな。競りに参加しているのは職人と仲買人だけなのか?」
「そうです。何せ武器や防具の素材ばかりを扱う競りですから。」
「なるほど。」
と、大介とダラスが話しているうちに先程の競りが終わった。
「今ので私が出品した素材は全て競り落とされましたね。全て思った以上に良い値で売れました。それではお金を受け取りに行きましょうか。」
と言って、ダラスは立ち上がり歩いていく。
大介もダラスの後について出品者席を後にする。
「はい。大介さん、これが今回の用心棒代と助けていただいたお礼です。」
と言って、ダラスはお金の入った革袋を大介にジャラッといわせながら手渡す。
・・・・。
「いったいいくら入ってるんだ?」
「用心棒代はアルテミス銀貨五十枚、お礼はアルテミス金貨一枚になっています。」
「随分と多くないか?確か宿代が銀貨三枚だったよな?」
「そうですね。少し色を付けさせていただきました・・・・まぁ、契約の内容にもよりますが・・・用心棒代が今のアルテミスの相場だと普段よりかなり高くなっています。だいたい一日平均銀貨十五枚ですね。それに戦闘が有れば危険手当てを払います。」
「色にしては随分と高いよな。それにお礼の方も金貨一枚って・・・どれくらいなんだ?」
「銀貨百枚分になりますね。」
「高!こんなに貰えんよ。俺としては大したことはしていないし。」
と、大介がお金の入った革袋をダラスに返そうとすると、
「いえいえ。我等の命の単価から考えたら安いくらいですよ。それに、この先またお世話になるやも知れません。ま、その手付けだと思って取っておいてください。」
と、ダラスに押し返される。
そうやって二人は押し問答を、お金の入った革袋を押し付けあいながら暫くの間続けていた。が、ハァと、自分より頑固そうな若い商人に大介はため息を吐き、「分かった。これは貰っておこう。」と、大金の入った革袋を懐に入れた。
それを見たダラスは満足そうに笑みを浮かべる。
「ところで大介さん。これからどうされるおつもりですか?」
「そうだな・・・俺がこの世界に送られた目的がハッキリするか、元の世界に戻る方法が分かるまでは異世界で生活するしかないからなぁ。まぁ取り敢えず、宿屋の[陸の孤島]を拠点に用心棒家業でもしていくさ。あと、今は昼までまだ時間が有るし、その商売道具でも買いにいくかな・・・」
「そうですか・・・・分かりました。私もそれとなく商売仲間に腕のいいハニューという名の用心棒がいると噂を流しておきますよ。」
「お!それは有り難い。右も左も分からない異世界で、どうやって客を取ろうかと悩んでいたところだ。」
「ほんとなら私の商隊の専属用心棒になって頂きたいところですが・・・」
「ああ、それは止めておいた方がいい。俺が異邦人だと知れたらダラス達もただじゃすまないだろう。」
「はい。すみません。」
「いやいや。俺の商売の宣伝をしてくれるだけでも有り難い。あまり気にせんでくれ。」
・・・・。
「あ、そうそう。武器や防具を買いに行くのでしたら、ジルバさんに付き合ってもらうといいですよ。あの人ここの武具屋に顔が利くそうですから。本当は私がお付き合いしたいのですが今から大切な商談の約束が有るので・・・残念です。」
と、ダラスは本当に残念そうな顔をしていた。
それから、大介は宿屋に戻りジルバを探す。が、直ぐに見つかった。
ジルバ達は宿屋[陸の孤島]の一階にある飲み食い処[陸の難破船]で朝から呑んだ暮れていた。
「ジルバ。武具を買いに少し付き合ってもらいたいのだが?」
「んぁ?ぉお、ぃいぞぅぅぅー・・・」
いや、昨日の晩からずっと呑んだ暮れていたようだ。
冒険者パーティー龍虎の男四人組は完全に酔い潰れていた。
ハァ。
・・・こりゃ、ダメだな。さて、どうするか・・・
と、大介が溜め息を吐き考えていると、宿屋の二階からトントントンと龍虎の紅一点、魔術師のティア・メトスが綺麗な緋色のウェイブの掛かった髪を右手で掻き上げつつ、「クゥアア・・ゥフッ」と、大きな欠伸をしながら降りてきた。と、そこで、大介と目が合った。瞬間、ボッと音がしたのではないかと思えるくらいの勢いで透けるような白い肌の整った顔が真っ赤に染まる。
