參拾柒
「ここにある武器は、何を使っても構わない。好きな物を選んでくれ。」
・・・。
「いや、俺は無手でいい。」
「そうか・・・だが、俺は得意な武器を使わせて貰うぞ。あんたからは、やばい雰囲気がビンビン感じられるからな。」
そう言いながらアーガストは壁に掛けてあるスモールソードを二本手に取る。
・・・とかなんとか言いながら、こいつ随分と楽しそうだな。・・・俺と同類か・・・
そう思いながら、大介は一つ息を吐く。
・・・まあ、しかし、俺も少しワクワクしているか・・・恐らくこいつの強さはメンドゥサ王女よりは弱いが、他の異邦人の力を持つ者達とはいい勝負をするんじゃないのか?・・・ならば、闘神気を使わなければ面白い勝負が出来そうだ・・・
「ああ、最初に言っておくが俺は対魔人用戦闘技、魔闘技を使う。」
「ほお、魔闘技をな・・・それは、楽しみだ。」
・・・なるほど・・・俺にワクワクさせるものがあると思っていたが、魔闘技の使い手だったか・・・
「準備はいいか?」
と、アーガストは闘気と魔力を高めながら大介に問い掛ける。対して、大介も闘気を高めつつ、
「何時でも。」
と、楽しそうに応えた。
「ならば、こちらから行かせてもらう。」
と、アーガストは言うと、パンッと手を打ち鳴らし、カッと気合いを入れると、ドンッと、アーガストを中心に魔力と気が合わされ生じた魔闘気の爆発的な力の余波が大気を震わせた。瞬間、フッとアーガストの姿が消える。
・・・ほっ、速いな・・・
大介はフウゥ…‥と息を吐くと脱力した。と、その時、大介の体に真空の刃を纏う風が、まるで大介の体を切り裂かんとばかりに風切り音を立て襲い掛かり始めた。それに対して、大介はまるで風に吹かれ宙を舞う木葉の如く、ある時は激しく、ある時は緩やかに舞いを舞う様に舞い始める。
アーガストが急速な方向転換をしているのだろう、その動きに空気が反応しきれず真空が出来たときに生じる破裂音が、時折、風切り音に混じり武道場内に響いていた。
・・・ああ、これはどうもアーガストの方が分が悪いようだ・・・
そうダルスが感じはじめた時、大介がフワッと動きを止めた。
その直後、フウッとアーガストが大介から数メートル離れた場所に姿を現す。
「アーガスト、もう十分、大介殿の実力は計れたのではないか?」
と、ダルスがアーガストに声を掛けると、
「ああ、そうだな・・・俺の完敗だ。」
と、アーガストが応える。
・・・。
「俺にはよく分からんかったが、それでもいい勝負に見えたが?」
「いや、・・・俺は最初から全力でいった。が、俺は大介殿を捉えることが出来なかった。それに、大介殿はまだ八割も力を出していなかったように思える。その上、まだ何か隠していそうだ。」
アーガストが悔しそうにしながらも、そう言うと、
「いやいや、俺もあんたを捕まえようとして捕まえられなかった。いい勝負だったよ。」
と、大介は言いながら笑顔でアーガストに握手を求めて手を出す。
アーガストは、一つ息を吐くと両手に持ったスモールソードを腰の鞘に収め、
「また今度、再戦の機会を俺にくれ。」
と、大介の手を力強く握り締めた。と、その時、
・・・!?・・・何だ・・・何か嫌な予感がする・・・まさか!・・・
と、大介は首の後ろがチリリとするような嫌な予感を感じる。
「ギルド長、サリサ神官長が急ぎの用でティアさんを訪ねてきてまいすが?」
タナトスは自分のデスクで書類を整理し、ティアがジャクリーンの出してくれたお茶を飲んでマッタリしていると、扉をノックする音が聞こえ扉が開く。そして、顔を覗かせたジャクリーンがサリサの訪問を伝えてきた。
「サリサ神官長だぁあ?」
と、タナトスは素っ頓狂な声を上げ、
「ティア、サリサ神官長と知り合いなのか?」
と、ティアに尋ねると、
「ええ、まぁ。」
と、ティアは少し訝しげに応え、
「こんな時間に何の用かしら?」
と、疑問を漏らす。
「ふむ、ティア、お前がここに居ることを知っている奴はいるのか?」
「え?ええ、一応、フランさんには言ってきてあるけど・・・。」
