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異世界で用心棒   作者: 鈴ノ木
38/49

參拾捌

 『おいで、こっちにおいで。』


 夜闇のように闇く長い黒髪と黒い瞳、そして、夜闇に輝く月のような白い肌の美女が、冥い三日月を背にティアを手招きしていた。


 「い、いやぁ、そっちには行きたくない!」


 ティアは必死に抵抗するが、美女が一回手招きする毎に冥い三日月に引き寄せられていく。


 「い、いや、助けて大介さん!いやああああ!!」

 ・・・・・・。



 「おい!ティア!どうした、大丈夫か!」

と、大介がティアを揺り動かして起こす。


 「大介さん!」


 ティアは目を覚ますと大介にしがみ付いた。


 「また、夢を見たのか?」

と、大介が聞くと、ティアは何かに怯えるように大介にしがみ付き、小刻みに震えながら頷く。


 暫らくすると、何時ものようにティアは落ち着いて何事も無かったかのような素振そぶりをする。


 「ティア、また何も覚えていないのか?」

と、大介が聞くと、

「はい。・・・また私、うなされていましたか?」

と、ティアは応え、申し訳なさそうに聞く。

 「本当に大丈夫か?ティア。お前、二週間以上に渡って毎夜魘されているだろう。特にここ数日は酷い魘されようなのに全くその夢を覚えていないなんて・・・。」

と、大介は心配そうに聞くが、

「はい。別に体に異変があるという訳でもないですし、大丈夫です。」

と、ティアは笑顔で応える。


 ・・・これ以上、大介さんに心配や迷惑を掛けるわけにはいかない・・・


と、ティアは大介に気付かれぬように唇を噛み締め覚悟を決めるような表情をする。




 大介がアレイアス王子派の代表者、ダルスとアーガストと会ってから十五日が経とうとしていた。


 王国軍は三波に分かれアスティース公爵領反乱軍を迎え撃つべく、出陣していた。

 そして、その最後の三波目が五日前、この王都ティータニアを出立していった。


 「王国軍の三波目が出た直後数日間は王都の警戒も厳しかったが、そろそろその警戒も緩み始めています。今日から五日後の朝、私達は日の出前に蜂起します。その前に、大介殿達はアーガストに付いて迎賓館に入り身を潜めて下さい。そして、私達が蜂起して暫くしてから、王城が混乱している内に王城内に侵入してもらいます。」


 大介とティアは朝食を済ませた後、異邦人の結界が張られた武道場でダルスとアーガストと会っていた。


 「いいのか?迎賓館にはアマノハラ王国の特使がいると思うのだが、特使達を巻き込むような事になれば外交問題になるのではないか?」

と、大介が懸念を口にすると、

「大丈夫だ。アマノハラ王国の特使殿は、国内の安定を望むアレイアス王子の方が互いに有益な交渉ができるだろう、と我らに協力的だ。」

と、アーガストが応えた。

 ・・・・。

「なるほど、異邦人の血を継ぐアルテミス王家を、どうしても潰したいガーディン教に操られている現統治者と交渉するよりも、アルテミス王国の事よりも国内の安定を重視するだろうアレイアス王子の方が交渉しやすいという事か・・・」・・・まあ、アマノハラ王国の特使もウラヌス王国が現状どういった状況になっているか分かっているだろう。・・・ならば、俺達が目的を果たせば自分達の目的も達成されたようなものだと考えても可笑しくないか・・・「・・・分かった。では、夜半過ぎに、またここに来ればいいんだな。」

と、大介が言うと、

「ああ、俺がここで待っているからな。まぁ、それまでの間は二人で仲良くやっていてくれ。」

と、アーガストはニヤニヤしながら大介とティアを交互に見て言う。


 ・・・異邦人の里を出て、二十八日目か・・アルテミス王国とダイス王国の開戦までには、ギリギリだな・・・・


と、大介は考えながら、アーガストの態度には何の反応も示さず、

「ああ、そうさせて貰おう。」

と応えると、ティアの手を引いて立ち上がる。

 ティアはアーガストの言葉と態度に対して顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに大介に付いていく。