齢十七歳、花も恥じらううら若き乙女が、少し気になる、いや、かなり気になっている渋いおじさまに大口を開けて欠伸をしていたところを見られたのだ。
次の瞬間、羽織っていた魔術師の白いローブで顔を隠し、
「ィイヤヤヤヤヤヤーーー・・・!!」
と、叫んで階段を物凄い勢いで駆け上がって行ったとしても無理からぬ事だろう。
それを、唖然と見送っていた大介だったが、ハッと我に返ると慌ててティアの後を追った。が、一歩遅くティアは部屋に駆け込み結界を張り籠ってしまった。
ティアは部屋に駆け込み結界を張ると、自分のベットに潜り込み、
・・・は、恥ずかしい!もうお嫁に行けない!死にたい!・・・
などと、思いながらシクシクと泣き出すと同時に、
・・・私、こんなにも大介さんの事が好きになってたんだ・・・
と、胸に苦しいほどのトキメキを感じながら、
・・・ああ、それなのに私のバカー!!・・・
と、心の中で叫んでいた。
それに驚いたのは同室のダラスの商隊の女性陣だった。
彼女達マリアとサハラは今日は一日仕事も、やらなければならない事も無く、ダラスからは、「今日一日羽を伸ばすといいですよ。」と、言われていたので朝をゆったりと過ごして、昼前からティアと三人でショッピングに出かける予定をしていた。
そんなマリアとサハラが、談笑しているところにティアが飛び込んできて、部屋に結界を張ったかと思うと布団に潜り込み泣き出したのだ。驚かない訳がない。と、そこで、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、「ティア。どうした。」と言う、大介の声が聞こえてきた。
そこで、マリアとサハラの女の勘に、ピン!と来るものがあった。
そして、マリアとサハラは目を見合わせ、『これは、親友のティアさんの恋心を成就させてあげねば。』と、心を通じあわせ頷きあった。
因みに、二人のその思いの半分以上は・・・楽しそう・・・というものに占められていたのは言うまでもないだろう。
マリアはベットから立ち上がると扉に近づき、「大介さんですか?」と扉の外の人物に声を掛ける。
「マリアか?ああ、そうだ大介だ。一体ティアはどうしたんだ?」
「ティアさんなら大丈夫です。落ち着いたらお知らせしますので、部屋で待っていて下さいませんか?」
「あ、いや、大丈夫ならいい。武具を買いに行くのに付き合って欲しかったんだが・・・・そうだ、マリア・・「・・」ティアさんが落ち着いたらお知らせしますので部屋で待っていて下さい!」
大介が、ティアがダメならとマリアに武具を買いに行くのに付き合ってもらおうと思い、声を掛けようとした瞬間、マリアの「部屋で待て」という気迫の籠った言葉に遮られた。
大介はハァと息を吐き・・・仕方がないか・・・とマリアの言葉に従い部屋で待つことにした。
・・・今、他の商隊の男達は商談やらなんやらで、仕事に出ていて誰もいないしな・・・
マリアは扉に耳をつけ大介が自分の部屋に戻る足音を確認すると、ティアが潜り込んでいるベットの傍らに近づき、床に膝立ちになって布団に両腕を組んで置きその上に顎を乗せた。反対側でサハラも同じような体勢をとっている。
「どおしたの?ティアさん。そんな布団にくるまって。」
と、サハラが声を掛けても、
「・・・・・・」
返事は返ってこない。
「ティアさん。大介さんが心配してましたよ。」
と、マリアが声を掛けると、ティアの被った布団がピクリと震え反応する。
・・・アハ、なんかかーわいーい・・・
と、二人は思い無意識に笑顔が零れる。
「ねぇ。ティアさん大介さんと何があったの?」
と、マリアが聞くと、布団がモゾモゾと動き、
「私、もう大介さんに顔を見せられない。」
と、今度は蚊の鳴くようなか細い声で返事が返ってきた。
「なぜ?」
