參
大介がダラスの商隊と共にアルテミス王国の王都レトに向かって一日と半日が経とうとしていた。
もう目の前には城塞都市である王都レトの城下町を守る巨大で堅牢な都市壁が迫ってきていた。
ここに至るまでの間、ダラスは異邦人について自分の知る限りの情報を大介に話した。
それを簡単に纏めると、
各国で微妙に違うが、各国の歴史書や伝説、物語では、
・異邦人は今から約六千年前に、別世界からこの世界にやってきた。
・やって来た当初は異邦人は友好的で、自分達の持つ技術をこの世界の者達に伝えた。
・大森林の中に異邦人達は里を作り定住するようになる。
・異邦人は長命で三千年から四千年を生きたと言われている。
・異邦人がこの世界に来てから四千年ほどたった頃、異邦人達は本性を露にしこの世界の人間を襲い悪魔のような所業を始めた。
・そして、この世界の国々と異邦人達の里との間で頻繁に争いが起こり始める。
・異邦人の兵が五人いれば一日で国を一つ攻め滅ぼす事が出来ると言われていた。
・そこで、この世界の国々は力を会わせ共闘することになる。が、それでも苦戦を強いられる。
・そんな時、御神託により異邦人の弱点が酒である事が伝えられる。
・この世界の国々は異邦人達に休戦を申し入れ、大量の酒を貢ぎ物として差し出す。
・異邦人は酒が大好物だったが非常に弱かったため、皆直ぐに酔いつぶれた。そこを潜んでいた各国の兵が襲った。
・これにより、異邦人達は滅ぼされる。
対し大森林に点在する里に伝わる伝承では、
・この世界の人々を異邦人達が襲う前までの話しはほぼ同じ。
・異邦人達がこの世界に来て四千年が経とうとしていた頃、突然、各国が異邦人達を襲い始める。
・異邦人達は争いを嫌って里に引き籠り、防戦に徹する。
・異邦人達はこの世界の国々を治める者達に騙され滅亡する。
と、いうものだった。
「各国の歴史書や伝説が一般的に信じられていますね。」
と、ダラスは締めくくり、
「かく言う私も貴方の黒髪を見た時は、恐ろしい異邦人、魔人とも言われていますが、その異邦人が戻って来たのかと思いましたからね。」
と言って、ダラスはため息を吐き、
「どちらにしろ、この世界の人間は異邦人を滅ぼしています。そのせいで異邦人を見たら復讐をしに来たと思うでしょう。」
と、大介の方を見て、
「大介さんは見たところ、四十歳前後に見えますがこの世界の人間よりも異邦人は成長が遅いといいます。この世界における異邦人の年齢からして千年以上生きておられるように思いますが、貴方はこの世界での異邦人の歴史を知らないと仰る。」
と言うのに対して、
「ああ、その通りだ。が、この世界の時間では分からんが、元いた世界では俺は四十年しか生きていない。」
と、齢千年を越える老人のような言われ方をして大介は少し不機嫌になりながら答える。
・・・。
「ところで、大介さんは髪と瞳の色は黒色なんですよね。」
と、ダラスは少しひ引きつるような笑みを見せ話題を変えた。
「・・・そうだ。」
「しかし、肌の色は褐色でなく黄色ですね。だとすると、大介さんはこの世界にいた異邦人とは別の異邦人なのかも知れませんね。」
と、ダラスは考えるように顎に手をやり目線を落とす。
「この世界でいうところの異邦人と俺とどう関係しているのかは分からん。ただ俺をこの世界に送っただろう奴の肌は褐色だったから、そいつはこの世界にいた異邦人なのかもしれん。」
「・・・なるほど。大介さんはその人物から、この世界に送り込まれる前に目的を聞いていないのですか?」
「言っていたかもしれんが・・・・・覚えていない。奴もハッキリとは言っていなかったのだろう。」
と、大介が言うと、「ふむ。」と、ダラスはまた顎に手をやり再度目線を落とした。
・・・・。
「それにしても、大介さんを見ていると各国の歴史書より大森林に点在する里に伝わる伝承の方が正しいように思えてきますね。」
ダラスは大介と異邦人について暫くの間思考に耽っていたが、納得のいく解答を導き出せなかったせいか突然話題を変えた。
「ん?そうか?」
「はい。もし、各国の歴史書や伝説の方が正しいなら今頃私達はあの世に行っていますよ。」
と、ダラスは和やかに言う。
「それよりも大介さん、私はずっと疑問に思っていたのですが。私には貴方の瞳が黒色ではなく藍色に見えるのですが?」
「ああ、今は藍色のカラコン、カラーコンタクトを入れているからな。」
「カラーコンタクト・・・ですか?」