「そうか、・・・ジャクリーン、サリサ神官長にティアが何故ここに居るのが分かったのか聞いてみてくれ。」
と、タナトスが言うと、
「たしか、[ユリシズ]の女将さんに聞いてきたと、言ってましたけど。」
と、直ぐに返事が返ってきた。
「そうか、・・・何か用件は言っていたか?」
「はい、こないだ話していた人物についてお話ししたい事がある、と伝えてほしいと言っていましたね。」
「こないだ話していた・・・」
と、ティアは考えるように顎に手を当て、
「ああ、」と、思い出したというような表情をする。
「ティア、何か思い当たる事があったか?」
と、タナトスが尋ねると、
「ええ、多分あの人物の事だと思うわ。」
と、ティアは応える。
「よし、まぁ、サリサ神官長なら大丈夫だろう。ジャクリーン、ここに通してやってくれ。」
と、タナトスが言うと、
「分かりました。」
と言って、ジャクリーンは扉を閉めた。
「こんばんは、ティアさん。お邪魔しますね、ギルド長。」
サリサはギルド長室に入るティアとタナトスに挨拶をする。
「サリサ、私に話したい事って何?」
ティアはサリサの顔を見ると直ぐに用件についてサリサに尋ねる。と、その時、
コンコン、「失礼しまーす。」
と言って、ジャクリーンがお茶を持って入ってきた。
ジャクリーンは、サリサの前にお茶を置くと、「ごゆっくり。」と言って、ギルド長室を出ていく。
サリサは、そのお茶を一口飲むと、徐に口を開いた。
「今朝の事なのですが、ガイウス大神官様と神聖ガーディン教王国の高位神官との話を聞いてしまったんです。・・・その中で、その、数年前に崩壊したヴァルスニル皇国の話が出たのですが、その時にヴァルスニル皇国の貴族の少女の事を話していたんです。その話を聞いた時、もしかしたら、その少女というなはティアさんの事なんじゃないかと思って、・・・この間、王都東部の小神殿前で、ちょっとした騒ぎがあったのですが、その時、ちょうど私と高位神官がその小神殿前を通りかかったのです。その時、その高位神官は、その騒動の中心人物の一人と顔見知りのようなことを言っていました。・・・そして、その騒ぎをおこした神官見習い達は、その騒動の中心人物に、大介さんとティアさんそっくりな人物がいた事を証言していたことを思い出して、・・・もし、それが本当に大介さんとティアさんなら、・・・もしかしたら、高位神官とティアさんとの間には何か浅からぬ因縁が有るのではないかと感じたんです。・・・それでティアさんには、その高位神官の事をお伝えすべきかと思いまして・・・」
と言うと、ティアは凍り付いたようにティーカップを持ったまま固まっていた。
「・・・その高位神官は、ガラント大教区長と言います。ご存知ですか?」
と、サリサが言い終わると同時に、
「何ですってえ!!」
と、ティアはティーカップを投げ出しサリサに掴みかからん勢いで叫んでいた。
「ガラント大神官が、このウラヌス王国の王都ティータニアに来ているのかあ!!」
「ティ、ティアさん。お、落ち着いて下さい。」
「これが落ち着いていられるかあ!何故もっと早く教えなかった!」
「いえ、流石にお忍びで来ている者の名を明かすのは、・・・それに、聞かれませんでしたし。」
「くっ!で、今、ガラント大神官は何処にいる?」
「今は大神殿に宿泊しています。が、近々、この王都を離れるような事を言っていました。」
「サリサ!ガラント大神官の所まで案内しろ!」
そう言うと、ティアは大介の杖を持って立ち上がる。
「待て、落ち着けティア。」
と、タナトスはティアを制止するように言うが、
「これが、落ち着いていられるか!!直ぐそこに、母の敵がいるのだぞ!!」
と、ティアはタナトスに食い付かんばかりの勢いで言う。
「たく、今、お前は魔法の杖も武器も持っていないだろうが。そんな、棒一本でどうしようというんだ。過去にどんな因縁があったのか知らんが、そんなに頭に血が昇った状態で大神殿に行っても、大神殿に辿り着くまでに取り押さえられるだけだぞ。それに、神聖ガーディン教王国のガラント大教区長と言えば神使いの中でもかなりの使い手だと聞く。お前はそんな奴に勝つ自信があるのか?」