と、サハラが聞くと、暫くして躊躇するように、
「大介さんに・・・・・・・・・・・・見られてしまったの。」
と、やはり蚊の鳴くような声で返事が返ってくる。
「え?よく聞こえないよ?」
と、サハラが聞き返すと、
「大介さんに大欠伸をしているところを見られてしまったの!きっと、がさつな女だと思われたは!」
と、今度はハッキリと聞こえる声でティアは言う。
それを聞いたマリアとサハラは、「「あらー」」と、声を揃えて言い、・・・そもそも、冒険者をしている時点で、がさつだと思われそうだが・・・とは思ったが、そこはそれ冒険者でも乙女である。気になる異性には良く見られたいと思うのは至極当然であろう。
マリアとサハラは苦笑し合い、
「大丈夫よ!大介さん闘いの事以外は鈍そうだし、きっと気にしてないわよ。」
と、マリアが言うと、
「そうそう。きっと今頃忘れているわよ。」
と、サハラが相槌を打つ。
すると、またモゾモゾと布団が動き、「そうかなー。」と、ティアは布団からズーンと落ち込んで不安そうな顔を覗かせる。
そのティアの目に浮かぶ潤んだライトブルーの瞳は、どこかで可愛らしい小動物を連想させた。
それを見て、マリアとサハラは、・・・カワイーイ!・・・と心の中で叫んでいた。
・・・ティアさんて、確か私達の二つ上だったわよね。なのに、このウブさは、まだ一度も男性と付き合ったことが無いわね・・・
と、サハラは考え、
・・・まだ処女ね・・・
と、マリアは思った。
因みに二人とも結婚前提に付き合っている男性があり、当然経験も既に済ませている。
「そうよ。それにさっき大介さん、ティアさんに買い物に付き合ってほしいような事を言っていたもの。」
と、マリアが言うと、
「ほんとう?」
と、ズーンと沈んでいたティアの顔に少しだけ光がさす。
「本当よ。だからそんな布団にくるまって無いで、大介さんと出かける準備をしなくちゃ。きっと大介さん部屋でティアさんの事待ってるわよ。」
と、マリアが言うと、パアッと一瞬でティアの表情が雨降り顔からお日さま顔に変化する。
そして、ティアはいそいそとお出掛けの準備を始めた。
そのティアの180度の急激な感情の変化を見て、マリアとサハラは呆れと共に笑みが零れた。・・・ほんと、ウブなんだから・・・と。
嬉しそうにしているティアのウェイブのかかった綺麗な緋色の髪をとかしてやりながら、ふと、マリアは大介の秘密を思いだし考える。
・・・ティアさんが大介さんに好意を寄せているのは気付いていた。だから、こうやってティアさんを煽り・・・元い、応援してるんだけど・・・でも、大介さんて・・・
「ねぇ、ティアさん。ティアさんは大介さんの事好きなんですよね。」
と、マリアがストレートに聞くと、ティアはビクッと少し体を震わせ耳の先まで真っ赤にしてコクりと頷いた。
「でも、大介さん異邦人なんですよ。それに元居た世界に帰りたがっているみたいだし・・・大丈夫なんですか?」
と、マリアが尋ねると、ティアは少し考えるような仕草をした後口を開いた。
「大丈夫。私は十歳の頃に忌み子として家を追われ、その所為で母さんは死にジルバに拾われた身よ。もし、大介さんと、お、お付き合いすることが出来たとして、大介さんが異邦人だとバレても他に迷惑を掛ける人はいないわ。ま、ジルバ達のパーティーからは抜けなければならないでしょうが。私は大介さんが元居た世界に帰るとしても、その間だけでも一緒に居たい。」
と、ティアは言いきった。
その意思の強さを感じ取ったマリアとサハラは頷き合い。
「分かりました。ならば私達も全力でサポートさせて頂きます。」
と、サハラは言いマリアと共に気合いをいれた。
「ところでティアさん。大介さんの何処がそんなにいいんですか?」
と、マリアに聞かれティアは顔を赤くして俯きつつ、
「そ、それはその・・・・強くてカッコいいところは勿論だけど、精獣様に好かれるほど心根が清らかで優しい人だと私は思う。そこに私は惹かれたのだと・・・思う。」
と、答えた。