ダラスの疑問に、大介は片方のカラーコンタクトをとる。と、!?「大介さん!貴方の瞳は取り外し出来るのですか?」と、ダラスが驚きの声を上げる。
「いやいや違う違う。これは、カラーコンタクト、あー、多分、眼鏡の代わりになるものだ。」
と、大介がダラスの驚きを否定してカラーコンタクトの説明をすると、ダラスはそのカラーコンタクトと大介の瞳を交互に見やり、「こんな小さな物が眼鏡の代わりになるのですか?」と、不思議そうに呟いていた。
「確かに、大介さんの瞳は黒色ですね・・・しかし、昔この世界に異邦人はいろいろな技術を伝えたと言われていますが、本当に異邦人の技術力は凄いですね。あんな小さな物が眼鏡の代わりになって、しかも、直に目の中に出し入れさせることが出来るなんて凄いですね。」
と、ダラスは大介の瞳の色などもうどうでもいいといった感じで、今は大介の目の中に収まっているカラーコンタクトなるものに興味津々で大介に話し掛けていた。
恐らく、ダラスの頭の中では儲けの算段をたてているのだろう。
「・・・すまんが俺は、カラコンの製造方法など知らんぞ。」
と、素っ気なく大介が言うと、「そうですか、残念です。」と、ダラスはガックリと肩を落とす。
などと話している間に、大介とダラスの商隊はアルテミス王国の王都レトに入るために都市壁に作られた巨大で堅牢な入場門の前に並ぶ人と荷馬車の列の最後尾に着いていた。
大介は今、アルテミス王国の衣装だというダラスから貰った中東の民族衣装を簡素化したような服を着込んでいる。
その上、ターバンのように白い布を頭に巻いているため、元の世界の人間に見られたら中東人だと勘違いされそうな姿をしていた。
因みに、ターバンを巻いているのは大介だけだった。
ダラスや商隊員達は沖縄の民族衣装を簡素化したような服を着ている。
ジルバ達護衛の冒険者達は、王都レトへの入場待ちの列に並ぶと徐に革鎧等の防具を脱ぎ始め、剣等の武器も一緒に大きな袋に片付け背に背負う。
「ジルバ達は何故装備を片付けているんだ?」
と、大介が尋ねると、
「ああ、レトのような王都は勿論ですが、城壁や都市壁に守られた大きな都市の中では治安が維持されていますからね。騎士や兵士または衛士以外は武装していてはいけないのですよ。」
と、ダラスが説明てくれる。
「へぇ。なるほどな・・・・ところで、さっきから矢鱈と視線を感じるのだが?俺の格好何処かおかしいか?」
と、大介はダラスの説明に納得しつつ、列に並び始めて直ぐに感じ始めた視線に疑問を漏らす。
「そういえば、ここに来るまでにも、すれ違う者すれ違う者皆俺の顔を見ていたように思うが・・・・それに、商隊の者達は俺と目が合うと恥ずかしそうに目を逸らすのは何故だ?」
と、大介が不思議そうに言うと、
「大介さん、貴方気づいていなかったんですか?」
と、ダラスは呆れたように言い、
「異邦人のその容姿は、この世界では凄く好まれるのですよ。しかも、大介さんの場合、歳を経て渋さも加わっていますから男も女も目を奪われますよ。」
と、一つ息を吐いて、
「昨晩なんか、大介さんが席を外した時うちの商隊の女性陣なんなて、「彼が異邦人でなければ」とため息を吐き合ってたんですよ。」
と言って、悪戯っぽく笑うと、
「大介さん、モテますねー。」
と、楽しそうに言った。
「う~ん。俺から言わせてもらうと、こっちの世界の者達の方が俺なんかより遥かに見目麗しく見えるんだがなぁ。」
と、大介は苦笑いをして首の後ろを掻く。
「それにしても、なんだかここにいる女も男も商人以外は荒くれ者といった感じの者達が多いように思うが・・・・」
と、大介が周りの人間を見回して言うと、
「あれ?言っていませんでしたっけ?この国は近々隣国と戦争を起こしそうなのですよ。」
と、ダラスが教えてくれる。
「戦争か・・・戦闘狂の俺が言うのも何だが、戦争の一番の犠牲者は何の力も持たない弱者だ。そして、国を底辺から支えているのはその弱者達だ。この国の王が愚王でない限りその事に思い至らない事はないと思うが?」
大介は十代後半から三十代後半まで海外の紛争地帯を自分の武力を高める為傭兵として渡り歩いていた。
その時に目の当たりにしたのは、何の罪も無い非戦闘員である女子供達が紛争の凶弾に命を奪われていく姿だった。
そんな中、大介は二十代半ばからそんな弱者達を守る為に組織された傭兵団に席をおいた。
余談ではあるが、今でも紛争地帯でハニューの名を知らない者はいない。
