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異世界で用心棒   作者: 鈴ノ木
39/49

參拾玖

 「メルティス王女、お茶でも飲んで、少しは落ち着かれたら如何ですか?」


 朝の爽やかな空気の中、アレイアス王子は天魔宮の前庭で一人食後のお茶を楽しんでいた。が、メルティス王女がガンガーを連れて、あっちへウロウロこっちへウロウロと落ち着かない様子でいるのを見かねて声を掛けた。


 

 大介が異邦人の里を発ってから、アレイアス王子はリハビリを続け、今では杖を突きながらではあるが一人で歩けるようになっていた。

 メルティス王女とケネスは、大介が発ってから一二週間は、自分達が持ってきていた魔法道具を改良したり、天魔宮に残っていた書物を読んだりして暇を潰していた。が、二三日前からメルティス王女は今のように落ち着かなくなっていた。その原因は、「今頃、大介殿とティアさんは、うまくやっているのだろうか。」というアレイアス王子の何気無い一言だった。

 その時、ガンガーは〈あーあ、余計なことを〉というような微妙な表情をしていた。



 「アレイアス王子、貴方はよく落ち着いていられますね。大介様とメンドゥサ王女達がこの異邦人の里を発たれてから、もう一月も経とうとしているのですよ。」

と、メルティス王女は非難めいた口調で言う。

 「この異邦人の里の守護精霊ガーディアンであるインドーラ達が落ち着いているのだ。異邦人の里の主である大介殿が順調に事を進めている証拠ですよ。」

と、アレイアス王子は笑顔で返し、

「そうであろう?インドーラ。」

と、問い掛ける。と、

「そうですね、我らが主様に不可能は無い、と私共は信じておりますから。」

と、インドーラはアレイアス王子のティーカップにお代わりのお茶を注ぎながら笑顔で自信を持って応える。


 ・・・不可能は無いって・・・うん、大介殿に対する相変わらずの狂信っぷりをありがとう・・・


と思いながら、アレイアス王子はお茶に口をつける。


 異邦人の里の守護精霊ガーデイアンである執事姿の猫系美女インドーラとアレイアス王子の、そのノホホンとした雰囲気にメルティス王女は盛大な溜め息を吐き、アレイアス王子の向かいにある椅子に腰掛ける。すると、即座にガンガーがメルティス王女の前にティーカップを置き、それにインドーラがお茶を注ぐ。そして、ガンガーがプチケーキを取り分けた小皿をメルティス王女の前に置いた。


 「ありがとう、ガンガー、インドーラ。」

と、メルティス王女はインドーラとメイド姿の猫系美女ガンガーにお礼を言い、一口お茶を飲んでからフォークで小さく切り分けたプチケーキを口に入れる。と、「ん、美味しい。」と、メルティス王女は幸せそうに表情をほころばせる。


 ・・・・。

「って、だから!こんな寛いでいる場合ではないと言っているでしょう!」

と、メルティス王女は立ち上がりながら自分自身も含めた周りに怒り笑顔で言う。

 「メルティス王女、ここで、そんなに焦っても仕方がないでしょう。我らが必要になれば大介殿が我らを呼び寄せる手筈になっている。我らの役目は、この騒動の終結時にしかもう無いのですよ。」

と、アレイアス王子はメルティス王女に諭すような口調で言う。

 「それは・・・分かっています。もう、私が大介様のお力になれるような事は何も無いということも・・・」

と、メルティス王女は寂しそうに言い、

「・・・ですが、私は・・・。」

と呟き、辛そうに口をつぐんでしまう。


 ・・・・。

「そんなに大介殿の側にいたいのですか?」

と、アレイアス王子が言うと、メルティス王女は何も言わずコクりと頷くだけで応えた。

 「メルティス様にこれ程までに慕われているとは、我らが主様も果報者ですね。」

と、メルティス王女の後ろに控えているガンガーが笑みを浮かべみと言う。


 アレイアス王子は一つ息を吐くと、

「メルティス王女、ティアさんに先を越されるのがそんなに嫌ですか?」

と言うと、メルティス王女は本心を突かれたのか、うっ、と呻いて目を泳がせる。


 「自分の国や国民、王や王妃達、王子達親兄弟の事よりも大介殿の事の方が大切ですか?」

 「そ、そんな事はありません!ですが、私も大介様の事は信用していますから!きっと皆を助けてくれると。・・・しかし、ティアさんと一月も二人っきりなんですよ!ティアさんが先走って大介様に手を出さないとは言い切れないではないですか!」