それを聞いたマリアとサハラは、ハイハイ聞いた私達が悪う御座いましたと言うような顔をして、ティアの御粧しの手伝いを続けるのだった。
それから暫く後、髪の毛を後ろに纏め地がいいので唇に薄く紅をさす程度の化粧をしたティアは、大介の部屋の前に立っていた。
ティアは魔術師の着る一般的な、ハッキリ言って野暮ったい服しか持っていなかったためマリアとサハラが服を貸そうとしたのだが、マリアとサハラの女としての自尊心が打ち砕かれる結果となって終わった。
その為、服装はいつも道理の魔術師の格好である。
そうして大介の部屋の前に立つこと三十分程、ティアはモジモジとしながら扉をノックしようとしては止めノックしようとしては止めを繰り返していた。
そうしている内に、ふと、ティアは威圧するような視線を感じそちらに目を向ける。
その視線の元は、二階の通路の一番奥にある大介の部屋から個人部屋二つを挟んだ、ティア達女性陣の大部屋の少し開いた扉の隙間に四つ浮かんでいた。
そのジリジリと焦れた四つの瞳は、はやくいけ!はやくノックしろ!と無言の圧力をティアにかけていた。
その焦れた四つの瞳の無言の圧力に、ティアが気圧され扉をノックしようとした瞬間、不意にガチャリと扉が内側に開いた。
「やっぱりティアか。もう大丈夫なのか?さっきからずっと扉の前に立っていたようだが?」
と、大介が部屋から顔を覗かせた。
ティアは完全に不意を突かれた上に部屋から覗かせた大介の顔を直視してしまい、また、ボッと顔を真っ赤にさせてアワアワと両手をバタつかせ挙動不審に陥る。が、今回は逃げずに踏み止まっただけ良しとすべきだろう。
「ティア、落ち着け。慌てなくていいから、深呼吸して落ち着つけ。」
と、大介に言われ、「ひぁい!」と、カミつつもティアは返事を返し、スーハー・スーハーと数度深呼吸を繰り返した。
そのお陰で多少落ち着いたのかティアは胸の前でギュッと手を握りしめ、勇気を振り絞って大介に声を掛ける。
「あ、あああああの、だ、大介さん!あああの、その、わ、私に、か、かか買い物に、つ、付き合ってほしいと大介さんが言っていたと、マリアから、き、きき聞いたのですが。よ、宜しければ、い、いいいい今から行きませんか?」
と、ティアは心臓が口から飛び出すのではないかと思うほど緊張し、カミながらも必死に声を振り絞った。
そんなティアを見て大介は、・・・何をそんなに緊張しているのだろう?・・・と、思いながらも、
「お、おお、助かる。異世界の物の相場とか、常識とか分からん事ばかりだからな。武具一つ買うにも誰かが着いてきてくれると助かる。」
と言って、大介はニッと子供のように笑った。
その大介の子供のような無垢な笑顔にティアは堪らず身悶えする。
そんな事には気にも止めず大介は、「それじゃあ、行こうか。」と言って、部屋を出て外に向かって歩き出す。
「は、はい!」と言って、ティアは慌てて大介の後を追う。
大介が宿屋[陸の孤島]を出た時、「あの、大介さん!」と、後ろからティアに声を掛けられ、「ん?」と言って、大介は振り向いた。
ティアはモジモジとしながらも、
「あ、あの、その、ぶ、武具屋街は今、戦争が近いという事もあって人でごった返しています。は、逸れないためにも、その、て、手を繋いで行きませんか?」
と、勇気を振り絞っていうと、
「お、そうだな。」
ど、大介は応じティアの手を取り、その手を引いて再び歩き始める。
ティアは大介に手を握られた時、心臓が飛び出すのではと思うほど驚き緊張したが手を引かれ歩いている内に、その手から伝わる大介の温もりが心に染み渡るような気がして知らぬ間に緊張が解れ代わりに喜びが沸き上がってくるのが感じられた。
ティアは大介に手を引かれ俯きつつもその喜びに頬を染め口元を緩ませた。
そんなティアに大介が、
「武具屋街はどっちに行けばいいんだ?」
と尋ねると、
「はい!私が連れていってあげますよ!」
と、ティアは顔を上げ笑顔で応えると大介の手を引いて元気良く歩き出した。