 「リサナ殿、他の領主達からは、どのような返答がきましたかな?」


 朝食を済ませたリサナがお茶を飲んでいるとバサルディン侯爵が声を掛けてきた。


 「そうですね、バサルディン侯爵。貴方の仰っていた通りの結果に終わりそうです。」

と、リサナは特に感情を示さず応える。


 「そうですか、・・・これまで得られた情報を精査して気付いたのですが・・・・私は、はじめメンドゥサ王女達を含めたリサナ殿達が主戦力で王国軍を打ち倒し王都をガーディン教とその傀儡となってしまっている現ウラヌス王達から奪還するのだと思っていました。が、リサナ殿、貴女方の方が囮なのですね。王都にいる隠し玉が上手く動けるようにするための。」

 ・・・。

「流石ですね、バサルディン侯爵。その通りです。私達が出来る限り王国軍と五人の王の守護役を引き付ける。その間に、私とアレイアス王子、そして、メンドゥサ王女の依頼を受けた、隠し玉であるその人がカイルス陛下達を操っているガーディン教を倒しウラヌス王家をガーディン教から取り返す、というのが本来の計画です。」

と、リサナはニッコリ笑って言う。


 ・・・・・。

「なるほど、それが上手くいくのであれば此方も兵の損耗は少なく済む可能性が有りますね。ただ、王都の方が上手くいけばの話ですが・・・。それに、上手くいったとしても王都の被害は甚大になるでしょう。」

 「そうですね、・・・・そこは、あの人とアレイアス王子派の者達が上手くやってくれる事を祈るしかありません。」


 リサナは王都の被害についてバサルディン侯爵に指摘されると、少し辛そうな表情をして応えた。そして、

「ここで心配していても始まりません。私達は私達の役目をシッカリとこなす事だけを考えましょう。」

と、リサナは言い、

「バサルディン侯爵、長い間お世話になりました。私達はもう此処を立つと致しましょう。」

と、バサルディン侯爵にお礼を言い席を立つ。と、

「リサナ様、何時でも出陣の準備は出来ています。」

と、リサナの後ろに立っていたアランが姿勢を正しリサナに告げる。




 アルテミス王国とダイス王国との国境にある森に囲まれた丘陵地帯では、アルテミス王国軍とダイス王国軍が簡易の砦を作り対峙していた。


 「アドルス総大将、やっとダイス王国軍と合流できますね。」

 「ああ、そうだなマドリアヌス君。まさか、ここまで来るのに予定の倍近く掛かるとは思ってもいなかったが・・・。」


 ウラヌス王国軍総大将アドルス・メルリウスはダイス王国軍の簡易砦が見え始めた頃、副大将のマドリアヌス・ラブルスに声を掛けられ疲れた表情で応える。


 「そうですね、・・・ここに来るまでに、食料は消えるは、雨も降っていないのに急に道が泥沼のような泥濘ぬかるみになるは、しまいには突風が吹いて吹き飛ばされそうになるは、散々な目に合いましたからね。」

 「それもこれも精霊によるものらしいが、異邦人の力を持つ彼女達が居なければ今頃どうなっていたか事か。」

 「本当ですね。彼女達二人が精霊達を追い払ってくれなければ、今頃、我が軍は甚大な被害を受けていたでしょうね。我々には精霊の姿など見えませんから。」


 その話題の二人は、アドルス達の少し後ろを馬に揺られながら楽しそうに会話をして付いて来ていた。

 一人は和弓のような形の剛弓を背負い、一人は柄の長いハルバードを担いでいる。が、二人とも今は異邦人の力を使っていないため、外見はウラヌス王国のある南大陸オリポーネス地方特有の金髪碧眼の普通の少女にしか見えなかった。


 ・・・こんな娘達が、アルテミス王国の魔導浮游船に対抗する武力だと軍務卿に聞かされた時は、何言ってんだこのオヤジ、と思ったが、・・・精霊を追っ払う時のあの力を見せ付けられたら納得せざるを得んよなぁ・・・普通にしていると、可愛らしい少女にしか見えんのだが・・・


 そう考えながら、アドルスは後ろの少女二人を横目に見る。


 「しかし、何故、精霊達は我々の進軍を邪魔するような事をしたのでしょうか?」

と、マドリアヌスは疑問を口にする。

 「さあ、異邦人の力を持つ者の中には精霊と会話が出来る者もいるそうだ。だとすると、アルテミスの妨害工作なのやも知れん。が、今のウラヌス王国の状態を考えると、もしかしたら我々が知らぬ間に精霊達の怒りを買うような事をしてしまったのかもしれんな。まあ何にしても、現状、私には分かりかねることだが。・・・とりあえずは、この二人以外の兵は疲弊している。ダイス王国軍と合流したら直ぐに兵達を休ませてやらねばな。」