 アレイアス王子の言葉にメルティス王女は自分の心を見透かされたような気がして、慌てたように言い繕う。と同時に、本心を吐露する。


 「メルティス王女、貴女は本当に大介殿の事が好きなのですね。」

と、アレイアス王子が言うと、メルティス王女は顔を赤くして恥ずかしそうに俯いてしまう。


 そんなメルティス王女に、その場にいる者達は皆優しげな目を向けた。




 「アーガスト殿、こちらです。」


 まだ、朝日が上る前のヒンヤリとした夜気を肌に感じながら、アーガストを先頭に大介とティアは迎賓館付きの侍女の手引きで迎賓館裏の門から迎賓館へと忍び込んだ。


 「初めまして、私、迎賓館付き侍女の侍女長をしております、ドーメと申します。」

と、迎賓館付きの侍女は大介達を迎賓館の一室に通すと自己紹介をして軽く会釈をする。そして、

「貴方が大介様ですね。」

と、大介に声を掛け、

「アマノハラ王国の特使様が貴方にお会いになりたい、との事なのですが、お会いになって頂けますか?」

と問い掛ける。

 ・・・・。

「そうだな、アマノハラ王国の特使殿には迷惑を掛ける事になる。特使殿には今の内に詫びは入れておくべきか。それに、ティアの事でも礼を言っておかねばならんしな。」

と、大介は応じる。


 アマノハラ王国の特使に会うために、ドーメと大介が部屋を出て行くのにティアも付いていこうとする。が、

「特使様は大介様と二人だけで会いたい、と仰っているのでティア様はこの部屋でお待ちください。」

と、断られティアは不機嫌な顔をしながらも、その指示に従った。



 「お初にお目にかかる。俺は御雷みかづち大介という。この間、俺の連れが貴女の部下に助けられた。心より感謝する。」

と言うと、大介はアマノハラ王国の特使に深々と頭を下げる。

 ・・・・。

「いえ、私の手の者がお役にたって何よりです。私はアマノハラ王国の特使で、アスラ・アマノハラ・アマテースと申します。以後、見知り置きくださいね。」

と、一瞬の間を開けた後、簡素な私服を纏ったアマノハラ王国の特使アスラは軽く挨拶を返し、

「貴方の連れのティアさんとは面識はありませんが、全く知らない間柄でも無いのですよ。まぁ、彼女はこちらの事は知らないでしょうが。」

と、微笑みながら言う。


 「そうなのか、・・・だが、この礼は何時か必ず。」

と、大介が言うと、

「そうですね、礼は別にしていただかなくて構いません。その代わりにと言ってはなんですが、これ以降、私共と懇意にしていただければ有りがたいかと。」

と、アスラは微笑みながら応じた。

 ・・・。

「そんなことでいいのなら、喜んで。」

と、大介も笑顔で応え、

「それと、この後、少し騒がしくする事になる。迷惑をお掛けするが暫くの間、ご辛抱願いたい。」

と、表情を真剣なものにして言うと、

「私共には構わずご存分になさってください。」

と、アスラは柔らかな表情をして応じた。




 「リサナ様、夜が開けます。」


 リサナ達アスティース公爵領領主軍(反乱軍)は、王都のある王家直轄領とバサルディン侯爵領の境にある、高低差の激しい丘の連なる丘陵地帯でウラヌス王国反乱討伐軍三〇〇〇と朝靄の中対峙していた。