と、タナトスが言うと、
「うっ、そ、それは、・・・」
と、ティアは言い淀む。
「今は取り敢えず大介が戻ってくるまで待て。」
と、タナトスに言われティアの荒れた気持ちが少し落ち着いた時、頬にヒタリと冷たいものが触れたのを感じティアが其方に目を向ける。と、サリサがティアの頬に手を当て顔を近づけてきていた。
「な、なに?サリサ・・・」
と、ティアが少し驚いたように言うと、
「大丈夫よ。私がティアさんをガラント様の所まで連れて行ってあげるから。」
と、甘く囁くように言いながらサリサは、さらに顔をティアに近づける。
「な、何を言って・・・」・・・な、何?!声が出ない・・・か、体も動かない・・・
ティアはサリサに異常を感じ突き放そうとしたが、声は出なくなり体を動かそうとしてもピクリとも動かす事が出来なかった。
ティアは助けを求めるようにタナトスの方へ目を向けたが、タナトスは何時の間にか、ッンゴーッンゴーと鼾をかいて眠っていた。
その時、ティアの唇に柔らかなものが触れる。
ティアは歯を食いしばろうとしたが顎に力が入らず、口の中にサリサの温かな舌が滑り込みティアの舌を絡め取り吸い上げ弄び、ティアの口の中全体を蹂躙する。
ティアは屈辱を感じながらも、抵抗できず頭の芯が痺れる様な気持ちよさを感じ始め、心が折れそうになる。・・・だ、大介さん、助けて・・・と、目に涙を浮かべながらティアが心で大介に助けを求めた時、サリサにゴクリと何かを飲み込まされ意識が遠のきそうになる。その時、ティアの影から何かが飛び出しサリサに襲い掛かった。が、その攻撃をサリサは、その姿を煙のような闇に変え難なくかわした。と同時に、ティアはゲホゲホ、ウエェ…‥と、噎せ返していた。
チッ、「・・・異様な力を感じ飛び出したが、この娘、誰かに操られているな。」
と、ティアの影から飛び出したシーリンがダガーを構えて言うと、
・・・・。
「夢神ムーナイの神域の影響下にありながら動けるとは、・・・アスラの飼い猫か。・・・アスラめ、また私を邪魔するか。」
と、サリサは男のような声で言う。
・・・。
「なるほど、ガラントに操られているか、・・・ウラヌス王国を裏で操ろうとしているのは貴様かガラント!」
と、シーリンがサリサを通してサリサを操っているであろうガラント大教区長に対してサリサの動きを警戒しながら問いかけた。
ふん、「そのつもりでいたが、そこの娘、ティアスティアの連れていた男のせいで、手を引かざるをえんようだ。だが、代わりのものは貰っていく、奴にはそう伝えておけ。」
と言うと、サリサは煙のような闇に姿を変え明り取りの木戸の隙間をすり抜け外へと姿を消した。と同時に、バアン!と出入り口の扉が弾け飛ぶような勢いで開き、「ティア!大丈夫か!!」と、凄まじい形相の大介が飛び込んできた。
それに驚いたシーリンは身構えながら飛び退き。ティアは、その時、飲み込まされたものを吐き出そうと喉に指を突っ込み胃の中のものを全て吐き出していた為、大介に驚いて吐いていたものを気管に吸い込み苦しそうに噎せていた。
「おい、ティア、大丈夫か?!」
ティアのその姿を見た大介は、慌ててティアに近づき背中を擦ってやる。
ケホ、「だ、大丈夫てす、大介さん。」
と、ティアが応えると、大介はティアを抱き寄せる。
ティアは突然の事に驚きながらも恥ずかしそうに、
「大介さん、服が汚れます。」
と言うが、
「構わん。・・・ティアが無事でよかった。」
と、ティアを抱いた腕に力を込め大介は声を震わせながら言った。ティアは大介に優しくも力強く抱き締められ先程までの屈辱的な気分は薄れ温かなものに心が満たされてゆく。「大介さん。」と呟き、ティアも大介の体に腕を回し愛しそうに抱き締めた。
コホン、「あー、お取り込み中のところ、申し訳ないのだが・・・」