と、アドルスが言うと、

「そうですね、とりあえずアルテミス王国軍から仕掛けてくるということは無いでしょうから、一日二日は休ませたいですね。」

と、マドリアヌスは相槌を打つ。



 「ダイス王メルティヌス陛下、遅参した事、心よりお詫び申し上げます。」


 アドルスとマドリアヌスはダイス王に対して深々と頭を下げた。


 アドルスとマドリアヌスは、ダイス王国軍の簡易砦に着くと直ぐにダイス王に挨拶と遅参のお詫びを言いに、ダイス王の幕屋へと向かったのだ。


 背の高い背凭れ付きの木造りの椅子にドッカリと座っているダイス王は、イラつくように大剣の鞘の先を地面に打ち付ける。そして、

「うむ、・・・まさか、二週間も遅れてくるとは思ってもみなかったわ!この遅れによる戦費の増加分はウラヌス王に請求するからな!」

と、アドルスとマドリアヌスを睨み付け、

「ウラヌス王国軍は我の指揮下に入ってもらう、いいな。もし、我の指揮に従わない場合は、ダイス王国軍は即時撤退する!お二方とも、そのつもりでおられよ!」

と宣言する。


 「こちらとしては異存は御座いません。が、ただただ睨み合いだけで時間を潰す等ということだけはお止め下さい。」

と、アドルスが言うと、ダイス王は不機嫌そうに片眉を上げ、

「貴様は我を愚弄するか?」

と、落ち着いた口調ではあるが怒りの滲む声音で言う。

 「いえいえ、とんでも御座いません。武勇に名高きメルティヌス陛下を愚弄するなど、・・・我らもメルティヌス陛下がそのような愚かな事をされるとは思ってもおりません。・・・ この一月近くアルテミス王国軍と対峙して、一回も戦端も開かれなかったのは、思慮の浅い愚者の私には思いもつかない戦略あっての事でしょう。先ほどの我が言は愚者の戯言とお聞き流しください。」