ある者はその名を英雄の名と崇め、ある者は顔を怒りに歪め又は恐怖に青ざめさせる(此方は殆どが国又は軍のお偉方)という。
「ええ。この国、アルテミス王国の国王はその事を心得ていますよ。この国の歴代の王は勿論、現国王も賢王と呼ばれています。実際、この国は小国ですが大国と肩を並べるほど経済的にも文化的にも発展しています。また、その国を守る為の武力も世界最強と言われる魔導騎士団を筆頭に備えています。」
「そんな国が何故戦争を?」
「・・・・そうですね。この国は二千年前から大国に睨まれているのですよ。何故なら、この国の王家は異邦人の血を受け継いでいますから。」
「ほぉぅ。」
「その関係もあり、この国は異邦人の技術を他国より遥かに多く受け継いでおり、それを王家が厳しく管理し国外への持ち出しを禁止しています。そのお陰で、小国でありながら大国に勝る富を得、武力を持つに至っているのです。それが、大国にとっては驚異であり目障りなのでしょう。」
「ふん。なるほど・・・」
「そして、その筆頭と言うべきものが、魔動浮游船です。」
「魔動浮游船?」
「はい。これは、空飛ぶ船と言えばいいでしょう。その船は世界に二十隻しかありません。その内の十隻をこのアルテミス王国が魔道騎士団の軍用船として五隻、商業用船として五隻保持しています。後の十隻は商業用船として他国に貸し出しているそうです。」
「なるほど軍用船として使われれば、そりゃあ驚異だわな。」
戦時、制空権を取る強力な手段が有るか無いかで勝敗が別れるのはよく有ることである。
「はい。しかも、その心臓部の魔法道具はアルテミス王国の王家の者にしか作れず、メンテナンスも王家の者にしか出来ないそうです。その心臓部である推進動力の魔法道具は普通の王家の者にも作れるということですが、浮游動力の魔法道具を作ることができるのは数百年に一人生まれるといわれる異邦人の力を隔世遺伝で受け継いだ者にしか作れないということです。そして、その心臓部の停止ワードもアルテミス王家が設定し解除は不可能だそうです。アルテミス王家の者がその停止ワードを唱えれば、それに対応した動力は何処にあっても停止するということです。」
「なるほど。商業用船として貸した魔動浮游船を軍用船に転用されない為の対策は万全ということか。」
「はい。」
と、ここで大介に、ふと疑問が生まれる。
「最初の話しの雰囲気だと、この国は他国から戦争を吹っ掛けられるような感じだったが。いくら大国といってもこれ程の武力を持った国に戦争を仕掛けるのは余りにも不利益が大きすぎるのではないか?」
「はい、その通りです。が、実際にはその大国ウラヌス王国が属国、今回はアルテミス王国の隣国であるダイス王国に命じて戦争をさせようとしているのですよ。」
「は?自分の腹は痛めずに子分に全部背負わせようってか。とんでもない国だな。しかし、何を理由に?」
「今回は、世界の驚異になる隔世遺伝で異邦人、魔人の力を色濃く受け継いでいるアルテミス王国の第一王女を征伐するということのようです。」
・・・・。
「本当にこの国の第一王女は異邦人の力を受け継いでいるか?その王女は今何歳なんだ?」
「さぁ?アルテミス王国第一王女メルティス・ダークス・アルテミス様は確か今年で十歳になられるはずです。遠目にご尊顔を拝した事がありますが・・・髪はアルテミス王家特有の美しい銀髪でしたね。まあ、理由など何でもいいのでしょう。アルテミス王国への嫌がらせと属国の力を削ぐのが目的なのでしょうから。アルテミス王国の周辺国はこの国の繁栄による恩恵を受けていますからね。ウラヌス王国としては属国が豊かになりすぎて反旗を翻されたらたまりません。」
「ということは、この国は訳のわからん戦争を二千年間ずっと吹っ掛けられてきたのか?」
「まぁ、そういうことになりますね。ですが、他のアルテミス王国の周辺国も戦争が長引けば自国の軍需産業以外の経済などに少なからず打撃を受けますから、戦争が始まっても直ぐに周辺国が仲裁に入り余り戦争状態が長引くことは無かったようです。」
「そうなのか?」
「実際のところ、この三十年間はアルテミス王国に対するこのような戦争は起こっていませんでした。なので私もこの戦争については何とも・・・ウラヌス王国の前王は穏やかな性格で軍事よりも経済に重きをおいた賢王だったのですが、一年ほど前に病で倒れ後を継ぐと思われていた穏健派の第一王子も後継争いに敗れ気性の荒い第二王子が王位についたということです。」