と言う声が聞こえ、大介はハッと我に返り、「あっ!と、済まん。」と言いながら、ティアの体を引き剥がす。と、「あん…」と、ティアは小さく残念そうに呟いた。
「その、ティアを助けてくれてありがとう。感謝する。」
と、大介が慌てたようにシーリンに言うと、
「お礼は我が主に言え。」
と、シーリンは応え、
「ガラント大教区長が相手では、どの程度まで守れるかは分からんが、・・・改めて我が主の命に依りその娘を守る事になった。」
と言って、シーリンはティアの影の中へと姿を消した。
「ああ、感謝する。よろしく頼む。」
「え?どういうことですか?」
と、事情が飲み込めていないティアは大介に尋ねる。
「ん、ああ、そういえばティアには何も言ってなかったな。・・・あいつは俺を監視していたアマノハラ王国の特使の手の者なのだが、少し頼んでティアを守ってもらっていたんだ。」
と、大介が言うと、
「何が頼んでだ、あれは完全に威していただろぅ。」
と、ティアの影から抗議の声が上がった。
ハハハ、「そうだったか?」
と、大介は笑って誤魔化すが、今度は何の返事は返ってこなかった。
・・・・・。
「まあ、何にしても、ティアが無事でよかった。」
と、大介は意識せずに安堵の声を零していた。
「そうですか、・・・裏で糸を引いていたのは神聖ガーディン教王国のガラント大教区長でしたか。」
アスラはシーリンからの報告をカエンから受け、就寝前のホットミルクを飲みながら一人何の感情も示さず呟き、
「しかし、彼の者が連れていたのが、数年前に私が助けた娘だったとは・・・人の縁とは不思議なものですね。」
と、感慨深げに言い、
「シーリンには引き続き彼女を守るように伝えなさい。彼女に付いていれば彼の者の動向も自ずと分かるでしょう。」
と、楽しそうにカエンに命じた。
・・・彼の者も、彼女との距離を計りかねているようだけど・・・この後の展開が楽しみね・・・なんて事、考えているんだろうなぁ、この人のこの笑顔は・・・
と思いながら、「分かりました。」と、カエンは応え、
「ガラント大教区は如何致しましょう?」
と、アスラに尋ねる。と、
「如何致しましょう?とは?」
と、問い返される。
「ガイウス大神官の裏で糸を引いているのがガラント大教区だと分かったのですから、この二人を排除すれば、事は全て丸く収まるのでは?」
「バカね、カエン。そんな事で事が済むのなら疾うの昔にリサナが手を下しているは。それが出来ないのは、それなりの理由があるはずよ。ウラヌス王国の人間でもない私達がそんなことをしたら後日必ず外交問題になるわよ。・・・・・まあ、確かに、私も最近運動不足だから魅力的な提案ではあるけれど。」
「なるほど、確かにそのとうりですね・・・」
と、カエンは納得して言い、
「・・・確かに、所々肉付きがよくなってますよね。」
と、更に納得して言う。
「なっ!何を言っているのかしら?カエン。運動不足ではあってもプロポーションは保っているわよ。」
と、アスラは慌てたように反論する。
「そうですかぁ?私には、そろそろ二の腕辺りがヤバそうに見えるのですが?」
と、カエンが疑惑の目を向けながら言うと、
「そ、そんなことないわよ!」
と、アスラは二の腕を隠すような仕草をする。
「と、兎に角、私達は此方に火の粉が飛んでこない限りは様子見を続けます。いいですね。」
と、アスラは何とか気を取り直しカエンに指示をすると、
「私はもう寝ます。」
と言って、ベッドに移り布団を頭から被った。
・・・あらあら、アスラ様にしては珍しく落ち込んだのかしら・・・それだけ二の腕の辺りの肉がアスラ様自身気になっていたのかしら・・・
と、カエンは思いながら、
「では、お休みなさいませ、アスラ様。」
と言って、アスラの寝るベッドに向かって一つ頭を下げると隣の自分の部屋へと戻っていった。
・・・カエンのバカ・・・気にしている事を何の躊躇いもなくハッキリと言いおって・・・覚えてらっしゃい、この恨み必ず晴らしてやるんだから・・・
そう心に誓いながら、アスラは自分の二の腕をフニフニと触り枕を涙に濡らしながら眠りについた。