 「さて、リサナ様。相手はどう動きますかね。」

と、リサナの隣に立つアランがリサナに声を掛ける。

 「そうですね、・・・相手も此方の陣容を見たら下手には動けないでしょう。事前に入手している筈の情報と随分と違う筈ですからね。」

 ・・・・。

「でしょうね、・・・この状況、俺が相手の大将なら根本から作戦を立て直す時間が欲しいですね。」

 「まあ、これは相手の動きを封じて時間を稼ぐのが目的ですからね。はっきり言って、ここまで王国軍を引っ張り出した時点で私達の役目の七割がたは完了しています。なので、後は大介さんしだいですね。・・・王国軍の総大将ガヴァナードに掛けられているガーディン教の呪縛は異邦人の力を持つ者達に比べ非常に微弱なものの筈です。その呪縛の元が破壊されれば直ぐにでも記憶の呪縛から解放されるでしょう。出来れば、戦闘の始まる前に大介さん達が事を成し遂げてくれればよいのですが・・・。そうすれば、こんな無意味な戦いをしなくて済む筈です。あと私達がここでしなければならない事は、大介さんの負担を軽減させるために異邦人の力を持つ王の守護役達をここで押さえておくだけなのですが・・・・。」

と、リサナは王国軍のいる方角とは反対方向を見ていうと、

「それには、あの方達が何時ここに駆けつけてくれるかですね。」

と、アランは相槌を打つように言う。




 「報告します。これより丘二つ超えた所に反乱軍を確認。その数、およそ三〇〇〇。」

 「なんだと!?」


 斥候からの報告にガヴァナードは声を張り上げた。


 ・・・バカな、事前の情報ではアスティース公爵領の反乱軍一一〇〇のみだった筈・・・「・・・で、その旗印は幾つあった!」

 「はっ!旗印は、アレイアス王子の個人旗とアスティース公爵家、バサルディン侯爵家、そして、ガイアスティア公爵家の四つです。」

 「バカな!ガイアスティアだと!?・・・」・・・ガイアスティア公爵家は現王カイルス陛下の今は亡き母君ネストゥース様の出身家・・・何故、そのガイアスティア公爵家が反乱軍に加わっている?・・・


 「そういえば、異邦人の力を持つ者達もガイアスティア公爵家の血族の者達ばかりだったな。・・・・シャクティア殿、貴女はどう思われる?」


 ガヴァナードは隣で馬に乗る金髪碧眼の美女に意見を求める。


 「そうですね、・・・・我がガイアスティア家の者達は黒衣の魔女リサナに大恩があります。その大恩ある黒衣の魔女の要請を無下に出来なかったのでしょう。」

 「なるほど、・・・」

と、ガヴァナードは納得したように言い、

「・・・そういえば、三十年程前の戦いも・・・」

と言いかけ、ガヴァナードは強烈な頭痛に襲われ、顔を歪めて押し黙る。

 「そうです。悪政を敷いていた当時の王を倒すためガーディン教の支援を受けてシルベウス陛下が起こした革命戦争も、シルベウス陛下の要請を受けて黒衣の魔女と共に最初に兵を起こしたのはアスティース公爵家とガイアスティア公爵家でした。」

と、シャクティアがガヴァナードの言葉を継ぐ。と、

「そう、そうだったな。」

と、ガヴァナードは頭を押さえながらも、頭痛が少しずつ引いていくのにホッとしながら応えた。

 「大丈夫ですか?ガヴァナード殿。」

と、シャクティアが心配そうに尋ねると、

「ああ、少し頭痛がしただけだ。」

と、少し引きつった笑顔を向けガヴァナードは応える。

 ・・・・。

「しかし、今のアレイアス王子と三十年前のシルベウス陛下との違いは、現状、他に味方がいない事でしょうね。」

と、シャクティアは昔を思い出すように言う。

 ・・・・。

「シャクティア殿、相手にガイアスティア公爵家がいるのではやりにくいのではないか?」

と、まだ頭を押さえているガヴァナードが尋ねると、

「我等が信用できないと?」

と、シャクティアが睨むように目を向ける。

 「いや、そういう訳ではない。ただ単に、そう思っただけで他意は無い。もし、癇に障ったのなら謝ろう。すまなかった。」

と、ガヴァナードが謝ると、フン、とシャクティアは鼻を鳴らし、

「我等はカイルス陛下に忠誠を誓っている。例えガイアスティア公爵家であっても、カイルス陛下に弓を引こうとするのならば叩き潰す。」

と、強い意思の籠った声で断言する。

 そのシャクティアの言葉を聞いて、ガヴァナードは、ウムと頷くにとどめた。


 ・・・・。

「それで、ガヴァナード殿、これからどうする?兵数はほぼ同数、練兵度や武器の性能もアスティース公爵領の治安軍やガイアスティア公爵領領主軍が相手では、それほどの差は無いはず。我等王の守護役四人を除いて考えると、兵力的に完全に拮抗してしまっているように思われるが?」