と、アドルスは大仰に頭を下げる。


 ・・・・。

ふん、「まぁ、よいわ。・・・ところでアルテミス王国の魔導浮游船に対する対魔導浮游船兵器を用意しているという事だったと思うのだが?」

と、ダイス王は話題を変える。対して、

・・・。

「はい、目の前に。」

と、アドルスは応えた。

 「うむ、そうか。」と言うと、ダイス王は立ち上がり幕屋を出て行こうとする。それを、「どちらへ?」と、アドルスが尋ねると、

「この幕屋の外に対魔道浮游船兵器があるのだろう?」

と、ダイス王は怪訝そうに問い返す。

 「いえいえ、ここに居ますよ。」

と、アドルスは可笑しそうに応える。


 ダイス王メルティヌスの目の前には、アドルスとマドリアヌス、そして、十台半ばと見える二人の少女が居るだけで兵器らしき物は何も見当たらなかった。


 「どういうことだ?アドルス殿かマドリアヌス殿がそうだと言う訳ではあるまいな。」

 「いえいえ、私達は違います。・・・後ろの少女達が対魔道浮游船兵器なのです。」

 ・・・・・。

「は?」


 ダイス王は一瞬、アドルスの言っている事が理解できず固まる。が、直ぐに、〈何言ってんだ、こいつ〉という表情になる。


 ・・・うん、ダイス王よ、貴方の気持ちはよく分かる・・・


と思いながら、アドルスは更に言葉を続ける。

 「信じられないでしょうが、彼女達二人が魔道浮游船に対抗する武力なのです。」

 「貴様、我を愚弄するか!」

と、ダイス王が腰の剣に手を掛けようとした時、首筋に鋭い物が触る感触を感じ凍りつく。

 何時の間にそういう状況になっていたのか、その場に居た誰もが気付かない間にダイス王の首筋に少女の一人アーシアスのハルバードの刃がヒタリと当てられていたのだ。

 その状況の中、幕屋の内に居る者達はアーシアスの発する圧に気圧され誰一人として反応することが出来なかった。

 シィーンと静まり返った幕屋の中に、ゴクリとダイス王の喉を鳴らす音だけが大きく聞こえる。


 「失礼いたしました、ダイス王様。我ら二人の実力は戦場にてお見せいたしましょう。」


 そう言うと、アーシアスはニッコリと笑ってダイス王の首筋からハルバードの刃をゆっくりと退く。




 「とうとう到着しおったか。」

 「父上、またこのような所に。」


 アルテミス王メビリウス三世がアルテミス王国軍の簡易砦の物見台で独りごちていると、アルテミス王の息子のアルテミス王国第一王子アルカインが〈やっと見つけた〉というようにメビリウス三世に声を掛け、物見台に駆け上がってくる。


 「アルカイン、どうした、その様に慌てて。大将たる者、何時如何なる時でもドッシリ構えていなくてどうする。そうでなければ付いて来る将兵達は我が軍に不安を覚え浮き足立ち実力の半分も出せなくなろう。そうなれば、多くの将兵達を無駄に死に追いやる事になるぞ。」

と、メビリウス三世は息子のアルカインを軽く叱責する。


 「申し訳ありません、父上。ですが、敵陣に放った斥候からウラヌス王国軍の到着の知らせがありましたので、急いで父上にご報告せねばと思いまして・・・。」

 「分かっておるわ。何故、私がここに毎日上っておったのか分からぬか?ここから毎日敵陣の様子を見ていれば大きな変化があれば直ぐに分かるようになるからだ。」

 「そうだったのですか、・・・若輩の私では思慮深き父上のお考えに思い至らず申し訳ありません。」

 ・・・。

「うむ、まあよい。お前はまだ若い。これから多くの経験を積み、色々と学んでいけばよいだろう。」

 「はい、父上。」

 ・・・・。

「で、斥候からの知らせを受け、お前は部下の将兵達に何か指示を出したのか?」

 「はい。各将には見張りの強化と、何時でも戦闘に入れるような態勢を取るように通達いたしました。」


 メビリウス三世はアルカインから報告を受けると、少し考えるような仕草をしてから口を開く。


 「アルカインよ。ダイス王国の王都に放ってある間者からの連絡だと、ウラヌス王国軍は四週間程前に王都を出たということだった。ダイス王国の王都からここまで軍が辿り着くのに大体二週間というところだ。という事はウラヌス王国軍は予想より二週間ほど遅れてダイス王国軍と合流したという事になる。ウラヌス王国としては季節的に早めに決着を付けたい筈なのにどうしてだと思う?」

 「そうですね。・・・季節的に後一月もしない内に投薬をした飛竜でも飛べなくなりますからね。早めに我がアルテミス王国の領地を手中に収め、来年以降の進軍の足掛かりの拠点としたい筈ですが、・・・何か進軍に支障をきたすような事があったのかも知れません。」

 ふむ、「お前もそう考えるか・・・戦場では余り予測に頼って動くのは危険なのだが・・・進軍に予想よりも倍の時間が掛かった事によりウラヌス王国軍は疲弊しているだろう。・・・ダイス王は今回の戦は望んでいないと私は考えている。だとするならば、ダイス王がウラヌス王国軍の疲弊を理由に戦端を開くのを遅らせる可能性は高いだろう。」

 「なるほど、・・・ならば、我等はどう動きましょう。」

 「うむ、・・・ならば、我等は更に戦端が開かれるのが遅れるように動くまでだ。・・・運よく暫らくの間、新月が続く。黒塗りの魔導浮游船二隻の船底に何本か長い棒を付け、それに風で大きく音が鳴るように布を付けよ。それを毎夜、ダイス王国軍の簡易砦の上に飛ばせ。夜は飛竜は飛べぬし、黒塗りの魔導浮游船は新月の夜闇には目視しにくい。」

 「なるほど、敵兵は恐らくその音が何の音か分からず怯えて寝むることも出来ずに疲労を溜めていく。そうなれば、ダイス王の開戦の判断が遅くなるということですか。」

 ・・・。

「うむ、うまく行けばの話だがな。」


 アルテミス王メビリウス三世は、この判断を後日非常に悔やむ事になる。


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