「それで、途切れていた恒例の戦争をその新王が属国を使って吹っ掛けてきたと。」
「そういうことですね。」
と、大介とダラスが話し込んでいるうちに大介達は王都レトの入口である入場門の前に着いていた。
「次!」という言葉に即されて、入場門の門衛の前まで大介達は歩を進める。
そして、ダラスは、「ご苦労様です。」と言って門衛に通行手形のようなものと書類を手渡す。
門衛は通行手形を一瞥し書類をペラペラと捲り、
「ふむ。ダラス行商隊商隊主ダラス・セラーノ以下十名、用心棒一名ダイスケ・ハニュー、護衛冒険者パーティー龍虎リーダー、ジルバ・アステル以下五名。荷は、魔法道具の素材と、野盗か・・・・今は順戦時下である、荷を改めさせてもらうぞ。」
と言うと、待機していた別の門衛達が荷馬車にワラワラと群がる。
それから暫くして、
「うむ、問題ないな。通っていいぞ。それと、野盗共はこの脇にある衛士の詰所に置いていってくれ。」
と門衛が言うと、別の門衛が商隊の先にたって、「こっちだ。」と先導してくれる。
衛士の詰所で野盗に襲われた場所や時間、野盗の人数等を事細かに聞かれダラスがそれに答えていく。
ダラスが供述し終わる頃、衛士の一人が野盗の一人の猿轡を解いた。途端、その野盗が喚く、「白い布を頭に巻いた男は異邦人だ!」と。
衛士の詰所に居た全員の視線が驚きと緊張の色をはらみながら大介に突き刺さる。
数舜後、「「「ブ!アハハハハ」」」と、その室内に笑いが起きた。
「お前、言うに事欠いて異邦人だ?」「お前は知らんのか?異邦人は褐色の肌に黒い瞳なんだぞ。こんな肌が白くて藍色の瞳の異邦人が何処に居る。」
と、衛士達は小バカにしたような目をその野盗に向ける。
それでも野盗は必死に訴えかける。
「本当なんだ!そいつは異邦人なんだ!魔人なんだ!そいつの髪は真っ黒なんだ!誰かそいつの頭の布を解いてくれ!!」
が、「ああ、分かった分かった。分かったからお前は猿轡でも噛んどけ。」
と、衛士が呆れ声でいいながら、
「だが、知らんのか?我がアルテミス王国の者達は異邦人の血を継いでいるのだぞ。」
と、詰所に居る衛士達が三日月のように口を歪め怖気立つようなえも言われぬ笑い声を溢す。
それを聞いた野盗達は失禁し、地獄でも覗き込んだようかのように顔を青ざめさせた。
・・・それが元で戦争を吹っ掛けられてるっていうのに、そんな冗談言っていて大丈夫か?・・・
と、大介はその場景を眺めながら、ハァと大きく溜め息を吐くのだった。
やっと衛士の詰所から大介達が解放された時、
「大介さん。ジルバさん達には宿を確保してもらい、私達は荷の魔法道具の素材を市場に持っていきますが貴方はどうされますか?」
と、ダラスに訪ねられ、大介はダラス達について市場に行くことにした。
「この国の人達は面白いでしょ。」
「うーん。面白いと言うのか何と言うのか・・・」
「アルテミス王国の国民全員が異邦人の血を継いでいるかどうかは疑問ですが。王族の中には、その地位を捨て市井の者と一緒になった方もみえると聞いています。が・・・それで異邦人の血を継いでいたとしても微々たるものでしょう。」
「・・・・」
「それでも、それがこの国の民の誇りであり心の支えでもあるのですよ。千年前、アルテミス王国の時の王が世界からの孤立を恐れ異邦人との戦いに参加することを決めたとき、国民全員が反乱を起こしかけたという逸話が有るくらいですから。」
「それも、凄いな。」
「大国に目の敵にされるのも分かるでしょ。」
「確かに。」
と、大介とダラスは二人で吹き出して笑いあった。
「なので、このアルテミス王国は千年前の異邦人との戦争には一応参加していたようなのですが、戦闘には参加せず後方支援に徹していたようですね。しかも、大森林に点在する里の伝承と同じものが民間で言い伝えられているようです。その中にアルテミス王家が数人の異邦人を匿っていたという話まで有りますよ。」
等と大介とダラスは談笑しながら市場に向かった。
それから、大介とダラス達は市場に着くと荷を下ろし、ダラスが明日の競りの出品の手続きをすませる。
その頃には、もう日は西の山裾にその姿を隠そうとしていた。
「さぁ大介さん、競りの手続きもすんだ事ですし、ジルバさんが宿を確保してくれている宿屋[陸の孤島]に行って食事をとりましょう。私、お腹がペコペコですよ。」
と、ダラスは先頭にたって王都レトの大通りを宿屋に向かい歩いていった。