と、シャクティアは話題を現在の戦力判断に戻す。

 ・・・・。

「さて、どうしたものか。・・・最初の予定では三倍の戦力差で押し潰すつもりでいたのだが・・・。しかし、何故反乱軍は直ぐに攻めてこない?接敵と同時に攻めてきたら完全に此方は虚を突かれて、少なくとも後退せざるを得ない状況になっていたかもしれんのに。」

と、ガヴァナードが疑問を口にすると、

「恐らく、あちらも直ぐに攻められない理由があるのでしょう。」

と、シャクティアが予測を口にする。

 「ならば、今の内に戦略を練り直すか・・・黒衣の魔女リサナと貴女方王の守護役四人との戦力差はどの程度だ?」

 「そうですね、・・・最初の想定どうりの戦力差があれば、黒衣の魔女は兵への防御にかなりの力を割かれ、私達四人で掛かれば負ける事は無かっただろう。が、・・・戦力が拮抗している今、黒衣の魔女は戦闘に集中できる。となれば、私達四人で掛かってもかなり苦しい戦いになるだろう。」

 「なるほど、となれば後は戦術しだいという事か・・・。」


 そう言うと、ウラヌス王国大将軍ガヴァナードは不敵な笑みを浮かべた。




 「おい!何だあれは!」


 夜明け前、王都ティータニアにある王城の城壁で警備に当たっていた衛兵の一人が、王都の夜霧に霞む町並みの方を指差して叫んだ。


 そこには、幾つかの松明の光が揺らめいていた。

 最初の内、衛兵は夜回りに行っている衛兵の持つ松明かと思っていた。が、それが、徐々にその数を増やしながら、この王城へと向かってきているのである。


 日が昇りかける頃には、王城をグルリと囲むように数千人の王都に住む民が集まっていた。



 「一体何事か!」


 衛兵に叩き起こされた宰相のカスパーは不機嫌そうな声を出す。


 「はっ!お休みのところ、申し訳ございません。王都の住民がアレイアス王子派の者達と呼応して、この王城に集まってきています。今のところは、城の堀を渡ろうとはしていませんが、その数は数千人を数えています。」

 「なに!?王都内を見回っていた衛兵達は何をしていた!」

 「はっ!申し訳ございません。軍や衛兵の中にもアレイアス王子派の者達に通じていた者がいたようで、こちらの動きが筒抜けになっていたようです。」


 ・・・ぬう、一応警戒はしていたのだが、・・・やはり軍や城の者達の中にはアレイアス王子に付く者が残っていたか・・・その者達から夜警の経路や時間帯等が漏れたのか・・・一応ガーディン教の神官達も夜警をしていた筈だが、戦闘経験の少ない者達ばかりだ、警笛を鳴らす間もなく取り押さえられたか・・・


 「近衛軍として残っている王国軍と近衛軍団長は何をしている。」

 「今、近衛軍は近衛軍団長の命で四方の城門の守備に回っています。近衛軍団長は集まっている住民達に、即時解散するよう勧告を行っています。が、恐らく住民達は聞き入れないと思われます。この後、如何致しましょう。」

 「アレイアス王子派の者達の動向は把握出来ているか?」

 「いえ、王都の住民達に紛れて確認できていないようです。」


 ・・・くそ、奴らさえ何とかすれば、後は烏合の衆だ。・・・アレイアス王子派の者達が居なくなれば住民達は元の生活に戻っていくだろう。が、事ここに至っては、奴らを見つけ出し捕らえるのも難しいか・・・


 「已むを得ん、橋を渡って王城に近づく者は何者であっても構わん拘束しろ。ただし、出来るだけ傷つけないように気をつけよ。住民達の怒りを煽るようなことは極力避けよ。私も直ぐに行く。」

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